7  聖書における「神」という言葉は元々「エロヒム(天空から降りてきた人々)」というヘブライ語である

 聖書はわれわれ日本人にはあまりなじみのないものですが、人類にとってかなり重要ななぞの鍵をにぎっている書物といえます。聖書は以前は詩的な宗教書であり、歴史書物ではない、と認識されていましたが、聖書の記述に一致した数々の遺跡の発見により、今では一番重要な歴史書として注目を集めています。      
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例えば、イスラエルの王ヒゼキヤ(BC700年前後)が戦争のときに掘った、聖書では有名なヒゼキヤ水道などが最近見つかっています。        
 聖書は原典というものがあり、原典は英語ではなく、ヘブライ語、つまりイスラエル人の言語で書かれています。というのも聖書はもともと神々とイスラエル人の歴史の記録をつづったものだったからです。
聖書には旧約聖書、と新約聖書のふたつがあります。旧約聖書は神とイスラエル人の歴史をつづったものです。新約聖書は主にイエスの話をのせたものです。そもそも神のいうこと、神のメッセージを全世界に伝えるためイスラエル人が選ばれたのですが、そのイスラエル人が神からの使命を忘れてしまったのです。そのためイスラエル人に代わってイエスが神のメッセージを伝えるよう地上に生まれさせられたのです。
 その日本語の神、英語でいうgod,はもともとヘブライ語原典の聖書では「エロヒム」と書かれています。このエロヒムという言葉がとても重要な言葉なのです。この言葉の真の意味を知ることは、地球人の起源を知るということになります。
 「”エロヒム”という言葉の中には、実は驚くべき真相が隠されていたのある。その真相は、これまで考えられてきた人類の起源、歴史、そして地球上の全ての生物の歴史までも完全に塗り替え、さらに未来をも決定してしまうぐらいの衝撃と影響力を持つのである。」(「複製された神の遺伝子」より 理学博士、作家 戸来優次  同朋舎)   

                      ヘブライ語 エロヒムヘブライ語エロヒムミルトス社の聖書ヘブライ語対訳シリーズより抜粋。

 この、旧約聖書に2200回以上登場するエロヒムという言葉は実はヘブライ語で「天空から降りてきた人々」という意味です。elohim のel は天空の意味で、im は人間の複数形です。このようにエロヒムはれっきとした複数形です。単数形はエロハ、「天空から降りてきた人」になります。この人類にとってとても重要な言葉「エロヒム」は今まで単に神と訳されてきました。しかし、これは完全な誤訳です。エロヒムは「天空から降りてきた人々」なのです。
 つまり聖書の神々はまぎれもない人間たちなのです。聖書では神々と人間はしばしば、一緒に会い、話をしますが、これは例え話などではなく、本当の話だったのです。聖書はエロヒムと人類、主にエロヒムとイスラエル人の本当にあった行動の記録であり、もっと率直にいえば、エロヒムの地球プロジェクトの全記録なのです。
 例えば、出エジプト記にはエロヒムの預言者モーセらが、エロヒムに呼ばれていっしょに会食する記述があります。
 「モーセはアロン、ナダブ、アビフおよびイスラエルの70人の長老と一緒に登っていった。彼らがイスラエルのエロヒムを見ると、その御足の下にはサファイアの敷石のような物があり、それはまさに大空のように澄んでいた。エロヒムはイスラエルの民の代表者たちに向かって手を伸ばされなかったので、彼らはエロヒムを見て、食べ、また飲んだ。ヤーウェ(エロヒムの代表者、聖書でいう主)が”私のもとに登りなさい。山に来てそこにいなさい。わたしは、彼らを教えるために、教えと戒めを記した石の板をあなたに授ける。”とモーセに言われると、モーセは、従者ヨシュアと共に立ち上がった。・・」(出エジプト記)
 同じく出エジプト記には、エロヒムが幕屋でその預言者モーセと話し合うシーンがあります。
 「モーセが幕屋に入ると、雲の柱が降りてきて幕屋の入り口に立ち、主(エロヒムの代表者ヤーウェ)はモーセと語られた。・・主は人がその友と語るように、顔と顔を合わせてモーセに語られた。」(出エジプト記)
                                     エジプトのシナイ山。この山頂で何回もモーセはエロヒムと会談しました。エロヒムから十戒をさずけられたものここです。今は超観光ポイントになっています。
 今まで聖書の神は架空の存在として理解され、本当の人間とは認識されていませんでした。しかし、聖書の神、すなわちエロヒムは違う惑星からやってきた人間たちなのです。シュメール文明の古文書の内容はほとんど聖書の内容と一致していますが、シュメールの神々アヌンナキはエロヒムのことなのです。アヌンナキはシュメール語で「天空から降りてきた人々」と、ヘブライ語のエロヒムと同じ意味なのです。
 エロヒムをれっきとした人間ととらえると、聖書は俄然真実の記録となってきます。
 まず旧約聖書の創世記の冒頭、エロヒムは「天地を創造」し、全生物を創ります。聖書にはこう書かれています。第1日にエロヒムは光をつくり昼と夜をつくり、第2日に大空、第3日に海と大地をつくり、第4日には太陽と星をつくり、第5日には魚、鳥、第6日には家畜、動物、などをつくり、最後に人間をつくります。第7日にはエロヒムは休憩します。
 これを文字とおり1週間でつくった、と解釈すると単なるファンタジーに思えてきます。しかし、「日」の解釈を「期」や「段階」とすると、聖書のこの部分は「テラフォーミング」と解釈できます。ヘブライ語で「一日」は「yom]といい、この言葉は「段階」とか「ステップ」という意味でもあるからです。テラフォーミングとは今、地球の科学者たちが火星に試みようとしているもので、火星に大気をつくって、微生物をおくり、海をつくり、緑あふれる生物の住める土地にしよう、という実験です。
               火星テラフォーミングの図。地球もこんな風に造られらたのかも?
 「”創世記”冒頭の”一日”を、文字通り24時間としての”一日”ではなく”時代”ないし”段階”と解釈すれば、その生物相の進化に関する記述は、現代科学とよく一致するものである。」(「genesis revisited」ゼカリアシッチン著 学研)
 つまり我々の体も、ふだん見慣れた植物や動物、虫、微生物、大気、陸地、すべてエロヒムという人間たちが造ってくれたもの、なのです。
 エロヒムはどんなふうな人間か?というと、聖書の次の記述でわかります。
「エロヒムは御自分にかたどって人を創造された。エロヒムにかたどって創造された。男と女に創造された。」(創世記)
 エロヒムは人間そっくりの顔をした人たちなのです。まあ、彼らが自分たちに似せて地球人を創ったのですからそれは当然ですので、地球人はエロヒムにそっくりである、というのが正しい言い方でしょう。聖書は宗教書のようなとらえかたをされていますが、本当は異星人エロヒムによる地球プロジェクトのすべてが書かれている、と理解できます。

2002年8月イギリスに出現したサークル。


2002年8月イングランド、ウィンチェスターに突然現れた巨大サークル。異星人エロヒムからのものか(似てないというウワサも)?。しかし、すんごいですね〜、この精密さは。かなり大きそうですね。




 


 

 
 例えば聖書にはufoのようなものがよく登場します。それはエロヒムの宇宙船のことと予想されます。その宇宙船からエロヒムらが出てきて自動飛行装置で飛んだりするシーンがよくあります。次の文を見てください。これは紀元前740年ころ、イザヤという人が、エロヒムから預言者に任命される場面です。
 「ウジヤ王が死んだ年のことである。わたし(イザヤ)は、高く天にある御座に主が座しておられるのを見た。上の方にはセラフィム(天使)がいて、それぞれ6つの翼を持ち、2つをもって顔を覆い、2つをもって足を覆い、2つをもって飛び交っていた。・・するとセラフィムの一人が、わたしのところに飛んできた。そのときわたしは主の御声を聞いた。”だれを遣わすべきか。だれが我々に代わっていくだろうか。”」
 これは預言者に任命するため、エロヒムがイザヤの前にufoであらわれたシーンです。天の御座に主が座しておられるのは空中にufoが止まっていると解釈できます。翼を持った天使とは自動飛行噴射装置を使って飛んでいるエロヒムのことです。わたしのところに飛んできたという表現で、天使が空想の存在でなく、具体的な人間であるということがわかります。
          旧約聖書、イザヤ書6、「イザヤの召命」のシーン
 次は預言者エリヤのところにエロヒムのufoが着陸してくるシーンです。ヤーウェとはエロヒムの地球プロジェクトの代表者なのですが、この場合はヤーウェの乗った宇宙船のことを指しています。よく宇宙船のことを「主の栄光」とか「ヤーウェの栄光」という言葉で表します。
 「ヤーウェは”そこを出て、山の中で主の前に立ちなさい”と(洞くつの中にいたエリヤに)言った。見よ、そのときヤーウェは通り過ぎられ、ヤーウェの前に大きな強い風が吹き、山を裂き、岩を砕いた。しかし、ヤーウェは風の中におられなかった。風ののちに地震があったが、地震の中にもヤーウェはおられなかった。地震ののちに火があったが、火の中にもヤーウェはおられなかった。火ののちに静かな細い声がきこえた。それを聞くと、エリヤは外套で顔を覆い、出てきて、洞穴の入り口に立った。」(列王記 上 19より)
 いかにも着陸といった感じが伝わってくる文章です。
 
 預言者ゼカリアの前には、葉巻型宇宙船とエロヒムの女性が出てきます。
 「わたしが目をあげて見ていると、飛んでいる葉巻を見た。・・その長さは20キュビト(9メートル)その幅は10キュビト(4.5メートル)です。・・それからわたしが目をあげて見ていると、ふたりの女が出てきた。これにコウノトリの翼のような翼があり、その翼に風をはらんでいた。」(ゼカリヤ書)
 この文章は前の2つにくらべ、とてもわかりやすい文章です。エロヒムの女性が小型ジェットでゼカリアの前を飛んでいます。

                     浮遊する宇宙船

                     次の一文は出エジプト記のものです。

 「モーセが山に登って行くと、雲は山の上を覆った。ヤーウェの栄光がシナイ山の上にとどまり、雲は6日の間、山を覆っていた。7日目に、ヤーウェは雲の中からモーセに呼びかけられた。ヤーウェの栄光はイスラエルの人々の目には、山の頂で燃える火のように見えた。モーセは雲の中に入って行き、山に登った。モーセは40日40夜山にいた。ヤーウェはモーセに仰せになった。・・」
 「雲」、「ヤーウェの栄光」は明らかにエロヒムの宇宙船であり、ヤーウェはモーセを宇宙船の中へ招待したのです。むかしの人にとっては、空を飛ぶ丸いものをどう表現していいかわからないので、「雲」と表現するしかなかったのでしょう。もしくはufoが機体のまわりに雲をつくって、飛んでいたという可能性も少しあります。
 雲とufoの関係はよく指摘されるものです。1957年9月にアメリカ Fort.Belvoireの軍事基地上空でリング型のufoがそれ自身を雲でおおっていく変身のプロセスを見せました(写真はこちら”神の暗号”のサイトへ)。ufo、異星文明の紹介者でTVでおなじみの秋山眞人氏も著書「優しい宇宙人」(求龍堂、文芸春秋)にて、ufoのつくる雲の芸術、またその雲中にしばしばufoがいる、ことなどを指摘されています。

                     

 出エジプト記で、大量のイスラエル人がエジプトから脱出しますが、その旅にエロヒムがufoで保護先導しています。ここでもufoは主の雲と表現されています。その雲が動き出すとイスラエル人は移動を開始し、雲が止まると、彼らもそこで野営をするのです。イスラエル人は野営すると、幕屋という主すなわちエロヒムのヤーウェの休憩される場所を集団から離れたところに設営します。
 「幕屋を建てた日、は掟の天幕である幕屋を覆った。夕方になると、それは幕屋の上にあって、朝まで燃える火のように見えた。いつもこのようであって、は幕屋を覆い、夜は燃える火のように見えた。このが天幕を離れて昇ると、それと共にイスラエルの人々は旅立ち、主の命令によって宿営した。が幕屋の上にとどまっている間、彼らは宿営していた。が長い日数、幕屋の上にとどまり続けることがあっても、イスラエルの人々は主の言いつけを守り、旅立つことをしなかった。が幕屋の上にわずかな日数しかとどまらないこともあったが、そのときも彼らは主の命令によって宿営し、主の命令によって旅立った。・・二日でも、1ヶ月でも、何日でも、が幕屋の上にとどまり続ける間、イスラエルの人々はそこにとどまり、旅立つことをしなかった。そしてが昇れば、彼らは旅立った。」(民数記)
 明らかにエロヒムの選民であるイスラエル人を、エロヒムが宇宙船で誘導しているのが分かります。

                    ufo !

 預言者エゼキエルの前に宇宙船と4人のエロヒムたちが現れたときの描写があります。

 エゼキエルが主つまり異星人エロヒムに出会った瞬間。びっくりしたな、あのときは。

 「主の言葉が・・エゼキエルに臨み、また主の御手が彼の上に臨んだ。わたし(エゼキエル)が見ていると、北の方から激しい風が大いなる雲を巻き起こし、火を発し、周囲に光を放ちながら吹いてくるではないか。その中、つまりその火の中には、琥珀金の輝きのようなものがあった。またその中には、4つの生き物の姿があった。その有様はこうであった。彼らは人間のようなものであった。それぞれが4つの顔を持ち、4つの翼を持っていた。・・翼は互いに触れ合っていた。それらは移動するとき向きを変えず、それぞれ顔の向いている方向に進んだ。・・火は光り輝き、火から稲妻が出ていた。そして生き物もまた、稲妻の光るように出たりもどったりしていた。・・生き物の頭上には、水晶のように輝く大屋根の形があって、彼らの頭の上に広がっている。・・彼らの頭の上の大屋根の上に、サファイアのような玉座の形があった。・・これが主の栄光の有様であった。わたしはこれを見てひれ伏した。そのとき、語りかける者があって、わたしはその声をきいた。彼はわたしに言われた。「人の子よ、自分の足で立て。わたしはあなたに命じる。」・・主は言われた。「人の子よ、わたしはあなたを、イスラエルの人々、わたしに逆らった反逆の民に遣わす。」(エゼキエル書)
 ジェット噴射をする琥珀金の輝きの宇宙船のまわりに、小型ジェットをつけて噴射しながら飛んでいる4人のエロヒムの様子がリアルに描写されています。サファイアのような玉座も宇宙船のことです。エゼキエル書は昔からこの奇妙な記述で有名でした。近年、これらは寓話や例え話ではなく、「地球に降り立った異星文明人の教化活動を、当時の原住民が目撃したままに述べた体験報告」(南山宏著 オーパーツ 二見文庫より)と、もっと具体的で論理的に解釈する研究家が増えています。
 このように聖書にはいたるところに、ufoや異星人の記述が見られるのです。これらの部分は以前は理解不能、もしくはファンタジーなこじつけ風解釈で流されてきました。
 というのも、おおむかし、ufoは今ほど飛んでいませんでした。1945年原爆が落とされて以来ufoはひんぱんに姿を見せるようになりました。異星人の存在についても今は科学者が当然のように語るようになりました。今の時代だからこそ聖書の本当の意味が理解できるです。
 シュメール文明と聖書の研究で世界的に有名な天才考古学者ゼカリアシッチン(右下写真)はこう述べています。

ゼカリアシッチン。ニューヨーク、アッパーウェストの自宅にて

 

 「今まで多くの人に”ufoを信じていますか”と問われたものだが、その際は、自分自身は目撃したことがないことを断ったうえで、次のような話をすることにしている。
 ”ある男がいきなり私のもとを訪れて叫ぶように語りはじめました。「あなたは信じないかもしれないが、とにかく私の話を聞いてくれ。私がハイキングをしていたときのことだ。ある場所に来たとき、日が沈んだので、そこで一夜を過ごすことにした。その場所にあった石を集め、その上にナップサックを置いて枕にし、横たわった。突然、まばゆい光が出現した。見上げると階段が空に向かって延びており、その先端には丸い飛行物体があった。飛行物体の扉は開かれ、そこからまばゆい光がさしていた。その光を背に何者かが私の方に向かって立っていたのだ。・・・いま思うとあれは夢だったのか現実だったのかよくわからない。たぶん夢だったのかもしれない。」 あなたはどう思いますか? 彼の話を信じることができますか?”(この話は「創世記」第28章第10節をアレンジしたもの)                
 聖書を信じるものであるなら、彼の話も信じなければならない。夢の中で天まで達する階段を見、神の声を聞いたヤコブはいったではないか。
神がこの場所におられたというのに                                                                         わたしは知らなかった・・                                                                                ここはまさしく神の家である                                                                                  そうだ、ここは天の門だ
 ヤコブにとって「天まで達する階段(そして、おそらくその先端にあった飛行物体)」は、決して未確認飛行物体ではなかった。なぜなら、彼はそれが神の乗り物であることを知っていたからである。彼は自分の眠っていた場所が、神の乗り物の着陸地点であることを知らなかっただけなのだ。」(genesis revisited  ゼカリアシッチン著 学研より)

                     UFO接近中

 そして今21世紀、その聖書の宇宙人エロヒムからわれわれ地球人へ一冊のメッセージ本が届いているのです!

                                       

              

その他の参考文献   聖書  日本聖書協会

              真実を告げる書  ラエル著  無限堂

              複製された神の遺伝子     戸来優次著   角川書店

写真、絵   (1)   雑誌ミルトス   2005  2月号   
        宇宙船      地球外知的生命プレアデスとのコンタクト    徳間書店

           サークル     www.rael.org  プレスリリースより

           エゼキエル    真実を告げる書  ラエル著  無限堂

           ゼカリアシッチン  the cosmic code   学研

            火星テラフォーミング   大林組