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Coffee Break NO.134/2007年4月30日Sun.
我道は、荒蕪を開くを以って、勤となす
二宮 尊徳(1787〜1856)江戸後期の農政家
またまた小田原ネタで恐縮です。小田原の観光ガイドを見ていたら、二宮金次郎は小田原生まれだったと。 標題の意味は「農業で大切なことは、改良により生産性を上げ、その大量生産のためには荒地の開拓をすることだから、それに励もう」ということでしょう。 二金次郎はまきを背負って、本を読みながら歩く姿の銅像で有名なほど、勤勉な青年でした。昔(どのくらい昔でしょうかね?)の話ですけどね。また、子守りをしながらわらじをつくって、家計の足しにしたことも有名です。勤勉なのです。
日本的と思わないでください。海外にも「勤勉さ」をすすめた格言は色々あります。“ Industry is parents of success.”「勤勉は成功のもと」とかね。“Rest breeds rust.”「休止はさびを生ず」などがあります。
「休止はさびを生ず」なんて、これはスポーツのアスリートにはぴったりかな。私にはお掃除は毎日しなさいと言われているようです。いずれにしても、毎日続けられることを続けることって、大切なことが多いようですね。継続は力、子供たちも何か続けてほしいと願う方が多いでしょうね。
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Coffee Break NO.133/2007年4月23日Sun.
「足柄山の金太郎」
今週も小田原特集にお付き合いください。小田原の西に足柄(あしがら)下郡があります。あの足柄山の金太郎の。そこで足柄の名前について調べてみましょう。(1)「足(富士山の足、麓)・柄(「エ」、根もと、麓)」で、富士山の麓の地の意、(2)箱根山の材木から「船足の早い船」が建造されたので「足軽山」が転じた、(3)「芦ケ原」の転、(4)「アシ(崖地、自然堤防、微高地)・カラ(高所、微高地)」からとする説があります。万葉集には「あしから」のほか「あしかり」とした歌があるそうです。由緒あるのですね。その頃は「吉浜、真鶴付近の相模湾沿岸部の湯河原温泉」を包む一帯で、古代においては足柄は「箱根火山群の全体」を包括する呼称であったと『角川地名大辞典』で記述しています。
調べてみると歴史ってものを感じるしだいです。諸説あるということで、一体全体どれがホンモノか?と釈然としないこともありますが、逆に時間的なスケールの大きさというか、ロマンというものも感じるのですね。名前には生みの親の心があります。子供も一緒ですね。お友達のお子さん方にも、、名前の由来を聞いてい見ると素敵な発見があるかもしれませんね
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Coffee Break NO.132/2007年4月16日Sun.
「小田原」
私的なことで恐縮ですが、この4月から仕事で小田原市にご縁ができまして、今週は小田原特集と参ります。箱根、湯元、湯河原、自然たっぷり温泉たっぷり、お魚も美味しい小田原です。ご贔屓に。
さて「小田原」という地名、どうして小田原となったのでしょう。小田原観光課のパンフによると、「小由留木(“こゆるぎ”)」の文字の草書体を「おだわら」って読み誤ったところから起きたそうです。ちょっとびっくり。
そこで「こゆるぎ」って何?と思うでしょう。調べてみました。大磯より西海岸一帯を「こゆるぎの磯」と言って、その沿岸沿いを「こゆるぎの里」と言ったそうです。因みに、“こゆるぎ”といのうのは元々「磯」の枕詞だったというわけです。納得ですね。そこで鍵は「こゆるぎ」です。「こゆるぎ」に込められた心(意味)は何でしょう。
「小揺るぎ」「小緩るぎ」「小動」「淘綾」(綾は緩の書き間違え)と書きます。・・・いずれにしてもゆったりとした様ですね。ということで、「こゆるぎ」とは「ゆるやかな、ゆったりした」という意味が込められています。つまり「小田原」の由来は、「ゆったりした」ということだったのでしょう。名は体を表すで、ゆったりした人情味のある街なのでしょうね。
誰かが読み間違えなければ、小田原市は今頃「“小由留木”市(こゆるぎし)」とか「“小動”市」となっていたかも知れませんね。
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