君が望む永遠SS
SNOWFLAKE



     Scene・0

 遙とつきあい始めてから、もう六ヶ月になる。
 俺の二学期の成績は上がっていた。
 今の成績なら、白稜も楽勝!!ってくらいに……。
 これも全て遙のおかげだ。

 夏休み中励んだ受験勉強は、直ぐに効果を実らせた。
 全ては『 遙と一緒の大学に通う為 』だったのだが、
 遙のサポートがあったからこそ、出来たことだと思う。

 二学期が始まると、遙は毎日、俺の弁当を作ってきてくれた。
 そればかりか、勉強会と称して遙の家へお邪魔して、夕飯をご馳走になった事もある。
 一人暮らしをしている俺にとっては、とても助かった。
 『 一緒の大学へ通いたい 』と言うのは、最初、遙の願いだったが
 いつしか俺の願いへと変わっていた。
 そんな遙に『 同じ大学へ合格 』する事だけではなく、
 別の事でも何かプレゼントをしたくなった。
 遙の喜ぶ顔が見たかった。
 だから計画したこの日帰り旅行だったのに…………。




     Scene・1


 11月の日曜日
 遙と図書館で待ち合わせていた俺は、時間より一時間も早めに着いてしまった。
 入り口近くにあった旅行ガイドをパラパラめくっているうちに、
 目に留まったページがあった。
 此処からだと、日帰りで行ける場所。
 二人で行ってみようと思った場所。


 二学期の期末試験が始まる頃、
 自分の預金通帳の残金が貯まっている事に気が付いた。
 おりしも街はクリスマスムード一色。
 プレゼントを贈るのに理由は要らないけれど、
 クリスマスがプレゼントを贈ろうとする気持ちの背中を押した。
 試験勉強と同時に計画を進め、切符を手配した。
 遙との約束は、簡単に取れた

  ―終業式の翌日に駅前で待ち合わせ―


 約束の12月25日、早朝、
 身体を刺す様な寒さの駅前
 空は限りなく透明で未だに月が残っている
 待ち合わせ時間よりも10分程早く着き
 俺は遙を待った
 今日は俺が待った
 いつもは待たせてばかりなので、
 いままで自分がしてきた事が悔やまれた
 でも、案外「 待つ 」と言うのも面白い
 今日の行動をシュミレートして、行った先で
 遙がどんなリアクションを見せるか思いを巡らせている
 そんな事を始めた時に遙は笑顔で現れた
 俺は軽く手を上げて応えた
 遙の服装は厳重装備だった
 確かに寒い所へ行くとは言っておいたけど……

 白っぽいダッフルコートにベージュのスカート
 黒いストッキングに長靴……ではなく、茶色のショートブーツ
 手には茶色のミトン
 頭には毛糸のボンボリの付いた白いニット帽
 見た感じ、幼い
 でもそれが、とても似合っていて
 全然違和感が無くって……
 そんな遙が手をぶんぶんと振っている
 そんな仕草を見てしまうと
 それだけで何もかも許せてしまう気がした


 電車に乗り込むと、さすがに人気は少なかった。
 早速俺たちはシートに座った
 遙は自分の鞄とペーパーバッグを持ってきていた
 そのペーパーバッグを持ち上げて
  『 今日もお弁当作ってきたんだよ 』
 と言いながら笑顔を見せた
 くぅ〜! いつもながらこの笑顔の破壊力!!
 今日の俺は、今までの遙の笑顔に応える為に居るんだぞ
 今日はバッチリ返してやるぜ!!
 そんな気持ちが湧き上ってきた
  『 ありがとう…………、でもあまり無理すんなよ。 』
  『 大丈夫、夕べの内に殆どの支度は済ませておいたから、
    今朝はお弁当箱に詰めただけだよ。 』
  『 そうか? でもまぁ、新幹線に乗れば一時間くらいは寝れるから、
    眠くなったら寝ちまえよ。 』
 何ていうやり取りも、乗換えまでだった。
 次の駅に着く頃には、空がどんよりとしはじめた

 都会の大きな駅に着き、新幹線に乗り替えた
 ホームに上がるとちょうど出発の時刻だった
 急いで列車に乗り込み、座席に座ると遙から話し掛けてきた。
  『 ねぇ、今日の交通費、いくら? 』
 そう、今日のチケットはあらかじめ俺が買っておいた
 今日一日は思いっきり遙に楽しんで欲しくって
 はじめて緑の窓口にも並んだ
 手渡されたチケットは、普通に裸のまま渡された
 案外味気ないものだった
 でもそれが楽しい一日の記念になるのなら
 文房具屋へ行き、水色の綺麗な封筒を買った
 俺はチケットをその中に大事にしまった

  『 いいよ、気にするなよ。 』
  『 ううん、それじゃぁ悪いから……。 』
  『 気にするなよ、これはクリスマスプレゼントだから 』
  『 駄目だよ、そんなの。きちんとしようよ? 』
  『 いいから気にすんなよ 』
  『 気にするよ。 』
  『 いいじゃん、今日くらい。一日楽しく行こうぜ! 』
  『 駄目だよう。ね、まだそういうのは止めようよ。 』
  『 良いって言ってんだろう!! 』
  『 駄目! 絶対に駄目!! 』
  『 うるせぇ!! 良いからいいんだよっ! 』
  『 ………… 』

 俺、何やってんだろう。
 そんな怒鳴る必要も無いのに……
 でも直ぐに謝る事も出来なかった
 少々ばつが悪くなりシートを深く倒して横になった
 遙はあの後、窓の方を向いたきり
 二人の間に会話が無くなった




     Scene・2


 車中、
 俺は寝たふりをしながらも遙を気にしていた。
 『 途中で降りる 』とか言いだすかと思ったが
 さすがに新幹線の中で、それは無かった……
 ちょっとだけ安心していた

 

 その駅は、新幹線が止まる為に建て替えをしたという。
 以前の駅舎のイメージを残した、と言う避暑地の駅舎(えき)に降りた
 新幹線のホームは真新しく、広々としていた
 周りの人はスキー板を担いでいる人が殆どだった
 景色を見てみると、もう雪は何度か降っているらしい
 線路脇には汚れた雪が道を作っている

 遙は相変わらず口をつぐんだまま、俺の後ろを付いてくる
 俺も俺で、さっきから声を掛けそびれている
  ― 俺、何しに此処へきたんだ? ―
 何て思いはじめている

 改札を抜けると、そのまま二階デッキへとアプローチされている
 デッキの先端で見下ろしたその街は、
 自分達の住む柊町駅前とはあきらかに違った
 まず、高いビルが無い事
 駅から伸びる道路脇の建物のほとんどが平屋建てなこと
 その所々に、あちらでは見られない雪の山が形成されている
 殆どが針葉樹だと思うが緑が多く、
 その上から大きな山が大迫力で迫ってくる
 風は其方から向ってくる 
 空が曇っているせいなのか、
 避暑と言うには季節外れな為なのか
 人の姿は殆ど見えない
 ロータリーには、タクシーが数台とスキー場へ向う送迎バスがあった
 先ほどの板を担いだ人たちは、みんなそのバスに吸い込まれてゆく
 周りにはコンビにも、ファミレスも無い
 あるのはお土産物やと、昔から営業しているらしいお食事どころだった
 これがその街だった
 少しだけ寒さを感じた

 俺が圧倒される後ろで、遙は相変わらず俯いている
 正直、どうやって声を掛けて良いか解らない
 でも、このまま此処に居たところで、何も無い
 俺は目的地に向う為に、ようやっと遙に声を掛けた

  『 遙、行くぞ! 』
  『 ………… 』
 
 此方をチラッと見ただけで、そっぽを向きやがった
 正直いい加減ムカついてきた
 俺が今日の為にどれ程計画を建てたとか
 どれだけ計画を見直したとか
 遙には全然解らないんだ
 このまま置き去ろうと思ったが、
 計画を無駄にする事ももったいない
 だから、行動に出た
 
 俺は遙の腕を取った
 遙は一瞬ビックリして顔をあげたが
 そんなの無視!
 そのまま振り向き、遙の腕を取りながらサッサと歩き出した
 遙は抵抗した
 引っ張る手は重かった
 右に左にぶんぶん振られた
 しかし、それも無駄だと解ったのか
 いつの間にか、引く手は軽くなった

 
 駅から数十分、
 細い道を横切り 
 別荘地の真ん中を突っ切った所に水面が見えた
 ガイドブックによると、人工の湖らしい
 湖の周りには、この街に所縁のある画家や小説家
 詩人、陶芸家などの美術館が点在していて公園になっていた
 道沿いには公園に入るための改札があり、有料になっていた
 その受付の前を通り過ぎ、
 坂を少し上った所に今日の目的地『 絵本美術館 』があった
 
 美術館の受付の前に立ち、遙の背中を押した
 本当は遙の驚く所を見たかった
 遙の喜ぶ笑顔を見たかったのに
 今となってはどうでも良かった
 俺は此処まで連れてくるので一杯一杯で
 これ以上遙と居ると、もっと乱暴に振舞ってしまいそうで
 だから、一刻も早くこの場から立ち去りたかった
 俺は背負っていたザックから水色の封筒を出した
 中には帰りのチケットと指定席券が入っている
 
  『 電車の時間は四時、チケットを渡しておくから後は好きにしてくれ。
    俺は今日、別行動だ。 』

 それだけ言って、チケットを遙に握らせて
 俺はサッサと踵を返して歩き去った
 今来た坂を下る
 チラッと振り向くと、遙はただ立っていた
 坂を降りきると、遙の姿は見えなくなっていた
 この場所からは絵本美術館は見えなかった




    Scene・3


 そのまま真っ直ぐ帰ろうか、とも思った
 でもそれじゃ何しに来たか解らなくなる

 坂を下りたところに先ほど公園の入り口があった
 今思い出してみると、駅前には何も無い
 ゲームセンターも本屋もCDショップもコンビにさえも……
 時間つぶしできそうな場所は、思い当たらなかった
 だからか、その公園の改札に引き寄せられた

 チケットを求め、改札をくぐると正面に湖が広がっていた
 水面は鏡のように景色を反転させていた
 湖面は少しだけ氷が張っていた
 湖の端っこには、ボートが上げられていた
 冬季休業の札が、一番手前のボートに吊るしてあった
 その向こうには、こういった場所ではお約束の
 白鳥型の足こぎボートが並んでいた
 思わずそれを触ってみる
 安っぽい感じのボディーがギンギンに冷えていた
 それでも、それを楽しんでいるカップルの絵が浮んでくる
 顔がクローズアップされる
 女の子は、遙……

 俺が目一杯ボートを漕いでいる横で、遙が
  『 やめてよぅ! 』
 と笑顔でふざけ合っている姿に変わっていった 
  ― ……暖かい季節に来たら、そんな風にしていたんだろうなぁ ―
 ふと我にかえる
  ― ……俺、今さっきまで遙に腹を立てていたんだぞ、
    こんな時に何考えているんだ? 馬鹿みてぇ…… ―
 頭を振って、別の場所へ移動する事にした

 遊歩道の脇には、やはり雪が積まれている
 周りに人影は見当たらなかった
 湖の周りをグルッと囲んだ遊歩道
 適当にあたりを見ながら歩いてみる
 湖畔の周りに植えられた木の枝は、遊歩道を覆い尽くすように伸びていた
 葉はすっかり落ちていたので、どんより曇った空が見渡せた
 
  ― 夏に来たら、良い木陰になっているんだろうなぁ…… ―
 遊歩道を遙と一緒に並んで歩く
  『 そろそろお昼にしようか? 』
  『 そうだな。あっ、あそこにテーブルがある、
    あそこで広げよう。 』
  『 わぁ、良いね。丁度木陰になっていて涼しそうだね? 』
  『 ああ…… 』

 ……目の前には雪が積まれているテーブルと椅子が
 大きな木の傍らに備えられていた……
 頭の中が、ぼんやりと霞がかかっていた
 それがすっきりとしてくると、自分の考えていた事に驚く
  ― 俺……また、遙の事を考ええていた? 何でだ??…… ―

 もう、何も考えないようにしながら歩いた
 足先だけを見て
 レンガで造られた歩道だけを見て……



 
    Scene・4


 ふと気づくと、湖の端まで来ていた
 湖を挟んで反対側には、さっき入ってきた改札が見える
 そして、こちら側にはおんぼろの家屋が見えた
  ― 何でこんな所に、ぼろっちぃ小屋があるんだ? ―
 素直な感想だった
 訝しげに眺めながらその周りを廻ってみる
 
 ガラス窓は木枠でガタガタしそうだ
 現代のサッシと比べると明らかに薄くて簡単に壊れそうだ
 板壁は、あっちこっちペンキが剥げている
 柱も乾燥しきって割れ目が入りまくっている
 そして、片付けられていない簾
 下のほうがほどけて今にも崩れ落ちそう
 
 やがて玄関が見えた
 玄関脇には学校のような下足箱が口をあけている
 その端っこに、明らかに「 今日、履いていました 」と言っている
 長靴が二足あった
 玄関脇にはイーゼルが出ていて、画板が掛けられている
  ― ヘイエ美術館 ―
 その下には、見覚えのあるイラストがあった
 帽子を被った男の子

 玄関の小窓から中を覗いてみる
 部屋の中には大きなストーブばかりが目に入って
 中の様子は全然解らなかった 
 一歩さがって見ると、扉には
  「 入場無料・下足箱に靴をしまってね! 」
 の掛札があった
  ― ……とりあえず入ってみるか…… ―
 意を決して中に入ってみることにした
 
 下足箱からスリッパをだし、その場所に靴を置いた
 玄関を開けてみると、一気に部屋の空気が流れ出てきた
  ― 暖かい ―
 扉はカランカランと鐘の音と一緒に閉まった
  『 おお、いらっしゃい!ゆっくりしていってくださいネ 』
 玄関脇に小窓があり、中から声を掛けられた
 小窓の前にはノートが開いていて、文字がびっしり埋め尽くされていた
 よくよく読んでみると、それはこの美術館の感想ノートだった
  「 また、絶対に来ます! 」とか
  「 今度は絶対に、大きなポスターを買います! 」とか
  「 此処にきてホントに良かったです 」
  「 子供の時に見た絵があって、感動しました! 」
 なんて、人それぞれ、想いは様々だった

 玄関ホールはショップになっていた
 それぞれにワンポイントのイラストが入っている
 そのイラストは、CMで見かけたキャラクターだった

 愛嬌のあるキャラクター
 日本離れしている画風
 作者はやはり外国の人だった
 元々の仕事は建築デザイナーで
 趣味で描いたイラストが自国で人気になった
 イラストはアニメになり、全世界へ広まっていった
 仕事で来日して、この地に数年滞在した
 その住まいが、この建物だった

 展示してあるイラストは、どれも暖かい空気に包まれていた
 中には女の子の胸がはだけているのもある
 でも、それを厭らしいと思うには抵抗があった
 描かれた恋人達は、必ず寄り添っていたから……



  
    Scene・5


 一通り中を巡り、再び玄関ホールへ来ていた
 帰ろうとした時に、一つのポストカードが目に入った
 青空の中に白い窓枠が描かれており、その窓辺で恋人達が寄り添っている
 二人の周りには白いハトと紅いハートが溢れていた
  『 ……遙に…… 』

 …………
 判ってしまった
 俺は後悔している
 遙と喧嘩した事を
 遙に大声を出した事を
 今日と言う日を遙と別行動した事を……

 そのポストカードを一枚だけ急いで買い求めた
 これだけは遙へ届けたい気持ちになった
 慌てて外へ出た
 靴を履き替えるのももどかしい
 適当に突っかけて走り出した

 何でこんな所でそんな事に気が付くんだ
 何もこんな奥に来るまで気が付いてもいいのに
 もっとずっと前に気が付かなかった事が悔やまれる
 公園の入り口までの道が長く感じる
 残雪で足を取られそうになった
 靴に躓きそうになった
 それでも一刻も早く、遙のところへ……



 道路に出て右へまがり、坂道を駆け上がると目指す場所があった
 先ほど遙を置き去りにした場所の目の前に
 絵本美術館の受付がある
 そこで一枚の入場券を買おうとすると、
 受付の女性が声を掛けて来た

  『 あら?あなた、先ほどの女の子と一緒にいらした方ですよね? 』
  『 ……ハァッ……ハァッ、………… 』
 返事が返せない
 俺は肩で息をしながら何度も頷いた
  『 だ、大丈夫ですか? 』
  『 ……ハァッ……ングッ……だ、大丈夫……です……。 』
  『 そう。……ところで、喧嘩でもなさったんですか?
    ……さっきの子、ずっと立ち尽くしていましたよ。 』
 その事を聞いて、再び悔やむ
  ― 何で俺はこうなんだ! ―
 でも、今は悔やむよりも遙を……
  『 そ、それで、その娘はどうしました? 』
  『 少ししてから此方へ来て、駅までの道を聞かれたので、
    簡単に説明しておきました、……けど…… 』
  『 ……けど? 』
  『 ええ、いえちょっと背中が寂しそうでしたね。 』
  『 …………そう……ですか……。……ありがとうございました。 』
 
 ふと腕の時計を見る
 遙をこの場所へ置き去りにしてからもう2時間近く経っている
 今もこの街に遙が居るかは解らない
 こんな状況だから、寄り道するとも思えない
 だから俺は駅へ向かう事にした
 再び昇ってきた坂道を下り始める
 次第に足は早足になる
 それは下り坂が理由じゃない
 自分で意識して動かしている
  ― 遙 ―
  ― 遙 ―
  ― 遙 ―
 いつしか気持ちが俺を追い抜いていく
 坂道を終える頃には全力疾走していた


  ― はるかぁ ―





    Scene.6


 駅へ着くと、真っ先に改札へ向った
 デッキの下を走りぬけ、エスカレーターを二段飛びして上がる 
 コンコースへ出ると、走るのはやめた
 真正面に自動改札が並んでいる
 そこには、これから電車に乗るであろう人の背中が消えていった
 すぐ脇にある待合室を覗いてみる
 TVのボリュームが流れる部屋には、誰も居なかった
 壁に掛けられている時刻表には、上りも下りも出発時刻を告げていた
 遙がこの場所へ着いたであろう時間からは、
 もう5本の電車が発っていた
  ― もう、帰っちまったのかな? ―
 再び自動改札の前に佇む
  ― 遙に渡した指定席券は、駅にある緑の窓口で変更できる ―
 あたりを見回し、緑の窓口を探す  
 改札に背を向けると、それらしい看板があった
 其方へ近づこうとした視線の端に、白い影が映った
 
 デッキの端の手すりに身体を預けている白いダッフルコート
 頭には目印の毛糸のボンボリが見て取れる
  ― 遙! ―
 声を掛けようと思ったが、一瞬戸惑った
 周りの気に掛けたからではない
 自分の気持ちをどうやって伝えるか
 それだけが、引っ掛かった
  ― どんな顔をすればいいんだろう? ―
 少しだけ遙に近づくが、足元はだんだん弱くなる
 遙は背中を見せたまま、遠くを眺めているように思えた
 遙が発した白い息は、遙の髪の毛を揺らしながら消える
 俺の元までは届かない
 が、その息と一緒に言葉が紡ぎ出されていた
 その声だけは、俺の耳に届き始めた
   ― 独り言? ―
 と思える遙の言葉は、確実に俺の中に溶け込んでいった

  『 …………けどね、私達はまだ高校生なんだよ。
    たかゆきくんは、一人暮らしをしているから生活費として
    沢山貰っていると思うの。きっと私のお小遣いなんて、何分の一だと思う。
    ううん、みんなそれくらいしか貰っていないと思う。
    だから、私達はその中で色々としなくっちゃいけないんだよ。
    だからね、こんなに片方が沢山のお金を使って、それをおごりとかプレゼントとか
    言われても、私、受け取れない。だって、私達はまだ、高校生なんだから。
    だけどね、ホントは、本当は嬉しいんだよ。
    こんな面白い所を見つけてくれて、連れて来てくれて、嬉しいんだよ。
    でも、今は一緒に肩を並べて、色々したかったの。
    二人でお金を貯めあって、一緒に此処へ来たかったの。
    たとえ何ヶ月掛かっても、おんなじ金額を貯金して、貯まったら一緒に来たかった。
    今、たかゆきくんが持っているお金は、お父さん、お母さんが一生懸命働いたお金。
    もし誰かに使うのなら、それはご両親へだと思うの。
    今はまだ、私達のお金なんて無いはずだから。
    そんな中で、私はたかゆきくんと一緒に歩きたかったの。
    私、変なこと言っているかもしれないけど、でも、私はこうなの。
    雑誌にも、TVにも載っていない私なの………… 』
  
   ― はるか…… ―

 遙の言いたい事が解った
 俺の間違いが解った
 今朝、遙を見た時、子供っぽいなんて思ったけど、
 子供だったのは俺のほうだった
 遙はしっかりと、周りの事を見ている
 世の中の事をきちんと受け止めている
 だけど俺は、目の前のことばかり
 TVやメディアに流され、目の前のお金を簡単に使う事ばかり
 それを受け取ってくれないと、遙に腹を立てるなんて
 駄々をこねている子供、そのままじゃないか
 遙はいつでも等身大で接してきた
 それなのに、俺は、大人ぶってみたくって
 大人な振りをして、自分を大きく見せようとしていただけ
 それなら俺はどうすれば良い?
 俺はどうやって遙に声を掛ければ良い?




    Last Scene


 空はどんよりとした雲に包まれている
 遙と俺の間に、白い雪片が舞い降りはじめた
 遙は気づいているだろうか?
 未だに独り言を呟いている

   『 …………って、こんな感じかな?
     もっと纏めた方が良いのかな?
     …………たかゆきくん、解ってくれるかな?
     解ってくれるよね? 大丈夫だよね?
     ……って、誰に言ってんだろう、私……ふふ…… 』
 そんな呟きが聞こえてきたのが我慢できなかった
 そんなことまで言わせてしまった俺が不甲斐無かった
 もうこれ以上、遙にそんな思いを抱かせて置けない、と思った俺は
   『 ああ、解った。遙の気持ちが痛いほど良く解った…… 』
 俺は一歩を踏み出した
   『 ……えっ!? た、たかゆきくん……? 』
 遙は驚きの表情で振り返った
 俺は遙の顔を見ることが出来ず、そのまま前に進んだ
 手すりに手を伸ばし、掴んだ
 ひんやりとした感触に身体が震えた
   『 い、いつからそこに居たの? 』
   『 少し前から…… 』
   『 ぜ、全部聞いていたの? 』
   『 全部かどうかは解らないけど、大体は聞いた…… 』
 俺は手すりに伸ばしていた手を離し、口元へ戻し、息で暖めた
   『 ……大体って? 』
   『 お小遣いがどれくらいとか、お父さん、お母さんを大切にしようとか 』
 不意に俺の目の前に遙の手が伸びてきた
 あっけに取られていると、遙の手は俺の手を奪った
   『 ええ、そんな所から…… 』
 俺はようやっと遙を見る事が出来た
  『 ああ、大体そんな感じかな…… 』
 俺の手を取った遙は、ミトンで柔らかく包んで暖めてくる
 それこそ一生懸命さすってくれる
   『 ……っもう、ズルイなぁ……、ズルイよぅ…… 』
   『 ごめん…… 』
 顔は上げずにずっと俺の手を見つめて言う
   『 じゃぁ、全部……聞いちゃったんだ…… 』
   『 ああ……。 』
 こんな時、俺はどんな顔をすれば良いのだろう
 ばつが悪かった
 だからなのか、俺は遙が此方を見ていない事をいいことに、
 ちょっとからかうことにした
   『 ……熱弁だったぜ! 』
   『 んっ……もぅ……。 』
 俺の視線のしたには遙の頭が見える
 こうやって遙を見下ろしている俺は、本当は、遙を見上げいるんだ
 遙と言う女の子は、子供っぽく見えるかもしれないけど
 俺の中では、とても大人な女性なんだと気づいた
   『 遙……、ありがとう……なっ。 』
 俺はこれだけの事に気づいておきながら、
 未だに照れくさくって自分を偽ってしまう
   『 ううん、……ふふ、良かったぁ。 』
 遙が顔を上げた
 そこには屈託の無い笑顔があった
   『 ………… 』
 俺は照れくさくって、返事が出来ない
 あまりに照れくさかったので、空を見上げた
 
 空は相変わらず重かった
 そんな中に青空を見つけた気がした

 本当の遙を知っていくよ
 本当の遙がどんどん解っていくよ
 いつかは俺も追いつけるように
 いつかは俺が一緒に並んで歩けるように
 もっともっと大人にならないと……

 
   『 あ、じゃぁ、今日の交通費、受け取ってくれる? 』
 遙が不意に声を掛けてきた
   『 ああ、……ありがとう。 』
 俺も大人への一歩を踏み出す
   『 そんな……感謝するのは私のほうだよ 』
   『 いや、……まぁ色々と……なっ 』
 ……って、やっぱり素直になれねぇ……

 そんな二人の間に、再び雪片が舞い落ちる
   『 ……!? えっ、雪? ……いつから?? 』
   『 ついさっきから落ち始めた…… 』
 遙は近くに落ちてきた雪片を、ミトンで受け止めた
 それは直ぐに形を失い、布に吸い込まれた
   『 初雪だね? 』
   『 ……そうかぁ? ……此処では随分積もっているじゃないか……。 』
   『 この街にとっては、何度目かの雪かもしれないけど、
     私達にとっては、二人で見る初めての雪だよ。
     ……もう、二つの季節を通ってきたんだね。 』
   『 ああ、そうだな 』
   『 うん! 』
 遙は屈託の無い笑顔を見せた
 その笑顔だけで、俺も笑顔になれる
 案外俺たち二人には、それだけで良いのかもしれない
 俺と遙は、二人で空を見上げた


   『 積もるかな? 』
   『 ああ、積もるよ。 』
   『 柊町にも、降ればいいのにね? 』
   『 そうか……? 色々と大変だぞ。 』
   『 どうして? 』
   『 電車が止まったり、車がスリップしたりで大混乱だ。 』
   『 ……そうかぁ……、残念……。 』
   『 ……さて、この後はどうする? もう、あまり時間が残っていないけど…… 』
   『 あっ、お弁当食べようよ。 』
   『 弁当って……この雪の中でか? 』
   『 駅の待合室とか…… 』
   『 待合室か……、うん、そうするか 』
   『 うん 』
 
 俺はコートのポケットに手を忍ばせた
 指先に触れるものがあった
 先ほど買ったポストカードだ
 
   『 遙、……お土産だ。 』
 ポストカードを遙の手に渡す
 遙はそのイラストを一目で気に入ったらしい
   『 わぁ、可愛いね。どうしたの、これ? 』
   『 さっき一人で寄った美術館で買ってきた…… 』
   『 ずる〜い。一人で楽しんできたんだぁ…… 』
   『 し、仕方ないだろう?……でも、それのおかげで…… 』
   『 ねぇ、後で行こう? 』
   『 ……もうそんな時間が…… 』
   『 やっぱり、ズルイんだ、たかゆきくん 』
   『 …………ま、また今度来た時には…… 』
   『 ホント? 』
   『 ……ああ。 』
   『 ホントに本当? 』
   『 ああ、本当だ!また絶対に来ような? 』
 遙はいきなり俺の腕に手を絡めてきた
 そして笑顔で返事をした


   『 うん! 』









                 
          『 SNOWFLAKE 』END
               05.02.24


    あとがき

  二ヶ月遅れのクリスマスとなってしまいました(汗)
 元々、クリスマス用に考えていた作品だったのですが
 ボキャブラリーの欠如から、こんなに時間が経ってしまいました(爆)
 それでも雪の季節には、何とか間に合った事にホッとしています。
 ……って、もう梅の開花のにゅーすを聞いた事がある……??
 そんな事はさておき(爆)
 いつものように、誤字脱字、指摘、辛口感想等等
 頂ける物は素直に受け取ります。
 宜しければ掲示板でお会いしましょう(爆)
 
 あ、でも、迷惑メールは欲しくないです(大爆)
 


     

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