満月と揺れる髪
著:TAMAKI
  ―――ただ、遠野志貴は会いたかった。




  



     あの幼い頃に、線が見えることを唯一信じてくれた人に。




















  「ふぅ・・・・。久しぶりに来たけど、やっぱりここの風はいいな。」

 軽くかいた汗を拭いながら、草原の木の下に座り込む。

 ここには、遠野志貴としての、最初のいい思い出が詰まっている。

 入院中だった俺の、ただ一人だけの友達。

 多分、俺の人生の中で、一番、影響を与えた人の記憶。












  ―――そんなところにいるから、踏みつけそうになったじゃない。












  最初はなんて人だと思った。

 そして、その時には、こんなに会いたいと思うようになるなんて思いもよらなかった。

 それでも、あの自分に線が見える、というのを信じてくれたのはあの人だけで、それだけで

 あの頃の遠野志貴という存在は随分と助けられた、と思う。
















  「まぁ、会える保障なんてないんだけどね・・・。」

 あの人の「突然さ」とか、そういうものを期待してここに来たのはいいけれど、全然来る気配もない。

 それはそうだろう。

 あの満月の日に、別れを告げたのだから。











   ――――さようなら。先生もお元気で。











  告げた相手は今、どうしているのかわからない。

 ただ、同じ「青崎」と言う名字の芸術家の名前があまりにも似ていて、知らないか電話したら、

 「オマエはその女に会ったのか?」

 とか、物凄く冷たい声で言われて、どうしていいのかわからなくなったのを思い出す。












  「全然、変わらないですね。ここは。」

 少し草が伸びたと思うけれど、それでも、この草原は遠野志貴が病院に居た頃とほぼ同じ状態で

 ここだけ時間が止まっているように思えた。
 
 答えは、ない。

 判っていて呟いた。

 木にもたれながら、空を見上げる。

 真っ青な空は、深く雲一つない快晴。

 「そういえば、先生は名前で呼ばれるの、嫌がってたな・・・。」

 思い出してみる。

 最初に名前を聞いたときに、

 「アオザキアオコ・・・・変な名前。」

 と幼い自分は言ったものだ。その時も、先生は

 「志貴、その呼び方はやめてくれる?好きじゃないの。」

 髪の毛をかきあげながら先生はそう言った。

 












  ―――そっか。もうそんなに時間は流れたんだよな・・・。










 

 ふと、そういう思考を巡らせる。

 とりとめもない思い出に浸りながら、もうここについて何時間も経った。

 真上にあった太陽も夕陽になって、西側の空に沈んでいく。

 それを眺めながら、来るアテもないのに、遠野志貴という男は座っていた。

 確証もないけれど、ただ、会いたい、とだけ思った。

 そのシンプルなだけの願望。

 そして、沈んでいった太陽と入れ替わるかのように、満月が天に昇る。

 


















  「そっか。今日は満月なんだな・・・。」

 呟いてみる。勿論答えなんて期待もしてはいない。























  「そうね。満月よ。今日はね。」

 










 







  振り返ると、会いたいと思っていた人が立っていた。

 「久しぶりね。志貴。」

 「えぇ、先生もお変わりなく。」

 前と同じやりとり。

 その時間は、10分も1時間にも感じるほど。

 「柄にもなく、先生に会いたいな、って思ったんですよ。」

 そう伝えてみる。

 「そうなの。私も志貴がいた場所に寄ってみようかな、って思ったの。」

 そう笑いながら言う。「まぁ、教会なんかにバレたら、ロクなことじゃないんだけど。」と肩をすくめて言った。

 この人らしい、と俺も笑った。

 ただ、月を見上げながら話す。先生もその問いや、答えについての話をする。

























  「先生、俺、もう長くないんです。」





















 


  ふと、沈黙が続いた後に言った言葉。

 先生は「そう。」とだけ言って、前を見つめている。

 俺も、「うん。」とだけしかいえなかったし、先生が何を考えているのかわからないので

 何も言えなかった。





























  「ねぇ、志貴。貴方の死期が早いだろう、っていうのは私もなんとなく予想は付いていたの。ほら、貴方に
   眼鏡渡したでしょ?あの時に言ったはず。貴方は他の人よりも、死というものが近くにあるって。」

 あくまでも、前を見つめて言う。

 「えぇ。でも、先生の眼鏡のお陰で、凄くいい生活でした。」

 先生のほうを向いて言う。

 「そう・・・か。それなら眼鏡を作った甲斐もあったわ。」

 先生は微笑みながら言う。




























  二人の視線が合う。





   何年もの、交わせなかった言葉が交わせたような気がした。






















  「志貴、貴方は真祖の姫と契約すればずっと生きられるのに、どうしてそうしないの?」

 唐突に先生は告げた。

 「ただ、さ。そうなるとアルクェイドの隣にいるのは俺の姿とか形をしたもので、純粋に遠野志貴という存在
  じゃないと思うんだ。それは差もないかもしれないけど、やっぱり遠野志貴である以上、その存在を越える
  寿命なんて必要ないと思うから。」

 ・・・そう言った。

 再び、先生との視線が合う。

 それは永遠の永さを感じるほど。





















  「それで、どうして会いたい、なんて思ったの?」

 ふと話題を変えるよう先生はに言う。

 「うん。俺の眼鏡、俺が死んだら先生に返すべきなのかなーって。ほら、渾身の一作って言ってたし。」

 「あぁ、なんだそういうこと。大丈夫。それは私が貴方にあげたものなんだから、貴方が残したい人に
  渡せばいいわよ。」

 なんだ、そういうことか・・・。なんて付け加えながら先生は言う。

 「ありがとうございます。」

 それだけしか言えなかった。

 ―――それでも、その「ありがとう」には沢山の想いを込めて。

 















  空を見上げれば、星が段々と消えていく。

 月もやがて光に包まれて消えそうになっていく。

 「夜が明けてきましたね。」

 「そうね。」

 淡々とした会話。

 「じゃ、私はそろそろ行くわ。ふらっと立ち寄っただけだから。」

 笑顔で言う。

 「えぇ。俺もそろそろ帰ります。秋葉に何言われるかわからない。」

 苦笑いしながら言う。先生はそんな俺を見て笑った。

 

























 「貴方は本当に変わらないのね。」






 
 



















  と言いながら。

 「えぇ。それが俺ですから。」

 とだけ言うと、先生はトランクを持った。





















  「じゃ、志貴、さようなら。」

 


  「はい。先生もお元気で・・・・。」


















 そう、俺はこの言葉を先生に伝えるために此処に来たんだ。

 だから言おう。

 後悔もないように、まっすぐな瞳で伝えよう。
























  「先生。」


  「何?」















 振り返った先生の髪の毛が風に吹かれて揺れる。















  「本当に、ありがとう。」





















  「えぇ。私からも言っておくわ。ありがとう―――」






























  風下の俺にはその後の言葉が聞き取れなかったけれど、先生の表情はすごく晴れやかで

 俺はほっとした。

































   そして、そんな俺には、先生の優しい髪の匂いが届いて、先生は風の中に消えた。































  見上げた空はもう真っ白になってきていて、東側の空から朝陽が登ってきていた。
END
あとがき
 こんにちは。  で、今日は先生です。
 TAMAKIとしては、先生のSS二本目です。
 今回のはできるだけ爽やかに別れよう、というもので書き始めました。
 というか、アニメのあのシーンが個人的には好きではなかったので、そこに挑むような感覚で書いてみたんですけどね。
 先生は個人的に好きなキャラクターだし、遠野志貴を見た上で外すことができない人物なので、書いていて難しいな、と思いながら書いていました。(笑)

 では、また別のSSで。