『僕がはじめてエロ本を買った日』 安田献辞
プロレス者
約十年の間で、プロレス団体なんてのは当事者達もビックリなくらいに増えていった。作っては分裂、また分裂、潰れても再結成………と、アメーバーのごとき生命力を誇るのがプロレス団体というもの。
つい先日も『PWC』という団体が復活した。元は九〇年代初頭に出来たプロレス団体であるが、知ってる人は「ああ、あの高野券磁がいた!」などと『リングの魂』での勝俣ばりにマニアックな知識を思い出すだろうが、そんな日陰者はこの日本に五百人でもいれば驚異的である。もちろん、現実は道行く人百人中百人が「ナニ? ソレ」と言ってしまうようなミクロな話題である。
プロレスの面白さを理解させようというのは、並大抵のことではない。これはもう、考える前に感じるものになってしまうのだ。プロレス者の啓蒙活動は、なかなかに報われない。
今時のプロレス番組は深夜帯に追いやられ、ゴールデンにはK―1やPRIDEばかりが放送されている。馬場や猪木が出まくっていた時代は、一体どこにいっちまったんだ?
嘆いてばかりもいられない。まず、一九九九年に馬場が死んだ。恐怖の大王は来なかったが、変わりに馬場が連れていかれちまった。何てことすんだ、アンゴルモア! 意味が違うって? スンマセン。
馬場は現役時代の勇姿よりも、バラエティ番組でのトボケたような立ち振る舞いが好きであったので、よく見ていた。そんな馬場サンが死んじまった。慌てて深夜の全日本プロレス中継を見てみると、当然のことながら全盛期の馬場の姿が流れていた。デカい。そして軽やか!
その次に僕の心を打ったのは、国会議員サマにまでなってしまった大仁田厚であった。大仁田は元全日本出身で、八〇年代に一度引退。八九年に所持金三万円でFMWを設立し、有刺鉄線電流爆破というデスマッチ・ギミックで一時代を築くことになる。過激なデスマッチが好きな僕は、大仁田の試合には興味を持っていたが、まともには見たことが無かった。
その大仁田は一九九九年にFMWを辞めて、猪木が作った新日本プロレスに参戦、東京ドームで電流爆破を行うというではないか。勇んでテレビのチャンネルを合わせてみると、オワッ! 相手の蝶野正洋が投げたイスが爆破で吹っ飛んだよ! その蝶野も、エライ勢いで爆破! 火花で見えなくなっちゃったよ。一発でヤられたね。
その後は順当に、親日、全日の過去の試合や、格闘技志向のUWFを見続けて、現在に至っている。その上で結論しちゃうと、プロレス初心者を引き込むには、「真剣なプロレス」がどうのとか言う理屈よりも、パッと見で引き込まれる熱気のあるものこそが重要なんである。映画で言えば、何も考えずにガハハと笑って楽しめるアクションまみれの娯楽作こそ、映画の真髄があると言えるのである。多分。
だから、これからプロレスを一回だけ、見てみたいと思うけど、どれにしたらいいのかわかんないな〜と悩んでおられるギャルがいたら、迷わずZERO―ONEか闘龍門にしなさい(二〇〇三年現在)。ド派手でわかりやすい。プロレスも何でも、ライブ関係はこうでなきゃなりませんな。