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Coffee Break NO.156/2007年10月29日Mon.
心晴れ晴れ
十三夜に曇りなし。TVで今宵は十三夜と言ったのを思い出して、夜空を見上げました。お月様、輝いてました。翌日、もっと秋を味わいたくなって、喫茶店で“栗モンブラン”を食べていたら、隣の席で3人のおばあちゃんたちが「あたしゃ、テレビでも見たよ。ホンモノも家の庭でも見たよ、十三夜。綺麗だったよ」と賑やかに話していらっしゃっる声が聞こえてきました。「良かった良かった、感謝したよ。何でも、手を合わせて、ありがとうございましたと感謝するようになってきたさ」と話は続いていました。素敵な話です。お月様が一層美しく見えたことでしょうね。感謝の気持で、澄み切った心に映る月ですからね。心に曇りなしですね。
星霜を積んで感謝の心が生まれる。いえいえ、みんなが若きものもそうありたいものです。このお年寄りの声、幼子にも伝播したら良いですね。先ずは自分からでしょうが、そこが最も厄介かも。
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Coffee Break NO.155/2007年10月22日Mon.
教育の曙
「筆子・その愛」は映画化されていますが、先週、原作を読みました。知的障害児教育の先駆者、石井筆子の生涯を描いた本です。筆子は自らも知的障害の娘さんを持ち、1891年(明治24年)に創設された日本最古の知的障害者の社会福祉施設である滝乃川学園の創設者石井亮一氏とともに知的障害児の教育と福祉に生涯を捧げました。
初めて障害者施設を訪れた筆子は、子どもが口から出して差し出した食べ物を手にとって躊躇いもなく自分の口に入れます。自然に母の愛で接する筆子の様子が伝わってきます。映画と併せてこの本を読むと感動百倍です。
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Coffee Break NO.154/2007年10月15日Mon.
シンプル
築30年の古びた自宅マンションの玄関ロビーに、コスモスが一輪差してありました。コップに差した一輪は可憐さが際立ち、ふと見とれてしまいます。しなやかに伸びている身体に、その細さにしては少し大き目の花をつけています。秋桜といいますが、花びらは桜よりスマートでつややかです。花を一輪だけ見ていると、そっと何かを語りかけているように感じます。スーラの点描画のような原っぱ一面のコスモスというのも良いものですが、一輪の単純さは、魅惑です。宇宙という意味のコスモスからもらった名前、シンプルさの中に神秘が隠れているのでしょうか。
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Coffee Break NO.153/2007年10月8日Mon.
「おつきさま こんばんは」
先週のおはなしの続きです。「おつきさま こんばんは」に「くもさん どいてどいて」といったら「ごめんごめん おつきさまとおはなししてたんだ」とくもんさんが言って去っていくシーンがあります。このシーンが好きな子ども達が多いんですね。雲の影から顔を出したお月様の笑顔がひときわ優しい感じがするのでしょう。ちょっとしたドラマの演出で子供たちには月が一段と輝いて見えるのですね。
このシーンは「花は盛りに 月は隈なきをのみ見るものかは(徒然草137段)」と一緒です。満開、満月というパーフェクトな一瞬ばかりが趣があるのではなくて、見えないから良い、瑕疵があるからパーフェクトさが貴重なものになるというもの。想像が美の味わいを深めるということでしょう。お月様も雲に隠れそうになって、ハラハラドキドキ、そしてまた顔を見せた、あの笑顔にほっとするということですから。
武満徹さんは述べてます。琵琶や三味線、尺八も、西洋楽器が雑音として捨てていった音階やノイズを保持していますと。ノイズが他の音を一層美しく響かせます。「美しいノイズ」を積極的に出すものさえあります。
色の名前も「四十八茶、百鼠」というように、48種類の茶色、100種類の鼠色の名前が日本にはありました。グラデュエーションを認識していた色彩の文化があったのですね。花や月、楽器にしろ、色にしろ、陰から光へ至る道のりを味わう、結果だけでなく移ろいの過程を楽しむという、そんな繊細な感覚を祖先は育み、祖父母を通して私たちに伝えてくれました。この心、大切にしたいものです。
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