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翡翠色の翼
著:TAMAKI
───コンコン─── 「志貴さま、失礼します。」 そうやって、私は無人の部屋に入る。 そう、この部屋の主はもういない。 さらに言うと、この屋敷には、私一人しかいない。 ───なんて、 ───静か・・・。 それでも、メイド服を着ている。 それは、この屋敷の主がいなくなってからも、ずっと。 それほどまでに、私は、 この屋敷を─── この屋敷の主人を─── 愛している。 それは当たり前で、とても幸せな時間。 何でもないけれど、幸福。 屋敷には二人しかいなかったけれど、 それでも、私には幸せだった。 当たり前のように話し、 当たり前のように笑い、 当たり前のように泣き、 当たり前のように季節を巡る。 それがここにあった。 もしかしたら、私にはここにだけあったのかもしれない。 ほぅと息を吐く。 今日は少し感情的になっている。 こんなことではメイドとしては失格だ。 でも、今日だけ・・・。 ───屋敷の中を歩く。 それは、踏みしめるように。 ここの景色すべてを、私の記憶の中に大切に留めて行く。 そうやって、秋葉さまの部屋についた。 姉さんが亡くなってからは、私がこの部屋の掃除をした。 秋葉さまの部屋は、あの事件の前と全く変わらない。 それは、部屋の主がいなくなったことを、更に強く思わせる。 時々、志貴さまは「無理をしないように」や「毎日じゃなくていいから」と仰ったけれど、 私は、毎日、この部屋の掃除もした。 今日は、ベッドメイキングだけ、していく。 そして、居間へ。 ここは思い出が沢山ありすぎる。 姉さんと、二人でここで、話したこともあった。 秋葉さまと、志貴さまのことで話したこともあった。 志貴さまと、二人で、笑いあったことも。 今も、瞳を閉じれば、そのときのことが思い出されて懐かしい。 この屋敷の、志貴さま、秋葉さま、姉さんとの思い出のほとんどが ここでの出来事で、 それが沢山ありすぎて、 心がいっぱいになった。 ここにいると、こらえたものが溢れて、とめどなくなりそうなので 姉さんの部屋に来た。 姉さんの部屋は、TVがあって、いろんなものが沢山あった。 志貴さまは姉さんが亡くなったあとも、この部屋をそのままにして欲しい、 と仰ってくれて、私と同じく、姉さんを想ってくれているのがわかった。 それが、物凄くうれしくて、 その日 私は部屋に戻って泣いてしまった。 それに、ここでは姉さんといろんな話をした。 「いつか二人で、喫茶店を開きましょう!」 姉さんが言った言葉。 それは、実現されなかったけれど、そのときの姉さんの楽しそうな笑顔は覚えている。 忘れられない。 あんなに楽しそうに笑う姉さんは、滅多に見ることが出来ないから。 私は知っていた。 姉さんの心が人形のように、空っぽになってしまったことを。 それでも、私を大切に想っていてくれたことを。 姉さんは私を守るために、そうなったことを。 本当にこの屋敷は、今までの私の、すべての時間と言ってもいい。 それは、近年は志貴さまが、私をいろんなところに連れていってくれたけれど、 ここでいた時間は、永い。 その時間は時には、嬉しく、時には悲しいものだけれど、全て、大切な思い出だ。 小さい頃、志貴さま、秋葉さま、シキさま、私で、かくれんぼした日。 帰ってきた志貴さまを見て、嬉しくなった日。 みんなで、お酒を飲んだ日。 志貴さまと、愛し合った日。 それは、かけがえない時間。 宝石のように綺麗で、 綿のように柔らかな記憶。 そうやって、最後に、志貴さまの部屋に入る。 いつものように、ノックをして、礼をして・・・。 そうやって、志貴さまが、よく座っていた場所に語りかける。 「志貴さま、今日で、私はお暇をいただきました。ここには、思い出が沢山ありますね。 二人で、旅行の話を朝までしたり、庭で二人で、花火もしましたね。それに、私にプレゼントも くれましたよね。」 そうやって、胸のブローチを愛しく撫でる。 「このブローチ、私はずっと大切にしますよ。志貴さま。」 少し、ベッドの、布団がずれていたので、直す。 ・・・ポツン。 涙が、流れ落ちた。 そう、私は、今日で、このお屋敷を出て行くのです。 志貴さまの遺言は、私の生活の面倒を見て、このお屋敷にも、留まれるように、 と書いてありました。 でも、私には、志貴さまがいないと、 このお屋敷は、広すぎて、さみしくて、 思い出が楽しすぎたから、思い出して、さみしくなってしまうのです。 「ごめん・・・なさい・・・。」 分家の方々も、「留まればいい。」と仰ってくれました。 でも、やはりここには辛いことがあったから、と断らせていただきました。 でも・・・。 志貴さまのお骨は、いただきました。 私が今まで、そしてこれからも唯一愛した方ですから。 それに、実は、私のお腹には、志貴さまの生まれ変わりがいます。 出発が今日なのは、病院に行かなければならなかったからです。 「あなたのように、優しくて、まっすぐな人になりますよ。」 誰もいないけれど、微笑んで呟いた。 そうやって、最後のお仕事です。 涙を拭いて、ベッドメイキングして、真っ白なこの部屋を記憶に留めます。 私が愛した貴方を心に刻み込むように。 そして、 今日からの、出発の場所を 永遠に記憶するために。 頬から、涙がつたうけれど、 笑顔で、このお屋敷から失礼しますね。 翡翠色の瞳から流れる雫は美しく 彼女の振り返った背中の羽のように きらきらと輝いて、消えていった。 END
あとがき
おはこんばんは。 そういう時間です。 今回は翡翠ちゃんですね。 実は、描写と説明が多すぎて、だいぶカットしましたので 読み手によっては、ややこしいかもしれません。 実は、このあと、彼女は喫茶店を開くんです。僕の中では。 それは、志貴といつか旅行した場所で・・・。 と思いましたが、今回はこういうカタチで幕を閉じさせていただきます。 いつかは続きを、と考えています。このお話は。 では また別のお話で。 了
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