| Coffee Break NO.71/2005年9月25日Sun. 「義兼」 「今、自分がこの場にいて良かった」と心から思う瞬間を、皆さんは何回体験されましたか? 先日、見に行ったお芝居でもそれを感じました。幕が下りてもいつまでも拍手をしていたい!♪ 良いものに出会ったときに、人は本当に無心になるのですね。 標題の「義兼」は足利義兼のことで、そのお芝居のタイトルです。足利義兼は、足利尊氏の6代前の祖先であり、足利の礎をつくった人物でした。彼は、源頼朝の六武将の一人であり、頼朝自身とは奥方同士が姉妹で(北条政子、時子)義弟関係らしい。そのせいかどうか足利市と鎌倉市は姉妹都市だそうです。そのなかで彼は天下をとることよりも世の中を平和にすることを願いました。自ら多くの戦いに参戦せざるを得ないという運命の下にありながら、未来の平和のために、未来に夢を託す若者を支援しました。頼朝に追われる源義経を匿ったとも言われています。こうして彼は多くの人々に信頼され、人望を厚くし、ひと時の安寧を得ます。 しかし、彼の平和は足元から掬われます。侍女が引き起こした「足利の悲劇」と称されるお家騒動に見舞われ、彼は大きな過ちを犯してしまいます。最後は、出家して、生き仏となることを選びました。「義兼」は非業の死を遂げます。 これは悲劇なのでしょう。しかし、お芝居のフィナーレではそんな後味はちっとも残りません。ラストシーンではむしろ「義兼」が託した未来への夢が、観客のなかで大きく膨らんでいくのを感じました。この劇を行った足利市の演劇工房DON−DENのお芝居にはいつも未来への夢があります。昨年の「写楽」でも、その前の「左甚五郎」でも。そして今年の足利尊氏生誕700年を記念した「義兼」でも。足利の歴史が未来に託してきた夢を伝えてくれました。硬いテーマをしなやかな夢に変える劇団です。お芝居で夢を伝え続ける、素敵なことですね。 |
| Coffee Break NO.70/2005年9月19日Sun. 一枚の絵 友人の絵画のグループ展に行きました。友人はパステル画を2作品描いていました。その一枚はチベット仏教の曼荼羅。これは数年がかり。何度かチベットに行って、本物の曼荼羅を見て描いていたのでした。作成途中の絵を私は観ていましたが、それがやっと仕上がったのでした。アマチュアでもここまでやるとは、ご立派。 その画廊では、身近なグループ展なので、他のアマチュア作家さんが作品のことを楽しく詳しく説明してくれました。パステル画、エッティング、造形、油絵、スクラッチetcと色んな人の色んな手法の作品があり、美術の技巧の講座をたくさん受けたような気分になりました。 私にもとっておきの絵があります。近所の3歳のなほちゃんという子が私にとってもなついていたので、そのお母さんが「なほちゃん」を描いてくれました。アイシャドーで描いたハガキ大の絵です。アイシャドーで絵が描けるのですね。色落ちしないようにコーティングして、今も3歳のなほちゃんは部屋に飾ってあります。本人はもう25歳になっていますがね。 それにしても色んな描き方があるものですね。その描き方を調べてみると、絵本の原画ももっと楽しめるでしょうね。 |
| Coffee Break NO.69/2005年9月11日Sun. 「童謡のポエジー」 今週持ち歩いている本は、合田道人さんの「童謡のなぞ」です。「しゃぼん玉」をはじめ十数曲の懐かしい童謡の生い立ちが紹介してあります。ライト教養的感覚で読め、どこからでも読めるので、通勤読書に最適です。 皆さんもご存知かもしれませんが、「しゃぼん玉」は野口雨情がわが子を亡くした悲しい思い出をもとに書いた詩なのだそうです。命を全うせずに旅立った2歳のわが子と、「しゃぼん玉」の儚さが重なっているわけです。合田さんは、この背景を調べていくうちに、実は雨情は2歳の子の死の前に、長女も亡くしていたということに行き当たります。それも生後8日で。 だから「やねまでとんで こわれて きえた」(一番)、「生まれてすぐに とばずに きえた」(二番)となっていると。 この本には、「あかいくつ」の女の子はアメリカに渡らなかった。「ななつの子」は誰?等々と、次から次に詩の生い立ちを教えてくれます。わらべ歌も結構深くて、詩情が豊かだなあって改めて通勤電車のなかで一人感慨に耽っていました。 一冊、ご家庭に置いていてもいい本だなあと思います。 |