今年も体力と気力を振り絞り真夏の富士山を駆け上がる「第57回富士登山競争」
が7月23日に富士吉田市で開催されました、私は4回目の挑戦ですが今回から
山頂まで(標高差約3000米、21キロ)コ-スは年齢制限が無くなり18歳以上なら
誰でも参加出来る事になり、(最高齢69歳の他60歳台60数名がエントリ−、)
一昨年10歳若くし参加4時間30分の制限時間に5分程及ばずながらも
完走率40%以下の条件下で山頂に達したのに、
22年前に時間内完走の時と体力は変わらずと自信を深めての参加であったが。
午前7時30分曇り空の下に役所前を男子2626名女子170名がエントリ−、
宮城県より19名の名前が掲載され、過去2回八合目関門で涙を飲んで          
今回に賭けた西田文夫さん(54歳)「宮城U.M.C」と一緒に前列に並び号砲を待った。
それでもスタ−ト地点通過に53秒もかかり、500米程平坦道を走りその後は登りの
我慢を強いられる、ランシャツで走る予定がTシャツを着たまま荷物を
預けたので、仕方なく重ね着での走りと成り、始めから蒸し暑さと我慢比べとなった。
更に追い討ちを掛ける様に、ドリンクなどを入れていたウエスト.バックのベルトが
切れて、神社境内で調整しながら2.3口ドリンクを飲み干し、その後も飲みながら
のランと成り、その時点で完走は無理ではと弱気になった。 
3`程街中を走り浅間神社の脇を通り抜けて、赤松の並木が続く山岳道路を走るも
シュ-ズ選択の失敗かクロスカントリ−用の重い靴の為か、思う様に足が上がらず
標高1450米の11`地点「馬返し」で時間内完走となる目標タイムより5分も遅く。
その後は急勾配の山道へ殆どの人が歩きとなる、荒い息遣いと靴音だけで会話も無い
コ-スが狭い為、余裕があっても前の人が抜けず、標高2.250米の五合目に目標より
10分遅い2時間15分で到着、各自水や塩分.バナナなどで腹ごしらえをして、
多くの登山客が登るコ−スへ。
森林限界地までが一人しか通れず大渋滞、やはり前半無理しても前を走らないと、
時間内完走は有り得ない事を実感。限界地に出て見晴らしが開け雲も切れて
真上から太陽が照りつけたが下界は見えずがっかり。七合目までは足元が不安定な
火山礫を一般登山者や歩きランナ-抜き去り、その後は岩場となり太白山頂へ練習と
して何度も登った成果とシュ-ズの威力で順調に高度を上げ八合目に、もしかして
4時間の最終関門を通過と思ったが、やはり前半のロスを挽回するまでに至らず、
関門地点の本八合目がなかなか現れず時刻だけが過ぎてゆき、見えた時には
11時30分に成ってしまい、諦めざるを得なかった。
山小屋の前など平らな場所では足元がフラフラし、高山病一歩手前状態で
5分遅れの関門到着となり。小屋の中は下山を言渡され人達で満杯に成っており、
私も無念とホットする気持ちが交差する中、山頂までの余力が残っていたので
火山礫の下山道を一気に五合目まで1時間で駆け下った。
バスで閉会式会場へ名物の「うどん」冷たい麦茶を頂き、晴れがましい入賞者の
眺めながら、山頂に立てなかった無念さと苦しみ乗り越えた充実感を味わい
会場を後にした。一昨年と今回と富士山に登り思った事だが、登山の対象としては
魅力に乏しい、高山植物やお花畑が在る訳でないし、登山道は人口的に作られて
至る所に山小屋が飲食物を販売し下界と変わらず、天気が悪ければ只のガラガラ山
にしか見えず、世界遺産に選ばれないのは当たり前と思いました。
やはり遠くから眺めるのが富士山であるが、残念ながら一度も姿を見る事なく
帰宅となった。当分参加する気には成らないだろう。
今年の時間内完走者男子1071名女子48名で完走率、五割を切る過酷な
山岳レ−スでした。

●平成16年7月23日(金) 第57回富士登山競争 守信夫