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Escape
著:TAMAKI
私は逃げるようにして、その街に降りた。 心の中はいつも独りっきりで、そんな私を包もうとしてくれた人を傷つけてしまった。 そんな自分に嫌気がさして、この街に半ば迷い込むように辿り着いた。 この街について、もう三日が経っている。 しかし、私はこのホテルはおろか、三日の間、ホテルの部屋からも出ていない。 そんな私が部屋にいると、窓を叩く音が聞こえてきた。 「そっか。今日は雨なんだ・・。」 無関心に呟いたけれど、部屋に響く私の声はさらに、私が孤独であるのだと余計に思わせた。 結果、私は、今日は外に出よう、ということにした。 そうやって、ジーンズを穿いて、Tシャツを着る。 最近、動いてなかった私の周りの空気が動きはじめたような気がした。 そう思うと、今日は何曜日かなのかすら、覚えていない私に気付く。 窓から見下ろせば、雨に急かされたように人が走っていく。 それでも、店は閉めるわけにはいかず、夕方の、まだ太陽が出ているような時間なのに 電気が灯り始めた。 ホテルの一階に降りた私に、ホテルの支配人の奥さんだろう。 中年くらいの女性が声をかけた。 「あら?今日はお出かけ?こんな雨なのに?・・・きちんと宿代は払ってもらいますよ。」 意地悪に彼女は言った。 それを聞いた私は、 「えぇ。きちんと払いますよ。それに・・・雨は好きですから。傘、借りますね。」 できる限り明るく言った私はホテルのドアに向かった。 ドアは古く、自動ドアでもない。大きな中世にでも立てられた観音開きのドアだ。 それを出来るだけ勢いよく開けると、私の目の前にはシャワーのような雨の景色が 目に映ってきた。 私はホテルの前で傘を開いた。 傘は男性用らしく、女である私には少々大きなものだった。 それでも、三日ぶりに吸う、外の空気が新鮮で、ただ、散歩をしよう、と雨の中に 出た。 よく見れば、この街は、小さな頃、私が過ごした街に似ている。 坂の下にあるパン屋、そして、手前にはおもちゃ屋さん、向かいには花屋。 小さいながらに私には夢があった。 『お嫁さんになって、花屋さんを開くのが夢』 というのをまだ、小さかった頃に書いた記憶がある。 それがどうだろう。 今は都会で疲れるように働き、彼の気持ちを傷つけてしまった。 純粋な気持ちがなくなってしまっている。 そう感じると、この雨すら、楽しんだ少女だった頃を思う。 そうやって、歩くと、小さな古美術店が目に映った。 私が高校を出る頃、付き合っていた彼がいた。 彼は卒業して画家になるのだと、私にめを輝かせて語ったのを今でも鮮明に覚えている。 その頃、ある約束をしたのを思い出す。 『いつか二人で一緒に過ごそう。』 と、その頃の彼と笑って約束をした。 苦笑いしてしまう。 そんな不確定な未来を約束できるくらい、あの頃は恋愛に真剣になっていたし、 相手を思いやった。 今は・・・全然違っていて、時間が合わない彼を傷つけてしまった。 そんな想いに後押しされるように、私は、その古美術店に入った。 「こんにちは」 私はやんわりと言う。 店主はもう初老を過ぎた、年配の男性だった。 「いらっしゃい。」 店主は興味なさげに私に挨拶をした。 中に入って気付いたが、この店は彫刻より、絵画が多い。 どれも念入りに手入れされていて、これらを過去に所有した人々の大切にしているのが よくわかった。 私は当てもなく店の中を歩く。 ただ、ここに流れる空気が優しいような、包み込むようで。 しかし、私はある絵の前で立ち止まってしまった。 それはどこかで見たことのある景色が描かれていて、真ん中のほうに、おそらくは 男女が寄り添っている。 温かなその絵に、半ば一目ぼれしてしまった私は、店主に聞いた。 「すいません、あの絵を譲っていただきたいのですが・・・。」 店主は私の顔をじっと見て 「あれは売り物ではない。」 と首を横に振って答えた。 「・・・それでも・・。」 珍しく駄々をこねるように私は続けようとした。 「あれは・・・絵の勉強に行った息子が、最期に描いた絵なのです。生まれ変わりのように おいているだけなんじゃが。」 と、遮って、言った。 私の顔をもう一度見て、 「貴女は・・・どこか逃げているような感じですな。何かに追われているように見えるのじゃが。」 そう言った店主に、彼女はここに来るまでの経緯を、とつとつと言い始めた。 店主はただ、聞いていたが、話が最期のほうになると険しい顔をして、 「だから譲れないと言っているじゃろうが!!」 と今までの口調と変わって言った。 私は、それでふと、冷静さを取り戻した。 「息子は、帰ってきたら結婚したい相手がいる、と目を輝かせて言っていた。 しかし、帰ってすぐに病気になってな。その相手だった女は息子のそんなことも 知らなかったじゃろう。息子は最期まで、その女と過ごすことを夢に思っていたようじゃ。 最期の最期の願いすら、叶わなかったがな。」 店主はそう言って、パイプに火をつけた。 私は、力なく礼をして、その店を出た。 傘も差さずに出た私は、雨に打たれながら歩いた。 自分を憎まずにはいらずに。 〜〜〜FIN〜〜〜
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