『僕がはじめてエロ本を買った日』    安田献辞




   女とは宝よ

 

 人生の中で、最も「恋人欲し〜」と思ったのは、多分中学一年であろう。ちなみに、今現在が生涯で二番目。

 まあ、無理からぬ話だ。女性のヘアくらいならば、既に小学生時代に加納典明の写真集で知っていた。親父もいい趣味してるぜ! と子供ながらに思ったものだが、一緒に置いてあった石井隆の『名美シリーズ』も読んでしまい、こちらは夢にまで残るトラウマを植え付けられそうになった。若かったな〜。

 そんな僕も中学校に入って、男女の肉体行為をリアルに観賞したとなると、そりゃあ試してみたくなりますよ。なりませんか、皆さん!

 だもんで、僕は恋人が欲しかった。

 そう、理由はこれだけ。ビデオで見て、知ったことを自分もやりたかったというだけである。露骨に言っちゃえば、SEXしたくてたまらなかったのだ。女性は、その相手というだけ。うへ〜〜、我ながら最低だね、コリャ。

 また、中学時代の僕というのが妙に荒んでいたのだ。

 中学一年の入学時期、僕は中学校に通う理由がわからなかった。小学校に六年間も通って、メンド臭い勉強やテストや友達付き合いをして、それがやっと終わったと思ったらまた三年間、同じことを繰り返せと言う。何でそんな無意味なことをしなくちゃならんのだ。辞めてやる、オレはもっと他のことがしたいんだ、と本気で思ってたのだ。凄いことを考えてたもんである。じゃあ、学校辞めて何すんの? なんか出来るの? と聞かれたら、間違いなく答えられなかったのに、とにかく当時の僕は、自分を取り巻く代わり映えのしない状況から逃げ出したくて仕方がなかったのだ。アメリカン・ニューシネマか?

 かくして僕は一ヶ月もしないうちに不登校になった。その時、僕は小学校時代の友人の紹介で新聞配達のバイトをしており、雨の日も風の日も毎日なもんだから辛いったらありゃしない。そして、僕の学校には何でだか未だにわからんが、朝のHR前に一年生のみ、グラウンドでラジオ体操をしていたのである。ホントにわかんねーよ。

ある日、新聞配達の疲れからちょっとした寝坊をした僕は、疲労感タップリの身体を引きずって学校に向かっていた。あー、これじゃあ麻の体操には間に合わないな。ジャージに着替える時間もないしなぁ、なんてことを考えながら走ってたら、見えてきました我が母校。しっかりと今日も、学外にも聞こえる大音量でラジオ体操が行われている。

それを見た瞬間、僕はシラけたのだ。

何に? 全てに。

何やってんだ、オレは? と思うと、もうバカらしくてバカらしくて、とっとと踵を返して家に戻ってしまったのだ。それ以来、僕は学校に行かなくなった。

本音で言えば、学校自体を辞めたかったのだが、そんな方法わかりゃしない。まさか、親に相談するなんてことは考えもしなかった。元が幼稚な反抗から来てるんだから、無論、親も放棄したい『状況』の一つである。親父が単身赴任を控え、息子の進学を期にマイホームを建て、さあ心機一転! 新しい生活だ! と明るかったハズの家庭内もアッサリと暗くなっていった。書いてる内に、切なくなってきたよ、僕は。

 担任であった見事に熱血な女体育教師も日参し、両親と話し合っていた。さながら我が家は『積み木崩し』の状況である。違うところと言えば、僕が学校に行かない以外は、髪染めも暴走行為もドラッグもやってなかったってことだろう。つまりは単なる不登校なだけなのだ。

 両親が共働きだったものだから、夕方までは家に誰もいない。その中で、僕は一人テレビを見て、ビデオを見て、本を読み、音楽を聴き続けた。雑学を吸収するのが、面白くて仕方がなかったんですな。

 先に出たAV観賞もその一環であったのだ。比重は大きかったけど。

 まあ、ずっと不登校でもいられない。ついに怒った両親に無理矢理学校まで送りつけられれば、さすがに授業を受けないわけには行かない。早退だって、認められそうな雰囲気ではないのだ。

 当然、僕はクラスでは浮きまくっていた。たまにしか学校に来ないし、来たかと思えば授業にはやる気を出さない、果てはフラリと校内散策に出かけてそのまま帰ってしまうというアナーキーっぷりである。普通、こういうヤツは虐められるよ。

 まあ、僕にはそんなはっきりとした記憶はないのだが、妙に悪口ばかり言ってくる奴はいた。

 さあ、そこは若気の至りが溢れまくっている当時の僕、すぐさま頭に来て美術の時間にそいつをメッタ刺しにしてやろうと彫刻刀片手に襲い掛かったのだが、これは周りの生徒に取り押さえられて未遂。しかし、この行為で「あいつはビビッただろう」と思うと胸がスッとしたので、それ以来何もしなかった。ンマー、単純なこと。犯罪者にはならなかった代わりに、僕の存在感は風船おじさんよりもはるか高くプワプワと浮く羽目になってしまったのである。

 しかし、そんな中でも僕は恋人が欲しくてたまらなかった。こんだけ無法をかませば、まずクラス内の女子には白い目で見られていたろうが、そんなこたぁどうでもよかったんだよ。僕は同世代の女子には興味を持てなかったのだから。

 だって、クラスの女子はみんなカボチャであったのだ。

 ちょっとちょっと、本を閉じないで! 電波の話じゃございませんよ。言い換えりゃダイコン、もしくはひしゃげたトマト、虫食いだらけのスイカである。要するに、総じて「コイツを連れて歩く………願い下げだ!」と言っても許されそうな(許されねーよ)方々がひしめいていたのである。田舎であった!

 唯一、これは金星! と言える女子はいたのだが、悲しいことに僅か一学期で転校。僕は不登校だったもんだから、話したことなど一回もなかった。隣の席だったのにな〜。変わって、僕の隣席にやってきたのが、武蔵丸の染色体だけを変えました! というくらいのマッチョ・バディであったのだからオチがついている。そりゃあ、僕の不登校も直りませんよ、先生!

 結果として、僕はより『外』の女性に対してイメージを高めることになる。ああ、何故僕の近くには桜木ルイも、憂木瞳も、野坂なつみも、白石ひとみもいないんだろう!? と本気で悩んでいたのだ。コイツは都会からやってくる『白馬の王子様』を待つ田舎っぺの心境と同じだね。彼女らと出会って、Hしちまえば、自分は完全に今の『状況』から脱却できると思ってたんですよ。我ながら青臭くて抱きしめてやりたくなる。

 まあ、学内の女子は嫌い、かといって外部に求めようにも、そんな窓口など持ってない中坊の欲求不満は解消されることのないまま。僕も中学二年を控えて、さすがに不登校は止めた。

結局、今の自分は学校以外には何処にも行けないということがわかったし、不登校をしている自分は、『学校に行く状況』から抜け出したのではなくて、『学校に行ってない状況』に入り込んでるだけなんだな、と気付いたりもした。“反抗”だと思ってた行為は、駄々をこねてただけなのだ。

尾崎豊にハマッて『15の夜』を聞いてても、自分には本気でバイクを盗んで校舎のガラスを割りに行く度胸も行動力もなくてシュンとしてしまい、なおさら尾崎を聞き続けた。

そしたら、ちょっと硬派になった。

女にうつつをぬかしてる場合じゃない、オレはこの周りの社会に苛立ってんだよ! でも、ホントに愛する女に出会ったら、命をかけてソイツを守りたいと思うけど、やっぱりオレはいつまでもそんなことが出来るほど強くはなくて、とか何とか。

AV観賞もスパッと捨て去り、もっと強い男になんねーと、と思ったりもした。まあ、思っただけだったんスけど。

とは言え、このあたりでようやく女性を「セックスの対象」から「対等の恋愛者」へと認識できるようになった。若気の至りってのは、やっぱ必要だね。

んで高校時代は………う〜ん、これはちょっとディープになるので、止めましょう。まあ、高校、大学と過ごす中で、だんだんと自分の女性観が成立してきたんですよ。そしてつい先日、就職戦線こう着状態な中で、唐突に「自分、ヤバイんちゃうか?」という女性パターンが完成しちゃったんだな、これが。

ずいぶんバカなことばかり書いてるエッセイになってしまってるけど、これは極めつけにバカだなぁ。僕って、親しく話が出来る女性に対して欲情できないんですよ。

これで女性読者は本を閉じたでしょう! まあ、後は男性読者が鼻で笑いながら読んで下さい。

どうしても(って試したわけじゃないけどさー)、ちゃんと話が出来る女性には想像力が働かない。話をしてて、あ、楽しいな、と思ったら、もうダメなんですよ。その人とセックスできないね、僕は。

そう考えると、僕の中では恋人にしたい女性とセックスしたい女性が分化しちゃうことになる。

この論法で、大学生らしく女性を四つのパターンに分類してみよう。って、私的な分類なんですケド。

@……友達になりたい女

A……恋人になりたい女

B……ヤりたい女(うわぁ)

C……見ていたい女、言わば観賞系

こんな風になる。

@の分類におけるカギは、「いい話、行動が出来るかどうか」である。つまり、オモロイ女性、教養のある女性、不思議ちゃんなんかが入る。友達ってのは、一緒に何か話して、何かやったりするもんだ。それが出来る女というのは、まさしくイイ女である。しかしながら、僕はこういった女性にはプラトニックな付き合いしか出来ないんですな。う〜ん。

Aは難しい! 一言で言っちゃえば、これまたヒドイ話であるが「都合のいい女」がいいんである。都合のいい女………別に、男の求めにホイホイ応じるような女ではない。そりゃあ、頭が悪いっスよ。

自分にとっての「都合のいい女」とは、こりゃあ単に好みがピッタリ合ってりゃあ何でもいいんである。前述したように、僕は恋人は抱かない。んで、別に楽しい話をしようとも思わない。話がしたければ友達と出来るではないか。その延長で恋人同士になる、というのが僕にはどうもピンと来ない。恋人という関係性を持つと、どうしても様々な制約が発生してくる。例えば、僕は相手の都合に合わせて自分の都合を曲げるというのが嫌いなので、「デート行こう」なんて言われても「今日は雨が振ってるのでいやデス」と返すような男なのだ。それってただの出不精だって?

恋愛関係とは、両者が求め合って成立するもの。片方の都合を押し付けてはいけません。僕は亭主関白が嫌いだが、だからといって女性上位なんて欠片も思ってないのだ。まあ、僕が恋人にしたいなーと思ってる女性像とは、無口で僕の行動に少々の感心しか示さず、僕があれこれ話すことに無表情で返すような女なのだ。んでデート場所は、どうせ何所に行っても何もしないので自分か相手の家。そこでお互いの話をし合うのみ! こりゃ理想だね。って、もし現実にいたらスゴイ女だな、それ。

Bなんて単純だ。見た目一発で「寝たい!」と思う女だ。容姿と雰囲気しか見てないから、もう相手がバカでもオッケーなわけである。人種も思想もなんもかも、全部まとめてかかって来いやコノヤロー! といったところだ。大体、札幌だったら中央区はこの分類に入る女性でごった返している。まあ、僕の目からはそういう風に見えるってだけで、実際に入れ食い状態っスよ〜。というわけではないよ、念のため。情けないことに自分、中央区を歩いてるときはこのせいで毎回はにかんでます。

Cはつい最近気付いた。話したいわけじゃない、付き合いたいわけでもない、ましてセックスしたいのでもない。それら全てを超越しているカッコイイ女性である。コリャ神格化だね。言葉で表せば「高嶺の花」である。しかし自分はその花を取ろうとは思ってなく、それを眺めてるだけで大満足なのだ。いままでの@、A、BがB級揃いだとしたら、こちらは完全な特A級である(まあ、なんかの間違いで@とAにA級が入ることもある。BはB級だからココに入るんだよ!)。映画なんかで存在感を放つ女優が多いですけど、街を歩いてるときにもまれに「オッ、カッコイイな〜」と口にしてしまう女性がキリッとして歩いてたりする。だからって、後はつけないよ! これは解釈の広いフェチシズムとも言えますな。明らかに女性を美術品かなんかの『モノ』として捕らえてますからね。でもまあ、高嶺の花は所詮『モノ』ですよ。

さて、やたらと非人道的な分類を試みたわけだけど、これが現在における僕の女性観の根底になっちゃってるんである。これだけ見てるとまるで僕が「恋人なんていらない!」と内田裕也の如く叫んでるように見えちゃうが、そんなこたぁございません。冒頭でも言ったように、僕は今まさに、恋人とイチャつきたいんです。まあ、一言も話さないんですけど、就職活動に疲れきった僕を包んで癒してください! と人並みに思うわけですよ。

この章のタイトルは、講義中に見たCMで偉そうなジジーがのたまっていた言葉なんだけども、男にとって女とはやはり宝、夜泣きをして「欲し〜〜」と暴れまわっちゃうものなのだ。僕も久方ぶりに宝を拝んで「観音様!(パンパンッ)」と拝みたくなって来るんだよ。って、なんで愚痴っぽくなってるんだよ!

しかしながらこのエッセイ書いてて思ったけど、こんなことばっかり考えてたら、僕って結婚出来なくないか?


   …back to E