5  メソポタミア、エジプト、メキシコ、ペルーに文明を伝えた人間は同じ異星人である可能性

 今、多くの考古学者、歴史ジャーナリストたちが、世界各地に文明を与えた「ある人達」がいるはず、という結論に達しています。それは、世界の遺跡、ピラミッド、神話、文化、知識は同じもの、似ているものがあまりにも多いからです。旧来の考え方では説明がつかず、偶然の一致といわれていたものが、最近では偶然ではないと見なされるようになってきました。「神々の指紋」の著者グラハムハンコック氏は、「第3者」の存在を確信し、「旧大陸と新大陸のいくつかの文明は、双方とも、はるか古代の第3者の影響を受け、知識という遺産を受け継いだのだ。」と述べています。「海を渡ったピラミッド」の著者ロバート・m・ショックらは、すべての文明は同じ起源から生まれた、と主張しています。

グラハムハンコックさん。南インドにて

第3者がいるんやで〜とグラハム氏

「神々の世界」(小学館)から

      



                   世界中にあるピラミッドは同じ機能をもっていた

 ピラミッドといえば、エジプトが有名ですが、実は世界中にあります。中国、日本、北アメリカ、南米、インド、インドネシア、ヨーロッパ、などなど数多くあります。イリノイ州カホキア古墳は今まで古墳と解釈されていましたが、まぎれもないピラミッドです。このカホキアピラミッドとまったく同じ形をしたのが、中国、咸陽にある前漢時代の皇帝陵です。この皇帝陵もピラミッドで、のちに皇帝が自分の墓にしてしまったのです。このカホキアピラミッドと咸陽ピラミッドとまったく同じ形をしたピラミッドが、メキシコのテオティワカンにある太陽のピラミッドです。(4)                       

   イリノイ州カホキア古墳。本来はカホキアピラミッドというべきだら。中国咸陽ピラミッド。メヒコの太陽ピラミッド                                                     (左)イリノイ州のカホキア古墳 (中)中国咸陽の皇帝陵 (右)メヒコ、テオティワカンの太陽ピラミッド なんか似てるでしょ

 日本のピラミッドは奈良の三輪山と大和三山、青森のモヤ山、大石神ピラミッド、秋田の黒又山、岩手の五葉山、福島の千貫森、富山の尖山、長野の皆神山、広島の葦嶽山など数多くあります。これらは自然の山に手を加えた人工造山であることがわかっています。日本のピラミッドは3000あると推測されています。                   

   ピラミッド日本代表の司令塔、黒又山黒又山レーザー解析の図。よくぞやってくださいました。モヤピラミッド                          (左)有名な黒又山。一見ふつうだけど (中)レーザー解析した黒又山。もう本気モードのピラミッド (右)美しいモヤ山

 ピラミッドといえば、今まで王の墓と解釈されていたケースが多いのですが、それはもともとあったピラミッドを後の権力者が墓として利用しただけです。実際造られたのはもっと古いのです。今ではインドネシアのボロブドゥール、東南アジアのストゥーパ、カンボジアのアンコールワットの中央祠、日本の古墳、などもピラミッドではないかといわれています。

   アンコールワット。最寄の町はシエムリアップ。なごめます。グアテマラ、ティカルのピラミッド。二階の入り口とかアンコールワットにそっくり。ラオス、ビエンチャンのストゥ-パ。噴水広場の近くにある。ビエンチャンは首都だけどとてものんびりしてす。インドネシアのボロブドゥール。頂上ではブッダがufoに乗っています                                                   左から アンコールワットの中央祠、ティカルのマヤのピラミッド、ラオスはビエンチャンのストゥ−パ、インドネシアのボロブドゥール。どれも作風が似ているのはたしかだ

 ではいったいピラミッドとは本来何なのでしょうか。最近の調べで、発電所、もしくはエネルギー貯蔵プラントではないかといわれています。                                                         
 メキシコのテオティワカンの太陽のピラミッドの発掘当時、その頂上で分厚く敷きつめられた雲母の層が発見されています。ピラミッドの地下の部屋には良質の絶縁体である、大量の頁岩スレートが発見されています。また、その近くの小建築物の床にも、2層に敷きつめられた大量で高純度の雲母が発見されています。雲母は高い絶縁性と、高速中性子を通さぬ不透性で知られています。そのため電気の絶縁体や耐火物として、また核反応炉の減速材に使われています。しかも太陽のピラミッドの雲母は地元の雲母ではなく、3200キロ離れたブラジルでとれる雲母をわざわざ使用しています。つまりピラミッドはエネルギーをビン詰めするための人工装置で、エネルギーもれをしないように、大量の石や土砂で造られていて、上と下を絶縁体でふたをされているのです。                   

     太陽のピラミッドの全景 テオティワカン。首都メキシコシティから近い。                                      (左太陽のピラミッド。 (右)テオティワカン全望。機能的なふんいきで、電力発電所といったほうがピッタリだ。ひょっとして東京電力?

 テオティワカンの地下室の雲母
 エジプトの大ピラミッドは誘導施設、交信の装置、遮蔽シールド、武器をそなえていたと考えられます。シュメールの古文書によると、エジプトのピラミッドは「ネットを広げる」、「天と地を調べる」、「監視区域全体に方向指示電波を送る」などの表現でひんぱんに示されています。また神々の戦争時、エジプトは「遮蔽物の地」と呼ばれていますし、シュメールの神ニヌルタは「わたしをとらえて殺すために、わたしを追跡して捕まえ、殺すために」ピラミッドの力が戦闘中に使われたと、古文書に記されています。
 最近いわれている説は、大ピラミッドがナイル川の水を吸い、そこから水素を取り出し燃やして、火力エネルギーをつくるというものです。というのはピラミッドは石灰岩で出来ていますが、王の間の床、壁、出入り口、切り妻屋根だけは花崗岩で出来ているのです。花崗岩は硬く、伝熱性が高いという性質があります。そのため王の間はオーブンで、その上の重力放散の間はほかの石灰岩が耐えられるよう熱を下げる役割をはたしている、というのです。
 たしかに王の間だけ花崗岩を使っているというのはなにか機能的な目的を思わせます。また花崗岩は伝熱性が高いだけでなく、石英結晶を多くふくんでいます。この石英にヒントがありそうです。石英に圧力をかけると電圧が生じることはフランシスヒッチングの研究で知られているからです。約13ミリ大の小さな石英結晶の各面に453キロの力を加えると、なんと25000ボルトの電圧が生じるのです。大ピラミッドの王の間の花崗岩は、あるひとつの重い石だけで70トンあるので、全体としてはかなりの重量の花崗岩があります。ここになんらかの圧力、例えばナイル川の水圧や、水素エネルギーによる圧力をかければ、想像を絶する電気エネルギーが生じることは明らかです。そう考えると王の間が発電室であった可能性はかなり高いと思います

    シュメール時代の絵。ギザのピラミッドが見える ギザのピラミッド。オリオン座の3つの星を正確に表現している。 花崗岩でできた王の間。                                 (左)絵の右上に翼のついたピラミッドが見える。シッチン氏によればシュメールで翼は宇宙と関連する機能を示すという(中)ギザの3大ピラミッド。ここにアヌンナキの一人マルドゥクがたてこもり、女性アヌンナキ、二ヌルタと交戦したのだ。 (右)大ピラミッドの王の間。ここだけアスワンの赤色花崗岩でなぜか出来ている。なぜだ。

 シュメールの古文書では大ピラミッドに関して「その基盤は石で・・水」と書かれていますし、また神々の戦争で二ヌルタが敵の大ピラミッドの水源を絶つよう命じた、と古文書にあります。大ピラミッドのすぐ側にはナイル川が流れているのです。またメキシコのテオティワカンの太陽のピラミッドの地下に、複雑な排水システムが見つかっていますし、テオティワカンの死者の道には水を溜めた高い壁や、水門が城塞の北側で見つかっています。アンデスのティアワナコにあるアカパナピラミッドもかつて水に囲まれていましたし、日本の飛鳥の三輪山ピラミッドもかつて水に囲まれていました。ピラミッドは水を利用した水素エネルギーを増幅させて、発電したり、その電気でいろんな機能を働かせていたのかもしれません。
 日本のピラミッドとして有名な、秋田の黒又山の岩盤はデイサイト、つまり石英!でできています。黒又山全体が発電機といえます。愛知の東谷山ピラミッドの頂上には、神社とともに磐座であった岩が残っていて、その岩は東谷山では産出しない花崗岩なのです。古式床しい神社にある磐座と呼ばれる御神体岩や、環状列石(ストーンサークル)、テーブル状組み石(ドルメン)、立石(メンヒル)などの巨石文化遺跡は、ほとんどの場合石英を多くふくんだ花崗岩が利用されています。これらの花崗岩の使用を今こそ、偶然ではないとわれわれは認識すべきです。それらは電気エネルギーを発生させて空から飛行船、宇宙船を誘導したり、レーダーや、交信等に使われたのでしょう。中国の古文書「山海経」によれば、上古天皇が地球を治めていた時代、世界の都が大和にあり、大和三山はヒマラヤから日本に向かった空挺の宇宙港として使われていた、と記されています。地球の歴史は学校の教科書では不十分です。われわれの想像をこえたところに本当の答えがあるのです。

     東谷山ピラミッド頂上のいわくら跡。すべてこの地方にはない花崗岩が使われている。秋田大湯のストーンサークル。すべて花崗岩。北海道西崎山のストーンサークル。これもすべて花崗岩。                                                             (左)東谷山山頂部の磐座(いわくら)の跡 (中)秋田大湯のストーンサークル (右)北海道西崎山のストーンサークル跡。これらの石はわざわざ花崗岩が用いられているのだ。また、ストーンサークルでは磁力が異常に高いことが知られている。オ〜しびれる〜

                     エジプトとメキシコのピラミッドは作者が同じ

 さてここでエジプトの大ピラミッド(下左)とメキシコのテオティワカンのピラミッド(下右)が同じ作者によって造られた証拠を紹介します。テオティワカンとエジプトのピラミッドの測量単位は同じか、共通の起源をもったもの、ということがわかっています。

                    ギザの大ピラミッド。  テオティワカンの太陽ピラミッド。このふたつのピラミッドには密接な関係がありますよ。

 古代エジプトとメソポタミアの測量単位は、地理フット、地理キュビットで、1地理フット=308ミリ、1地理キュビット=462ミリ。1地理フットの1.5倍が1地理キュビット。308ミリは地球の地理度1度のちょうど36万分の1。このことでエジプト、メソポタミアの文明を築いた人々は地球の正確な大きさを知っていたということがわかります。
 この単位で計ると、例えばエジプトの大ピラミッドの地面の一辺の長さは500地理キュビットになります。
 ところがこの地理フット、地理キュビットで、メキシコのテオティワカンのピラミッド群を測定するときっちり整数で割り切れるのです。例えばケツアルコアトルの神殿の幅は136地理キュビット、月のピラミッドの高さは96キュビットという具合に。偶然かもしれないとだれもが思います。ところがそうではなさそうなのです。テオティワカンの城郭の横幅(399.48メートル)をこの単位で計ると、864地理キュビット、もしくは1296地理フィート。この864と1296という数字が重要なのです。
 それは地球の1日24時間の秒数=24*60*60=86400秒                     
  地球の円周360度の秒数=360*60*60=1296000秒   だからです。(1)
 この一致は偶然といえなさそうです。このことからエジプトとメキシコのピラミッドの作者が同じであることがわかります。そしてこの地球文明の作者は数字遊びをあちこちに入れて、地球人がそれをいつの日か読み解くのを待っているのではないでしょうか。このエジプトとメキシコ文明をつなぐ864と1296の数字のことだけでも、われわれは地球文明の作者の存在に気付くことができます。
 こういった数字遊びは無数に見い出せます。例えば地球の赤道周囲の長さ40068.04kmを43200で割ると、ちょうどエジプト大ピラミッドの底辺の周囲の長さ921.45mになります。また北極からの地球の半径6355.42kmを43200で割ると、今度はちょうど大ピラミッドの高さ146.73mになります。つまり大ピラミッドは地球の北半球の43200分の1の縮尺模型になっているのです。(下図)

                  ギザの大ピラミッドは地球の北半球の縮小モデルになっているの図

 では43200という数字はなにかというと、地球の地軸の歳差運動(下図)の重要な数字なのです。地球の地軸は円をえがいており、360度=25920年かけて一周します。60度で4320年、600度(一周と240度)で43200年なのです。この43200という縮尺の数字にもなにかメッセージがあるのかもしれません。このようにピラミッドの作者は歳差運動を把握し、かつ経緯度を現在と同じように使っていたことがわかります。

地軸の歳差運動の図地軸は天で円を描く

    

地球はこまのようにぐらつく


円は25920年で完成する。これが地軸の歳差運動です。



                    大ピラミッドと太陽ピラミッドを結んだ線

 文明の作者による数字による情報はたくさんあります。エジプトの大ピラミッドからメキシコの太陽のピラミッドへ地球の内部を通り直線を引いて、太陽のピラミッドからさらにその直線状の宇宙空間を2万886キロ行くと、ちょうど地球の赤道平面にたどり着きます。また、エジプトの大ピラミッドの北面の辺心線を宇宙空間へ延長して、赤道平面と交わるのはやはり2万886キロの地点です。そして太陽ピラミッドの西面の底辺の長さを100万倍するとちょうど2万886キロになります。

            太陽ピラミッドと大ピラミッドと火星のふか〜い関係の図

 これは文明の作者からのなんのメッセージなのでしょうか。地球の2万886キロ上空になにかがあるのでしょうか。
 イギリスの天文学者ダンカンルーナンとm・w・ソーンダースは異星文明人がそこの高度で地球人にとって有益な情報をのせた大型衛星があるのではないかと推測し、地球から高度2万886キロ上を公転する仮想衛星の公転時間を調べると、12.366384時間でした。彼らはこの値が火星の1自転24.6227077時間のほぼ2分の1であることに気がつきました。これは、ますますなにかありそうですね〜。                                   
 火星では今続々とd&mピラミッド、人面ピラミッド、円形ドーム、といった人工物が発見されています。異星文明人が地球で活動するにあたって当然火星は二次的基地として便利ですし、地球と火星の間に宇宙衛星があるのも便利でしょう。                                                                  

      アメリカも隠したがる人面岩。アメリカは火星のすべてを独り占めにしたいらしい。セコイネ〜火星銀座1丁目〜6丁目(適当)                                                                       (上左)みなさん、こんにちは。人面ピラミッドです。 (上右)うわさの構造物の数々 (下左)それらをコンピュターで立体映像にしたもの (下中)出たm&mいやd&mピラミド。美しく見える黄金分割が用いられている。 (下右)シティ周辺。火星の新宿西口 

      火星銀座の立体グラフィック うわさのd&mピラミッド シティ界隈。

 ところでアメリカ政府はこれらを隠そうとしていますがその裏にはこういう真相があるようです。火星構造物の存在が事実だとすると、異星人文明の存在が明らかだということになります。すると新たな価値観のもとに地球上の今ある政府、体制は崩壊し、新しい秩序が生まれることが予想されます。するとアメリカ政府が今目指している軍事、経済的に地球を征服するというプランが達成できなくなります。というわけで秘密にしておきたいのです。しかし火星の人工構造物の存在は周知の事実で、アメリカ政府の世界征服プランも世界中のほとんどの人が反対しているので、うまくはいかないでしょう。逆にこれらの事実を理解する人々が今着実に増えているので、平和でお気楽な宇宙的地球ライフは早期に実現化すると思います。
 火星には2つの衛星、フォボスとデイモスがあります。ソ連の宇宙物理学者シュクロフスキーはこの2衛星は天然の天体ではなく、大部分がアルミニウムでできている人工物体で、中は中空である、と結論しています。その根拠として、フォボスは火星の自転速度の3倍の速さで回っており、このような特異な衛星は全太陽系を通じてフォボスだけであること、スペクトル分析でフォボスとデイモスの反射光はアルミニウムをふくんでいて、アルミニウムは科学的に精錬してできる物質で天然には存在しないこと、フォボスの密度が天然の衛星としては考えられないほど希薄で、火星の重力に負けないためには強固な外郭を持つ中空な物体と考えないと説明がつかないが、天然の天体で中空はありえないこと、などが挙げられています。この2衛星も天然に模した人工基地の可能性がありそうです。(2)      
           
    (左)エジプト人がホルアクティと呼ぶ火星 (中)うわさのフォボス (右)ディモス
 古代エジプト人は、ギザの大ピラミッドと火星を同じ名前「ホルアクティ(地平線のホルス)」と呼んでいました。ホルスはエジプトの神々のひとりです。古代エジプト人は、火星も大ピラミッドもホルスの化身と考えていたのです。
       
 文明の作者は火星にも数々の痕跡を残し、ひょっとしたら今も使っているのでしょう。

                   文明の初期にすべてを教えて去っていった人々

 ペルーの伝説には、大洪水後、コンまたはチキ、ティキという名の、そして後にビラコチャと名づけられた、大柄のあごひげをはやしたマントを着た白人たちがやって来て、野蛮な風習をもっていたペルー人に、お互いを愛しあい、善行をすすめ、慈悲の心をもって生きるよう勧めたという(上写真)。またその白人たちは科学者、建築家、彫刻家、技術者であり、また教師、医者であり、行く先々で病人を癒した。また数多くのピラミッドを建設した。しかしこの心やさしき人物たちは、身の危険にさらされると、空に向かって助けを求めるように手をあげ、火を噴く兵器を使用したという。ビラコチャの船は漕がなくても楽々と水の上を進んだという。ビラコチャはその後、陰謀にあい、船で海に流されてしまうのでありました。(3)
 だが不思議なことに、エジプトにもビラコチャそっくりの、オシリスという人物伝承があり、同じように人々にいろいろなことを教えたというのです。

オシリス(左絵)はエジプト人に、食人や人身御供をやめさせ、法律というものを教え、文明をもたらした。オシリスは世界中を旅行し、ほかの国にも同じように文明の恩恵を与えたといわれています。野蛮人であったエジプト人に対面したオシリスは決して力ずくで法を押しつけたりしませんでした。そのかわり論争し、理屈で相手に理解させることを望みました。オシリスはその後、義理の弟の陰謀にあい、箱にいれられ、海に流されてしまいます。その後、義理の弟が再びオシリスの死体を切り刻んで捨ててしまいますが、オシリスの妻イシスが死体の破片を探し、呪文をとなえると、再びオシリスは完全な肉体で復活し、幽界の王になったのでありました。死体の破片から復活するあたりはクローニングの技術を思わすものです。
 グラハムハンコック氏によると、ビラコチャとオシリスには以下のような共通点があるといいます。
両者とも文明をもたらした                                                                          両者とも陰謀をくわだてられ、倒された                                                                     両者とも容器あるいは船のようなものに入れられた                                                                    両者とも水のあるところに流された                                                                        両者とも川を漂流した                                                                               両者とも最終的に海へたどりついた
 ここまでいっしょであるのを「偶然」とはいえないでしょう。こういった場所の離れた文明間の共通話はよくある話であります


  ボリビア、ティアワナコの魚人像ウマントウア シュメールの魚人ウワン オシリス像(右) インカの英雄ビラコチャ                                                                                          左からボリビア、ティアワナコの魚人ウマントウア、シュメールの魚人ウワン、エジプトのオシリス(座っている方)、ペルーのビラコチャ。この4人とも現地人に文明、生き方などを教えて去っていった。また全員両手になにかの道具をもっている。その行動、教えなどが似ていることから、おそらく同じ人物、もしくは同じ団体の人たちと考えられます。

 例えば、ボリビアのチチカカ湖のインディアのあし船はビラコチャが設計したといわれていますが、このあし船は古代ナイルのあし船とデザインが詳細にいたるまで同じです。                          
   
 ボリビアのティアワナコにある石像には、ウマントウアという名前がついています。ウマントウアは半身半魚というか、魚のコスチュームを着た人間で、両手になにか機械のような道具をもっています。土地の伝承では湖の神で、水の中に住み、文明をもたらした、といいます。マヤ語でウアンは水の中に住処をもつものという意味です。
     
ティワナコにある二体のウマントウア像。両者とも機械を持ち、目にサングラス、もしくはゴーグルをかけています。ある一定の科学力をもった人たちであると推測されます。やはり彼らは外宇宙からの異星人だったのではないか。前出のビラコチャの写真もよ〜くみると目がゴーグル状になっています。
 この神にそっくりな方がシュメール(今のイラク南部)にもいます。やはり半身半魚というか、魚服を着ているお方で、毎日海からやって来て、人々に文字、科学、芸術、家の建て方、法律、幾何学、礼儀作法などを教えて、夕方にはまた海に帰っていったといいます。きさくな方でよく人々としゃべりましたが、食事はいっしょにとらなかったといいます。彼の指導でメソポタミアのシュメール文明は始まったといわれています。名前はオアンネスあるいはウワンといい、ボリビアのウマントウアと名前が似ています。そしてシュメールのオアンシス像もボリビアのウマントウア同様、両手になにか器具をもっています。うーん、やはりなにかあるにちがいない、と思わすのに十分な証拠ではないでしょうか。(3)
    
有翼円盤(UFO)と、半魚人オワンネスとそのクローン。これがシュメール文明のはんこです。
 南米と遠く離れたエジプトやシュメールとの共通点はまさに、だれかナゾの第3者の関与による人類の文明化をにおわすものです。ビラコチャ、オシリス、オアンネス、ウマントウアたちは科学をもっている人間たちであることは明らかで、けんかしたり、人肉を食べていた超原始人の地球人に、文明の基本を教えて、そして去っていったのです。そして残された地球人は彼らを神とあがめ、話を今にまで残したのでしょう。
 しかし、彼らはどうしてここまで地球人類に献身的でやさしいのでしょうか?原始地球人にいろいろ教えるのはほんとうに苦労がたえなかったと思いますが、その彼らはすばり異星人ではないでしょうか?
 異星人、ufo、というとまったくお笑いの対象になったり、それらを考古学と絡めて考えることは(とくに大学などでは)ナンセンスといった風潮が今までありました。しかし、それこそナンセンスです。異星人がいると認識することは知性が必要です。考古学とufo、異星人を関連させることはひじょうに知性的で、人々がそのことに気づくのも時間の問題です。公では認めてなくても、ほとんどの人々は心の中では異星人は存在すると気づいています。また宇宙考古学の作家、その読者、多くの科学者、そのほか大勢の人たちが、地球人の起源は異星人の遺伝子操作による創造にある、ということに気がついています。古い常識をもった社会は、この考えはまちがっている、とわかっていてもなかなかそれを捨てれないものです。しかし、15世紀のヨーロッパのルネッサンスのような意識革命があと数年で始まると予想されます
 2007年7月18日、アメリカの人気番組ラリーキングライブに、3人のアメリカ空軍の元兵士らが出演しました。彼らは1967年モンタナの空軍基地で、一機のUFOに核ミサイル攻撃をしようとしたとき、それらのミサイルを使用不能にされた、と告白しています。そのとき、UFO側からは攻撃してこなかったといいます。また、2007年に、アポロ14号の宇宙飛行士エドガー・ミッチェル博士は、NASA勤務時代にUFOが何度も地球にやって来ているのを知っていたが、それらの事実は60年の間封印されてきた、とラジオインタビューに答えています。彼の知っている異星人は地球人より背が低い、とのことです。このように元軍事関係者らからの告白が最近は相次いでいます。                                   
 アメリカ合衆国政府、アメリカ軍部、などは当然異星人の存在を知っているため、世間には異星人はいないことにしておきたいのです。彼らは異星人とのコンタクトをとるため、莫大な予算を使っています。アメリカ政府は異星人のテクノロジーを使えば世界征服ができるかも、と本気で考えているようです。みなさん、地球がはやく平和でお気楽になるために、アメリカ政府の逆情報操作(異星人はいない、もしくは異星人は怖い、アメリカの攻撃は正義のため、イスラムのテロリストが世の中を乱す、など)には気をつけてください。かれらはイラクのあとに北朝鮮でも戦争をやろうとしました。かれらは世界征服ができて戦争ビジネスでもうかれば、日本人や朝鮮人が何人死のうと知らん、知らん、オナラピーと思ってます。
 アメリカの軍人は冷戦後、最大のライバルソ連を失ったため、自分たちの予算、給料、ステータスが下がることを恐れて「アメリカの敵」をつくることに必死になっています。敵をつくって戦争に持ち込むことが軍人にとって最高のことなのです。それにより給料は上がり、自分たちの社会的必要度も上がるからです。そしてアメリカの軍事産業も儲かり、戦争後の復興ビジネスでまたアメリカの企業がもうかるシステムです。ワールドトレードセンターのテロや炭素菌事件もアメリカ政府による自作自演のしかけです。世論を戦争支持に変えるためです(パールハーバーの時と同じやりかたですね)。みなさん、どうかアメリカ政府にだまされないようにしてください。テロが敵ではありません。アメリカ政府(とその裏にいる資本家)とアメリカ軍が世界を乱そうとしているのです。
 話をもどします。メキシコでは、あごひげをはやした白い皮膚を持つケツァルコアトルが海からやって来て、数々の文明をもたらした、といいます。その人物たちは白人で、体格がよく、服は長い白いローブを着ていました。果物と花以外のいけにえを非難し、平和の神で知られていて、戦争の話になると指で耳をふさいだといいます。この知恵ある指導者たちは海から来たが、その船は漕がなくても水の上を走ったといいます。人々に火を使って料理する方法を教えたり、家の建て方、一組の男女が夫婦として生活すること、けんかしないで平和に生きることなどを教えました。また、建築、数学、天文学、冶金学、農業、医学、芸術を教え広めました。そして、たくさんのピラミッドや建造物を建てたといわれています。ビラコチャやオシリス、オアンシス、ウマントウアと同じ集団がメキシコにも現れていたというわけです。(3)
 

ケツァルコアトル。ロンゲにヒゲ、腰にスカーフとおしゃれです。

 
 
 また、ケツァルコアトルはあちこちでグクマツ、ククルカンなどと呼ばれていましたが、これらの意味はすべて「翼ある蛇」であります。このへびのシンボルマークは世界のあちこちに見られるものです。例えばアンデスのティアワナコや、古代エジプト、日本、インドなどでも蛇のマーク、蛇信仰が見られます。メキシコのオルメクでは、人間が羽の生えたへびのような乗り物に乗って、内部の機械を操作している石のレリーフが発見されています。その乗り物はスターウォーズに出てきそうな、一人乗り簡易ジェット機といったおもむきです。乗り物に乗っている男は、足でペダルを踏み、左手は車のクラッチのようなレバーを握っていて、右手にはなにか操作機のようなものを持っています。頭にはルークスカイウォーカーがかぶっていたような器械のついたヘルメットをしています。異星人はこの「翼あるへび」に乗って、空を飛んであちこち移動しては、いろんなことをメキシコの人々に教えていたのでしょう。
     メヒコ、トゥーラの戦士像 ケツァルコアトル                                      (左)メキシコ、トゥーラのケツァルコアトル。ゴーグルにヘルメット、右手に銃のようなものを持っており、ベルトも機能的な感じ。 (中)ケツァルコアトル (右)ケツァルコアトルが一人乗りジェット機に乗っているところ。説明が要らないほどマシーンであることがわかる。こんなジェット機に乗って異星人がやって来たら、当時のメキシコ人もびっくりして、神よ〜とあがめちゃうだろな。
 まだまだいる文明の使者
 中南米や中近東だけでなく、ほかの地域にもビラコチャやケツァルコアトルらが現れた形跡があります。
 ポリネシアのマルケサス諸島には、神であり酋長であった太陽の子ティキの伝説があります。ポリネシアの伝説は、最初に住んでいた人々は、髪の毛の赤い白人で、全くちがう言語を話していたといいます。この白人らは知識も文化も進んでいて、大きな石像や建物を造りました。ところで先程ペルーの、ひげを生やした白人の太陽王、ビラコチャの本当の名前も同じティキです。その文明の使者はポリネシアにも来ていた、と考えられます。(5)
 
マルケサス島のティキの石像。大きい^^
 ティキといえば、ハワイやフィージー、タヒチの神の名前も、ティキなのです。ハワイに行くと、必ず見かける定番の木彫りのおみやげがあります。あれがハワイの最初の人間であり、平和と繁栄の神と讃えられたティキなのです。ハワイに初めてヨーロッパの白人が来島したとき、ハワイ人は神が戻って来たとカン違いしました。ハワイの祖先神も肌が白くて、金髪だったからです。
              (左)ハワイのティキ (右)タヒチのティキ。お腹をさすってます。右から二番目の立像は宇宙飛行士の横向きの姿にそっくり。
 イースター島の伝説も、髪の毛が赤い白人が最初にいて、モアイ像をつくったと語っています。またこの白人たちは耳たぶが長かったので、長耳族と呼ばれていました。モアイ像にもその長耳が表現されています。
 ところがペルーのビラコチャも長耳が特徴で、長耳族と呼ばれていたのです。日本でも七福神の神さまは福耳で、耳が長いですよね。
 おそらく全世界に現れていた神さま=文明の使者のファッションは、各地域ごとのデザインはあるけれど、統一イメージというものがあったようです。
                   耳長のモアイ像。この島のすべての石像は、創造神の命令で自力で台座に立った、とローカルの伝承が伝えています。
            (左)イースター島の初期の石像。(右)チチカカ湖周辺によく出る石像。両者ともポーズや目の部分などそっくり。耳も長いよ。(6)
 インドのとなりのモルジブ島にも、レディン族という白人が歴史の初期に現れています。レディン族は背の高い赤い髪をした白人で、巨大な石像や構築物の建築者であり、銅や青銅によく精通していました。レディン族のつくった構造物の壁はとても精密で、すきまが全くありません。これはペルーのクスコで見られる、コン・ティキ・ビラコチャのつくったといわれる壁と似ています。またモルジブ島からは、世界中に見られるあのマンジマークの石版も発見されています。(7)
                     なぞのレディン族の石像か。やはり長い耳。
    
   (左)レディン族のいい仕事。(右)世界共通のマンジマーク発見
 
 韓国、チェジュ島の神さま、トルハルバンの石像は、チチカカ湖やイースター島、タヒチの石像に似ています。特に目の部分がゴーグルのようになっているのが共通点です。またトルハルバンはその鼻をさわるとお金持ちになれる、と評判です。見かけたら、少しさわらせていただきましょう。
  
(左)トルハルバンの石像。サングラスにニット帽できめて、お腹いっぱいのポーズ。(右)似ている、といわれるモアイ像。
 日本にもちろんあります。伝説は残っていませんが、飛鳥地方の猿石と呼ばれている石像は、タヒチ島やイースター島、チェジュ島の石像そっくりです。目がサングラス風なのもお約束です。
   
 (左)もう食べれませんの人 (右)エッ、ワシのこと?
 このように世界中に、ヘルメット、ゴーグルを着用した白人の文明の使者が現れて、文明の基礎を教え、自分たちの石像をあちこちに残していったと考えられます。ピラミッドなどを造ったところを見ますと、相当なテクノロジーの持ち主だったのでしょう。
   

                        不思議な共通点

 離れた文明間での奇妙な一致について、「海を渡ったピラミッド」の著者ロバート・M・ショック氏は、以下のような点を説明しています。
 ・ 中米のマヤ族の経典「ポポルブフ(部族の書)」には中東の有名な話に似ているものが多いです。たとえば、マヤ族が新世界をめざしたとき、「海を渡ると、海の水が分かれて道ができた」のです。これで思い出すのは、聖書の出エジプト記のなかで、紅海の水が分かれて、エジプト人に追われていたイスラエル人が渡れて助かったという有名な話です。                            
 ・ バビロニアもマヤも、歯痛は歯と歯茎に虫が入り込んで起きると信じられてきました。
 ・ 聖書にへびがイブをそそのかして、リンゴを食べさせるというシーンがありますが、「ポポルブフ」に似た話があります。神のひとりフンフナプーが乙女に、特別な木になる奇跡の果実を食べるよう誘惑したのです。するとほかの神のどくろが怒って彼女の手につばを吐き、彼女はフナプーとイシバランケーを身ごもってしまいます。聖書でもリンゴを食べたイブに神々は怒り、その後イブはカインとアベルを身ごもっています。
 ・ イスラエル人、シュメール人、古代ギリシャ人もマヤ族も、7という数字をなぜか重んじました。
 ・ 死後の世界において、マヤも古代エジプトも、第2段階の入り口でへびが見張っており、第4段階は広大な荒れ野、第8段階は水のある楽園で遊べるようになっています。
 ・ ミイラの製法が古代エジプトとペルーでは同じです。両者とも、遺体の肛門から鉤状の器具を挿入して内臓を引 き出しています。また両者とも内臓をカノープスの壷という特別な容器に入れて保存しました。また両者とも犬もミイラにしています。
 ・ ペルーの犬はほかのアメリカ大陸のどの犬よりもエジプトの犬に似ています。 
 ・ 綿の織り方はペルーでは二通りありました。ひとつは垂直式で整経ビームがふたつあるタイプ。これはメソポタミア、エジプトの新王国でも使われていました。もうひとつは地面に杭で固定する水平式の織り機で、これは古代エジプトでも使われていました。
 ・ 古代ギリシャ、ローマでは紫は高貴な地位を意味する色で、マヤや南米北部でも紫は富と地位の象徴でした。地中海でも中南米でも紫の染料は大量の巻貝から複雑な工程を経てつくられていました。わずか15gの染料をとるのにもっとも大型の巻貝で何千個も必要でした。ちなみに日本においても紫色は古来から高貴な色の象徴でした。
 ・ ニワトリの呼び名は、インドではカルチャ、南米北部のアラワカ族ではカラカ。中国語ではケ、キ、カイ。マヤ語で はケ、キ、エク。日本ではオンドリ、メンドリ、メキシコ北西部のタラフマラ族はオトリ、トトリといいます。
 ・ 割って溝をつけたタイプの吹き矢の筒。これを使っていたのが、マレーシア、ボルネオ北部、ルソン島の原住民 。それと北米のヒューマ族、アマゾンの先住民、コロンビアのカリブサイドの先住民。インドネシアと南米では吹き矢の毒を種類のちがう木からとりますが、樹液のとりかたは同じで、木の名前も似ています。
 ・ プレアデス星を崇拝していた民族は、ラスコーの壁画のラスコーの人々、テオティワカンのメキシコ人、ギリシャ 人、旧約聖書、ペルーの人々、エジプト人など。
                  プレアデス星雲。日本名すばる。
 などなど、このように大陸を越えた不思議な共通点はいくらでもあります。(4)
 これらから分かることは、地球上のあちこちで文明を伝授した第3者がいたということです。神話や残した文明、建築、などが似ていることから、その第3者は同じ団体のひとたちと考えられます。かなり高い技術を備えていること、宇宙との関連も深いことから、彼らが異星人である可能性は高いと思います。



イタリア、ラコーニで多数発見されている、宇宙船のレリーフ


                 


 参考文献、写真 (1)(2) 宇宙のオーパーツ   南山宏 著         二見書房

            (3) 神々の指紋  上   グラハムハンコック    小学館文庫

            (4) 海を渡ったピラミッド  ロバートmショック、ロバートaマクナリー  nhk出版 

(5)コンチキ号漂流記  トール・ヘイエルダール  偕成社文庫
(6)海洋の道   トール・ヘイエルダール  白水社
(7)モルディブの謎   トール・へイエルダール  法政大学出版

            カホキア、咸陽、メヒコのピラミッド         海を渡ったピラミッド  nhk出版

            黒又山 カラー  www.ley-line.net    

            黒又山 白黒  失われたムー文明の刻印 日本文芸社

            テオティワカン カラー  www.rbsaika.com

            火星 人面ピラミッドなど   惑星の暗号    グラハムハンコック著   翔泳社

            ティワナコの魚人   www.cadena.co.jp

            ケツァルコアトル カラー    ムー  04年 10月号

テオティワカン 雲母の写真    神々の大いなる秘密  EVデニケン著  三交社