Coffee Break NO.191/2008年10月20日Mon.
十三夜のつづき
先週は十三夜のお話でした。お月様の話をすると決まって思い出すことがあります。徒然草と絵本「おつきさまこんばんは」です。今日は、徒然草と参りましょう。
「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは」という(徒然草第百三十七段)一節です。花は満開、月は一点の翳りもない真ん丸だけが素晴らしいなんていうのは、性急で、あはれに欠けるのではありませんかということです。「うんうん」と頷いてしまいますが、でも兼行法師に言われなくても、それは日頃から感じていることなのですけど。花は咲き始めが良いとか散り際も綺麗だとか。月は十三夜に雲が薄くかかったほうが好きだとか。完璧でないところに美を感じるというのは、AllJapanの伝統ですからね。
では、なぜ兼好法師はそんな当たり前のことを言ったのか。こう続きます。「万の事も、始め・終りこそをかしけれ。男女の情も、ひとへに逢ひ見るをば言ふものかは」と。そうそう、恋のアフェアの話ですよ。そしてこの段の最後になると人生の終焉の話となります。花でも月でもなく、人生の話です。
個人的には、花とお月様との話として「花は盛り・・・」の節が気に入っていましたが、最近はその後の続きが面白いと思うようになりました。星霜を重ねるとものの見方が変わるのでしょうね。
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Coffee Break NO.190/2008年10月13日Mon.
十三夜
先週の土曜は十三夜でした。昔の暦(こよみ)が、十五夜や十三夜というように、「今夜はお月見ですよ」と教えてくれます。十五夜にサトイモ、十三夜には栗や豆を神棚などにお供えしたとか。お月様に向って祝詞を捧げたのでしょう。秋の収穫の報告をしたり、翌年の実りの吉凶を占ったりしたのでしょう。月の満ち欠けによって時を読み、自然の摂理と命の循環を捉えたわけです。草木も動物も、人も、自然の神々に生かされているという生活観が、お月見の背景には見え隠れします。
昨日たまたま読んでいた本にこんなことが書いてありました。「古代の人々は強い木霊の宿る草木を薬草として用い、その薬草で染めた衣服をまとって、悪霊から身を守った」と。薬草で染めたところから草木染が生まれたのでしょうか。木の皮や枝、植物の根っこなどの元々色が付いていないものを煮出して焙染したら、青や茜色や紫紺が出てきたというわけです。古代の人は色が命を得たと思ったことでしょう。
ビル街で見るお月見、遠い古代に思いをはせて、また感慨一入でした。
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Coffee Break NO.189/2008年10月6日Mon.
笙(しょう)の音色
「光り降る音」(かんのゆう子・文、東儀秀樹・絵)という絵本を読みました。・・・遠い昔、この世に楽器がなかったころ、聴こえない音を聴く白うさぎがいました。満月の夜には、鳳凰は羽ばたき、「光の音」を奏でます。うさぎはうっとり。でも、うさぎと同じ森に住む動物たちにはその音が聞こえません。うさぎの話を信じません。ある夜、空から一羽の鳳凰が舞い降り、羽をたたみ、自ら楽器になりました。うさぎはそれを手にとって、森に美しい光の音を響かせます。その楽器が笙となりました。・・・雅楽器の笙にまつわる言い伝え。かんのゆう子さんが文を、雅楽師・東儀秀樹さんが絵を添えました。昔の人はこの笙の音色を「天から差しこむ光」と感じ、笙の形からは、鳳凰が羽を畳んで休んでいる姿を想像したそうです。だから、笙は「鳳笙」とも言われるそうです。
東儀秀樹さんのアルバム“PICTURES”にある「光り降る音」のイメージ曲を聴きながらこの絵本を読むと、聴こえないものが聴こえてきそうな、見えないものが見えてきそうな、不思議に澄んだ気持ちになります。♪
餅つきする白うさぎ、ぺったん、ぺったん、ぴょんこ、ぴょん♪
来週の十三夜の月、晴れて見えると良いですね。
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Coffee Break NO.188/2008年9月29日Mon.
読み聞かせの楽しみ
“子育てサークル”に参加された保護者のご感想としてお聞きすることが多いのは、読み聞かせが楽しくなったということです。8月からご参加の1歳1ヶ月のお子さんは、9月のサークルでは、会場にある文庫の本棚から絵本をどんどん引っ張り出して遊んでいました。何冊が読み聞かせしたところ、「くだもの」を食い入るように観ていました。
お母さんのお話ですと、この一月は「一日に(のべ)10冊も20冊も読み聞かせするようになりました。何回も同じ絵本を読まされ、決まったように同じ場面でとまります。3日間くらい同じ絵本のブームが続いて、次のブームに移るようです」ということでした。この一ヶ月で読み聞かせが生活にすっかり溶け込んできたご様子です。
また、「おもちゃより絵本を手にすることが増えた」ともおっしゃっています。「言葉を話そうとしたり、指差して何か言ったり、随分変わってきました。最初は義務感で読み聞かせしていましたが、今は親も楽しくて仕方がありません」と、この一ヶ月の様々な変化を嬉しそうにお話されました。
読み聞かせを楽しんで、「お話を聴くのが好き」「絵本が好き」というように育ったお子さんは、何より語彙が豊かになります。幼児期の楽しいひと時に絵本が介在することで、語彙が5000語、1万語、2万語と増えていくことは想像に難くありません。この時期に語彙の数が増えるということには大きな意味があります。言葉はそれぞれの言葉が使われるシーンと結びつきます。一語一語は意味が単独で存在するのではなくて、言葉同士も複雑なネットワークを結びます。読み聞かせを楽しむことによって、イメージする力や想像力、豊かな感受性や言葉の用法の獲得、思考を発展させる力、そんな色々な力が育つのですから、こんなに良いことはありません。
上の例のお母さんのように、最初は義務でも何でも、とにかく読み聞かせを始めてみることです。そのうちに、自然体で読み聞かせをしている自分に気づくことになるでしょう。そんな不思議な力が読み聞かせにはあります。
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Coffee Break NO.187/2008年9月22日Mon.
むごい教育
先週は「稲の中干し」のお話をご紹介しました。適当な時期に負荷をかけると根っこがしっかり育つということでした。今日は、逆に甘やかすことこそ「むごい教育」であるという先人の話をご紹介しましょう。
今川義元が、竹千代(家康)を駿府の今川家に人質として迎え入れたとき、世話役の武将に「むごい教育をせよ」と注意を与えました。義元は「竹千代の身辺に、常に山海の珍味と、数名の美少女を用意しておくこと」、何不自由なくさせることが「むごい教育だ」と語ったといいます。遊び怠けさせ、我慢をさせず、武将としての気質を幼少のころから抜き取り、将来の禍根を絶つ巧妙な義元の策謀であったのです。
中教審答申で「昨今は叱らない親が増えている」ということが指摘されて久しくなります。不況とは言え、日本全国中流意識が蔓延し、物質的にも精神的にも贅沢なものは周りに満ちています。豊かさは貴重ですが、その美名に幻惑されて、見落としがちなものもありそうです。当たり前のことを当たり前にやること、我慢すること、基礎基本をコツコツと徹底すること、単調に見える作業を繰り返すこと。それらの貴さを感じること。
義元が「むごい教育」を実践したかどうかは定かではありませんが、竹千代が粘り強い人間に成長したことはご存知の通りです。不遇の身の上を乗り越えるという思いで成長しました。子どもは自らの成長を実感することによって更に自ら成長しようとします。粘り強くなった、自分で考えるようになったという成長を自ら感じることで本人は更に伸びようと意欲をもちます。甘やかしは甘やかしの連鎖を生みますが、自律は自律の好循環を生みます。その価値を実感するからです。徒に厳しくするというのではありませんが、「むごい教育」に陥ってしまわぬようにしたいものです。
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Coffee Break NO.186/2008年9月16日Mon.
稲の中干し
昨日は巨峰をいただきました。実りの秋の気配を感じるこの頃です。タイミングを外さないように、今日は足利の知人からお聞きした「稲の中干し」のお話をご紹介します。
5年生の教科書にも出ていますが、田植えの後、6月からお盆前頃の間に、一旦田んぼの水を抜くことを「中干し」と言うそうです。こうして土のなかの余分なガスが抜いて新鮮な空気を入れ、根の成長を促進します。また、窒素の過剰吸収を抑えカリウムの吸収を良くして根を固くします。稲にしばらく水を与えないので根が土中深く伸びて、横倒れしなくなるとも言われます。わざと水を与えないで負荷をかけて茎を太く育て、豊かな稲穂をしっかり支えられる根を育てるということです。水を十分に与えたままですと、根っこがふわふわしたままで、大きな実を支えられなくなってしまうだけでなく、秋に来る台風や自然の試練に耐えられなくなってしまうこともあります。
子育てでも同じことが言えます。いつも人に手取り足取り教えられているお子さんは自分で考える必要が少ないので、依頼心の根が育ち、自立の根を伸ばしにくくなります。だから、子育てにもそれぞれの「中干し」をします。可愛い子には旅をさせよの類です。指示やおせっかいは必要最小限にして、しっかり自分で考える、小さな困難に対面してもしっかり踏ん張って考えるきる力を育みます。そのとき親は?そうじっと待って見守るのですね。なかなかそれが難しい。小さなチャレンジ、促してみてはいかがでしょうか。
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Coffee Break NO.185/2008年9月8日Mon.
サッカーの話題
路肩にコスモスが咲いていました。夏の日差しの中で、秋の訪れを感じた一瞬でした。これから七草をはじめ秋の花に出会うのが楽しみです。
ところで先週は日本代表対バーレーンのサッカーの試合をテレビ応援しました。ほぼ日本のペースでゲームは展開していきました。前半に見事なフリーキックで先制点を入れ、その後相手の大きなミスでペナルティキックを得て、2対0でハーフタイムを迎えました。そして後半も順調な展開。メンバー交代した選手がミドルシュートを決めて3対0となりました。その上、相手のエラーで2枚目のイエローカードを出した選手が退場となり、11名対10名と選手も一人多い状態となりました。ここまできたら、楽勝楽勝♪というムードです。後は終るまで落ち着いてやっていたらいいのです。バーレーンの選手も気持ちが萎えてきているようですし。
ところが終了5分前。相手のロングパスがするするするっと日本選手の間をすり抜けて、ペナルティエリアの相手選手のまん前に絶好のボールが入り、シュート!簡単に1点取られました。ま、仕方ないかと誰もが思っていた矢先、相手が日本のゴール前に出したふわふわパスを日本の選手がヘディングでキーパーに戻したボールが、ふわりとキーパーの頭を越えてゴールイン。なんとオウンゴール。3対2です。それからは日本の選手は頭が完全に真っ白で、動揺してドタバタするばかり。やっと凌いで試合終了。3対2で何とか嬉しい勝利。
それにしても最後の最後まで分からないものです。魔が差したというか、油断したわけです。百里の道も九十九里を以って半ばとす。サッカーだけでなく、私たちにも言いえて妙です。特に私自身の詰め甘さをも連想したゲームでした。
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Coffee Break NO.184/2008年9月1日Mon.
読み聞かせ会
たまには読み聞かせ会の様子でも。先週は2箇所で行いました。0歳の幼児さんから6年生まで一緒です。2箇所、それぞれ10冊以上読みました。「やさいのおなか」「ぼくだんごむし」「へんしんトンネル」「だめよ、デイビッド」「さかさのこもりくん」「タンタンのハンカチ」など、お笑いの絵本、クイズ絵本、ことば遊びの絵本、科学読み物、友情や愛情の絵本・・・色んなジャンルの絵本です。0歳児の乳児さんもじっと見つめていました。最後に生徒さんに「今日のお気に入りの1冊」を挙手してもらったところ、「わんわんわん 捨て犬たちの物語」が一位、「タンタンのハンカチ」が二位。この2冊に集中して票が集まりました。「わんわんわん」は絵が少ないお話ですが、心に響くものがあります。「タンタンのハンカチ」はどちらかと言うと幼児さんが喜びそうな赤いハンカチの話です。同時に大人にも、赤の色の展開の素敵さは魅力的に感じられる絵本です。笑ったり、喜んだり、しんみりしたり、ふーーんとうなったり、がんばれ!と心の中で応援したり、同情したり。読み聞かせで子どもたちの表情の変化を満喫しました。
ついでに前回の子育てサークルの話も。つたえ歩きを始めたばかりという0歳11ヶ月の幼児さんは、どんどん自分で絵本のページをめくっていました。ページをめくるのを楽しんでいるのでした。一番のお気に入りは「おつきさまこんばんは」です。「いないいないばあ」も好きなようです。顔の絵本は乳児さんには入りやすいですね。生まれてからずーーと、みんなから「可愛いね、ばあ」って顔を見つめられてきたわけですからね。そして、お互いに眼と眼を見つめあうわけですから。一般的に乳児さんが顔の絵本を好む理由はこのあたりにありそうです。読み聞かせ、知れば知るほど面白いものです。
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Coffee Break NO.183/2008年8月26日Mon.
北京五輪式典
北京五輪も閉幕しました。TVをつけると必ず何らかの試合をやっているので、毎日が応援団気分になって、何とも楽しい夏を過ごしました。ところで開会式、閉会式はご覧になりましたか。式典の監督は張藝謀(チャン・イーモウ)映画監督。私はとっても懐かしい思いがしました。10年ほど前に、香港電影(映画)に魅せられて、アジア映画のレンタルショップに通い詰め、3ヶ月で100本ほどの香港映画を見たことがありました。梁朝偉(トニーレオン)や張曼玉(マギーチャン)張國栄(レスリーチャン)という素敵な俳優の大ファンになりました。そのとき、大陸(中国本土)の映画もちょっと覗いてみたのですが、こちらは香港映画と違ったストイックな面白さがありました。そのとき観たのが張藝謀(チャン・イーモウ)監督の赤いコーリャン、菊豆、上海ルージュなどでした。若い鞏俐(コン・リー)という役者さんが素朴な演技をしていたのが印象的でした。
5年前の夏、その張藝謀(チャン・イーモウ)監督の「英雄(HERO)」という映画が上映されました。それまでの監督の作品とは趣を変え、香港映画と大陸の融合でした。ワイアーアクションの躍動、画面いっぱいに広がる風景の圧倒的な存在感、シーンごとに象徴的に使い分けされた色彩の巧みさ、和太鼓とオーケストラの調和、胡弓の優艶な美しさがありました。エンディング曲を、大好きなフェイ・ウォンが透き通るような声で歌っていたのも良かった。・・・・北京五輪の式典のアトラクションと映画「HERO」は雰囲気がそっくりでした。それにしても見方を変えると、五輪式典はただただ壮大なだけの中国、しつこい程の曲芸、大陸と香港文化の融合というか混沌の可笑しさ面白さがありました。馬鹿馬鹿しさも文化にしてしまう、中国娯楽恐るべしです。
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Coffee Break NO.182/2008年8月11日Mon.
夾竹桃
南船橋駅に続く通り沿いに、インド生まれの夾竹桃(きょうちくとう)が白やピンクの花を咲かせています。夏の花ですので暑さを連想するのは当然ですが、夾竹桃には「不死鳥」や「再生」という連想も働きます。・・・再生、広島の廃墟からの。目も眩む閃光に、命の陰が地面に貼りついたあの出来事、広島の原爆です。一瞬にしてあらゆる生命を溶かしてしまって、もう広島には草花は永遠に生えないだろうとさえ言われました。ところが不死鳥のように蘇った花がありました。それが夾竹桃だったとか。この生命力の強さに因んで、夾竹桃は広島市の市の花に指定されているそうです。・・・夾竹桃の花の一つひとつが原爆で亡くなった人々からの平和のメッセージかもしれません。
先週の原爆の日、広島と長崎は平和の祈りに包まれました。子供達には何が何でも平和の貴さを伝えたい、そう思う一日でした。この木には毒があります。それは原爆の痛みを表しているのかもしれません。外を歩いていて夾竹桃を見るとついそんなことを思います。そして、暑さでぐったりしていてもさあ頑張ろうって思います。 |