Cherry cat
著:TAMAKI
  うっ・・・く・・・。



 寝室から、聞こえてくる嗚咽。

 多分、さくらの声だ。

 多分じゃない、いつも一緒にいたから、わかる。





  ―――それは、終焉を告げてしまうように。





 「にゃあ」

 ボクは、さくらの部屋に向かって鳴いた。

 『今は、どれだけ辛くても、受け入れないといけないんだ』

 って。

 「うたまる?あのね、ボク、しばらく・・・一人でいたいんだ。

  お兄ちゃんのところに行っててくれないかな?」

 嗚咽を混じらせながら、さくらは言った。

 ボクは、一言だけ、

 「にゃ〜」

 とだけ、さくらに鳴いて、お兄ちゃんの、純一くんの家に行く。







 ボクは、木の枝を伝ったりして、純一くんの部屋に入る。

 この前、枝が折れたから、すごく入りにくかったけれど、それでも、

 ボクの心に、なぜかさくらの声で、

 『お兄ちゃんと、音夢ちゃんの側に居てあげて』

 という声が聞こえた気がして、部屋に入った。










  「にゃ?」










 そこは、もう、違う世界のよう。

 桜の花弁が、散りばめられて、その中に、純一くんが眠っていた。

 隣では、女の子・・・そう、音夢ちゃんが、体を起こしていた。

 音夢ちゃんは、純一くんの顔を見つめたまま。

 ボクという、存在にも、気付かないみたい。

 それでも、すぐに、コクリと、頭を垂れてしまう。

 猫である、ボクから見ても、その光景は、おかしかった。

 人間よりも、ボクたちのほうが、眠る時間が短いはずなのに、さっきから

 ずっと寝て起きての繰り返し。

 それに、起きている時間が、何よりも短いのが、ボクにもわかった。







 「あ、猫さんだ。」

 そう、音夢ちゃんはボクを見て言った。

 外は、もう暗くて、今日は、音夢ちゃんが、目を覚まして、何度目になるだろう。

 さらに、おかしいのは、純一くんが、起きていない、ということだ。

 「猫さん、おいで。」

 そういう、音夢ちゃんに抱かれたとき、むせかえるような桜に匂いに

 ボクは包まれた。

 そうやって、ボクを、抱いた音夢ちゃんが、言う。

 「猫さん、兄さんったら、おかしいんだよ。ほっぺたを引っ張っても起きないし、

  鼻をつまんでみても、起きないんだから。猫さんから、見てもおかしいよね?」

 悲しそうな目で、純一くんを見て言う。

 ボクは肯定の意味で、

 「にゃぁ」

 と、自分でも、悲しいような声で鳴いた。

 それを聞いて、

 「そうでしょ?猫さん。兄さんはいつもいつも、お寝坊さんなんだから。

  起こす私の身にもなって欲しいよね?」

 少し、肩をすくめて言った。

 ボクが鳴こうとした瞬間・・・。
















 ―――猫さん、眠くなっちゃった。















   来週から、学校なんだ。えへへへへ。















   兄さんと行く学校が楽しみだよ。












  ・・・って、彼女は、物凄く嬉しそうに、そうボクに言った。

















      ―――おやすみ、と。

















 声が聞こえる。

 ボクも、今日は、この部屋で、寝ていたみたいだ。

 「もしも〜し」

 制服に、身を包んだ、音夢ちゃんが、純一くんに言う。

 それでも、純一くんは目覚めない。

 「もう、やっぱりお寝坊さんなんだから。」

 あくまでも、楽しそうに・・・そして、悲しそうに、音夢ちゃんは

 続ける。

 「何しても起きないなんてね。まさか広辞苑を

  落としても起きないなんて思わなかったよ」

 純一くんの、お腹の上には、広辞苑が、一つ・・・。

 「私ね・・・。」

 そう言いかけた音夢ちゃんは、その憂いを振り払うように

 「ううん、なんでもない。」

 と、言って、微笑み、

 「お出かけするときは元気に元気に。」

 と、心底、楽しそうな顔をして、

 「それじゃ、行ってきます。」

 笑顔で言うけれど、それでも、音夢ちゃんの顔から、悲しさは消えない。











  「それじゃ、行ってきます。」










 下を向いていた、彼女は、覚悟を決めたように、振り返って、部屋を出ようとした。

 ドアを、開けて・・・

 一度だけ・・・たった、一言、








  「さよなら。兄さん」








  ―――という、言葉を、残して・・・。












 昼を過ぎてきた頃、「う・・・」

 という、うめき声とともに、純一くんが、瞼を開けた。

 「音夢?」

 当然、周りには、ボクしかいない。

 答えがないのを、純一くんは、その寝ぼけた頭で、反芻したように

 「出かけたんだっけ・・・。」

 と、しばらく、考えて、

 携帯電話とにらめっこをしたあと、

 「本当に、寝過ぎだよ・・・俺。」

 カーテンの外を見て、呟いた。

 そのあと、急に、難しい顔になって、

 「って、起きろよ!寝ぼけてる場合じゃないって!」

 と、いきなり叫んだ。

 同時に起き上がろうとしたが、いきなり体をくの字に折って「う」とうめいた。

 ボクは、「音夢ちゃんが学校に行ったよ」と伝えようと、鳴いた。

 それは、強くは言えなかった。

 だって、ボクも・・・








  音夢ちゃんがどうなっているか、わかってしまっていたから。








  
 純一くんは叫ぶ。

 「行ってきます?!」

 さらに、

 「あいつがどこに行くんだよ?」

 そういって、立ち尽くしたあと、

 「俺にしか叶えられないささやかな願い・・・」

 呟いて、部屋を飛び出した。











 もうボクには、彼らを見守ってあげられるかもわからない。

 今、帰っても、多分、さくらは塞ぎこんでしまっているのだろう。

 ・・・すべてを知ってしまっているさくらは・・・。






 いきなり、部屋に戻ってきた純一くんは、制服に着替えた。

 ボクはもう、わかっている。

 彼が、どこに行くか、そして、音夢ちゃんがどこに行ったかを。






 彼が、部屋を出る直前、

 「にゃあ」

 と、告げた。








  それは、願い。









    ボクは、音夢ちゃんを幸せに出来る人を知っている。





    ボクは、純一くんを幸せに出来る人を知っている。










     ―――だから、願った。











     『二人で、幸せになって』










      ───と。













  慌しく、出て行った純一くんの部屋には、桜の花弁はなかったけれど


  ―――桜の


   優しい匂いがした・・・。

























  「うにゃあ」

  ボクは、たまに、朝倉家に寝泊りしている。

  さくらも、それはわかっているのか、帰ったら、「お帰りー。うたまるー」

  と向かえてくれる。

  あの日、血相を変えて、純一くんは帰った。

  そのあと、すぐに、病院に向かったらしい。

  今朝、迎えに行くとは、言っていたけれど、寝坊してるみたいだ。

  純一くんの、耳元に近づいて、

  「にゃあ!」

  というと、ビクッと、純一くんが起きた。

  「あ!」

  と携帯を見て叫んだ純一くんは急いで、着替え始めた。







  ドアを開けるとき

  「うたまる、起こしてくれてありがとな。今度、猫缶オゴるよ。」

  そう、笑顔で、駆けていった。









  「結末は、ハッピーが一番だよ。」



  前にさくらが映画を見たあとに言った言葉。



    ボクも、それには賛成だ。























   部屋にしばらくいた猫は、「にゃあ」と鳴いた後、






   窓から、自分の家に帰っていった。
END
あとがき
 こんばんは。
 今回は、音夢ルートラストのうたまるくんです。
 猫フェチな人向けかも・・・(ゆき猫氏仕様です)
 ふと、「うたまるは、この物語をどう見たのだろう?」
 という何気ないところから、書き始めました。
 どうなんでしょう?
 一応、ボクという一人称にも、苦戦しましたね。
 楽しんでいただけたでしょうか?
 それでは、また。