『僕がはじめてエロ本を買った日』    安田献辞




   なんでこんなとこにいるんだ?

 

 大学生活ももうすぐ終了、そう考えると、受験にまっしぐらであった高校三年の忙しさとツラさがまるで夢のようではないか。

 高校時代の僕の学力は、見事なまでの平均。高望みさえしなければ、大学進学は不可能ではないだろうと言われる程度のものであった。

 ところが、当時の僕は大学のレベルや良し悪しが、ほとんどわからなかったのである。いや、正確には、進学のことなど、遠い未来のことのようでまともに考えようとは思わなかったのである。コギャルばりに現在のことしか見えていなかったのだ。

 だもんだから、進路調査には「まあ、知ってるから」という恐ろしい理由で北海道大学をズバッとチョイス。当然、担任に呼び出しを喰らって「真面目に将来を考えろ」と怒られたものである。

 将来と言われてもなぁ………当時の偽らざる心境である。僕は人生設計が苦手で、流れるままに、と気取ってるわけじゃあないが、人生の大半を「何とかなるさ」で切り抜けてきた男である。当然、僕はほとんど進路変更どころか、大学研究すらしなかった。さすがに、三年になって模試でD判定ばっかりになったもんだから、北大進学は諦めたが、それでも国公立系の大学には入れるんじゃないかと思っていたのだから、今思えば呆れるほどの楽観主義であったと言わざるを得ない。

 そこで僕は何を血迷ったか、広末涼子ばりに自己推薦を試してみたのだ。大抵の推薦とは、高校の方で太鼓判を押したような学生が選ばれるものだが、僕の場合は何のサポートも受けず、それどころか、推薦状すら、担任に書かせていたのである。当時の担任いわく、

「推薦するようなことが無いから、嘘ばっか書いちゃったよ」

 書くなっつ―の。

 お陰で、罰当番でやらされた掃除はボランティアにされたし、パソコン同好会所属も、やってたのはゲームと簡単なプログラミングなのがC言語の達人にまでされてしまった。答えられるわきゃあない。東北弁で話し掛けてくる面接官の前で、僕はただひたすら脂汗を流すだけの置物と化してしまった。

 かくして、進学が予想以上に困難なことを悟った僕(ヘンなことで悟るなー)、滑り止めの私大も散々であった。残された道は、地元の経済大学か、浪人するしかない。どうする!? 周りの友達は既に合格して、「遊びに行こーぜ」なんて誘ってくるではないか! センター試験も滑ったし、何してんだ、自分!

 すっかり浪人後の予備校は札幌か本州にでも流れてみようか、なんて後ろ向きなことを考えていると、僕と同じくまだ進路が決まってない友人が青い顔で、

「札幌とかでも有名な予備校の先生が、講演を行うんだって。行ってみようか……」

 と声を掛けてきた。

 男三人、溜息を吐きながら会場に入ってみると、何としたことか、五十人は入れそうな会場はギュウギュウの満杯! 三月だというのに、世の中にはこれほど多くの浪人、高校三年合わせた迷える子羊たちがいるのか! 

 いきなり大勢の仲間の存在を知った我々子羊の前に現れた高橋がなりそっくりの講師は、驚くべきことに札幌では『カリスマ講師』として人気者なのだそうな。なんだ、そりゃ?

 講師の話が要約すれば「夏から受験勉強を始めたのでは間に合いません! 春から始めましょう!」と云うことなのにも驚いた。

 大学に入れなかったくらいで、高校三年間の復習を一年間もやり続けなきゃならんのか…。考えるほどに真っ暗な未来予想図を突きつけられ、愕然としてたら講演は終わっていた。

 最後は、講演参加者全員に配られたクリアファイルに講師がサインをする、というものだったが、それに何の意味があるんだ? 当時はネコも杓子もカリスマだった時代。そんなことを問うのは野暮というもので、僕も意味ないだろ、と内心思いながらもサインの列に並んでいたのだ。

 サインをしながら、そのカリスマ講師は僕に話し掛けてきた。

「卒業式、どうだった? ああいう卒業は最後だから、感動したんじゃない?」

「いや〜、退屈なんで、ずっと寝てましたよ」

 ナハハ、阿呆のように笑いながら言うと、その講師は苦笑しながら僕のクリアファイルにサインして、後は一言も話さなかった。

 クリアファイルには一言、「宇宙最強!!」と太字でしっかりと書き込まれていた。鳥山明ばりの壮大さだ。

 帰り道をトボトボと歩きながら、自分の十数年間は、結局は社会のステップを登る上では何の意味もなかったんじゃないか、なんてことを考えて、一挙にダウナーな気分に突入していったものだ。

 しかし現実の自分は、こうして私大の一バカ学生としての生を満喫してたりする。

 僕の大学受験のラストは、しっかり「落第しました」と通知を受けた私大から補欠合格の報を受けて、急転直下する。

 当時の僕は最後に残った公立大の受験勉強真っ最中! そりゃあ混乱しましたよ。正直なとこ、受験する経済系の大学よりも、補欠で受かった文科系の私大の方に興味が移っていたのだ。ホレホレしながら、まさか「や〜めた」ってわけにもいかんだろう、と現役最後の試験に臨んだのだが、大いに焦った。

「アッ、この問題、模試で見たことある! ラッキ〜! で、答えは………お、思いだせん……」

 何てこと目白押しであった。

結果的にはその公立大、受かったが、「僕は文科系です!」と家族の前で宣言し、金のかかる私大へと流れていったのだ。あれって、もう四年前なのね。それなりに人生の岐路に立ってるぞ、と思って本気で悩んでたのがウソみたいじゃないか。

かくして、やっぱり流れに任せて辿り着いたこの大学、ホントに学んでみたかった講義は講師が他界するわ、補充は来ないで進んでいくわで、首を捻ることの多い学校であった。まあ、後悔してる訳じゃないから別にいいのだが、あの時、公立大への進学を選択してたら、もしくは、合格が果たせずに、あのカリスマ講師の予備校に入学してたらどうなっていたのだろうか。人間、人生の中でふと今のラインが偶然の産物であり、ちょっとしたことで全く違う未来図が展開されるのだと思うものである。「今とは違う別の未来」なんて、SFチックなことを考えても結論は出ないが、少なくとも、予備校に入ってても「宇宙最強!!」にはなれなかったでしょうナァ。


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