Coffee Break
Coffee Break NO.181/2008年7月28日Mon.
     

                     花火大会

    どどどどーん。ぱちぱちぱちぱち。花火大会でした。林立するマンションの隙間から洩れる花火の明かりやビルの屋上から顔を出す花火の穂を、我が家の窓からも辛うじて見ることができました。これも風情。
    夕方から見物客が繰り出してきました。浴衣姿の人たちがたくさん。ストレートの茶髪にプリント柄の浴衣、おまけにサンダル履きにネールアートという女性にも随分慣れてきましたが、黒髪を束ねて下駄をカランコロンと鳴らして歩いている人を見ると、やはりほっとするものです。
    「袖、帯、お端折り」なんて、ジーンズにTシャツという機能的な服装からみると、まったくもって無用の長物かも知れません。でも、文化って不思議ですね。「袖」ひとつとっても、昔の人は「袖の露」「袖のしがらみ」「袖の別れ」とか言って、無用であるはずの「袖」を男女の情を交わすところにしてしまいました。袖を大切にした所作や仕草もたくさんあって、一見無用と思えるところに情を漂わせていたのですね。今やそのようなメンタルなファッション性は薄れてきましたけど。
    子どもの浴衣は可愛いものです。「袖」のことなど露知らず、それでも下駄を履くと歩き方が楚々となるし、裾も気にするし、袖を振ってみたりするわけで、浴衣の無用の部分を自然に楽しんでいるようです。お祭りや花火大会、TPOにあわせて衣装を楽しむ気持ち、文化とまではいきませんが、親から子、子から孫へと受け継がれる何か素敵なものがあります。これもまた一興です。



Coffee Break NO.180/2008年7月21日Mon.
     

                絵本が身近になる夏

   海に行きますと沢山の家族連れで賑わっていました。電車の中もあちこちにお出かけする子連れ客で一杯です。いよいよ夏休み、一人ひとりの子どもにそれぞれの思い出が生まれることでしょう。
   ある夏、偶然にも魚の図鑑が大好きになった2歳の男の子がいました。家族で水族館に行きました。その帰り、水族館の売店でお魚の図鑑を買いました。「この魚いたいた」って大喜び。その図鑑の説明をお母さんに読んでもらって大喜びでした。一緒に買った水族館が発行している「おさかなカード」もいつの間にか何枚も覚えてしまったとか。
   もう一つお魚図鑑の話題を。2歳と4歳の姉妹は家族旅行で沖縄の島に行ったそうです。その思い出に、海の写真やお魚の絵や写真を切り貼りして、手作りの絵本を作りました。その時に見ていたお魚の絵や写真が気に入って、図書館で借りた魚の図鑑を食い入るように見ていました。
    「はじめてのキャンプ」が大好きな3歳の女の子。キャンプに行くと絵本の主人公になった気分で、まきを拾い集めていました。帰ってからもこの絵本が思い出の一冊になったそうです。
    絵本で見たことを後で体験したり、実際に体験したことを絵本で見て「はっ」としたり。親子で感動を増幅し合い、楽しさを共有する。海に山、自然との触れ合い、田舎の親戚、おじいちゃんおばあちゃんとの絆。乗り物に乗って小旅行。夏は経験の銀行に感動の貯金が増えるとき。まさに実体験と絵本のコラボレーションに最適な季節です。多くの親御さんにこのことをお伝えしたいと思います。 


Coffee Break NO.179/2008年7月14日Mon.
     

                         発想を変えて

    「雲丹のパスタ」と言えば、皆さんはどんなレシピをお考えになりますか?昨日、我が家のホームパーティのお題の一つが「雲丹」でした。イメージの中で試行錯誤をし、過去の味の経験を敷衍(ふえん)させてみたりして、まずは頭のなかでレシピを構成するわけです。そのときの想像と創造が楽しいわけですね。
    普通は「雲丹パスタ」というと、雲丹とクリームとあわせるというレシピが多いようです。あえて言えば雲丹とクリームのコッテリ比べです。薬味として加える大葉や刻み海苔が爽やかなアクセントとなります。確かに美味しいのですが、雲丹好きには物足りないって感じもあります。

    そこで今回の私のチャレンジは濃厚比べという発想から抜けることにし、妙味必淡を意識してシンプルを求めました。できたのは「冷製パスタ焙り雲丹のせ」です。レシピを紹介しますね。パスタを茹で、オリーブオイルをかけて冷まします。そこにカラスミを卸して絡めます。色附けに刻みパプリカを混ぜます。その上から刻み大葉をまぶし、雲丹を乗せます。最後に雲丹をバーナーで焙って表面にコゲがついたら出来上がり。雲丹の表面はコゲてカリカリで、その中がトロリ。
    単純な料理ですが、ここの1週間くらいは味覚の試行錯誤を繰り返していました。想像とチャレンジ。頭の体操にはとってもいいのですね。お年寄りから料理を奪わないでと川島隆太先生も仰ってましたので、これからも時にはやってみたいと思います。お粗末さまでした。
 
  

   
Coffee Break NO.178/2008年7月7日Mon.
     

                      七夕                 
   

   今日は七夕。でも雨模様。牽牛星と織女星の、年に1度の逢瀬も今日は雲の上です。子供の頃、近所のお寺で祝いをしたものでした。短冊に書いた願い事を紙縒り(こより)で笹に結びました。神様仏様頼み、大好きでした。今もタナボタなんて好きなことばです。
   “たなばた”を「七夕」と書くということを初めて知ったときは結構なカルチャーショックを受けたものでした。お寺のおばさんは七夕のことを「しちせき」とも呼んでいましたので、二通りの言い方があるのかと子供心に不思議な気もしていました。七夕は五節句の一つですから、もともとは「しひせき」と言ってたわけで、「たなばた」というのは、織姫のことを「棚機(たなばた)の女」と呼んだことに由来するらしいです。
   以前訪問した栃木県足利市には織姫神社というのがあって、町をあげて織姫を売り出しています。というより、昔から織物を売り出していたわけです。星辰伝説と織物とが結びついて織姫を祀った神社ができたのです。足利市は今では織物をする人は少なくなりましたが、それでも織姫がいっぱいです。おりひめ歌の会、子育ておりひめサークルなど等というように。
   それにしてもせっかくの七夕、年に一度くらい心の短冊に願い事をしっかり書いてみましょうか。七夕の今宵、星に願いを。
 
  

   
Coffee Break NO.177/2008年6月23日Mon.
     

                       棚ボタゴール
                  
   攻めに攻めているのに1点が入らない。昨日のサッカーです。ワールドカップ3次予選、日本対バーレーン戦。たびたび訪れる絶好のチャンスをことごとく潰してしまうもどかしさに追われて、秒針が急ぎ足で時を刻んでいました。得点の壁は厚く、何をやっても跳ね返されてしまいます。それが、残り120秒のとき、ゴール前に出した日本選手のヘディングパスが相手キーパーの前で大きくバウンドしました。すると敵のキーパーの頭の上をふわふわっと越えてゴールイン。執念と言うか、1点に対する選手たちのオーラがボールを宙に舞い上がらせたようなゴールでした。相手にしてみたら、バーレーンのキーパー、シュートを打たれてもギリギリで守りきっていたのに、最後の最後になって、他愛ないパスにしてやられたのですから、きっと悔しかったことでしょう。1点の重み、1試合90分の結果ではなくて、未来の歴史をしょった得点です。
   「この紙はどこにでもある何でもない紙であるが、この紙は世界にたった一枚しかない紙である。それが分からないと経済はいのちを失う」。故松下幸之助の有名な言葉です。モノを使う人は一枚の紙の効用を知って、一枚の紙をいかに有効に活用するかの知恵を出す。そこに命が生まれる。八百万の神というわけではありませんが、一つ一つのモノは故あってこの世に生をうけたのだから、一枚の紙も我がいのち程の大切さをもって扱いましょうとでも言っているのでしょう。
    1点、一枚の紙、小さな一つ、そのなかの大きな意味を知るところに物事の深さ、楽しさ、価値が潜んでいるのでしょう。
                 
    

   
Coffee Break NO.176/2008年6月9日Mon.
     

   近所のスーパーの果物コーナーでは、1〜2年前から商品に詳しい紹介を書くようになりました。氏素性や出所、栄養や効能、名前の由来や国籍など、色々楽しませてくれます。紹介の名文に惹かれてついつい果物に手が伸びてしまいます。先日はグレープフルーツのことが詳しく紹介してありました。カリフォルニアでは今が旬だとか。栄養と効能では「風邪や美肌に、がん予防に、疲労回復に」等などと良いこと尽くめ。また「○○の薬を服用している人は効果の出すぎに注意」や「防腐剤の説明」の但し書きまでありました。
  
   以前から私が悩んでいたホワイトとルビーの違いも解決しました。ルビーの方がやや甘めだとは感じていましたが、「赤味は粘膜の強化に効用があるカロチンの一種のリコピンが含まれるため」ということがわかったので、すっきりした気分になりました。
   ここまでやられたら・・・最近ではグレープフルーツを毎日のように食べています。健康志向というより旬で安いからという理由ですけどね。そのまま頂くことが多いのですが、果肉をサラダに混ぜる程度のことはやります。同じ町内の田舎フレンチのシェフに教わった、「アボガドにホタテや蟹などのほぐし身を加えてパテをつくり、それにグレープフルーツの果肉を混ぜるサラダ」もやってみました。フランスパンやクラコットに乗っけて食べるのですが、簡単にできて美味しいです。
   グレープフルーツのコーナーには、実がなっている写真もありました。「ぶどうのように数個が生っているのでグレープフルーツと呼ばれるのです」と。知りたいことを伝える、素敵なサービスなのかもしれません。
 

   
Coffee Break NO.175/2008年6月2日Mon.
     

                      初夏の味
                 
   6月に入りました。雨が多いのに水無月とは、こはいかに。語源辞典で調べてみると、梅雨が明けて水がなくなる月であるという説、田植が終わって田んぼに水を張ることから「水張月(みづはりづき)」「水月(みなづき)」であるとする説、水無月の「無」は「の」という意味の連体助詞であり「水の月」であるとする説等々があるようです。これに決まりというのがないというのも不思議です。有力な説が複数あるのも一興ですし、だれが最初に言ったのか分からないところが言葉発生の面白みかもしれません。
   先日、鱧(はも)の梅肉和えをいただきました。氷の上に鱧を乗せて、如何にも「初夏です」、旬のものは気持ちの満足感が隠し味ですといわんばかりに振舞われたのでした。その過剰な演出にすっかり乗せられて、とっても美味しく頂いたのも事実です。小いわし、雲丹なども漁が解禁になり安くて鮮度の良い物が出回ります。早く安くならないかなって心待ちにしています。雲丹は、ぼっかけ丼にして、パスタのソースにして、焼き雲丹にしてと、思いは遥か駆け巡っています。旬の食材を意識すると、食事がなんと楽しいことか。季節に彩を加えてくれるだけでなく、食欲をも高めてくれるというわけです。
   絵画のように季節を感じ、詩のように日々を綴り、音楽のように年を重ねながら、私たちは先へと進んでいきます。日常の小さな愉しみをたくさん見つけて、先生方や、周りの人々や、子どもたちと分かち合いたらと願っています。時に食いしん坊のお話も書きますが、そのときはどうぞご笑味ください。