「夕呼、心拍計の興奮値がダウンしてるわ。」
「それじゃ、そろそろね。」
そういうと、夕呼はなぜかカプセルの蓋を開け始めた。
中には、孝之がいたが、いつの間にか頭や体には脳波計や心拍計のコードがつけられて
いた。
「まりも、ちょっと足を持って。」
二人は、孝之の体を持ち上げて、近くのベッドに寝かせた。
「夕呼、本当にこれでよかったの?」
孝之の寝顔を見ながら、まりもは言った。
「言ったはずよ。これは物理学と心理学の実験と。鳴海くんは、それに同意したのよ。」
「だからって、こんなのかわいそうよ。」
孝之が過去に行く前、まりもが言いかけた言葉。
「それが、もし...全部夢だったら、そこから覚めたときに受ける精神的なショックは
すごく大きいものになるはずだから...」
まりもは、そのとき言いかけた言葉を口にしていた。
「でも、ああでも言わないと実験に協力してくれなかったはずよ。」
「だからって、あんな説明して騙すなんて...」
「騙すなんて人聞きが悪いわね。別にあの説明の内容には嘘はひとつもないわよ。」
「あんな説明の仕方じゃ、騙したとしか思えないわ。」
夕呼が言った物理学と心理学の実験。
物理学は、カプセルの装置の実験。
ただし、そのカプセルは過去に行く装置ではなく、脳の記憶分野である海馬に働きかけ
て、過去の記憶を夢という形で見せる装置である。
そこで、強烈な印象を過去に持つ人物である孝之に目をつけた夕呼は、実験に協力を呼
びかけたというわけである。
今回は、その応用として、夢を見た人が行動する内容によって、過去の記憶とは違った
場面を見ることが出来るのかという実験である。
当然、夕呼は、孝之の夢の内容など見ることが出来ないので、カプセルに入った瞬間に
孝之の頭や体に脳波計や心拍計を取り付けて、そのデータを分析することによって、実験
結果を得ることにしていた。
それが、心理学の実験の本当の意味である。
「あたしは、もういいわ。今回の実験で多くのデータが得られたし。」
「えっ、それってどういうこと?」
「もう、彼は用済みってこと。」
そういって、夕呼は注射器を取り出す。
「夕呼、何をするつもりなの?」
「とりあえず、彼をある場所に運ばないといけないから、その間に目覚めたら困るでしょ
。だから、睡眠剤を打っておくのよ。」
そう言うと、夕呼は、アルコールの染み込んだ脱脂綿で、孝之の腕を拭いている。
「鳴海くんをどこに運ぶつもりなの?」
「まりも。よく耳を澄ましてみて。ほら、そろそろ聞こえてこない?」
「えっ?どういうことなの?」
まりもが耳を澄ますと、遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
そのサイレンの音は、こちらのほうに向かってだんだんと近づいてきていた。
「夕呼、まさか。」
「そのまさかよ。」
夕呼は、孝之の腕に脱脂綿をテープで貼り付けていた。
睡眠剤を打ち終えたという事なのだろう。
ちなみに、孝之の頭や体に取り付けられていた、脳波計や心拍計は、いつの間にか取り
外されていた。
「まさか、何もなかったことにする気なの?」
「当然よ。夢から覚めたあとに、怒りの矛先をこちらに向けられないように、今までのは
全て夢だったというオチにするためよ。」
夕呼の言っていることはこうである。
この場所で、孝之が目覚めて真実を知ったら、当然夕呼やまりもに対して怒るだろう。
過去を変えられるとか、タイムマシーンとか言っておきながら、全ては、全部夢だっ
たのだから。
そこで、夕呼は、救急車を呼び出し、孝之が途中で起きないように睡眠剤を注射した。
行き先は、遙がいる病院。
そこには、遙の専門医である、夕呼の姉のモトコがいる。
モトコが看病疲れで寝ていた孝之を見つけて、安静にしておいたほうがいいと判断し
て寝かせておいたとでも言えば、孝之は、全ての事が夢だったと納得するという手はず
である。
「あなたって、本当に恐ろしいわね。」
「科学の発展のために、多少の一般人は犠牲になるべきなのよ。」
二人が話している間に、救急車のサイレンの音が止まる。
救急車がこちらに着いたという事だ。
ドアが開き、ベッドで寝かせてある孝之を救急隊員が手馴れた動作で、担架に乗せ、救
急車まで搬送する。
その様子を、二人は静かな表情で見つめていた。
「まあ、目が覚めるまでは、いい夢を彼に見せてあげましょうよ。」
「鳴海くん、夢から覚めた後は、絶対に辛いと思うけど。きっといいことはあるはずだか
ら、めげずに頑張ってね。」
二人は、そう言いながら、救急車に運ばれる孝之を見送った。
そして、救急車はサイレンを鳴らしながら、病院に向かって走り出した。
―BACK TO THE PLACE!(その場所へ戻れ!) 終―
あとがき
どうだったでしょうか?Bad Endの終わり方というのは。
全ては夢だったというオチと、証拠隠滅を図ろうとする夕呼。
実は、当初はこのEndで終わる一本道の予定でしたが、
あまりにかわいそすぎるので、True Endのほうを付け加えました。
目覚めた孝之はどう思うのでしょうか?
まだ、True Endを読まれていない方は、こちらのほうも読んでみてください。
全ては、読者である、あなたの判断に委ねることにします。
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