ワタシが本気でビビッた試合その1


 第4回   大仁田厚 対 蝶野正洋


    1999年4月10日 東京ドーム 新日本プロレス 第0試合 ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ

 

 さて、前回からまたも間が空いてしまいました。メインのコンテンツにしようと、ホームページを考えていた時は思ってたのに、この体たらくですよ。順調に月イチ更新となってきています。CD紹介の方が多いものなぁ。そっちの方に興味が傾いているのは確かです。

 んで、前回までは格闘技系の試合だったのがいきなり純プロレスです。しかもデスマッチです、大仁田です。いや、ボク自身がプロレスを見始めるようになったのが、ちょうどこの頃なんですね。ジャイアント馬場が死んだってのをニュースで知って、その特番で馬場の生前の試合が流れてるのを見て、それから「プロレスってのはどんなモンなんだ?」と興味を持ちまして。プロレスの番組なら深夜にやっている。そんなわけで、起きてて思い出したなら親日や全日を見るようになりましたねぇ。もちろん、当時はプロレス界の状況なんて、これっぽっちもわかりませんでしたよ。K−1の方が知ってたくらいです。メディアの力はスゴイですねぇ。
 でも、大仁田のことは前から知ってたんですよ。彼はプロレスラーの中じゃ、馬場よりバラエティに出てたでしょう。それでやっぱり、彼の訴状を明らかにするために番組内であの「電流爆破マッチ」の模様を流したり(ここで細川ふみえ辺りがキャァ〜って言ったり)、大仁田のトレードマークの傷口を見せたりしてて。そんなんで「コイツ、こんなスゴイ試合をやってるのか」と幼いボクはビンビンに感動しちゃいまして。「プロレス見てて心が震えた」のって、多分この頃が最初で最後なんじゃないかなぁ。急速に知識を吸収して、スレちゃいましたから。
 とにかく、プロレスのイロハもわからないながらも、伝説の「電流爆破」の存在は知っていた、というわけですよ。それで深夜に親日を見ていたら、ちょうど大仁田が長州力にその「電流爆破マッチ」を迫っているではないですか。ボクとしてはもう、生で見れるのか(ってテレビですが、リアルタイムでって意味)と興奮しとりました。結局、このときの対戦相手は蝶野に決まりましたけど。蝶野に関しましては、まあヒールっぽいな、ぐらいの印象しか持ってなかったのですよ。なんせ「闘魂三銃士」という今考えたらダッセェネーミングも知らないくらいでしたからねぇ。まあ、デスマッチはその規模がでかくなればなるほど、「装置」の方に目が行って、選手自体はそんなに気にならなくなるものです。ボクは単純にこの爆破マッチを楽しみにしてたのですよ。それまでの「ワールド・プロレスリング」で流されるイカした『大仁田劇場(大仁田とテレ朝アナウンサーが絡みまくる)』なんてのも見てたし、その流れで大仁田「爆破マッチに使う爆弾の威力を見せてやるよ!」とどういうわけかスイカを持ち出し、試合に使用する爆弾一個で木っ端微塵! あの絵は最高に興奮したものです。やった当人の大仁田も結構驚いてた記憶がありますが、気のせいでしょう。


 ちなみに、当時の親日は引退した猪木がかっさらって、佐山によって総合格闘技仕様に作り変えられた小川直也が当時親日最強だった破壊王・橋本真也をガチンコでボッコボコにしてしまい、随分恥をかかされたときでした。普通に考えれば、このときの東京ドームでリベンジマッチ、となるところが親日が選んだのは彼らに背を向けるこの「電流爆破マッチ」、まさしくガチンコの総合格闘技とは対極に位置するこの試合をぶつけてくることで、世間(と書いてプロレスファン)の興味や不満をずらそうという考えといえます。個人的には、この頃から親日のアングル作りは下手になっていったような気がしますが。つまり、一過性のみばかりで次に繋げられないものばかり作っちゃうところがです。
 それは置いといて、まあ試合が始まってテレビで見てるときは、もう興奮しっ放しでしたよ! 試合をするリングには、マジで有刺鉄線がひしめいてるし、大仁田のサンダー・ファイヤー・パワーボム(でもただのパワーボムだ!)が決まった瞬間に「電流のスイッチが入りました」ってなるのもドキドキしてました。蝶野が投げたパイプ椅子が有刺鉄線に突っ込んだ瞬間、マジでバーンと爆音がして、興奮はマックスに。そのすぐ後に、まずは蝶野が有刺鉄線に突っ込んでマジで見えなくなるくらいの火花に囲まれちゃったんですなぁ。ビックリしましたよ。それを見越してか、何気なく防護の皮ジャンみたいなのを着込んできた蝶野にもビックリしましたが。もう、鉄線にどっちかが突っ込むたびに、ドキドキしてましてなぁ。ああ、あの頃はよかった、まだ何も知らずにプロレスが見れて………。
 まあ、ここで試合内容を詳しく書いてもしょうがないでしょう。詳しいことはコッチに書いてありますし。とにかく、後にも先にもボクにとって、ここまで興奮できた試合は無いですよ。次の日も学校はこの話題で持ちきりでした。ごく一部だけ


 ところでですね、その後ボクは大仁田の他のデスマッチが気になりましてね、まあ3巻セットでよく見かける彼のデスマッチ記録みたいなものを借りて見てみたら、さすがに最初はショボかった! 花火みたいな火花が少しだけ上がるだけでしたからねぇ。でも、当時の記録を読んでみるとそれでも観客は興奮して、「もう止めてくれ!」と悲鳴を上げたそうですからねぇ。まあ、回数を重ねるごとに金が出てきたのか、見栄えも良くなっていきましたけども。でも、はっきり言えば電流爆破マッチでの大仁田の試合ってのは単調で面白くは無いんですよ。いや、試合後者同士がヘッドロックの掛け合いで長く試合を魅せる、というのはわかるんですが、さすがに大仁田のはそうは見えず。彼自身、脚が悪くて跳んだりな派手な技は出来なくなってたし、もう立ってヘッドバットかパンチのみ、グラウンドで足四の字の掛け合いになったら、長すぎて。電流爆破自体が、選手の色を制限してしまう装置であることも作用しているんですけれどもね。大仁田の引退試合の相手であるハヤブサ(現在頚椎損傷でリハビリ中)っていう選手はその名の通り、跳び技が得意なジュニア系の選手ですが、電流爆破のリングではまずロープが凶器、場外には地雷装置があるのが普通、という跳ぶこともままならないという『風雲 たけし城』みたいな状態でしたからねぇ。
 でも、この試合ではそんな単調さに陥る事無く、蝶野も大仁田も試合が出来たように思えます。それこそ、蝶野の頭の良さとレスリング・テクニックの表れなんでしょうねぇ。この試合は今見てみても、親日での大仁田のベストファイトだと思いますし、FMW時代から見ても、5本の指に入るものだと思います。親日の東京ドーム大会のビデオは、ちょっと気合いの入った古いビデオ屋ならば置いてあることが多いので、一度見てみましょう。それを見たなら、大仁田の歴戦のビデオを探してみましょう。装置の凄さに、ただただ圧倒されますよ。オススメは試合時間が10分くらい経過するとリング近くの爆弾が爆発する「ノーロープ有刺鉄線電流地雷爆破時限爆弾ダブルヘル・デスマッチ」でしょう。もう、長すぎてわからねぇよ。


      back to the battlefield………