君が望む永遠

  ー夜空に星が輝くようにオレたちはまた……ー


                           written by Kanon Yukizuki

「もう遅いかもしれないけど……オレ……君のことが好きです」




あの告白から3年の月日がたった……。

オレの周囲の環境もずいぶんと変わった。
まぁ3年間の重みというやつだろうか?
正直な話、大学の講義のほうが重みというものを感じてたりする……。

…………流れるような3年だった…………。







ざわめきがやまないカフェの一席に腰を下ろして一息。

「冷房万歳!!」

そんなことを心の中で叫びながら外を眺める。
相変わらず照りつけるような太陽。
夏ってどうしてこんなにあつくてだるくなるのだろうか……?
あぁ〜……いきなり猛吹雪でも吹かないかな……。

そんな馬鹿なことを考えながら待ち人を待つ……。

「おーい」

後ろから耳に慣れ親しんだ声が聞こえてくる。
親友の慎二だ。

「なんだ慎二か……」
「わるかったな、オレで」

やれやれといいながらも笑いを向けて正面の席に腰をかける慎二。
もっとも慎二もこのやりとりを嫌がっているわけではなくて、
いつもどおりのコミュニケーション。
いわゆるオレたちなりの挨拶ってやつだ。

「いとしの彼女さんでなくて悪うございましたね」
「ん? 彼女?」
「しらばっくれるなよ、思春期」
「なんか言ったか? デブジュー?」
「…………お前ほんとうにしつこいな……」
「…………お互いにな」

……これだけは何年経っても慣れそうにないな……。

「まぁなんにしても早くこないかな……」
「そうだな……」

ふと気づけば後ろに聞き覚えのある足音が2つ。

「ごめん、待った?」

うわさをすればなんとやら。
後ろを振り返れば遙と水月がいた。

「いや、オレたちも今きたところだ」
「よかった……」

遙がほっとしたような表情を向ける。
オレは笑顔で返しながらオレの横の席をぽんぽんと軽くたたく。
にこりと笑ってくれて遙がオレの横に腰掛ける。

…………こういうの本当に恋人っぽくていいよな。

水月もうんうん言いながら慎二の横に腰掛けた。

いつもどおりのメンバーで日々変わりのない生活をしているだけのオレたち。
そう、オレたちは白陵大へ進学した。
もともと志望していた遙、慎二合格。
オレも危なくはあったがなんとか合格することが出来た。
そして1人だけ外れてしまった水月も実業団の試験に見事合格。
時間が空けば何故か白陵大のカフェに顔を出している。
今でも記録を少しずつではあるが更新しているらしい。
だがオレ個人の意見としてはそろそろ次の人に力を入れるんじゃないか?
と思っている。
なんといっても茜ちゃんという新しい期待の星がいるからな。
噂によると水月とタイムがそんなに変わらないらしい。
つまり水月よりも茜ちゃんの方が望みが深い!
そういうことだ!
茜ちゃんは0,001秒違えばものすごい差だと言っていたが……、
オレ個人としては残念だったな水月! って感じだ。


4人で今までわいわいやってきたけど……。
……なんとなく……そんな流れに任せてここまで来た……けど、
こう見て見るといろいろなところがすこしずつだけど変わっている……。
時というものは本当に流れている……ふとそう思った。
オレたちの呼び方も少しずつではるけど変わっている。
オレは速瀬のことを水月と呼ぶようになったし、
遙は慎二のことを「慎二くん」と呼ぶようになった。
ただ…………。

「なぁ? 慎二?」
「ん? 何?」
「何でみんな下で呼び合ってるのにお前だけ遙のこと涼宮って呼ぶんだ?」
「あのな……お前、オレが『遙』なんて呼んだらどう思う?」
「…………」

うーん……確かに……。
きっと思わず殴ってしまうに違いない……。

「じゃあ、オレも水月って呼ばないほうがいいか……?」
「いや、別にオレはかまわないけど……まぁ、孝之に任せる

とまぁこういうことを言っているのは実は……

「それにしてもお前らがくっつくなんてな……」
「どういう意味だよ?」
「いや、そのまんまだが……」

なんと慎二と水月は現在交際中である。
きっかけはオレだということなのだが、教えてもくれないのでいまだに謎だ……。
まぁ、慎二が水月を好きなのはなんとなくわかってはいたが……。

「なぁ、いい加減教えてくれないか?」
「何をだよ?」
「お前と水月が付き合い始めた理由だよ……っうぉ」
「た、孝之君大丈夫?」

ぶっと水を吹く慎二。
思い切りその水をかぶるオレ。
笑う水月。
そして、横でオレの心配をしてくれている遙。

「汚ねーよ……」
「いや、わるい孝之」
「はい、孝之君」

謝る慎二にハンカチを出してくれる遙。
微妙に苦笑してるし……。
うぅ……情けないな……。

「遙ありがと」
「そんな……」

頬を染める遙。
そ、そんな可愛い顔されると……こっちまで赤くなってくる……。

「ひゅーひゅー」
「いつまでもあついなー、お前ら」
「うるさいな……大体お前らは……ぐぁ」

あぁ……お花畑が……きれいな女の人が…………
…………じゃなくて……

「誰だ? 後ろから人にものぶつけるのは!?」
「あれ? これ孝之君のお財布……」
「え……?」
「まったく、だらしないんだからお兄ちゃんは……」
「茜?」
「やほー、お姉ちゃん。水月先輩に平先輩こんにちは」
「こんにちは、茜ちゃん」
「また来たの? 茜?」
「水月先輩だって来てるじゃないですかー」

……相変わらず元気だな……ってそうじゃなくて。

「茜ちゃん……オレに挨拶はなしかい……」
「あ、お兄ちゃんこんにちは〜」
「オレはついでかい……」
「そんなことないですよ、それにもともとお兄ちゃんに用があったんだよ?」

そういえば……財布……。

「坂に落ちてたんだよ、不用心なんだから」
「あはは……いやーありがと、茜ちゃん助かったよ」
「えへへ、オレンジジュースご馳走様」
「何!? 貧乏大学生から金とんのかよ!?」
「だってー、私が拾わなかったらお兄ちゃん一文無しだよ? ジュースくらい……ね」

く……確かにそうだが……仕方がない……のか?

「……1本だけだぞ……」
「やったー、さっすがお兄ちゃん。水月先輩は何にします?」
「おいちょっとまて……」
「あぁ、孝之、オレ、レモンティーな」
「慎二……お前もか……」

はぁ……。

「遙は何にする?」
「え……でも……」
「いいよ、4人も5人も変わらないし」
「でも…………」
「いいから、いいから」

たまにはこんな出費もいい……よな?
うん…………。

「……抹茶が……いいな……」
「了解」

オレがいて、慎二がいて、水月がいて、茜ちゃんがいて、
そして……何よりも遙がいる……。
これが幸せなんだ……。
当たり前の光景がとても幸せなことなんだ……。
……なんで……そう思うんだろう……。

「おかえり、孝之君」
「ただいま」

遙の笑顔が迎えてくれる。
こんな遙の顔を見ることがとても大切に思える……。
……なんだか今日のオレ変だな。
センチメンタルっぽいのは似合わないな……。

「ほれ、茜ちゃん」
「わぁ〜、ありがとうお兄ちゃん」
「慎二も」
「さんきゅ、わるいな孝之」
「いつもおごらせてるしな。たまにはいいよ」
「ねぇーねぇー私には?」

…………きた。

「もちろん買って来たさ、さぁぐぐっといってくれ」
「………………」
「ん? どうした水月?」
「お兄ちゃん……これは…………」
「孝之…………これは……何?」

何って……見ればわかるだろ……?

「……青汁」
「……私は何を頼んだかしら……?」

……背筋になんか寒いものが……。
顔は笑ってるけど……声が笑ってない……。
これは………………ピンチ?

「さ〜て、なんだったかな?」
「…………買いなおしてきて……?」
「お前なぁ……オレがせっかく健康のためにとおもって買ってやったのに……」
「あんまりふざけてると……ぶっとばすわよ……?」

いや……ちょっとした悪ふざけだろ……?
なんでおごってやってまでぶっ飛ばされなくちゃいけないんだよ?
……………とは口が裂けてもいえないな……うん。

「はい、さっさと買いなおしてくる。3,2,1はい」
「いや……冗談だから。ほら、これでいいだろ?」

さっきに負けて取り出したのは何てことないスポーツドリンク……。
これならいいだろ……多分。

「はじめからそっちだしなさいよね……」

青汁とオレのその後……。

………………………このあとどうなったかは……ご想像にお任せする……。










「孝之君、これからどうする?」
「ん?」

時刻は夕暮れ時。
慎二はバイト。
水月と茜ちゃんは泳ぎに、
それぞれの時間に散っていった。

オレたちは……と言うとなんとなくぶらついてたりする。
こんなゆっくりとした時間が幸せだなんて遙と付き合う前までは
気づくよしもなかったよな……。

「特に予定はないけど?」
「じゃあ、あの丘に行かない?」
「そうだな、今の時間なら凄いいい眺めだぜ?」
「じゃあ、急いで行かないと」
「そんなに急がなくても大丈夫だよ」

……こんなに幸せな時間……。
オレはここにいてもいいのだろうか……?
…………何かが違う気がする……。
…………なんだろう……。

「…………か……き君……孝之君、孝之君ってば」
「ん? どうした遙?」
「もぉ、さっきからずっと呼んでるのに」
「悪い、ちょっとぼーっとしてた」

…………また馬鹿なこと考えてる……。
遙にまで心配させて……。
遙がそこにいる。それだけでいいじゃないか……そうだ……。

「孝之君、ほら見て、凄い夕焼けだよ」
「本当だな」
「来てよかった」
「遙と一緒にな」
「もう、孝之君ったら」

頬を染めながら照れる遙。
凄くいとおしくて思わず抱きしめたくなる。

「きゃ……孝之君……」

…………訂正。
もう抱きしめてた……。

「懐かしい……よね……」
「そうだよな」

この丘から始まって……
今も幸せの時は流れ続けてる。
きっとそれは凄く幸せなこと……のはずなのに……。
なんだろう……この気持ちは……。

「孝之君?」
「うん?」
「体調……悪いの……?」

心配そうに覗き込む遙。
……そうとう重症だな……。

「大丈夫だよ」
「………………本当?」
「あぁ……それよりも」

遙との時間を大切にしよう……。

「ここは、全然変わらないな」
「うん、そうだね」

話をそらして誤魔化すオレ。
そんなことを意にも返さずとててっと一本の木に走りよる遙。

「ここで……結ばれたんだよね……」
「本当に懐かしいな……」
「うん、ここで私が告白して……」
「オレがここで告白して……」
「一緒に受験勉強したよね」
「あぁ、絵本作家展にも一緒に…………え…………」

───────違う……。

「え……?」
「違う……違う…………」
「どうしたの孝之君……? 何が違うの?」
「わからない……けど……違うんだ……」

ここはどこだ……?
なんでオレはここにいるんだ……?
どうして……遙と一緒にいられるんだ……?

「なんで……こんなに幸せなんだろ? オレ?」
「ね、大丈夫? 孝之君……?」
「ほんとうに……なんでだろ……」
「孝之君……目……」
「え…………?」

気づけば頬には熱い線……、
熱い……涙…………。

「あれ? なんだこれ……」

止めようとしてるのに涙が止まらない……。
心配そうに見ている遙の表情すら涙でゆがんでしまって……
うまく見ることが出来ない……

「待て、待ってろ、すぐ止まる、すぐに止める……から」

熱い筋の上からすっと頬を少し冷たい手が……

「え……?」

見えない……?
さっきとは違う……
涙とかじゃなくて……
遙が……まるで光でぼやけてる……そんな感じ……

『ありがとう』

遙の声なのに……まるで別の世界の人と話しているようにすら感じる……。
そんな優しい声が上から降りているように聞こえる……。

『私のために泣いてくれて……一緒に居てくれて……』
「はる……か……?」
『幻……だとしても……孝之君と一緒にいれて……よかった……』
「ま……ぼろし……?」
『もし……許されるなら……私は『今』の心を目が覚めてももっていたいな……』
「な、なにを……いっているん……だよ……?」
『孝之君と一緒に笑っている『遙』でいたい……な……』
「お…………い…………いったい……なにを……」

見えないのに……遙がそっと微笑んだような気がして……
そして……

『ありがとう……』
「おい……は……るか……?」
『……そして……さようなら』
「ま、待ってくれ……遙……遙ッ!」
『さよう……なら』

丘に強い風が吹き抜けていった……ような気がした……。







「遙ッ!!」

気づけば白いベッドに上半身をあずけた自分がいた。
どうやら夢をみていたようだ……。

「……?」

ふと頬を暖かい何かが走った……涙……だろうか?
よく覚えていないけど、よっぽど辛い夢か……それともその逆だろうか……?
……そんなことはどうでもいいことだ…………。

目の前に眠ったままの遙がいる……。
それがいまの現実……。
遙が目の前にいるのに……、聞こえてくるのは暖かいあの声じゃなくて……
耳障りな電子音だけ……。

「遙…………」

横にはベッドに身をあずける茜ちゃんがいる……。
もう1年前の明るさは見えなくて……そこにあるのは辛さだけ……。

…………オレが……この幸せな家族の『幸せ』を壊したんだ……。

何度も自分の頭の中を声が駆け巡る……。
もうオレに……、
大切なものを傷つけて……奪うことしかできなかった人間に……
できることなんて1つもなくて……。
あったとしてもそれはただ……
『遙が目を覚ましますように……』
そう祈ることくらいだ……。

悔しくて、悔しくて……乾きかけていた目じりがまた潤みをおびてくる……

……1年間……あのときからそれだけの時が過ぎた……。

こんこん…………。

控えめなノックの音……。
中に入ってくる2人の足音。
先生と……遙のお父さん……。
会釈を返すその表情にも辛さが傍目にも出ている……。
だけど…………、その瞳には決意のようなものがやどっている……。
そんな気がした……。

「ちょっといいかな……?」

はじめに口を開いたのは遙のお父さんだった。

「ここで話すのもなんだ……中庭まで……いいかな?」

こんなオレに何を話すと言うんだろう……。
うなずいてオレはあとに続く……。

「…………」

振り返ってもみても……安らかに……
いまだ覚めない夢にいる遙が……眠り続けているだけ……
そこには現実があるだけだった……。



季節は巡り秋になった……
もう1年の時がすぎたのに……
そうまでしてやっとオレは気づくんだ……。


──────オレたちの夏の終わりは……まだ遠い……と…………。





                                    fin...