不当配転を楽しむ

 神戸への不当配転をくらったとき、 何人ものミュージシャンが心配してくれたり、僕の心を勇気づけてくれた。昔からジャズ狂でマッコイタイナーや、オスカー・ピターソンとかソニー・ロリンズを聞きに、神戸や芦屋、大阪まで行っていても、やはり知らない町で家族と離れて暮らすには不安が付きまとうものだ。だがそんな僕を何人ものミュージュシャンたちが勇気ずけてくれた。ヤマジョーこと山田 穣さんからは「寮ですか、食事もついてるんですね。食事まで自分でするのは大変ですから」というようなメールを貰った。

 守屋純子さんからは「ジャズを聞くには神戸の方が・・でもそんなこと言ってる場合じゃないですよね」。この守屋さんとは、どういう訳か縁があったのか、愛媛からしまなみ街道を渡り、福山のフェスティバルへ出かけていたのだが、僕が神戸へ転勤させられた頃から今度は姫路に毎年出演ということでほぼ毎年お会い出来た。
 僕のことも知って貰おうと、 浩一さんに、そこらへんのいきさつをメールで送ると「大企業と一人で闘うのは大変ですね」という返事を貰った。すぐさま、「いやいや一人ではありませんから」と返信したのだが・・・・また別のところからも「大変ですね。心中お察しします」と暖かい返信を頂いた。

 こういう人たちのおかげで、不当配転を逆手に大好きなJAZZを楽しんだ訳だ。それから数年後に、神戸に持って行ってたバイクの調子が悪く、家に置いていたバイクと入れ替えようと帰郷。高松の友人とあって、と高松へ向かう途中、転倒し2ケ月入院。幸い自損事故だったが、この頃、今東京にいる秋田慎治さんから、僕も20の頃事故で大変でした、気をつけて下さいとの嬉しいメールを貰った。
 
 神戸ジャズボーカルクイーンで優勝した溝口恵美子さんからも「そうやったんですか?早く元気になったよとライブに来て下さい」と励まされた。
 神戸への不当配転をくらったとき、何人ものミュージシャンが心配してくれたり、僕の心を勇気ずけてくれた。
 神戸では、最初の2年間は 娘は大学3年で広島、妻は愛媛と一家離散の状態という大変な状況だったが、自分自身は結構楽しかった。
 
素晴らしい店 SONE・SUB・CONERPOCET 

BIGAPLLE・LEFTALONE

 ここでは「雑誌等に掲載された記事」とも重複するが、それより少し詳しく紹介をと考えている。
もともとミュージシャン大好き人間の僕。今まで知らなかったミュージシャンとも随分知り合った。

 そのことは後で述べるとしてまずは老舗の『レストラン・ソネ』の紹介から。この店は寮からは歩いても15分程で毎晩ライブをやっている。古谷さん、大塚善章さん等、関西の大ヴェテランが出演している。なのにチャージはたったの900円(今は1200円になってるようだが、それでも超安い)だった。そうして暫くするとカウンターはノン・チャージでドリンク代だけで良いと言う大盤振るまい。酒の飲めない僕は、コーヒー1杯たった750円で、素敵なライブを聞かせて貰えたのだ。有難うソネ。ソネのお陰で僕はグレなかったと思っている。
 
 大阪の店はレストランスタイルが多く、1イート、1ドリンクの店が多くて下手をするとチャージの倍にもなる。その癖に聞く保障のされてない店が多い。ただ関西の大御所ベーシスト、西山満さんの店、地下鉄6番出口にある『SUB』は昔ながらの薄暗いジャズ喫茶という雰囲気だから、ここに座るとホットしたものだ。

 神戸では『Big Aplle』と言う店があるが、この店は渋谷毅さんが良く来る店で、この店にでも寮から歩いても30分程度だ。この店には梅津さんも来れば、フランスに行った沖さんがきたり、誰が首謀者かしらないがテナー・サックスだけが10人も並んだり・・斬新なアイディアでのライブもあるのだ。大抵のことには驚かないが、テナー4本は良いとして10本とは超大胆な企画で、とても思いつくものではない。

 西宮北口には『コーナー・ポケット』という店があり、この店は本当に聞かせる環境の整った店だ。席は全席前向きで、酒を飲んでもうるさい人間は一度も見たことがないのだ。数年前に亡くなくられたマスター鈴木さんの精神は、残されたご家族と共に、この店で行き続けている。数年前のある日、今故郷の金沢に帰った若きギタリスト須藤君からの突然の電話で、鈴木さんが亡くなられたとの報。えっと僕は思った。ほんの数日前にあったばかりなのに、とそう思いながらも、お別れに出かけた。鈴木さんと同じ関学ボーイでNY在住の筈の北川潔さん始め、幾多のミュージシャンが参列している。鈴木さんがどれほどミュージシャンに信頼されていたかを物語っていた。

 それから、芦屋市東山町の『レフト・アローン』店名は言わずもがな、マルの名曲にちなんでいる。この店には、東京からチン(鈴木良雄)さんや中村誠一ちゃんも良く訪れているが、チンさん曰く「何時も指定席ですね」。この店は広東料理も有名だが、あちこと走り回る身には、料理等楽しむ余裕は更々なく、何時もコーヒー1杯。なのに少しも嫌な顔をせず、正面のいい席に座らせてくれる。ライブ貧乏なジャズ狂には、なんともあり難い店で、久しぶりに行くからとメールを送ると社長の息子さんのリョウ君から温かいリターンが届いた。

  お世話になったピアニスト宮下 博行さんのこと

 宮下さんと初めて会ったのは、野間瞳さんのライブで同席した時だった。それから、お誘いを受けてライブハウスに出かけたりしたのだが、彼のプロジエクト2というトリオのドラマー、村尾コージ君はとても人懐っこいドラマーだ。宮下さんは関西のみに留まらず、東京にも積極的にツアーに出かけている。この人はずっと悩んでいたことを明快に解決してくれた。
 私の大好きなマイ・ワン・エンド・オンリー・ラブのコードのことだが、4小節だかのところでメロディーはB、コードがG9。G9と言うことは、GBDFAとなるわけでソロの場合、左手でGBDFつまり、Gの7thを抑えても9thは抑えられないので右手で9thの音Aを抑えるとABと隣あわせになる。 
 私の半端な知識では隣同士は音が濁って駄目だった。そんな話をした時、彼はいとも簡単に明快な答えをくれた。「半音なら濁るから駄目だけど、全音だから良いんです。」その一言で僕の胸のつかえがとれたのを、今でもはっきり覚えている。本当に有難い答えで、それまでにもいろんなピアニストに聞いても、彼のように教えくれた人はいない。

若きギタリスト 須藤雅彦君のこと              

ゑみやでのライブ

 神戸で知り合った若きギタリスト須藤君、彼は若いけれど礼儀もきちんと弁え、人の話をきちんと聞ける好青年だ。知り合った時に渡した名刺を見て「ルビー・マイ・ディア」ってありましたね。メールアドレスのサブ・ドメインがrubyで、当然あの曲は意識していたが・・・
 それからピアニストの慶子ちゃんと結婚。会員制の結婚式に「来てくれますか」との彼の誘いを快く承諾した。結婚したら電話もとなるが「それなら私の仕事だ」と新居まで出向くとノートパソコンがある。でネットの手配もさせて貰った。当時彼はPCは殆ど初心者で、BCCとかURLを貼り付けるとか基本的なことを教えると、ちゃんと覚えた。彼は人の話を聞く耳を持っているからだ。本当に好青年だが、家業のこともあっって、春に実家の金沢へ帰るという。そこで少し無理をして年末と年明けに彼の演奏を聞きにいった。帰ってもギターは辞めないと言う言葉を聞いて嬉しかった。

クラリネットだけでなく、人間も素晴らしいタッキー・滝川雅弘さん

 クラリネットだけでなく人間も素晴らしい。というかタッキーって、どこまで人が良いのか。ある日、CD買うからとメールを送ると、サンプルが残っていたし、家の前が郵便局だからと郵送してくれた。で申し訳ない。じゃあ別のを買うから、と我が地元の酒をお礼に別のCDを買ったという状況。
 北村さんのクラがモダンと良く言われるが、それに勝るとも劣らないのがタッキー。彼のレパートリーはジョイ・スプリングとかチェロキーとか言ったBAPナンバーが飛び出して来るのだ。 更に、もう還暦だから来年はうちに帰るからと言うと、「ほなー送別会せにゃあかんですね。」となんとも嬉しい言葉。酒は飲めないし、そんなのやって貰うつもりもなかったけど、実に嬉しい言葉だった。

雑誌等に掲載された記事(赤煉瓦サマージャズ IN 舞鶴)他

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