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| Coffee Break NO.94/2006年3月25日Sat. 「ヴィッテの教育」 先日、知人のMOさんから「ヴィッテの教育」を読んで教育というものに関心をもったというお話をお聞きしました。木村久一著の「早教育と天才」を読まれたのでしょうか。「早教育と天才」1977年初版で、私は25年前に読んでいたので、もしかしたらMOさんと同じ頃に読んでいたのかも知れませんね。それにしてもタイトルがちょっと過激かなあ。タイトルが誤解を与えてしまうかも。 1800年生まれのカール・ヴィッテは、「8〜9歳で英独仏伊羅希の6ヶ国語が自由にでき、動物学、植物学、物理学、化学、特に数学が非常にできた」のです。ヴィッテは大人になっても歴史的な研究成果をだしたそうです。200年前のヴィッテの教育、どんな英才教育だったでしょうね。ヴィッテを教育したのは彼のお父さんで、その記録をハーバード大学に1冊だけ保管されているそうです。これを日本に紹介したのが木村久一ということですね。 木村久一によると、ヴィッテの父は「子供の能力を早くから働かせるには・・・早くから言葉を教えなければならない」と言い、乳幼児期のヴィッテへの言葉の教え方を細かに残しているとのこと。例えば、楽しいお話を繰り返し聞かせた・・・(楽しいので)復唱するように仕向けたというように。キーワードは「楽しく」そして「言葉の教育」だったようです。 上記の「早教育と天才」には他の優秀児の例、トムソン、ミル、ゲーテ、ストーナー夫人等々の事例が紹介してあり、それぞれ参考になることが多いのですが、特筆すべきことは、乳児期の言葉の教育のコツが共通しているということです。「楽しいお話」「リズムのある詩や歌」「語りかけ」です。それって、私たちがやっていること。一例をあげると ・・・「ウィにフレッドは生まれて六週間たつと、色々な英語の名詩を朗読して聞かせた。・・・すると、詩の口調が変わるにつれて、赤子は違った反応を示す・・・例えば、テニソンのCrossing the Barは赤子を静かにさせ、マコーリーのHoratius at the Bridgeは赤子を興奮させる。・・・ウィニフレッドは満一歳になるまでに、「アエネイス」の最初の十行と、Crossing the Barを覚えてしまった。」こうして、ストーナー夫人の教育は始まります。これは読み聞かせのコツに通じますよね。(読み聞かせの12のコツでも、以前にご紹介していました。) MOさんが教育者の道を選ぶきっかけを作った木村久一の本、(タイトルは固いけど)お勧めの一冊です。 |
| Coffee Break NO.93/2006年3月18日Sat. 「夜のピクニック」 だらだらと面白い本、ずるずると読んでしまいました。恩田陸の「真夜中のピクニック」、第二回本屋大賞1位でした。因みに第一回本屋大賞は、「博士の愛した数式」でしたね。 さて、皆さんは一日中歩きとおしたことはありますか?もしかして、高校時代に朝昼夜24時間歩きとおしたという経験をお持ちだったりして・・・・。高校のイベント「歩行祭」というのがあって、高校3年のときに、80キロを24時間で歩き通すなんてことがあればどうでしょう。友人たちと歩き歩いているうちに、色んなことを話したり、思い出したり。疲れが溜まってきて、落ち込んだり、昂ぶったり。一緒に歩いている連れが、長い時間の間に入れ替わったり、また合流したり。そのときの話題は・・・やっぱり、恋愛談義に花が咲くってことでしょうね。 こんな24時間を描いたのが、「夜のピクニック」。再び青春したい人、ノスタルジーに浸りたい人にお勧めです。 |
| Coffee Break NO.92/2006年3月12日Sun. 「クシュラの奇跡」 前々からご紹介したい本がありました。「クシュラの奇跡」(ドロシーバトラー著/のら社)という本です。20年も前に出版され、「読み聞かせ」の活動をしている方々のバイブル的な存在となっていますので、ご存知の方も多いことでしょう。 クシュラは脳障害をもって生まれました。母親は生後4ヶ月から読み聞かせを始め、クシュラは健常児以上に本が大好きな女の子に成長していきました。その読み聞かせの記録を綴ったのがこの「クシュラの軌跡」です。「気に入った本は、どれも何百回も読まされた」「〜3歳3ヶ月〜歌や童謡をたくさんそらで覚えていた。・・・「『クリストファー・ロビンのうた』の詩をすべて暗唱していた」というように、クシュラが絵本の読み聞かせとともに言葉が成長している様子が手に取るようにわかります。 読み聞かせで能力開発された、読み聞かせで知的障害を克服したという意味でも素晴らしい記録ですが、同時に、一つの絵本を何度も読まされたり、リズムのある言葉を諳んじたりしたという読み聞かせの典型的な事例としても非常に価値のある内容です。わが子に読み聞かせをなさっているお母さん方なら、読み聞かせの意味を再発見できるのではないでしょうか。お勧めの一冊です。 |
| Coffee Break NO.91/2006年3月4日Sat. 「五十音表はいつ出来た?」 五十音表を見たこともないのに絵本が読めるようになり、「ひらがな」を覚えた3歳児さんがいました。私は「昔は五十音表もなくて、子供たちは『いろは歌』などから読み書きを覚えていただろうから、さもありなん」なんて思っていました。皆さんも「五十音表の起源は明治時代あたり」と思っていませんでしたか。 念のために、調べてみるものです。実は、「五十音表」は平安時代に誕生したあの素晴らしい「いろは歌」よりも先に出来ていたのです。ひらがなが生まれると直ぐに出来たらしい。「あいうえお・・・あかさたな」はとっても合理的ですよね。 詳しくは省略しますが、「あかさたな・・」の段は発声の際の唇の開き方を元に配列されています。「は」は昔は「p、f」の発音でしたので、「あかさたな」までは唇の開きが小さくなり、「は(p,f)」で唇が触れあい、「ま」で唇が閉じます。続きの「やらわ」は拗音だけを別枠にしたもので、この3つも順に唇が小さくなっています。 行のほうは「あ、う、お」「い、え」が口の形が似ています。口の形が近いものが隣り合わないように、「あ、う、お」の間に「い、え」を入れて、音を明確に区別させていると言われています。 こんな合理性が日本人にあったなんて・・・と驚く前に、聞いてください。 実は、五十音表はインドの古典語のサンスクリット語の文字(梵字)の配列を元にしています。仏教の伝来とともに、インドの音声を精密に分析する学問(悉曇学)が日本にまで伝えられ、ひらがなの誕生直後に五十音表ができたというのです。 それにしても梵語のアレンジとは言え、それをオリジナリティを出して五十音表を作った昔の日本人はすごいですね。古今集や新古今集を初め、源氏物語、枕草子に代表される日本文学は世界にも類を見ないと言われています。子供たちには、いずれこの文化を楽しめるようになって欲しいと思います。 |