プロローグ(音楽への目覚め)

  1940年代の終わりに生を受けた私も、もう還暦を越えた。性格は激しい。弱い者いじめはしなかったが、権力には徹底的に服従しなかった。子供の頃の思い出として鮮明に残るのは、筋が通らないことには頑として首を振らない。餓鬼大将だった私が悪戯をして母親に押入れに閉じ込められ、近所の人が助けに来てくれた。普通なら「ありがとう」だろうが、この頑固者は「オカアが入れたんじゃから、オカアが出せと」押入れに入った。考えて見れば何とも可愛げのない子供だったが、それなりに筋は通っていよう。
 そして歌は好きだったが、子供の頃は糠味噌が腐るから歌うなと言われた。が、そんな子が中学になりブラスバンドに入って突然クラリネットを手にしたのだ。でも、その時に吹きたかったのはクラリネットではなくトランペットだったのだ 。何故か?それは石之森章太郎の漫画の中で口笛を吹くシーンがあるのだが、吹き出しに「皆殺しの歌と」書かれていた。まずはタイトルに興味を持ったのだが、それを偶然にも映画の中で聞いてしまった。 ジョン・ウェイン主演の映画、「リオ・ブラボー」の中で。後でレコードを買うと、 トランペットは名手マニー・クレイン、楽団はネルソン・リドル楽団であった。だがしかしトランペット吹きたさに入ったブラスバンドでは、クラリネットを吹かされた。これがJAZZの誘いであったのだが当然ながらその頃は知る由もなかった。皮肉なことにトランペットではなく、クラリネットを吹かされたことがJAZZへの入り口となったのだ。

 最初のアイドルは今はなき鈴木章治さん。「鈴懸の径」でのピーナツ・ハッコーとのデュオは今も鮮明に耳に残る。松崎竜生さんのヴィブで始まるイントロも鮮やかだった。ということからキングと呼ばれるベニー・グッドマンの「メモリーズ・オブ・ユー」とか、所謂スウィング・ジャズを聴きあさり、ダンモなんて聞けるか?と言っていた。そうしてその思いは20の冬まで。そんな中学の時、演奏旅行に訪れた天理高校ブラスバンドの演奏に魅了されて、信者ではないが、たまたま道後に天理高校の校長先生の従兄弟にあたる人がいるということを聞きつけ話に行くと、保証人になっていただけるという話を頂いた。ところがその時すぐ上の姉が大学受験を控え、姉からは二人ともいなくなるのは大変だし、私は大学だから最後だが、あんたは高校だから音楽をやりたいなら、先生をつけて貰えるように父に頼んでやるからということで天理高校は諦めた。ところがこの先生が所謂権威主義というか良くなかった。何を言ったか?楽器よりもいきなり聴音をやらされ「君は絶対音感がないから諦めた方が良い」と。そこで僕は奈落の底に落とされたのだ。
 
 だが成人してから新宿 PIT INNで会ったトーサ(佐藤允彦)さんに衝撃的なことを教わった。「君は不幸な先生に付いたね。絶対音感なんかある人はそんなにいない。相対音感さえあれば良いんだ。」と。

モダンジャズの洗礼