Preludio

「・・・汝、健やかなる時も病める時も、富める時も貧しき時も・・・」
 神父様の声が静かに響く。
 キャンドルの炎の小さな揺らめき。
 手のひらに伝わる、あたたかなぬくもり。
「・・・誓います」
 その言葉に私も続く。
「・・・誓います」
 ぴんと張り詰めた、それでいて穏やかな空気が周りを満たしている。
 私の言葉がそんな空気の中へ溶けるように広がってゆく。
「二人を、夫婦と認めます」
 体の向きを変える
 大切な、愛する人。孝之さんの顔が見えた。
 緊張と紅潮とこみ上げる想いを覆い隠すようにかけられた薄いヴェールが、そっと上げられる。
 瞳を閉じる。
 唇に暖かくやわらかく、そして優しい感触。

 ・・・ありがとう、お父さん、お母さん。
 水月先輩、そして・・・姉さん。





君が望む永遠SS
だから今は、祝福を・・・

独白、〜宗一郎〜 <1>  娘の結婚。心中複雑になるよ、とは私の友人の言葉だが、いざ自分がその状況に置かれると なるほど、娘の幸せを喜ぶ自分と、自分の中から大切な宝物が失われるような寂しさとがないまぜ となり、何とも形容しがたい気持ちになるものだ。  それにしても、遙よりも先に茜とはね。1月に成人式を終えたばかりだというのに・・・。  茜が鳴海君、いや孝之君と呼ぼうか、に好意を寄せていたのには気付いていた。いつだったかな? 孝之君を家に呼んだときだ。後から聞いたんだが、茜ときたら遙が大変だ、とか言って彼を呼んだ らしいね。全く、孝之君にはすまないことをしてしまったよ。その後、孝之君も交えて食事をし、 彼が帰るときだ。遙が見送りと言って外に出た後、茜がこうつぶやいたんだ。 「あんなお兄ちゃん、欲しいなぁ〜」、とね。  遙が内気なこともあるのだろうね。茜は甘えられる存在を欲していたのかもしれない。けれど その時点ではあくまで好意であり、異性として意識したものではなかったように思う。   転機はやはり、思い出すのも辛い事だが、遙の事故・・・だね。  あの日、孝之君からの連絡で病院に駆けつけた私たち。  茜は、呆然と立ち尽くしている孝之君が、そのまま倒れるのではと思えるくらいの勢いで、 彼に抱きつき、ただ泣きじゃくっていた。  きっと、抱きしめて欲しかったのだろう。そうして、不安を少しでも消して欲しかったのだろう。 「頼れる、甘えられる、お兄ちゃん」・・・として。  だが、その時の孝之君にそれを求めるのは、余りにも酷なことだった。  私の視界から突然消え、孝之君はこれ以上ないという低い姿勢で「すみません」だけを繰り返した。 私の「止しなさい」の声も、茜の「やめてよぉ」の願いも、彼の耳には届いていなかった。  その後、命こそとりとめたものの一向に目を覚まさない遙。そして自分のことなど顧みず、(こう 言っていいものかどうか知れないが)まるで惰性のように遙の見舞いを続ける孝之君。  そんな姿を見るのが辛かった。  だから、事故から1年ほど経ったあの日、そんな苦しみから、辛さから逃れたい一心で、 私は言ってはならないあの言葉を、言ってしまったのだ。  ・・・もう、来ないで下さい。と・・・。  それを告げた日、そこに茜はいなかった。私一人が悪者になれば、と考えたからだ。  だが、そのことを私は、茜に話せなかった。  私一人が悪者? 思い上がりも甚だしいことだね。  私は逃げただけだよ。自分かわいさに己を保身しただけだよ。  遙のことで苦しむ孝之君をこれ以上見たくなく、茜に責められたくもない。  その事実を知らされていたならば、ここまで茜が苦しむこともなかったかもしれない。  父親としては、失格・・・だね。  私から孝之君を拒絶した事実を知らないまま、その後、速瀬さんを心の拠り所としたらしい彼を、 茜は心底、憎むようになってしまった。あのときの私の選択がここまで状況を悪化させてしまった。  選択肢を選びなおすことができるのなら、人生とはどんなに楽しいものだろう。  そして、そんな私の愚かさへの罰なのか、事故から3年後、遙は奇跡的に意識を取り戻し、 孝之君に会いたい、と言ってきた。私は恥の上塗りを承知の上で孝之君に2年ぶりの連絡をし、 娘のためにと、またしても父親のエゴを押し付けてしまった。  遙のためにと病院を訪れた孝之君を、茜は許さなかった。ここであの事実を告げねば・・・。 だが、私はまたしても躊躇った。・・・なんという、最低の人間なんだ・・・私は。 <2>  氷解、と言っていいのだろうか。その後、解り合うようになった茜と孝之君。 もともと好意を寄せていた相手だからなのだろうか、関係が次第に深まっていった。 だが、それに比例するように今度は、遙の態度が変わりはじめた。 それは、3年に及ぶ入院生活に別れを告げ、自宅療養になってからさらに顕著になっていった。 遙と茜がまるで話をしなくなってしまったのだ。あんなに仲のいい二人だったのに・・・。 食事やリビングでくつろいでいるときも、私や薫を通してならそれらしい話もするが、 遙から茜に、茜から遙に、といった直接的な会話は皆無になってしまった。自宅療養という こともあって家にいることの多い遙だが、たまに孝之君が訪ねてくるとその姿を見るやいなや 自分の部屋に閉じこもって出てこない。そんな遙の姿を見てしまっているせいか、 二人も遠慮するようにして、頻繁に会おうとはしなかった。  ああ、私のあの選択に対する罰が、いまだ続いているのだろうか?  そして、このままでは遅かれ早かれ訪れると思っていた日が、やってきてしまった。  茜が、家を出る・・・というのだ。  孝之君が今の職場に合わせて引越しをするので一緒に住みたいから、ということだが、 本当のところは、今のこの状況に耐えられなくなったからなのだろう。  さすがに遙も「お父さん、何とか言って!」と私に詰め寄ったが、そのときの私には茜を 説得できる自信もそして、その資格もなかった。・・・贖罪、だね。  茜のいなくなった家。  これまででも会話の進まなかった私たちだったが、それに輪をかけて遙は無口になってしまった。  そして私は、見てしまった。  茜と孝之君の名を呼びながら、私を責める言葉と共に泣きじゃくる遙の姿を・・・。  私に見られていることに気付いた遙だったが、これまでのように部屋から追い出そうともせず 私を濡れた瞳で見つめていた。数歩近寄ると、遙のほうから抱きついてきた。・・・そして、泣いた。 私はそこで、初めて全てを話した。軽蔑されてもいい、恨まれてもいい、ここで全てを話そう。  そして遙も「ごめんなさい」を繰り返しながら、まだ消えない、そして消せるはずもない 孝之君への想いが、茜への嫉妬心へと取って代わり、茜と孝之君を追い詰めていた、と悔いた。  ・・・大切なものを失って、人は初めて気付くという。  人の想い、その想いにいかに応えるか、私たちは大きな傷とともにそれを・・・学んだ。 <3>  孝之君が茜を連れて家を訪れたのは、暮れも押し迫った12月の半ばだった。 「・・・お父さん、お嬢さんを、茜を、俺に下さい」  単刀直入と言っていい、突然のその言葉に私は驚いた。そしてその場に居合わせた遙の顔が みるみるうちに引きつり言葉を失っていくのを、場の空気が教えてくれていた。  そして、それに続く言葉に私は更に驚き、困惑するしかなかった。 「それで、結婚後のことなのですが、俺と茜を・・・こちらに住まわせて頂けませんか? 無理にとは言いませんが、・・・これが、今の俺たちが出した、答え・・・です」 「・・・し、しかしそれでは、君たちが」  私の当惑した返答を聞く孝之君。 ・・・その目が、全てを語っていた。隣に座る茜の目も、同じだった。  真意を悟った私に出来るのは、ただ、二人に頭を下げることだけだった。  何と言うことだ・・・。  こんな私たちのために、もう一度やり直してくれるというのか。  親子の、家族の絆を取り戻すために・・・もう一度。 「・・・娘を、茜を、よろしくお願いいたします。そして、こんな私たちですが、どうか・・・」  時が再び、回り出してくれる。・・・家族、という時が・・・。  指輪の交換をする二人の姿が見え、私は回想の世界から呼び戻された。  ・・・おめでとう、茜、孝之君。  ・・・そして、ありがとう。 独白、〜水月〜 <1>  あ〜あ、茜にまで出し抜かれるなんてなぁ〜。私もヤキが回ったものよね。  それにしても、孝之ったら。何かの本で読んだけど、男って「おにいちゃん」って呼ばれたい 願望があるんだってね。それが特に強い人のことを「妹属性」とか言うらしいけれど、要するに 年下趣味、つまりはロリコンのことでしょ? 孝之もそうだったんだ、ふふっ!  え? ずいぶんと割り切れてるね、って?  そうよね、あの日、遙の退院の日からもう2年近くになる。そしてその過ぎて行く時間の中で 悩み、苦しむ二人の姿を見てしまったから。  それは初めは驚いたわよ、茜が孝之のことを好きだってことにね。そして孝之もまた茜に 心を惹かれていたという事実にね。怒りさえ覚えた。何でここまできて茜なのよ!って。  遙だったら、まだ少しは分かるわよ。孝之に遙を紹介したのは私だもの。私だって、孝之のこと 好きだったよ。でも2年間もずっと想い続けてたっていう遙の気持ちを応援したくて、それで孝之に 遙のことを好きになってほしくて、いろいろちょっかい出したっけ。  そしてあの事故。うまく行き始めた二人を本当に「引き裂いた」悲しい出来事。  あの事故のあとの孝之の姿、思い出したくないくらいのひどい有様。  私もそれを境にして水泳に打ち込めなくなり、止めてしまった。  そしてそれは、私を「尊敬する先輩」として慕ってくれていた茜を裏切る行為。  失意と絶望、あのときの孝之はまさにそのどん底にいた。デートの待ち合わせに遅れたために 遙が事故に遭ったと自分を責めつづけ、惰性のように遙の見舞いを続けていた孝之。そんな孝之の ためを思って遙のお父さんが告げた「忘れてくれ」の一言に打ちのめされた孝之を、私は支えて 行こうと決めた。だって、孝之が待ち合わせに遅れた理由は・・・。  茜か。あの子にはホント、恨まれていたよね。水泳を止めたことでも、孝之と付き合いだした ことでも。特に孝之と付き合いだし、遙の見舞いから遠ざかってからは一層、ね。  遙のお父さんが孝之にあの言葉を告げた事実を、茜は知らされていなかったらしくて。 突然いなくなったと思ったら、遙の見舞いにもこないで二人でいちゃついてる・・・。どういうつもり? そう思われても仕方ないよね。  事故から3年が過ぎ、遙が目を覚まして、孝之と慎二君と一緒に病院を訪れた時のあの子の 蔑むような、憐れむような、戸惑いと怒りのないまぜになったような表情を、私は忘れることが できない。・・・そして、同じ感情は孝之にも向けられていた。  それがこうなっちゃうんだから、人ってホント分からないよね。  私は茜の気持ちを知って以来、孝之とも距離を置いた。そして、8月27日、選りによって 私の誕生日に、「別れ」を告げられたのだ。・・・もう続けていてはいけない、と。 <2>  二人の複雑な心境を知るきっかけとなったのは、遙の退院の日から1年ほど過ぎたある日、 慎二君からの電話だった。・・・なぁ、知ってるか? 慎二君の深刻そうな口調が不安を誘った。 孝之が引越しをしたこと。そして、転居先で茜と一緒に暮らすことにしたらしい、ということを 聞かされた。転居先は橘町だそうで、孝之にしてみれば、例の「すかいてんぷる」。バイトとしての 頑張りが認められたのか、チーフマネージャー候補として正規採用された職場近くの住まい。 それだけを取れば、何も不自然なことなどないのだけれど・・・。  でも、茜がいっしょに暮らしているというのが引っかかったの。しかも実家からさほど離れていない 橘町。付き合っているのだから一緒に暮らすのは当たり前、とは思えなかった。孝之だって職場に 近くなるとはいえ、わざわざ柊町から出て新居で茜と暮らすということの本当の理由はなに?  そう、茜が「家を出る」選択をした理由って・・・。  ・・・やっぱり遙と、うまくいっていないのかな?  それで、覗き見趣味と思われるのを承知の上で、慎二君を通じてそれとなく、言葉が悪いけれど 探りを入れてもらったの。・・・そして、当たって欲しくない私の予想が、当たっていた。  退院した後しばらくは何ともなかったそうだけど、2回、3回と孝之が家を訪れるたびに遙の態度が 変わっていったらしくて。・・・遙、やっぱり・・・そう、なんだよね?  とにかく遙と一度話をしたくて、しばらくしてから思い切って遙の家に行ったんだ。 「え・・・水月? 久しぶり、だね」  そっか、退院の日も会ってないのだから、ずいぶんになるんだよね。 「ねぇ、少し・・・話しない?」  少し躊躇うような仕草を見せたけれど、とにかく上がって、と言ってくれた。  そういえば、遙の家に上がるのって、いつ以来なんだろ? ひょっとして、白陵のころ以来? 「・・・どうしたの? 急に話をしたいなんて。それに連絡もなしでなんて、留守だったら どうするつもりだったの?」  当たり前の問いに私は肩をすくめながら、ばつが悪そうに舌をペロリと出した。 「あはは、変わってないね、水月も。思い立ったらすぐ、だもんね」  あのころと同じ、軽口めいた言葉を交わすと、気まずいまでの無言があたりを支配する。 「・・・茜の・・・こと・・・でしょ?」 「・・・・・。分かって、たんだ」  遙の方から切り出されたことで、逆に話に詰まってしまう。  再び、沈黙が訪れる。 「・・・ね、どうして・・・茜、なのかな?」 「・・・ねえ、何で・・・茜、なんだろ?」  申し合わせたように口調の違う同じ問いが重なり、お互いに顔を見合わせてしまった。  そう・・・だよね。お互いに孝之に「選ばれなかった」私たち、だもんね。  そして、しばらくの沈黙の後、遙が静かに話し出したの。 「私ね、ホントにイヤな女になっちゃったよ。茜とまともに話もできなくなっちゃって、たまに 孝之くんが訪ねてくると、露骨にイヤな顔をしてそこから出て行って・・・。夕食の時とかも、 お父さんやお母さんとは話をするけれど、茜とは・・・」  話しながらだんだんと俯き加減になる遙を見るのが、とても辛かった。  けど一度話し出したことで、遙の中で押さえていたものを、止められなくなってしまったのね。 事故に遭ったのは自分のせいではないのに、それで3年間も眠りつづけた。ようやく目覚めてみれば 孝之のそばには私がいて、おまけに実の妹まで孝之に想いを寄せている。そして肝心の孝之は、 想いを寄せつつも姉のためを思い正直になれなかった、茜の本当の気持ちを汲み取り、その心を、 想いを受け入れようとしている。  3年も経っているんだから、と簡単に割り切れるものじゃ、ないよね。  人って、そんな便利に、都合よくできてるものじゃ、ないよね。  ・・・私だって、そうなんだから。 <3> 「私、鳴海孝之と涼宮茜は、この度、結婚することになりました」  その便りが届いたのは確か2月のこと。 そう、やっと結婚、か。・・・決心、したんだね。  ・・・あれから1年半、長かったよね。いろいろなこと、あったよね。  驚いたのは、結婚後の住まいのことだったな。涼宮の家で暮らすって書いてあったんだもの。 そう、早い話が孝之はムコ養子として涼宮家の一員になる、ということ。姓は鳴海だけどね、茜も。  そっか・・・ウチに戻るんだ。  遙と・・・解り合えたのかな?  それとも、解り合うきっかけにするため・・・なのかな?  その便りではそこまでのことは分からないけれど、そうあって欲しい。 「誓います」  茜の良く通る声が静かな教会の空間に響き渡り、私は思い出の中から現実に帰ってきた。  祭壇に背を向け、教会の出口に向かって二人が歩き始める。  茜、泣いてるね。孝之も目を潤ませているよ。  そうだよね、いろいろなこと・・・ありすぎたもんね。  私も、まだ完全に割り切れたわけじゃないけれど。  ・・・でも、それ以上に悩んだんだよね。苦しんだんだよね。  茜、孝之・・・。  だから・・・今は、おめでとうと言わせてね。 独白、〜慎二〜 <1>  正直俺は、茜ちゃんとはそれほど面識はない。茜ちゃん、などと馴れ馴れしく呼んでいいものか とさえ思う。彼女とのつながりと言えば、速瀬の水泳の後輩であること、親父の会計事務所の顧客 である涼宮宗一郎氏の次女であること、そしてなにより、親友である孝之の恋人であった涼宮遙の妹。  そう、孝之と涼宮は恋人同士だったんだ。俺のもう一人の親友、速瀬が自分の友人で1年のころから 孝之のことが好きだったらしい涼宮を、孝之に紹介したんだ。いろいろあったけれど、二人は陳腐な 言い方だがカップルとして過ごしていた。そしてまだまだこれからというときに、それは起こった。  交通事故。被害者は涼宮遙。  命はとりとめたが、涼宮はその後3年間も目を覚まさなかった。  そして、その3年間でいろいろなことが変わってしまっていた。  孝之は3年かかってようやく目覚めた涼宮でも、その間支えてくれていたであろう速瀬でもなく、 孝之を憎んでさえいた茜ちゃんと解り合い、付き合いだした。  孝之の気持ちが茜ちゃんに向けられていると気付いた時、俺は正直なところ怒りにも似た困惑を 覚えたが、それがアイツの選んだ道なら、とそれ以上干渉することもなかった。    俺はどちらかというと部外者、って感じだ。涼宮の退院の日も病院まで出向いたわけでもないしな。 けれど、意外といってはおかしいけれど、つながりがあるものだ。  俺の親父は会計事務所を経営していて、涼宮の親父さんである宗一郎氏は顧客の一人だ。親父とも 知らぬ仲ではないらしく、それもあって涼宮家とはそれなりのつきあいだそうだ。  あれは大学を卒業してすぐのころ、親父の見習いというか手伝いで涼宮の家を訪れたときだ。 俺は親父の横でただ話を聞いてるだけだったんだが、世間話風の会話の中での涼宮の親父さんの話に 引っかかったんだ。  茜ちゃんが家を出て、孝之と暮らしている。  孝之が住まいを橘町に移したことは知っていた。バイトから店長候補の正社員となったことで、 利便性から職場近くの2LDKのマンションを借りることにしたのだ。  そのこと自体はなんら不思議なことではないが、茜ちゃんが一緒。どうしたんだろうと考えて いたが、それに続いた親父さんの言葉に驚いた。・・・遙と不仲でね。  どうにも気になった俺は、まず速瀬と連絡を取ることにした。速瀬もその知らせに驚き、 「もう少し調べられない? 私も遙と会ってみるから」、と言った。  俺は俺で、親父の仕事にくっつきながら、一段落を見計らって涼宮と会い、話をした。かつての 同級生とはいえ、相手が俺では世間話程度のことしかできなかったが、どうやら俺たちの想像が 悪い方向で当たっていたようだった。  だけど、今の俺に何ができるだろう。考えた末に俺は孝之と会うことにした。 「悪いな、わざわざ来てもらってさ。その上でなんだが、話だけじゃな。売上貢献、期待してるぜ」  全く、予想通りの展開だな。苦笑しつつもいくつか注文し、孝之の仕事が一段落するのを待つ。  頑張ってるな、アイツも。  1時間ほどして客足が引いたかな、と感じたころ孝之がやってきた。 「すまないな、なかなか時間が取れないものだから、なら来てもらった方が早いかと思ってな」  よく言うよ、と口に出かかったが、それはさすがに飲み込んだ。 「・・・茜ちゃんと、暮らしてるんだってな」  どう訊こうかと迷ったが、まわりくどくするよりはこの方がいいだろう。 「・・・何だ、知ってたのか。情報源は水月か? 茜のはずはないし、それとも・・・」  俺が親父の仕事の関係で、涼宮の家とそれなりの関わりを持っている事を察しているかのような、 別段、意外とも思わないような口ぶりで孝之が答える。  その時の話の中で、孝之は茜ちゃんとの結婚を考えていて、それを機に今のこの状況を少しでも 変えることはできないものだろうか、と俺に打ち明けてくれた。  ・・・そうだな、そうなってくれると、良いよな。 <2> 「そうか、涼宮の家で暮らすことに。・・・そう、決めたのか」  あの後、崩壊とまではいかないまでも冷え切ってしまったそれぞれの関わり。  このままではいけない、どうにかしなければ。  苦渋の末の決断だったのだろう。  だけど、今の俺に出来ることはもう、ない。  ・・・二人を影ながら応援してゆくこと以外には・・・。  孝之のヤツ、スッゲー緊張してやがんな。  思い出から現実の世界に帰った俺の目に、二人の誓いのくちづけが映った。  頑張れよ、・・・そして、幸せに・・・な。 独白、〜遙〜 <1>  私、まだ孝之くんのこと、忘れられないよ。  でも、孝之くんは、茜を選んだんだよね? 私じゃなく、水月でもなく、茜を。  どうしてかな?  どうして、茜、なのかな?  茜が孝之くんのこと気にしていたのは、分かってたよ。  だって、「お兄ちゃん」だなんて呼んでたんだもの。私がこんな性格だから、やっぱり甘えられる お兄ちゃんみたいな人が欲しかったのかな。孝之くんって優しいからね。  私も、1年のときからずっと好きだった。でも私ってこんなんだから告白なんて出来なくて。 そのことを水月にも打ち明けられなくて、3年生になってとうとう水月に訊き出されちゃって、 それで告白できたんだけどね。  いろいろあったけれど、やっと鳴海君、ううん孝之くんといっしょになれて、これからってときに あの事故。全然思い出せないけれど、正直実感もないんだけれど、・・・3年、経ってたんだよね。  だから、孝之くんのそばに水月がいたのには、寂しさもあったけれど、そうだよねって思ったの。 だけど、茜が孝之くんにそこまで思いを寄せていて、孝之くんもまた茜のことを見てる。あの日、 孝之くんたちがお見舞いにきてくれて、水月がバラの花束を持ってきたとき、茜が叫んだよね。 「あの人のために選んだんじゃない!」って。そしてそこで3年経ってるって、いつまでも目を 覚まさない私が悪いんだよって。その日のこと私は思い出せないけれどね。  どうして知ってるかって? 茜が話してくれたんだよ。そして孝之くんのこと好きだって 私に打ち明けたの。私、もう何が何だかわからなくなって、そのまま茜を病室から追い出しちゃった。 そして、泣いたの。どうして私じゃないの? どうして茜なの?ってね。  孝之くんが病室を訪ねてくれたときも、私、孝之くんを困らせちゃったよね。行かないで、って。 茜が待ってるんだもの、ここにいられるはずないの分かってるのにね。 <2>  私って、ホントいやな女だよね。退院してからというもの、茜とうまく行ってなかったの。 茜の顔を見るたび、孝之くんのこと考えちゃって。だから、避けて。お父さんやお母さんと 一緒でなければ話もしなくなって・・・。  孝之くんがたまに家に来た時も、私、部屋に駆け込んでたよね。  気付いてた? 茜。私、そうやって孝之くんの気を引こうとしてたんだよ。茜じゃなくて、 私のことを見てよ!って。汚いよね、卑怯だよね、私って。  そして、その日が来てしまったのよね。  茜が・・・家を出るって。そして、孝之くんと一緒に暮らすって。  引きとめようとしないお父さんに思わず詰め寄っちゃったけれど、分かってたの。茜の決意は 固いし、何より、そこまで茜を追い詰めてたってことにその時初めて、気付かされたから。  茜が家を出てからは、何かぽっかりと穴が開いちゃったみたいになってね。お父さんのことも 避けるようになって、話も出来なくなって。  でもね、私が部屋で泣いてるのをお父さん、見ちゃったんだ。いつもは入ってこないで!って 追い返すのに、その時は、そばまで来てくれたお父さんに抱きついて・・・泣いたの。 お父さんもね、目に涙を浮かべてた。そして話してくれたの、全部。そのことをこれまで 話してくれなかったことに、どうしてって思いもあったけれど、お父さんも同じだったんだ。  それからしばらくして、水月が家に来てくれたっけ。  私、全部話したの。水月も目を潤ませながら聞いてくれたよね。  そして水月、私に言ってくれたの。  今までのことは取り返しがつかないかもしれない。だけど、気付けたんだから、これから 良くして行こうよ、良くなると信じようよ、ってね。  ・・・そうだよね、いつまでもこうじゃいけないもんね。 <3>  孝之くんが茜と一緒に家に来てくれたのは12月の半ば過ぎ。私、どんな顔で会えばいいか 分からなくて、居心地悪そうにしてたっけ。・・・そして、孝之くんの言葉。 「茜と結婚させて下さい」  私、マンガみたいにソファから飛び上がったのかな? お父さんがびっくりしてたけど。 でも、その後の言葉がもっと驚きだった。  結婚後、家で暮らしたい、って。  お父さんは二人の気持ちに気付いてたみたいだけど、その時の私には分からなかったの。 後からお父さんと話をして、やっと分かったけどね。  ・・・そこまで、してくれるの? 私たちのために。あんなに茜を、孝之くんを悩ませ、 苦しめた私たちとの、絆って言っていいのかな? それを・・・取り戻す、ために・・・。  茜、綺麗だよ、白のウェディングドレス。誓いの言葉が聞こえてくる。  もう、思い出に浸るのは、やめよう。  ・・・これからは、前を向いて行こう。  ・・・だから今は、祝福を。こころからの、おめでとうを・・・。 ふたり <1> 「このままじゃ、いけないよな? 茜」  茜と一緒に暮らし始めてもう半年。  そう、茜が家を出てからもう半年にもなるのだ。  俺が茜の気持ちに応え、遙でも水月でもなく茜と一緒にいることを選び、望んだことで、 大きく状況が変わってしまった。一番の変化、遙だった。そうだよな、3年経ったとは言え、 かつて恋人と決めてくれた俺が、こともあろうに実の妹である茜と付き合ってるんだ。  二人の関係は、俺が茜に会いに行くたびにおかしくなっていった。そのうち俺の姿を見るや いなやその場からいなくなり、聞いた話では部屋に閉じこもって出てこないとか。  家庭でもほとんど話をしなくなり、二人の間に文字通りの溝ができつつあった。 「もう、耐えられないよ。助けて、孝之さん」  その切実なまでの願いに俺は応え、周囲には仕事に便利だからと口実を作って橘町へ移った。 茜と一緒に暮らすために・・・。  それが、単なる「逃げ」でしかないことは分かっていた。  だけど、その時点では他の選択肢が思い浮かばなかったのだ。  その決断の報いはすぐに訪れた。  崩壊とまではいかないまでも、涼宮の家から暖かな光が、消えた。  ここからは慎二と久しぶりに会ったとき、聞いた話だ。  遙はほとんど口を利かないようになり、普通に暮らせるようになったというのに一日中、 部屋に閉じこもることが多くなったという。・・・家族とも話しをできず、沈み込んでいる 遙の姿が浮かんだ。・・・俺が招いた、結果・・・なのか? 「結婚しようよ」  俺の唐突な言葉に目を丸くする茜。 「そうして、今の俺たちの関係をはっきりさせよう。そうしなければ、何も始まらない」  そうだ。あやふやな付き合いをしていたことが、今のこの状況を作ってしまったんだ。だから、 しっかりと地に足をつけて、そこから歩き出さなければいけないんだ。  もう、迷っている時間はない。  そのことを、茜も分かっていたのだろう。 「・・・うん」  小さく短いが、意思の込められた返事が俺の耳に届いた。 「それでね、孝之さん。私、考えてることがあるの。結婚後のことなんだけど・・・」  片手で軽く言葉を制し、替わりに俺が続ける。 「・・・実家で、暮らしたいんだろ? お父さんやお母さん、そして・・・遙と」  そう、もう一度はじめるために・・・。  ・・・これが俺と、茜の出した答えだった。 <2>  年の瀬も迫った12月の半ばのある日、俺は茜を連れて実家を訪れた。  茜が家を出てから、8ヶ月が過ぎていた。 「・・・お父さん、お嬢さんを、茜を、俺に下さい」  まわりくどいことを言う必要はなかった。  そして、俺と茜が出した答えを、伝えた。  お父さんの顔が、驚きに引きつる。  だが、ほどなくして穏やかな表情に戻り、娘を頼む、と頭を下げた。  そして、俺たちの真意を汲んでくれたのだろう。こう、続けた。 「・・・こんな私たちですが、どうか、末永く・・・お付き合い下さい」    ・・・俺たちの、俺たちを取り巻く時間が、動き始めた。  互いの心に、大きな傷を残しつつもそれは・・・動いて行く。  それが癒されるかどうか、それは、これからの俺たちの時間、それにかかっているんだ。 Atto Fine  ウェディングベルが鳴り渡る。  教会の扉が開く。  二人の姿が見え、拍手が鳴り響く。  真紅の絨毯の上を歩く二人に、ライスシャワーが浴びせられる。  やがて、私の前まで来た。  横にいた遙に、手にしたブーケを差し出す。  それを、しっかりと受け取る、遙。 ・・・涙が一つ、二つ、頬を伝った。  茜の唇が小さく動いた。 「・・・ありがとう、お姉ちゃん」  涙声が聞こえた。  私も、目頭が熱くなった。  ・・・良かったな、茜、遙。  そして、ありがとう・・・孝之君。  これから、取り戻して行こう。  そして、新たに築いて行こう。 これまでに失った時間と、絆を・・・。  今の私たちにはそれが、出来るはずだから・・・。    だから今は、祝福を・・・。  END ≪あとがき≫  茜ちゃんって、「君望」の中で一番「報われないヒロイン」と思いませんか? 4つあるEDのうち3つまでがバッドエンド、救われません。グッドエンドもこれから先 大丈夫か?ってな内容ですしね。  それで今回、聖誕祭に向けて「孝之と茜ちゃんの結婚式」を書いてしまおう!と 考えた次第。 内容としては、どう結婚まで持って行けたか?を書くよりも、結婚式の参加者が それまでの経緯を個々に振り返り、それぞれの心情を告白する方が良いと思い、今回の 形になりました。  聖誕祭に間に合わせようと焦りましたが、それなりに満足行く内容には仕上がりました。 ホント、ギリギリですが・・・(締切に追われる作家気分でした)  ところで、今回の作品ですが、たくとさん、シュウさんのサイト両方に送ってしまいました。 自分のサイトでも公開してますし、これってマルチポストになっちゃいますか?
  

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