月曜日

第一章は看護師さんの一言。「動かんからって、じっとしとっちゃあダメ、しょっちゅう頭から

右手足に[
動け動け]命令するだけは忘れないで」[動け動け動け]このことはいまだにリハビリの根幹を成す。

第一章の克服こそが最終章への道程。右片麻痺なので左手足で生活するということになるわけだが、利き足が左だったので体位や姿勢

の移動には最初から不安感はなく、右手足がまったく動かないということ意外、目立った症状が無かったことも喜ぶ。

CT検査 これが今回のよと梗塞後少し細胞が死滅しかかっている画像を見せられた。

うっすら白くぼけた小さな円形。何ヶ所の真っ白いところは古い脳梗塞の痕だと言われて、不健康をカラ元気を包み隠したおろかさを悔やむ。

明日 東京へ帰る長女が「これだけが心配」といびき防止の絆創膏を買ってきてくれた。

心配どころもそれぞれ、家族って多い方がイイ。忘れず貼って就寝。導尿しているのでトイレの心配もなし。

第一日目はかなりせわしく過ごしたが、さすがの私も朝昼夕の三食を口にする気分にはなれなかった

火曜日

落ち着いて朝を迎えられた。回復への点滴を済ませてMRI検査へ。車椅子姿のところをさっそくプール友達とバッタリ。

隠しても仕方ないので「やっちゃった、脳梗塞」と言ったら「えっ、なんで? 大丈夫?」と顔も言葉も仰天しているから

「大丈夫? がんばって治して見せるから、皆に心配ないと言っといてな」伝言を頼んだ。

地元の病院だからどっちを向いても知り合いと目が合う。ここでは落ち着かないなぁ。わたし。一心不乱にやりたい。

検査後、病室で夫とこれからについて話し合った。より専門の脳神経外科で診てもらいたい、治療に専念出来る環境で頑張りたい。
気持は決まった、転院を申し出てみよう。

MRIの画像説明で先生が来られた。ひと通り説明を受けた後、夫が願い出てくれた。

「先生 助けていていただいた事については大変感謝しています。本当に有難うございました。

実はまことに勝手なお願いを申し上げるのですが、病気が頭の中のことですので出来ましたら専門の先生に診せたいと思うんです。

命を助けていただいたのに、こんなことをお願いするのは勝手ですいません」

「心配しなくても死ぬほどではないからね、大丈夫よ。私もね、一応落ち着いてきたから、あとはしっかりリハビリがんばってもらおうと思っているんだけど、ここはちょっと狭いし、合田さんにはもう少し設備充実した所へとは考えてました」


私たちは転院ってなかなかさせてもらえないのではないかと先入観があったので先生がすんなりこちらが望む返事をしてくれたことに、安堵と共に拍子抜けした。

特に夫は頭も腰もうんと低く低くして、先生の気持を逆撫でせぬようはなしをまとめることに腐心していたので、

緊張していた表情が一気に緩んだ。「命を助けていただいて・・・・」を繰り返し頭を下げ、
私のために一生懸命お願いしてくれたんです。(おとうさん ありがとう。でも先生困惑気味だったよ)

「じゃぁ、この件は考えときます」「よろしくお願いいたします」

どこへ変えてくれるのだろうかと思いながら(動け動け動いてよ)と右に脳の指令を伝え続けた。急いだりがっかりしたりしながらもじっとはしていられない。

夕方近い頃、何となく肩あたりが気になり目を閉じて集中する。弱〜い電波のような感覚が腕のつけねからじわじわ肘へ進み

、もっともっと進んで右手五指の爪先までキッチリ到達した。爪の隙間から何かがゆらゆら立ちのぼっていそうで、思わず指先をのぞき見た。

「おとうさん、わたしなおるわ!今その知らせが届いた」得意満面でおの体験をしゃべりまくった。
(リハビリがんばったら、きっと・・・きっと・・・)実はわしも・・・ と夫が語った。

「先生がMRIの写真を袋から出して見たときに(アラ消えてる ?)をつぶやいたの聞いて、これは心配ない

「いい方に向いていくな、と思うた」 と夫なりに私の事を大丈夫だと感じていてくれた。
(よかった、ほんとうによかった)元気は出たけれど未だ食欲はなし。けれど満足の一日を過ごし眠りについた。

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