ワタシが本気で泣いた試合


 第2回   高田延彦 対 田村潔司


    2002年11月24日 東京ドーム PRIDE高田延彦引退試合

 

 イヤ、次はコレですね。一気に世紀をまたいじゃいましたが、さすがにこの試合が決まったときにはビックラこきましたよ。
 高田と田村ですよ! といってもこの二人の因縁ってかなり昔の話ですからねぇ。現在のPRIDEファンじゃ知らない人の方が多いんでしょうね。どちらかというと「プロレス」的なものだし。
 手っ取り早く言ってしまうと、この二人が所属していたUWFインターナショナル時代、高田の選挙出馬や引退宣言、観客動員の低下で団体全体の勢いが下降気味にあった中で、当時団体ナンバー2であった田村が高田に「ボクと真剣勝負してください!」と要求。当時UWFから分かれた3団体(Uインター、リングス、パンクラス)は“真剣勝負”を標榜し、従来の馬場・猪木のプロレスとは格差をつけて人気を得ていたものですから、この発言というのはつまり「今までのは真剣じゃない」と言ってるようなもので、関係者は全員仰天したものです。
 当然、高田はこの発言を黙殺し、直後の新日本との対抗戦も田村は拒否、K−1での他流試合や第1試合ばかりという、いわゆる「ホサれた」状況になった後、Uインターを退団しリングス入団、ということになるんですが、つまりは十年近くの時を越えて、あの時の発言が実行に移されることになったということなんですね。
 それだけじゃなく、あの時とは高田の状況も違う。本当に「真剣な」戦いをしようという意味なんじゃないか、とかあの日以来完全に断絶してた田村を高田が許した、ということなんじゃないか、というような読みをプロレスバカな人々は働かせたものです。かく言うボクもその一人。
 浅草キッドが「紙のプロレス」で言った通り、この試合に関しては勝敗はどうでもよくて、リングに上がった二人の生き様を見ればよろしい、ということなんですな。まあ、実際問題半病人みたいな高田がどう間違っても現役バリバリな田村に勝てる目はなかったですし。もしそうなったら、「これぞプロレスか?」というような事態になったところです。
 あと他にも「顔面パンチを嫌う田村は殴れるのか?」とかいう話もあるんですけど、あんまりマニアックに長くしても仕方がない。結果は確かに一瞬。殆ど攻撃らしい攻撃も出来ない高田に対して、ローキックをぶち込み続ける田村。グラウンドに行っても田村はマウントパンチが打てない。それでカウンターパンチ一発で高田失神。さすがに目がうつろになった高田にはビックリしましたよ。
 やっぱり、こういう条件でこういう相手、そしてこういう結果というのは狙って出せるものではないけど、プロレスラーであるこの二人にしか出来ないことだよなぁ、と思いました。つまり、二人ともこの一線が含有している背後関係、歴史とかを完璧に理解して、それをおざなりにすることがなかった、ということなんですよ。
 これを見て「あー、プロレスラーの引退はこうでなきゃな」と思いました。トップ中のトップに限ってですけどね。
 現在はDVDやビデオがあるので、ぜひとも一度見てください。ちゃんと煽りの映像で二人の経緯も見てとれると思いますよ。


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