Coffee Break NO.196/2008年12月24日
2008年もあとわずか。 どうぞ、良いお年をお迎えください。
「あれはどうやらサンタさん」は「まどから☆おくりもの」(五味太郎)、「12がつ24にち、ごご7じ」は「サンタさんと子犬」(長尾玲子さんの刺繍絵本)、「ねずみくんのクリスマス」(なかえよしくを)は「クリスマスツリーをつくってねみちゃんをおどろかせるんだ」で始まります。絵本の最初のページを見比べてみても、いえいえ表紙から、どの絵本も子供達を楽しい世界に惹きこんでいるのがわかります。同じテーマなのに色んなアレンジがある面白さ、クリスマスならではかも知れません。
クリスマス・ソングもジョン・レノンの「HappyChristmas」やシナトラの「WhiteChristmas」の定番から、ポールも山下達郎もユーミンもワウも街中に溢れています。そのルーツというか、代表格なのは「アベ・マリア」かも知れません。日本人に一番お馴染(なじみ)のアベ・マリアはグノーのゆったりとした曲だと思います。バッハもシューベルトもベルディも「アベ・マリア」を作っています。この有名どころなら、たとえ無宗教の私でも、どの曲も聴き覚えがあります。どれがだれのって区別はつきませんけどね。
クリスマス・イブ、今夜はCDで色々なアベマリアを聴き比べてみようと思います。年に一度だけ聴く曲だから、ゆったりとした気分で聴いてみましょう。
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Coffee Break NO.195/2008年12月1日Mon.
木枯らしに舞い、先を競うように紅葉が乱れ散っています。カレンダーも最後の一枚、365日分の334日を経てたどり着いた師走、一日一日の大切さをかみ締める時となりました。
今年は何が変わったかという想いから「初心忘るべからず」を思い出します。その真意は、初心者のときのあの拙(つたな)い自分と今の自分を並べてみて、技をどれだけ磨き、思想をどれだけ身につけてきたか、自分に問いなさいというものです。さて、この一年、どうだったでしょうか。
初心は一律ではありません。物事にはキャリアが数ヶ月の新人さんもいれば、数十年の達人もいるでしょう。そのあたりのことを世阿弥の「花鏡」では三つの初心として表現しています。先ずは基本。基本をしっかり学びましょうという「是非の初心」、これは私たちが普段使っている初心者の初心に近いです。次に、日々の経験を重ねつつ先輩の教えを常に新鮮な気持ちで学んで自分の成長に生かしましょうという「日々の初心」があります。そして長い歳月をかけて、先人の実践や自らの経験から日々謙虚に学んでいくうちにたどり着く名人の入り口があり、これを「老いての初心」と言います。この三つの初心、あえて言えば、ビギナーの初心、ベテランの初心、マイスターの初心ということでしょうか。
これは能楽の世界のお話で、この忙しいときに小難しいことを申しましたが、「もっといいものは常にある」で、simple
is the best です。単純に、この一年にもっと良いものをどれだか見つけたか、あと30日後に良い振り返りができるように残りの日々を大切にしたいと思います。
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Coffee Break NO.194/2008年11月17日Mon.
母親がじーーんとする絵本
先日の読み聞かせ会で、絵本「ちょっとだけ」(瀧村有子作、鈴木永子絵/福音館書店)を読んだところ、お母さん方から「じーんとしました」というご感想をいただきました。内容をちょっとだけ、ご紹介します。
あかちゃんが生まれて、なっちゃんはお姉さんになりました。お母さんは赤ちゃんの世話で忙しいので、なっちゃんは色んなことを自分一人でします。お母さんに手をつないでもらうこともちょっと我慢して、お母さんのスカートをちょっとだけ掴みます。牛乳も自分でコップに注ぎました。ちょっとだけなら出来ました。ブランコ遊びもも、パジャマを着るのも、ちょっとだけなけなら自分でできました。でも、寝るときには「ちょっとだけだっこして」とお母さんにお願いしました。するとお母さんからは「ちょっとじゃなくて、たくさんだっこしたいんですけど」という思いがけない嬉しい返事が。そしてお母さんにしっかり抱きしめてもらいました・・・というお話です。
この絵本についての、絵本ナビというサイトの読者レビューをちょっとだけご紹介しますと、「二人目を妊娠して、娘のことを考えて絵本を探していたところ出会いました。読んでいる途中で号泣してしまいました。」「6歳の子が『ママ、この絵本の女の子の気持ち、分かる。私と同じだ。』と言いました。」「なっちゃんのママのように優しく受け止めてあげられるお母さんでいたい・・・優しく抱っこする場面で涙がこぼれました。娘に、というよりも、自分のための絵本です。」「二人目が出来てもこの絵本を読んで優しい気持ちでいられるようになりたいと思った作品でした。感動して泣けます!」という感想でいっぱいです。あかちゃんが生まれてお姉さん、お兄さんになったお子さんとそのお母さんに贈る絵本です。「ねえだっこして」(金の星社)「どんなにきみがすきだか あててごらん」(評論社)と併せて親子にお薦めの絵本です。
注:「絵本ナビ」は、絵本を紹介するインターネットのサイトです。
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Coffee Break NO.193/2008年11月8日Sat.
秋味
「新蕎麦打ち始めました」という書き物が今年も近所の蕎麦屋に出ていました。そこで神田の蕎麦屋「まつや」でもりを、甘味処「竹村」で栗ぜんざいを食べて、江戸の秋を味わってきました。ちょっとミーハー気取りです。なぜって、池波正太郎コースですから。この「まつや」は、汁も江戸の伝統を受け継ぐ江戸汁で、池波先生御用達の蕎麦屋の一つとして今では往年の文学少年少女の観光スポットになっています。ここは江戸汁です。「池波正太郎・鬼平料理帳」を待たずとも、濃い味の江戸汁をほんの少しつけてスルスルとすするときに鼻にぬける蕎麦の香りを楽しむというルールは、このお店に来る人たちなら皆さんご存知のようです。それに“もり蕎麦”をたのむ人が多いこと。「江戸の一徹モノは、今もって“もり蕎麦”しか食べない」という法則もご存知のようで。
神田の蕎麦屋といえば、実は「出雲そば本家」がお勧めです。ここは縁結びの神様が住まう出雲大社の出雲そばです。出雲そばは、そば殻を多く含んだちょっとブツブツした田舎蕎麦。名物は割子です。小さな丸いお重に3口程度の蕎麦を載せて、その上に“もみじおろし”“だいこんおろし”などの薬味でトッピングし、冷たい出汁をかけて食します。普通は薬味を変えて3〜4枚いただきます。蕎麦の香りやゴツゴツした食感と薬味とがそれぞれ自己主張し合って、楽しい味わいです。そうそう、この蕎麦さんは皇太子がご覧になったとか。田舎蕎麦と高貴な味わいという何とも不思議な気分も蕎麦の香りに乗せて感じることができます。
藪蕎麦、出雲蕎麦、ご当地蕎麦にしろ、秋は足早に過ぎていきますので、新蕎麦はお早めに。
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Coffee Break NO.192/2008年11月1日Sat.
源氏物語1000年
今年は「源氏物語1000年紀」。紫式部日記に「源氏物語の草稿本を写して製本する」という件(くだり)があります。日記の日付は1008年11月1日。ちょうど1000年前の今日です。それで「源氏物語1000年紀」というわけです。
それでこの数年、漫画源氏や携帯源氏なども出て、ちょっとしたブームになっています。「光君がね、チョーイケメンでさ・・・」って乗りですけど、単なる恋愛小説になってしまってます。何でもかんでも女の子に受けようと言う商業主義的な作家さんの姿勢は些か鼻につきますが、ブームには乗ったほうが面白いから、私も源氏物語を読んでいます。携帯でも漫画でもありませんけどね。
以前読んだときよりも、花の香りや色づかいにも魅力を感じるようになってきました。特に紫系統の色使いです。桐壷、藤壺、紫の上などの大切な人々は紫に縁があります。ある染色家は、光源氏の象徴が黄色で「黄と紫はお互いに映え合う絶妙の補色関係である」と評し、物語と色彩のトリックを教えています。そして「人物の性格や運命と深くかかわり、物語全体の骨子としての造形的な力を一つの色彩にあたえるということは世界にも稀有なことではないか」と続きます。なあるほど・・。
俵万智さんの「愛する源氏物語」は、源氏物語の和歌を俵万智風に書き改めることによって、紫式部の和歌を解説しています。源氏物語は和歌が命と言われるのは、色恋の意思表示は和歌にあるからですが、紫式部は、当然ですが登場人物に合わせて和歌の出来栄えを加減します。光源氏が本気で詠む歌、花散里が切ない気持ちで詠む歌等など本当に多種多様に使い分けて詠んでいます。歌人としての紫式部がいたわけです。
1000年に一度の源氏物語、その味わいやトリックを楽しめる翻訳や評論もたくさんあります。単なる心理小説、恋愛小説なら、源氏物語でなくてもいいでしょうからね。
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