激動の2002年・・神戸へ

ポートタワー   
 そうして定年(青年会議は30だった思うが定年があり)まで議長を務め、それからも社会党の選挙や、音楽運動(日本音楽協議会)をやりながら、当然大好きなジャズも聞きながら53歳を迎えた2002年。NTTは50歳以上の人間に一旦退職して2割、3割カットで再就職という提案をしてきた。
 
 殆どの労働者が苦渋の選択として、この提案を呑まざるをえなかったのだが、当然労働契約であるから拒否も出来る。しかし提案を拒否した人間には60歳までしか雇わない、全国どこへ転勤になるか分からないと脅かして来た。赤字だからという会社に、「なぜ赤字だ。電電公社から民間になって、みんな公社の時の何倍も働いてきたじゃないか」というと、「携帯が増えて固定電話の収入が減った」と答えにならない。一方が増えれば一方が減るのは当たり前で、それはまさに経営責任であるにも関わらず、労働者に責任を転嫁し、自らの責任を回避する経営者を野放しにするNTT労組に愛想を尽かし、この提案を蹴った為に、いきなり神戸への強制的な転勤命令(不当配置転換=不当な転勤ゆえに、不当配転と言っているが)を発出してきた。
 
法律を守らない厚労省---これでは法治ではなく放置国家
 年金を後らせた為に作った高齢者雇用安定法。しかしNTTはこの法を無視し、「2.3.割りカットを飲まなければ60までしか雇わない」と法に反する就業規則をこの大合理化の為に用意。法の趣旨・精神を踏みにじる就業規則を、厚労省は本人に選択の機会を与えているので問題ないと言う。厚労省が、労働者を守らず、企業を守るために存在している事実がここに。雇用機会均等法も守っていない企業が多い。そんな企業を取り締まることこそ厚労省の本来の任務の筈だが・・・

 時は2002年5月だった。そうしてその時に備えて、新しくN関労という組合を作ったのだが、手を組む相手を選び間違えた思いが今も心を支配している。30年一緒にやってきてしかも委員長という立場にいた人間が、口では仲間作りと言いながら、その実「定時制の人間はロクなんおらん」と平然と差別発言をするような人間だった。こういうことは書く方が書かれるよりもより辛いけれど、何年も約束を破り続け、その上に差別発言をするにいたっては心を鬼にしても告発せざるを得ない。この人間のして来たことからすれば実名を公表されてもしかたないが、暴露記事を書く気はない。ただこの男が運動を口実に、自分自身の虚栄心を満たす行為で運動をスポイルしているので、同じ寮で実態を見続けて来た者として沈黙できない。

 娘が高校の教師をしていて、宇和島東高校から松山商業へ転勤となった。新聞に掲載されていたのを見たこの男が「山ちゃん、娘さん帰って来て良かったね。一緒に住めるね」と言った。ところが県立高校の教師は、県職員であるから定時制、全日制どちらも担当しなければならず、全員が一度は 定時制を担当する。娘は定時制の担当になったので、夜遅いからアパートを借りる。そう言った時、「何、定時制かロクなんおらん、娘さん苦労するぜ」耳を疑う言葉がこの男の口をついた。丁度送別会の席上で、自分自身良く我慢出来たと思ったが、その時は何とか我慢し翌日休憩室に呼び出した。「夕べ何を言ったか分かっているのか」と問いただすと、「いや、言い方が悪かった、そういう意味で言ったんじゃない」と得意の言い訳に終始した。

 この発言は昼間仕事して夜勉強する、そういう意味では全日制の子供より頑張っている人間を冒涜することでもあるし、言い方の問題だろうか?本人に内なる差別意識があるからこそ言わしめた言葉と考えるのが、極当たり前の人間ではなかろうか?労働運動をする人間は進歩的で、いろんな事柄に対して、反差別であらねばならない筈だ。勿論人間誰しも完璧な人間などいない。しかし、運動を云々する以上、言ってはいいことと言ってならないことがある。こんな男に運動をする資格などさらさらありはしないと考る。極めて情けない人間だし、いくら格好つけてもメッキは所詮剥げるものだ。


復興の象徴・ルミナリエ

人は見ている=寮母の言葉から

 何もこのこと一つでいうのでない。人は見ていると言うが、そのことを如実に物語るのが「あの人に言ってどうなる。あの人我関せずじゃない」と言う寮母の発言だ。口先では仲間作りと言いながら、寮生とロクに話もしない。何度も部屋に呼んで「それで良いのか」と話して来た。すると「人見知りする」と逃げるので「なら誰か俺の部屋にいる時に呼ぶから顔繋ぎが出来るだろう」と言えば今度は忙しいと逃げる。

 何度も何度も、我慢に我慢を重ね説得すると、「いたらない委員長で申し訳なかった。これからは一緒に頑張る」と言い、やっと判ってくれたかと思ったが、その約束は最後の最後まで守らなかった。7年の長きに渡ってだ。だからこそ寮母にも我関せずと言われたのだ。

 大切な本を貸すと、なくなったと何年もほったらかし、ある日突然「返還を求められた本が出てきたので」と郵便局から送りつけて来た。人に借りたら返すのは当然で、散々人に迷惑かけといて、返還を求められていたという言い方はない。「遅くなってごめん」と持って来るのが誠意じゃないかと思いながら、奥付けを見ると第2冊とある。冗談じゃない。この本の作者はたまたまだが、友達の友達で10年以上の付き合いだし、そういうことから初版を購入している。物をなくすことはままあることで、それならそれで 「どうしてもで出てこないので、古本屋でかった。ごめん」と素直に謝ればなにも問題はなかったが、家に行っても、「そのうち返事する」と、人を欺き続け返事もしない。ある人には「出てこないんで古本屋で買った」と言ったそうである。
 
 さらに先輩が脳梗塞で倒れても、まともに見舞いにすら行かない。私は1週間おきの帰郷だったが帰る度に病院に行った。辛くて長い時間はいられなかったが・・・  しかしこの男は毎週帰郷しながら全然見舞いに行かない。タイミングがずれて、敷居が高いということもあるから、それなら一緒にと考えていたが、そうではなかったのだ。このことを思うと涙ぐんでしまうのだが、この男は先輩の見舞いすら、自分自身のアリバイ証明にしか利用していなかった。「いい加減見舞いに」というと「半年後に行った」と言ったので、「なぜさっさと行かなかった」と聞くとまたしても信じられない言葉。「先輩に相談したらバタバタしてる時に行って迷惑かけても」と言われたと言う。一瞬自分の耳を疑った。「お前それでも人間か?」という葉が口をついて出かかったが、辛うじて堪えた。しかし誰が考えても分かるだろう。およばれに行くならいざ知らず、仲間が心配なら、仲間が大切なら先ずは駆けつける。面会謝絶になっていれば出直せばいいだけのことではないか。アリバイ証明で見舞いに行くのでなければ。私はそう考える。というか全うな人間なら誰しもそう思うだろう。
 
 そして神戸で6年が過ぎた時、いきなり寮廃止の提案があったが、その時格好良く、「寮長と話してみんなで集まろう」といいながら、具体的日程は決まらない。で私が寮長と話して日を決めた。何時になったとも聞かないので、ほっておこうかとも思ったが、「いつに決まった」というと、実に白々しく「そうよ、それが気になっとったんよ」。本当にそうなら、職場も寮も同じだから自分から聞ける。そもそも自分から言い出し、何時私が寮長と話すのも言っておいたから知っているのだ。さらには引越しを勤務中に堂々とやって「昼休み、休憩せずに」と言う。人には厳しいことを言いながら自分はこの有様。昼休みは尼崎の職場と寮の往復だけで、ゆうに1時間はオーバするのだ。
 こういう人間が、新社会党愛媛の委員長候補だというには聞いて呆れるばかりで、この人間の実態を話し、それでいいのかと忠告し、そんなことなら絶縁だと言ったがそれから2年、どうなったかは確認する気もしない。

 
このような人間が平然とできる愛媛の党の実態
 今は定年で愛媛に帰っているが、なぜこのような人間が愛媛で平然としていられるのか?それは愛媛の党の実態がこの人間に似た党員ばかり。共に全逓出身の市議会議員が2名いるが、自分達が「処分された助けてくれ」とカンパとか支援のお願いは自分からメールを送る。そしてカンパをしても、こちらからのメールにはしらんふり。そういう恩知らずの党員ばかりの党だし、その議員の一人は書記長なのだから、末期的症状ではないか?そんな中でも自己批判を忘れておらず、「仲間だからと甘えていた」と謝った人もいる。だからその人とは、それ以降仲良くしている。だがそういう党員が極く一部なのは愛媛の人間として嘆かわしい限りだ。
 人間誰しも過ちはある。問題はそれを素直に認め、過ちを正す勇気があるかどうかということが人間の価値を判断するのではないだろうか?


 布引の滝 
  すべては新社会党の指導性に・・・・
 こんな男をひと時でも同士と思った自分が情けない限りではあるが、一番の問題は社民党では駄目だと言って勢い良く党を割った新社会党にある。組合作りの時だけ炊きつけておいて、問題をしりながら、何の指導も出来ない党そのものに問題ありと考える。副委員長は組合の顧問でもありながら、文書を携え会いに行って問題提起をすると、自分の方から「どこに連絡しましょうか?」というので名詞を渡しても一度も連絡はない。書記長は、話は聞いても何にもしない。分かれ際に言った言葉が「あんたの愚痴は聞くから」と人の真摯な問題提起も受け止められない。大学まで言った党の指導部 が駄目だから、こうなのかと納得せざるを得ない極めてお粗末な現状にほとほと呆れる今日この頃だ。

 さらに神戸では党友ということで毎月1000円払って党の機関紙(新聞)を配ったが、2ケ月も余分に請求し、「調べて欲しい」と言っても1年7ケ月もほったらかした。気の短い私もここまでは我慢したが、「もうこれ 以上付き合えない」と県本部委員長代行までしている市議会議員が、総支部の委員長なので、彼にメーを送っても何の連絡もない。この男はPCは得意な男だ。恩しらず恥しらずにも限度があるが、組織者ならその時点で「一度会えませんか?」というのが当たり前で、この件は機関紙担当の人と話しているのだから、メールを見ていなくてもわかる。人に迷惑を賭け世話になって「申し訳ない」の一言 もない。さらには人が払うからきちんとして欲しいというのを、滞納と言ったそうだ。この男は、神戸大学まで入り日本語さえも判らないのかと思ったが、まさに恩を仇で返す行為としか言えない。
 こんなふうだから、格好良く党を割っておきながら、選挙で議席が取れないと見ると、現職の副委員長を社民党から出すと言う節操のない行為も、恥ずかしいと考えないのだろう。しかも党規違反の二重党籍だったと聞いた。
 こんなことでは、真面目な党員は怒り、今まで支持してきた人間も良心的な者は去って行くのは明確だがそれさえ気が付かないとは・・・


まずは人間性が問われている、まして組織者なら・・・
 折角作った組合も、失望せざるを得なかった。作った責任上からも我慢をし続けたが、度重なる背信行為、見逃せない差別発言の数々から脱退を決意せざ得なかった。それ以外にも見逃せない具体的事実がある。職場で昼に組合の打ち合わせをしていたら、横にいる者がPCでゲームをしている。打ち合わせ中だから「やめろ」と注意した。それも2度でなく3度も。するとこの人間は年上の私に「お前が・・・」と言う暴言!この男も問題だが、その時、『この組合は駄目だ、こういう人達とは一緒にやれない』と決意。
 
 私も含め6人いたが、誰も「年上の人間にそう言い方はしてはならない」と嗜める人間がいなかった。もし1人でもいたなら、また違ったかも知れないが?そしてこの暴言を吐いた男は、信号無視の常習犯で、それを注意されると「お前は全部きちんとしているのか?」と全く関係ないことを持ち出すし、自分が気に入らないと目上の人間に「お前」呼ばわり。まさに傍若無人だ。そういう人間と共にとはならないし、そういう人間と同一視されたくはない。

 と考え決意を告げても「話会おう」との一言もない。この人間達も前述の総支部長同様、組織者でないことを自分自身で証明している。どうも格好付ける人間には謙虚さが欠落している。批判と非難の区別が付かずに、悪口を言うとすぐ開き直る。仲間作りに限らず、まずは人間性が 問われると考える。勿論新社会党員でもまともな人間は何人もいて、東京のある人は、はっきり言い切っている。「仲間だから言ってくれるんじゃない。ありがとうじゃない」と。

指導部よ目を覚まし、この人たちに学ぶべきだ!
 そういう人達のことにも言及しておく必要があるだろう。お早うと言えばお早うと答えるのが人間で、運動は人間がするものだと確信している。あまりにも問題な指導部に比べ東京、千葉にはまじめに頑張っていて良く連絡を取り合う党員もいるし、この間まで高松市議会議員をしていた亀割さんは、この人間に問題があると問題を捉え、わざわざ神戸まで説得に来てくれた。

 徳島の戎野さんからは、「神戸で拭い切れぬ不信感を植え付けられ」というメールを送ったら、細かいことも聞かずに「あなたがそこまで言うということはよほど酷いことがあったんでしょうね」と言うメールを貰った。芦屋にもきちんと約束を守る誠意のある、前田さんという市議会議員もいる。せめて愛媛にこういう人たちがいればもう少しまともになるのだろうが・・・・
 いずれにせよ、本部よ目を覚ませ!!労働者を大切に!とそう言いたい。

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