いい話かどうかは読者の判断次第だが、面白いので掲載します(笑)
タイトル・・・秋めくや腿尻3年牛乳8年
スケベエな中年男の教員が、生徒の身体を触りまくり、スキンシップとは呆れて屁が粘らあ〜。
ガキは、可愛い抱きしめて頬ずりしてえ・・・は自然だが、出し抜けの」スキンシップじゃあ子供が魂消る。
知らざあ言って聞かせるが、いとも自然にスキンシップしたけりゃあ首記を根気よく金を使って努力すり
ゃ〜成就はできねえこともねえ。勉強もせず遊びも知らず、貯金の額だけが楽しみな野暮な教員が、只
でスケベをしやうとは100年早え〜。
小学校の教室が荒れていると今朝のテレビでやっていた。まじめな教員は気の毒なり。ちっとぐれの体罰
は、当たり前田のクラッカー。校長も教育委員会も、強くならなきゃ世もおしめへだ。神武の昔神代より、
ガキは野獣だイノシシだ。野生にゃあ鞭が必要だ。バカ教員とバカ親はくたばってしまえ!アーメン。

愚図庵
山本素竹の「のっぴきならないもの」第二弾
上手下手なんて・・・
芳名録などに署名を求められ「字が下手だから書くのが嫌・・・」と、いう方が少なからずいらっしゃる。
何で、そんなことを言うのか?。上手いなんて所詮上っ面の見栄の話で、チャンと読めれば良いじゃあな
かと思う。しかも、自分の名前。どれほど個性的であっても問題ない話。
 教育が悪いと思った。考えて見れば、お役人が決めた「良い書」を学んできたのでは無いか!?・・・。
それは、画一的な平均的な、教えるほうにも都合の良いもの。人間一人ひとりに良い所があり、個性が
あり、それが書にも反映されるという一番大切なものは捨置き、偉い人達の価値観を一方的に押し付けら
れた結果、自分は下手だなと傷付かねばならなくなった。書に限らず、学校教育そのものが、一人ひとり
の感性を殺し、一部の人間にとって都合の良い一握り(ある意味)の優秀な人間を育てることを目的とした
ために、たくさんの感性や個性が無駄にされてきたのである。
・・・・・(以降、略)
無料バス
 確か昨日のテレビでやっていたのだが、どこかの町では無料バスが走っているそうだ。どういう仕組み
かというと、@市内の事業所や商店から年間10万円の運営費を負担してもらうAバスは、市や旅館ある
いは会社等から使わない時間帯に借り受ける。B路線は、既存のバスルートを犯さない。ということらし
い。う〜ん、素晴らしいシステムだ。運営費を負担した商店の名前をバスに張ったりすれば負担する方も
宣伝になるし、バスルートも普段通らないような路地への運行も可能になりお年寄りには大変便利になる
だろう。果たして、お金を負担したお店の売り上げに繋がるかどうか、あるいは事故の心配とか、色々と問
題はあるかも知れないが、何をするにもそのようなリスクはつきものである。
ちなみに、乗るのは決まった停留所からだが降りるのはどこでも自由だそうだ。素晴らしい!
                                              H17.11.11 ハローおじさんより
山本素竹の「のっぴきならないもの」から抜粋
『感動する心』
書くと言う作業は、何かを伝えたいという想いが原点です。人類の文化の歴史と共に発達してきました。
基本的な単純な作業は今日でも何ら変わっていません。手を使って絵や文字を書くという作業は楽しい
ものです。感動を他者に伝えることができたら実に嬉しいものです。人間と他の動物との大きな違いは
「感動する心」の大きさです。喜怒哀楽。その心の健全な発達には、子供の頃からたくさんの自然に触れ
、その美しさ厳しさを心に溜め、優しさも強さも決断力も備えた大人の感性へと育ってゆかなければなり
ません。
そんな、人にとって大切なかけがいのない自然を、大人たちは子供たちから遠ざけようとしている昨今で
す。少子化で、大切な我が子を学校も塾も送り迎え。欲しい物は何でも買って与え、危ないからと一人で
は遠くに行かせない。そうして夕日を見たことも無い、道草をしたことが無い子供たちが育ちつつあります。
美しさを知らない、感動を知らない子供たちが増えているのです。体の健康と共に、大切なのは心の健康
と思うのですが・・・。

『そして・・・』
かつて「道徳」の時間に、「嘘ついちゃいけません」と習った覚えがありますが、えらい政治家も道路公団
のえらい人も、私利私欲に基づく嘘をついているようです。いったい、あの道徳の時間は何だったのでしょ
う。正しい生き方や考え方を求めて生きる・・・など、物質文明に侵された日本ではもう亡霊のように過去
のものになったのかもしれません。
さまざま生活の安定を計り、つつがなく私個人や家族の平安を求め、弱者を理解するより排除し、あげくの
はてに隣人のことなど知ったことか・・・。
 自分大事な世の中・・・・・