Coffee Break

Coffee Break NO.56/2005年5月29日Sun.
   
   一片(ひとひら)の懐かしさ 

 「一葉のご挨拶」と旧友から転居のお知らせのハガキが届いていました。文面には、「一片(ひとひら)」に懐かしさを添えてというようなことが書いてありましたが、メール時代の今、このような数え方は少なくなりましたので、久々にしなやかな日本語に出会ったという爽やかな気持ちになりました。

 お箸は一膳二膳、扇子は閉じて一本二本、開いて一面二面ですよね。ウサギは一羽二羽、イカ、タコは一杯二杯でしたね。箪笥は一棹二棹というそうで、これは死語になりつつあります。こうしてみると、親から子へ伝え倣ってきた言葉には、結構な優美さがあったのだなあと改めて昔懐かしく思うものです。
 
 そういえば、先週ご紹介した志村ふくみさんの本に、「蚕はなぜか一頭二頭という」ということが、その由来となる蚕の物語とともに紹介してありました。数え方や名前にも、ものの生い立ちや性質がしのばれるということにおいては、日本語は秀でているのかも知れません。そんなことを思うにつけ、年長者から言葉を受け継ぐという場を、もっと大切にしたいものです。
 それと同時に、子供たちには多くの日本語を語れる一人の大人、年長者でありたいと思うのでした。ちょっと強引な締めくくりになりました。



Coffee Break NO.55/2005年5月22日Sun.
  
    緑の不思議 
 
 五月晴れ、清々しい空気に映える緑、目に青葉、草木の世界も賑やかさを増してきました。銀杏も花水木もプラタナスも、欅(けやき)も、緑、緑・・。ところが、こんなに緑が沢山あるのに、実は草木染めの染液から直接に緑色を染めることはできないらしいのです。「この地上に繁茂する緑したたる植物群の中にあって、緑が染められないことは不思議である(染色家・志村ふくみ)」と。緑の草木は何色になるのかというと、植物を絞って出た緑色の汁は、刻々と色を失って灰色になるそうです。だから、「移ろい行く生命の象徴こそ緑なのである(同上)」と志村さんは言います。「移ろいいく生命の象徴」、緑とは元気な色のようでいて、実は儚さ危うさを孕んでいる色なのですね。そう思うと、この季節、もっと緑に浸りたいと思うようになるものです。
 
 ・・・草木で緑を出すときは、青と黄をかける、例えば藍甕に、くちなし・きはだなどの植物で染めた黄色の糸を浸ると緑が生まれるそうです。自然って奥深いものですね。



Coffee Break NO.54/2005年5月13日Fri.

    「香り立つ若さ」

 マスカットの香りなんて嗅いだことはないけど、マスカット・フレーバーがお気に入り。なんて変ですね。

 ダージリンの話です。八十八夜の頃、日本で新茶の茶摘が始まる頃に、インドからはダージリンのファースト・フラッシュ(春摘み、言わば新茶)が届きます。今年も入荷したてのファースト・フラッシュを試しました。
 この一番茶、茶葉にお湯を差すとチップが踊ります。細長く縮まった茶葉が開こうとするのです。若々しい。さすが一番茶です。これをティーカップに注ぎ、紅茶ならぬ薄く透き通ってゆらめく金色をみつめて、そっと一口含んでみると、香りが鼻にすーと抜けていきます。この感じがたまらないです。これがマスカット・フレーバーなんだなあって思うわけです。・・・味は渋めですね。遅摘みの茶のまろやかさとは一味違います。

 新茶の季節、日本茶も香りが良いですよね。若いってことは香るってことなんだなあ。夢も好奇心も新鮮に保って、香り立つ日々を送っていきたいですね。ついでに若さを保てたらいいですね。