SL鉄人物語

プロフィール




管理人  坂ノ下田村麻呂
生年・生誕地  1950年 ・ 千葉県市川市
青年期までの居住地  東京都江東区南砂町
現在居住地  宮城県仙台市泉区
SL集録目的  復活したSLの走行光景のビデオ集録
主なSL集録地域  磐越西線・只見線を主として、東北路線で復活運転されるSL列車
SL集録経歴  1971年(昭和46年)7月20日から16日間の初めての北海道旅行に出かけ、大沼公園での観光を終えて倶知安に移動する為に、   大沼公園駅から乗車する急行ニセコ3号を牽引してきたC62型機関車に出会った時に、SL集録紀行の原点があります。

 

 大沼公園駅に着いた時に駅周辺に沢山のカメラを構えた人たちがいて、何事かと思ったのでした。
 初めて函館駅に着いたときにもSL列車がホームに横付けされていましたし、以前住んでいた東京都江東区にある国鉄小名木川貨物駅に も沢山のSLがいて度々SLを見かけていましたので、SLに全く興味がなかった私には異様な光景に思われたのでした。
 私が中学生のころには上野駅から東北方面に出る長距離列車もC62機関車が活躍していましたので、大沼公園から乗車する急行列車 を牽引するのがC62型機関車である事は知る由もないことでした。
 そこで私も旅行記念にと思い、にわかにカメラを取り出してスナップ写真を撮ったのが、SL撮影の開始の一枚目となったのでした。
 此の時の北海道旅行は観光目的で北海道均一周遊券を学割で利用して、北海道の主要観光地を周遊する通称ゴールデンコースを旅す る事でしたので、移動中の乗車列車からすれ違うSL列車のスナップ写真は数多く撮りましたが・・・・!

 帰京後改めて全国のSL走行路線を調べて初めてSL終焉期が近い事と、既に本州でのSL列車運転路線は僅かになり、SL各機種の多 くが集結しているのが北海道であることを知り、初めてSL集録紀行の必要性を痛感して、再び1971年末に北海道を訪れSL撮影に没頭 して行く事になりました。
 素人ながらに考えて、SLが廃止されるのは製造年の古い順からだと思い、北海道に数多く残っていた大正の名機9600型機関車が緊急 性が有ると思い、9600機関車を手始めに集録開始にしたのでした。
 当時集録に使用した機材は主としてキャノン製の8mmカメラをコダカラー8mmフィルム使用で、動画集録主としたものでした。

 本格的なSL集録目的で最初に訪れたのは宗谷本線塩狩峠で、C55型機関車を集録することから始まったのでした。



 小説「塩狩峠」の舞台になった塩狩峠で、流線形のボディカバーカバーを身にまとった事で有名であったC55型機関車が宗谷本線で活躍し ている事を知り、先ずはC55型機関車が牽引するSL列車を撮る事にして厳寒の塩狩峠に入ったのでした。
 宗谷本線での最大の難所である塩狩峠には厳寒期に二度訪れて、C5550機関車の走行ぶりを撮る事ができました。

 その後は毎年ニ度のペースで渡道して、名寄本線・釧網本線を主として室蘭本線・夕張線で96型機・C58型機・D51型機・C57型機 の活躍ぶりをSL終焉間際まで撮り続けて、渡道の合間に会津線を撮る事にして、国鉄路線からSLが姿を消したのを期にSL集録活動を 終えたのでした。



 1988年にD51498型機が奇跡的に蘇えり、1990年には磐越西線・釜石線での復活披露運転が行われる事を知り、それまでお蔵入 りしていたSL撮影意識に火がともり、8mmカメラに代わりビデオカメラを使用して久しぶりにSL列車集録を行いました。
 1990年には磐越西線(2月)と釜石線(7月)のD51列車を集録し、1991年には磐越西線・釜石線・陸羽東線・東北本線でのD51 を撮り続けましたが長続きせず、ここで集録活動も再び小休止となりました。

 2003年になり、磐越西線の新潟〜会津若松間で4月〜11月の毎週末・祝日に運転されているC57型機のSLばんえつ物語号の存在 を知り、とりあえず運転区間の集録場所も分からぬままに初集録に出向いてみたのでした。
 久しぶりに目の前を驀進するSL列車の迫力と煙の匂いを体感した時に、身の内に潜んでいたSLに対する思いが再度噴き出してきて、以  後毎月の頻度で磐越西線詣が始まってしまいました。
 磐越西線に限らず、只見線・釜石線・北上線・陸羽東線でSLが運転される折には集録する事になり、国鉄時代のSL列車走行光景を目 にする事が出来なかった路線で、当時の走行列車の幻影を求めて集録を行う事になりました。

 現在の集録目的は磐越西線・只見線の全区間の撮影適所での走行光景のビデオ集録を行うことで、最終的には集録ビデオ素材で両線 の走行光景のDVDビデオムービーを作成して保存する事にあります。
 集録に使用しているビデオカメラも、カシオ製・シャープ製のアナログビデオカメラからデジタルビデオカメラになり、更に画素数の多いパナソニッ ク製カメラを多様するようになり、現在はパナソニック製のハイビジョンビデオカメラが主力カメラとなりました。

 1971年にSL列車を撮り始めたころの8mmカメラの機能を考えると、現在のカメラが持つ機能の素晴らしさが痛感されます。
 今後も出来うる限りの撮影チャンスを逃さずに、東北路線を主としたSL列車の集録を続けていく事にしているところです。