2   アメリカのテキサス州で恐竜と人間の足跡が同一年代の地層に発見されている!  

 恐竜と人間がいっしょに歩いていた科学的証拠があります。この発見によって恐竜が一億年前に生きていたという今までの概念が修正をせまられています。アメリカ、テキサス州パラクシー川でいくつもの恐竜の足跡と人間の足跡が交差しているのが見つかっています。それはまるですべての生き物が何かから逃げようと走り回っているような足跡です。その川の周辺では恐竜と人間の足跡がくりかえし無数に発見されています。            
 それらの足跡が残るためにはこういう条件が必要です。 1 できたてのやわらかい、そして固まりつつある石灰の上を無数の恐竜、人間が走り足跡をつける。 2 そして足跡のついた石灰が固まらないうちに大量の土砂がその上にかぶさる。この条件は日常で見られる災害では到底ありえない話です。なにかとてつもない大惨事があったにちがいないと研究者たちは考えています。堆積した土の組成から、地殻大変動による大津波があったと予想されています。

            同一地層に見つかった恐竜と人間の足跡                           (左)これがうわさの証拠写真。上が人間の足跡で、下が恐竜のもの。ネ、ホントでしょ。(右)パラクシー川の干上がった川床に発見された恐竜と人間の足跡。見守る大勢の報道陣の前で発掘された。 

 パラクシー川では人間の足跡が恐竜の足跡より下の地層で発見されています。 さらに三葉虫の化石の上と下の岩だなで恐竜の化石が発見されています。これらの発見は今までの進化論の概念、すなわち三葉虫の時代の後に恐竜の時代、恐竜の時代の後に人間の時代があり、それら三者は共存したことがない、という地質年代柱状図の概念に全く反するものです。パラクシー川では人間の足跡、恐竜の足跡、恐竜の骨、三葉虫の化石、ほかの動物の足跡、マンモスの化石、などが同じ石灰岩層から発見されています。これは人間、恐竜、三葉虫、マンモス、ほかの動物が同時代に生きていた定的な証拠です。パラクシー川の化石の年代は放射性炭素年代測定法により数千年前くらいのものということがわかっています。 (1)               

                    複数の地層を貫いた木の化石の存在                                      

                      

 またパラクシー川では、ある木の化石が複数の地層を突き抜けているのも発見されています。これと同じものは世界中に見られます。フランスのサンテ・チエンヌではいくつもの樹木の化石が地層を垂直や斜めにつらぬいていますし、オーストラリアのニューキャツスル(上写真)、アメリカのイエローストーン公園でも地層内を垂直に貫く樹木化石が見られます。これは進化論の地質年代柱状図が間違っている決定的な証拠といえます。これらの木の化石は地層がゆっくり堆積したのではなく、急激に堆積した、ということを示しています。  
 考古学者カールボウ博士とオーストリア考古学研究所元所長クリフォードウィルソン氏はこのパラクシー川の発見をノアの大洪水の跡の可能性が高いとみています。地質学者たちは炭酸カルシウムや鉱物、海産物の組成から見て、パラクシー川の石灰岩層は現代のコンクリートで生じるような硬化さながらに、水圧下で24時間以内に固まったものと結論せざるおえないとしています。また科学分析で判明した状況を考えると、これらの足跡は地殻大変動の大津波のはざまの数分間に相次いでつけられたものだ、と地質学者たちは確証しています。

                     ペルーとメキシコの恐竜土偶

 メキシコでは数万点に及ぶ恐竜土偶が見つかっています。メキシコシティから北西に180kmに位置するアカンバロ市には、3万数千点の恐竜土偶があります。ティラノサウルス、プレシオサウルス、ステゴサウルス、プテラノドンや、古代の動物、宇宙ヘルメットをかぶった人間が恐竜とじゃれているものなど、様々なモチーフがあります。
 ペルーのナスカでも恐竜土偶が多数発見されています。その中には人間が恐竜を乗りこなしている姿や、恐竜と戦っている土偶があります。
 メキシコ、ペルーのこれらの土偶は放射性炭素年代測定法により紀元前2500〜3000年前のものということがわかっています。この時代に人間と恐竜が共生していた様子がうかがわれます。(2)

                                             メキシコの恐竜土偶。(左)うわさの宇宙ヘルメットの方と恐竜。楽しそうにたわむれています (中)アカンバロ市役所での展示会の様子 (右)出た、ジェラシックパーク。名前はディロフェサウルスです

                                    うわさのペルーの恐竜土偶 (左上)木の葉人が恐竜にまたがりパッカパカ (右上)われら恐竜と戦う (下左右)恐竜たち。ピーピーと声が聞こえてきそうにリアル

   

                     ペルーの恐竜や三葉虫が描かれた石

 ペルーのナスカ地方のイカでは恐竜や人間、三葉虫などが書かれた線刻石が6000〜7000個発見されています。それらはイカ川の氾濫で地中から発見されたもので、地元の人々の間で以前からうわさになっていました。地元の人々は生活のためにイカの石を二束三文で売っていました。しかし、ペルー医学会で有名なカブレラ医師がそれらの石の重要性を発見し、それからはイカの石を診察代がわりにして、収集したのです。そこには恐竜やトクソドン、メガクイロプテロスなどの絶滅動物だけでなく、望遠鏡らしき装置を使って天体を観測している人間や、大洋に囲まれた8つの大陸を表した世界地図、心臓手術などの高度外科手術を施している絵などが描かれていたのです。またそれらの石の絵は、あらかじめ用意された図案を、スライドのようなものを使って、起伏のある石に転写して、描かれていることがわかっています。石の年代は紀元前1400年より以前ものということもわかっています。これらの発見により明らかに恐竜、三葉虫、人間が共生していた時代があり、そのころの人間は早くもテクノロジーをもっていたということがわかります。(2A)

 イカの石  恐竜 イカの石  恐竜2 イカの石  三葉虫
左)恐竜の成長過程を克明に描いたもの。(中)リアルに描かれた恐竜たち。(右)背びれや両脇の部分まで克明に描かれた三葉虫

 イカの石  古代の心臓移植 イカの石  飛行船 イカの石  古代の臓器移植                (左)心臓移植の様子。心臓の描き方が解剖的です。(中)石のスケッチ。鳥型飛行機に乗り望遠鏡で恐竜たちをのぞく人間たち。下の恐竜にナイフを当てている位置は運動神経をつかさどる「第2の脳」と呼ばれる場所です。(左)臓器移植の様子。右上に臓器をとった死体がある。患者の血流は体外循環させている。オ〜近代的!

                  地層は数十億年かけてではなく、大洪水により突然堆積したもの                  

 進化論では、現在の地層は少しずつ長い年月をかけて堆積されたと考え、下の地層が上の地層より古いと考えますが、地層をつらぬいた木の化石の存在で、そのことは誤りであるということが分かります。最近の調べで現在の地層は大洪水前の地面の上に、大洪水により一気に堆積したものであることが分かってきています。今、多くの科学者たちがそのことを指摘し始めています。                                                
 まず化石がこの世に存在することがその突然の堆積の証拠といえます。例えば犬が死んだとしてそのまま放置されても化石にはなりません。それは腐敗し、分解され、土になります。では、死んだ犬を土中に埋葬するとどうでしょうか。それは土中で腐り、分解され、土になってしまいます。ではどうなると化石になるのでしょうか?化石になるには”一挙に積み重なった地層の中に動植物がすばやく埋まり、そののち安定した高圧力下に置かれること”が必要なのです。化石があるということは、地層が何十億年かけてゆっくり堆積したのではなく、一挙に堆積したことを示しているのです。一挙に堆積してその後高圧力がかかる現象を説明してくれるのは、大洪水以外あまりありません。 
 川の氾濫だけでも化石ができることがあります。しかし、海洋生物の化石はそれでは説明がつきません。また川の氾濫で急にできた土砂の堆積層は、周囲のゆっくりとした堆積層とのあいだに、褶曲や侵食、隆起をつくるので、その境ははっきりしています。ところが世界中の多くの化石は非常に安定した水平層に発見されます。これは世界中の地層が一挙に堆積したといえる証拠です。                                               
 例えばアメリカのグランドキャニオンの地層は何重もの連続した水平の地層ですが、もし何十億年かけてこれができたなら必ず隆起や褶曲などの変形がみられます。連続的で水平の層というのはこの地層が急激に堆積したことを表しています。また先ほどのパラクシー川では二枚貝が子供をうんだ瞬間の化石が見つかっています。この化石はいかに堆積と圧力が急激だったかを物語っています。これと似た化石は世界の各地で見つかっており、ある魚の化石は小さな魚を食べようと口にくわえたまま化石になっています。またイクチオサウルスのまさに子供を産む瞬間の化石などがあります。これらの化石を説明できる現象は大洪水なのです。                             

                        (左)中国東北部、遼寧省にて発見された鳥のヒナの化石。卵から出る直前で、ほぼ羽毛が生えそろっている。(中)大魚が小魚を呑み込んだ瞬間にドンときたのだ (右)魚竜イクチオサウルスが子供を産んだ瞬間に地層内に閉じ込められできた化石。本当に瞬間的に埋まったことが分かる。しかも海にいる生物が!どうい〜んですか、そりゃ。

     
 2006年9月、四川省、ツーコンにて発見された、恐竜が人間のお腹を噛みつく化石。恐竜も人間も存在しないはずの古生代石炭紀の地層から、なんと両者が同時に出てきた。これにより、恐竜と人間は完全に同時代に存在したこと、また今日の地層分類は全く間違っていること、が分かります。ちなみにこの化石は四川総合大学、黄教授によって発掘されました♪
 また進化論者は地層をいく層にも分け、三葉虫や二枚貝などの化石が急に出てくる地層をカンブリア紀と呼び、生命が初めて発生した時期と考えていました。そして、それより下の地層になんの生物の化石も出てこないことを驚いていました。それは当然です。カンブリア紀というものはもともと存在しないからです。カンブリア紀の地層には人間や恐竜の化石も多数発見されています。カンブリア紀の地層は大洪水の地層であるということが判明してきています。 
 カンブリアの下の地層はふつうにゆっくり堆積したものです。当然化石はありませんし、ゆっくり堆積したものなので、隆起や褶曲といったデコボコがあります。そのため、カンブリアの地層とその下の地層の境は必ずデコボコが見られます。カンブリア紀より上の地層は水平に堆積しています。その水平な層はすべて大洪水のときに急激に堆積した層なのです。大洪水の地層と大洪水以前の地層との間だけデコボコがみられるというわけなのです。これは全世界に渡って見られるものです。井尻正二、湊正雄共著の「地球の歴史」にはこう記されています。               
 「世界各地のカンブリア紀層をみると、カンブリア紀層は、はげしく変質したり、あるいは褶曲したりしている原生代層の上に、ほとんど水平に横たわっていることが観察される。・・カンブリア紀層と、それ以前の地層との関係は、世界中どこいっても、両者は不整合(デコボコ)であって、いまだかつて整合関係のところは知られていない。この事実は一体なにを意味するのであろうか」                                                  

                    カンブリア層より上の層はすべて水平で、化石だらけ。

                      先カンブリアとの境だけデコボコと不整合で、その下から化石は全く出てこない。                                                           

 ここには両氏の率直で、勇気ある疑問が書かれています。進化論ではこのように説明に困ってしまいます。しかし、世界的大洪水を考えたとき、これらのことは当然のこととして理解可能になります。(3)

                   大洪水の記録は世界中に残っている                                

 なぜ大洪水が考えられるかといいますと、聖書を筆頭に世界中に大洪水の記録が残っているからです。
 旧約聖書に載っているノアの箱舟の話は、大洪水に関する一番有名な記述です。その話はこんな風です。人間を創造した主が人の堕落を見て、そのことを後悔し、地上に洪水をもたらそうとします。それを知った神々のあるひとりが、ノアという神々に従う無垢な人に箱舟をつくるよううながします。その際すべての生命のオスとメスを舟に入れるよう命じました。そして洪水がやってきて大地はすべて水の下になり、生命はすべて滅びました。箱舟はアララト山の上にとどまりました。ノアは鳩を舟から飛ばし、様子を見ました。そこに神がやって来て「外へ出て、子孫を産み増やしていきなさい」といわれました。ノアたちは外へ出て、神にささげものとして肉を焼きました。主は「もう二度と人間を打つことはしない」と誓ったのでした。                                               
 これと似た内容の話がほかにもあります。1845年、 イラクでシュメール文明の都市ニネべェの跡が発見されました。都市ニネべェの図書館も発掘され、そこから2万数千点の粘土板古文書が見つかりました。粘土板にはくさび形文字が刻まれていました。1872年、ジョージスミスがその粘土板を解読していて洪水に関する記述を見つけたのです。

                                            

                            ジョージスミス、粘土板解読の図。偉大です

 それはおよそこんな内容でした。あるとき神々によって6日6晩豪雨が起き地上のものはすべて水中に没してしまった。しかし、神々に忠実だった人間ウトナピシュティムには神エアにより事前にそのことを知らされた。エアは箱舟を作って一族や動物を乗せるよう命じ、ウトナピシュティムはそのとおりにした。すると豪雨が降り大洪水が押し寄せた。7日目には豪雨は終わったが、辺りは大海原で地上の生き物はすべて粘土と化した。やがて箱舟はニシル山に止まり、ウトナピシュティムは鳥を空中に放つ。鳥は生きていたので彼らも外に出た。そしてウトナピシュティムがいけにえの動物を焼いていると、お腹を空かした神々がやって来てその肉をむさぼり食べた。神々はもう二度と洪水で人類を滅ぼさないと誓うと、ウトナピシュティムに永遠の生命を与えた。                                  
 これを読んだスミスは驚きました。なぜならそこに書かれている洪水の話は詳細に至るまで聖書のノアの洪水の話と同じだったからです。神が一人の忠実な人間に洪水を知らせる、箱舟を作る、箱舟が山にたどり着く、箱舟から出る前に鳥を放つ、お腹を空かした神々がやって来て肉をむさぼり食べる、共通項がこれだけあると同じ話と考えても良いと思います。 (4)                                                           

                

                 ホンモノのシュメールの粘土板古文書 (左)幾何学に関しての古文書 (右)?

 そのシュメールの粘土板は紀元前3000年ころのもので、聖書よりは明らかに先に書かれたものです。シュメールの粘土板には聖書の創世記とおなじ内容、人間創造の話、ソドムとゴモラの話、などがよりくわしく書かれています。現在の考古学ではシュメールの伝承が聖書の基となったのだと考えられています。洪水は実際起きたことだからシュメールの粘土板や旧約聖書にリアルに同じ話が残っているとは考えられることです。それとも、実際はノアの洪水はなかったのに、イラク(シュメール)とイスラエル(旧約聖書)は近いから、面白い話として伝わったのでしょうか?そうとはいえないかもしれません。聖書は最近の考古学の発見で、例えば怪力サムソンが壊した宮殿の柱が見つかったり、イスラエルのヒゼキヤ王がアッシリアに攻められたときに掘ったヒゼキヤ水路が見つかったりしています。そのため最近は多くの学者は聖書を真実の記録本とみなしています。                                      
 またノアの洪水と類似した話は新大陸のアメリカインディアンの神話にもあります。その内容はこうです。創造神タイオワとソツナクングは世界と人類を創造したが、腐敗と戦争の場と化したので水で滅ぼそうとした。ソツナクングは創造神に忠実な人々だけは救おうと思い、クモ女にの中に清い人たちと水と食料をいれさせた。やがて大波が押し寄せ、世界は見渡す限り海になってしまった。葦はかつての世界の最高峰の山の峰にたどりついた。葦の中の人々はフルスキという食料を食べたが、その食料は食べたのに量は前のままだった。そして人々はたくさんの鳥を飛ばし新しい陸地を探させた。やがて新しい陸地を見つけた。ソツナクングが現れ言った。「創造神のことを忘れて悪に走ったものは滅びた。あなた方はこれを記憶にとどめて生きていきなさい。」そして次の世界が始まった。(5)           
 おわかりの通りアメリカインディアンの洪水伝説も聖書、シュメールと細かいところまで似ています。ノアの箱舟を葦で作ったと聖書にあるのと同じく葦がでてきます。そして山にたどりつき、食料を食べ、鳥を放ちます。この伝承はホピ族が昔から伝えてきたもので、大陸へやってきたヨーロッパ人が伝えたものではありません。この洪水伝承はホピの持つ神話のほんの一部なのです。後に触れますが、ホピの人類創造の話もシュメールの人類創造の話と非常に似かよっています。                                                             
 この共通性をどう考えればいいのでしょうか? 起きていないことを面白い話として残したのでしょうか?しかし、フィクションを何千年も伝えるとは思えません。実際あった出来事が他民族へ伝わっていったから似ているのか、とも考えられますが、それにしては創造神の名前など固有名詞がちがいすぎますし、他の人種から伝わった話がわざわざ自分たちの神話になるのはなさそうな話です。実際に世界的規模であったことをおのおの民族ごとに話として保持してきたと考えるとピタッときます。今回例として聖書、シュメール、アメリカインディアンの洪水伝説を挙げましたが、洪水伝説は世界中に見られる話です。インド、アフリカ、ヨーロッパ、ペルー、ハワイ、中国、インドネシア、東南アジア、ほとんどの地域で見られます。

                     そのほかの大洪水の地質学的証拠 

 5500年前にフランドル海進(日本では縄文海進という)という急激で比較的短期間の増水という世界的現象があったことがわかっています。                                                        
 1929年、レオナード・ウーリーがシュメールの都市ウルを発掘しました。遺跡が埋もれていた地層の次になにも出土しない地層が3メートルくらいあり、その次に再び土器や石器が出土する層が見つかりました。次の年、ウーリーは地質学の専門家に来てもらい、調査してもらいました。すると真ん中のなにも出土しない地層は細かな砂を含んだ粘土質でまさしく洪水層であることがわかりました。地層の厚みから相当大規模なものであることがわかっています。また地層の深さから洪水は紀元前3500年ころに発生したことも明らかになっています。シュメールの粘土板古文書には洪水前と洪水後に分けられた王の年表洪水前の町の一覧表などが見つかっていますし、洪水後のあるシュメールの王が「わたしは洪水前の文字を読める」と自慢している箇所もあります。

 

 ウルの王族の墓を発掘中のウーリーとその妻キャサリン。
絵がレトロでナイス

 


 

                     



                     沖縄、与那国島の海底遺跡

 有名な沖縄、与那国島の海底遺跡は、琉球大の木村政昭教授によって最近明らかにされたものです。また与那国島だけでなく、沖縄本島近くの海底で沖縄のお城(グスク)跡や、ピラミッド状の人工石が見つかっています。そのほか、エジプトのアレキサンドリア、インドのマハーバリプラム、マルタ島、台湾、カリブ海、などの海底でも都市跡が最近次々と発見されています。これらの数々の海底遺跡はもともと地上にあったもので、おそらくノアの大洪水のときに沈んだものと予想されます。

   与那国の海底遺跡 海底遺跡ジャパーン カリブの海底遺跡 エジプトの海底遺跡                           (左2枚)与那国島の海底遺跡 (中)カリブ、ビミニロードの巨大石 (右) アレクサンドリア海底の巨石ブロック

                 地質学者ウィリアムライアン、ウォルターピットマンの調べによる大洪水の証拠

 1970年、コロンビア大学地質学の教授ウィリアムライアン、ウォルターピットマンは地中海の海底の地質を調査していて、ある透明石こう層を見つけました。それは通常海底で見られないものです。その石こう層を顕微鏡で見ると、絶滅した植物プランクトンが見つかりました。またその石こう層の上に軟泥の層があり、その軟泥は石こう層が出来た直後に堆積したものであることがわかりました。陸上の硬い石こう層が出来た直後に突然深い新しい海になった、つまり突然海水と泥が押し寄せてきたことがわかりました。これはさきほどのパラクシー川の石灰岩層を思いおこさせます。パラクシー川の場合も同様に、石灰層が出来た直後に人間や恐竜、動物が足跡をつけて、そのすぐ後に海水と泥が押し寄せてきたのです。石灰は炭酸カルシウムで、石こうは硫酸カルシウムが主な成分でともに酸化カルシウムの変形ですからほとんど同じ物質といえます。石灰層石こう層は海水が蒸発して海が干上がったあとに形成されるものです。では、一体なぜ世界的規模で海水が蒸発してしまったのでしょうか?(答えは第8章)                                         
 ライアンとピットマンはその後ソビエトのチュマコフという科学者からある報告を受けました。科学者チュマコフがダム建設のためエジプトのナイル川の底を掘っていると古代の川の深い渓谷が見つかり、その渓谷の底から深海の軟泥が回収されたというのです。川の底にむかしの海の泥があったわけです。そしてその軟泥はライマンとピットマンが地中海で見つけた石こう層の上の軟泥とまったく同じ年代だったのです。また1972年、イタリアのアマチュア化石収集家がピエモンテ地方の渓谷で、硬い石こうの層の中に大むかしのうなぎの化石を見つけました。そしてその石こう層が、ライマンとピットマンが地中海の海底から採取した石こう層と同年代だったのです。ライマンとピットマンはこれらの証拠はノアの洪水の状況証拠と考えました。
 その後1993年、ライマンとピットマンは黒海の調査で、黒海がむかし淡水の湖で(今は塩水)、その淡水の湖がむかし非常に急激に水没したことをつきとめました。むかしの岸辺が今日の海面から520フィート下にあったのです。黒海の海底にむかしの岸辺の砂丘が、均一な厚さの泥に覆われて元の形のまま保存されていたのです。ライマンとピットマンはこれを見てノアの洪水を確信しました。この砂丘のおどろくべき保存状態を説明するには非常に急激な水没以外ありえないからです。(6)
           大洪水前、アラスカやシベリア、南極は熱帯地方だった
 ノアの洪水を匂わす、ほかのおもしろい事実があります。アラスカとシベリアでは何百、何千の動物が死ぬと同時に冷凍されている地層が発見されています。その動物の種類はライオン、らくだ、サイ、サーベル犬歯のトラ、マンモス、牛、馬、おおかみ、などです。地層の中でこれらの動物が大量に折り重なって死んでいます。それらの死体は天然冷凍されていてとても新鮮で食べられるほどです。実際、マンモスの肉は犬のえさや、アラスカ州フェアバンクスのあるレストランでは名物メニューになっています。ニューメキシコ大学のヒブン教授はこう述べています。           
 「変形した動物の死骸や木の一部が、氷の塊や泥炭やコケの層に混ざっている。野牛、馬、狼、熊、ライオン、これらの動物がいっしょに葬り去られている。なにかひとつの強大な力で圧倒されたようだ。動物や人間の遺体がこのように重なり合うのは、自然な状態では起こりえない。・・・前代未聞の天変地異が起こった形跡がある。マンモスと野牛たちが、引き裂かれて押し潰されているのだ。まるで怒り狂った神の手によって行われたみたいだ。ある場所には、マンモスの前脚と肩があり、黒くなった骨には筋肉や爪や毛がまだついている。その近くには野牛の首と頭蓋骨があり、脊髄には腱靭帯が付着している。角を覆うキチン質も保存されている。ナイフなどの刃物の形跡はまったくない(人間の狩人が関係していた形跡がない)。動物たちは単純に引き裂かれ、わらや紐のように一か所に吹き寄せられたのだ。だが動物たちの重さは数トンもある。骨の山に混じって木があるが、それらもねじれ、裂かれて、絡み合っている。この全体の上に黒泥はかぶさり、堅く凍結している。」                                  
 シベリアも同じ時期に似たような状況になっています。その中には人間もいっしょに死んでいます。アラスカ、シベリアのこれらの動物は、急激な大量の土砂で圧死したと同時に冷凍されています。そうでないと腐ってしまうのですが、これらの動物は腐ってはいません。シベリアでは北に行けばいくほど死んでいる動物の数が増えていきます。しかし、死んでいる動物の34種類のうち、28種類は温暖な気候にしか住めない動物です。このことはシベリアの地はこの大災害前は温暖な気候の地であったことを示しています。それらの地層の中には数々の熱帯の植物も生々しく保存されています。ある木は果実がついたまま発見されていますし、また死んだマンモスの胃の中から未消化のイトシャジン、キンポウゲ、スゲ、豆などが見つかっています。そのような植物は今のシベリアやアラスカでは育たないものです。このことからも大災害前のシベリア、アラスカは温暖な気候の土地だったことがわかります。また南極大陸の氷の下からも数々の熱帯植物が発見されています。(7)

                   冷凍マンモス1977年シベリアで発見された子供の冷凍マンモス(2B)

                     むかしの大陸分布は今と全くちがっていた

 アラスカやシベリア、南極の地中に熱帯動物、熱帯植物が多く見られるということは、今の位置のアラスカ、シベリア、南極がむかし温暖であったというより、大陸移動があってその移動する前の場所が温暖だった、と考えたほうが理に適っている気がします。つまり、むかしのアラスカ、シベリア、南極は今とはちがう場所にあり、より赤道に近い緯度に位置していたのではないでしょうか。大陸が移動するというと非現実的に聞こえますが、大陸移動説、プレート説というのがあるぐらいですから、あながちない話ではないと思います。
 nasa(アメリカ航空宇宙局)の調べで、以前アフリカと南米がひとつの大陸で、インドと南極大陸とオーストラリアもひとつの大陸であり、その後、それらはひとつの大陸になり、またその後分裂して今の大陸になった、という結果が出ています。これはスペースシャトルのレーダーの映像を使って解明したものです。
 アフリカと南米は地図で見ると分かるとおり、ピタッと形がジグソーパズルのように合います。またアフリカと南米を合わせたときに植物分布が一致するというのは有名な話です。ブラジル・リオ連邦大学の研究者らはブラジル・マラニャン州とアフリカ北西部で見つかる動物の化石の類似性を指摘しており、これはアフリカと南米がむかしひとつの大陸であった証である、と主張しています。またブラジルのミナスジェイラス州で発見された、約11500年前の若い女性の人骨を、サンパウロ大学で復元したところ、アフリカ人、もしくはオーストラリアのアボリジニーに似ていたのです(写真下右)。(9)         

ノアの大洪水前の世界地図(予想図)

 

大洪水前の予想地球地図。あのころ地球はひとつだった

黒人のおばさん復元された黒人女性。タオルも一万年前のもの(ウソ)



 

 また、アフリカの右隣りにあるマダガスカル島の動物分布や植物分布は、アフリカとは異質ですが、インドとは同じです。例えばマダガスカルのある種のカエルと同種のカエルはアフリカでは見当たりませんが、インドでは各地に生息しています。マダガスカルにはイグアナや大蛇が住んでいるが、イグアナや大蛇はインドにしかいません。オーストラリアの地質学者エドワルドジュースを初め、多くの学者たちがマダガスカル島はかつてインドと同じ大陸に属していたという結果を出しています。(8)

                       

 この章で述べたことを並べると次のようになります。
1  数千年前(大洪水前の時代)、人間、恐竜、三葉虫はともに生きていた                                             2  現在の地球の地層は大洪水により一気に堆積したもののようだ                                                 3   となると、生物は数億年かけて自然に進化したという進化論の説は、ちょっとあやしい。また、今の地層が数億年かけてゆっくり堆積したという進化論の考えも、ハテナ?である                                       4  前の世界を崩壊させた大洪水の話は、世界中に残っている。その大洪水の痕跡は地層から数々発見されている                                                         5  アラスカ、シベリア、南極の土地は大洪水前は温暖な赤道近くにあったと予想される。大洪水前、アメリカ大陸とアフリカ大陸はつながっていた。 インド、オーストラリア、南極、マダガスカルも大洪水前はひとつの大陸だったと推測される
 大洪水のストーリーが明確に残っていて、その痕跡も地層から数々発見されている、となると大洪水がなかったと考えるほうが難しいです。今、多くの学者たちが大洪水の事実を明らかにしています。人類の歴史はあまり優等生的な解釈では理解できないでしょう。常識をちょっと飛びこえるくらいでいいのかもしれません。

             

 

 参考文献、写真   (1)恐竜のオーパーツ   カールボウ、クリフォード・ウィルソン  二見書房          

              (2)超古代文明の謎 オーパーツ    南山宏 著         二見文庫

              (2A)恐竜と共に滅びた文明      浅川嘉富 著        徳間書店

              (2B)謎多き惑星地球          浅川嘉富 著        徳間書店

              (3)オーパーツと天地創造の科学    久保有政 著       ムーブックス

              (4)古代都市・封印されたミステリー   平川陽一 著       php文庫

              (5)ホピ 宇宙からの聖書         林陽 著          徳間書店

              (6)ノアの洪水       ウィリアムライアン、ウォルターピットマン   集英社         

              (7)神々の指紋 上          グラハムハンコック著     小学館文庫   

              (8)世界遺産・大自然と秘境のミステリー  平川陽一著      php文庫           

              (9)衝撃の古代アマゾン文明         実松克義        講談社