Coffee Break NO.204/2009年3月30日
ニッポン!ちゃちゃちゃ!
先週はサッカー日本代表がバーレーン代表に勝利しました。その前の週にはWBCで野球の日本代表が世界一になりました。「ニッポン、ニッポン!」の声援が高鳴った週となりました。ところで、私たちは「Nippon」と応援するのに、「日本」の英語名は何故か「Japan」。なぜNipponがJapanになったのだろう?と不思議に思いませんか。なぜ、マルコ・ポーロはジパングと紹介したのでしょうね。
「日本」の異音である「じつぽん」が転訛(てんか)したという人もいるし、「日本」の中国語読み「Ribenguoリーベングオ」が訛(なま)ったという説もあります。どちらも尤(もっと)もらしいですね。中国語読みは確かに「ジーペン」と聞こえなくもないです。いずれにしても、日本が「Japan」であるわけは発音のせいだということになります。
さてさてここでクイズ、日本の国際的な標記は「Japan」か「Nippon」、どちらでしょう。ご自身のパスポートでご確認してくださいね。お子さんとごいっしょにね。
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Coffee Break NO.203/2009年3月16日
またまた数学の話
先週は素数と数感覚のお話をしました。今週は数唱のお話を。
読み聞かせのサークルで読み聞かせが大好きになった2歳半のお子さん、もういくつかの絵本を自分でも読むようになっていました。そんなとき出会ったのが「1から100までのかずの絵本」という本です。可愛いイラストが書いてあってそれを数えるだけの絵本です。最初の見開きページは1、2、3、次の見開きページは4、5、6、7、その次は8、そのまた次は9、10。「1、コアラが1ぴき」「2、コアラが2ひき、さあヨットであそぼう」「3、おーい、ぼくものせて。コアラが3びきになりました」・・・というようにお話がついています。チョウやカエルやおさかな、おはな、ふうせん等など色んなものが登場してきて、20以降は見開きページごとに1〜20、1〜30、1〜40・・・・・と10ずつ増えていき、最後の見開きページで1〜100となります。100のページでも100の絵を指で押さえて1、2、・・・・98、99、100と数えたそうです。
その2歳半のお子さん、最初は1〜2ページを喜んでいたのですが、徐々に読み聞かせをせがむページも進んでいって、とうとう最初のページから100のページまで全ページの読み聞かせを求めるようになりました。一冊読み聞かせると30分以上。これが一つのきっかけとなって、お母さんと一緒に身の周りのものを手当たり次第に何でも数えるようになったそうです。カレンダーも時計もお菓子もエレベーターも・・・。
3歳時点で、十進法、十二進法、六十進法、カレンダーの仕組みも分かっているように見えたそうです。その後のお子さんの数学の伸びが著しかったことは言うまでもありません。お母さん曰く「数え聞かせも1万」と。
数の循環、補数(5の補数、10の補数、12の補数、60の補数・・・)の感覚、量に使う数、順番に使う数、名前に使う数、数言語には色々な相があります。これを言語の習得の一環として身に付ける、まさに数唱がその大きな役割を果たしているのでしょう。・・・・・・今週はちょっと勉強風になりました。
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Coffee Break NO.202/2009年3月9日
数学の話
2,3,5,7,11,13,17,19,23,17,19、・・・何の数列でしょう?そう、素数です。「1とその数以外に正の約数がない自然数」。約分をやったお子さんなら分かりやすい定義です。先日、小2の子で分数を以上の計算ができる生徒さんに「100までの素数を見つましょう」とやってもらうと、数感覚が高い生徒さんは、どんどん見つけてくれました。100までは全部で25個あります。更に100以上にも自ら挑戦する生徒さんもいますが、そのような生徒はきっと数学が大好きになって行くことでしょう。たかだか素数ですが、数感覚を測るバロメーターにもなりそうです。
現在知られている最大の素数は(2の43112609乗)- 1 であり、桁数は1297万8189桁です。「素数は無限にある」ということは証明済みですので、まだまだ先があるってことです。名だたる数学者たちが今もって、素数の法則を発見?しようとチャレンジし続けているそうですよ。その副産物として、他の著名な数学理論も生まれたとか。
「子どもは、数字で言うと、素数にあたり、大人は全て素数からできた因子だ」と「博士の愛した数式」では旨いことを言ってました。数一つ一つが個性を持っています。偶数、奇数、素数、約数を沢山もっているもの、ある数の2乗、3乗になっているもの等々。数同士の関係もあります。友愛数、双子の素数、お互いに素・・・これも様々です。数感覚が良くて数学が伸びる生徒さんの特長は、数の個性に気づくのが上手なのでしょう。そして、言葉の感覚も優れている場合が多いようです。数も言語だからでしょうね。子どもたちには数の個性を楽しみながら数感覚を磨いて欲しいと思います。
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Coffee Break NO.201/2009年3月3日
ひな祭り
浅草橋は我が住まいの隣町で、楽しい問屋街です。何故かというと、人形、手ぬぐい、袢纏(はんてん)、籐のかご、おもちゃ、花火などの下町っぽい商品の問屋がズラリと並ぶからです。中には、クリスマスのお店なんて不思議な名前で四季折々のデコレーションを卸している問屋もあります。面白いでしょう。
この時期、何と言っても人形のお店が賑わっています。桃の節句ですからね。そこで先週ご紹介した「なぜなぜカレンダー」よりクイズ。問:「ひな祭りは何のために行なわれるの?」答:「女の子の健康と成長を祝うためだよ。ひな人形をかざって、モモの花や白酒を供え、お祝いするんだ」。ひな祭りはもともと五節句(1月7日、3月3日、5月5日、7月7日、9月9日)の一つ。雛人形の起源は、身のけがれや災いを人形に移して川に流して厄払いする流し雛の儀式に遡るそうです。だから雛人形をいつまでも飾っていると嫁にいけないという言い伝えも生まれたとか。
私も笠岡(岡山県)の流し雛を見たことがありますが、わらで作った船に紙の雛人形を乗せて海に流すのです。小ぢんまりとした儀式でしたが、観光化されていなくて、一層情緒を感じました。
そうそう光源氏も須磨の海岸に仰々しい人形を屋形舟で流していましたね。これでは単なる厄落としでして、風情の欠片(かけら)もありません。源氏の流し人形が「流し雛」といわれるものとは到底思えませんね。さて、今日はどこか近所で流し雛があるでしょうか。風情に出くわすと良いですね。
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Coffee Break NO.200/2009年2月23日
コーヒーブレイクもやっと200号になりました。
花一厘
築30年は経つ古いぼけた我がマンションの入り口に、一輪の水仙が挿してありました。一輪挿し、良いですね。まず見入ってしまいます。清楚で、凛として、暖かく美しい。光の当たり方で見え方も違ってきます。一輪挿しだから一層豊かな個性を放っているようです。 水面に映る自分の美貌に見とれて、そのまま水仙になったというギリシャ神話、ナルシスのお話にも頷けます。そこで水仙の英名はnarsisus、自分の美貌に酔う人をナルシストと言うようになりました。そう思うと一輪挿しに最も似合う花のひとつが水仙だとも言えるでしょう。
ところで「スイセンの花びらは何枚あるの?」。みなさん、お分かりですか?これは「なぜなぜカレンダー」という子供用のカレンダーに出ていたクイズです。その2月17日に書いてありました。答えは、「6枚あるように見えるけど、外側の3枚はガクなんだよ」(後略)と。なるほど。この時期、水仙を見かけることが多くなります。一度、まじまじと観賞してみましょう。
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Coffee Break NO.199/2009年2月16日
春一番
春一番が吹き荒れました。「春一番」とは立春から春分の間に、初めて吹く南寄り(東南東から西南西)の強風の事です。風速8m以上。元々は長崎県壱岐市の漁師の間で使われていた言葉だそうです。天気図は、日本海に進む低気圧、太平洋側に高気圧という配置で、高気圧から低気圧に向って風が吹き込みます。春一番が吹いた後は西高東低の冬型の気圧配置に戻り、寒さがUターンしてくることが多いそうです。立春が過ぎて、暖気と寒気の境目が行きつ戻りつしながら徐々に日本海に移ってきます。冬型の西高東低の気圧配置が崩れかけたことを示します。そう春はもう直ぐそこです。
この春一番の天気図の変化、子ども達も確認すると良いのになあって思います。体感と天気図が一致するのには絶好の機会ですから。
ところで壱岐の話を調べてみると、1859年(安政6)春一番により地元の漁師が大勢遭難し、昭和62年、郷ノ浦港入口の元居公園に、船の帆をイメージした「春一番の塔」が建てられたとのことでした。畏れ多い春風ですね。
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Coffee Break NO.198/2009年1月23日
新年会
新年から師走みたいに、小走りしています。1月は2回目のコーヒーブレイクです。
先日、仲間内で新年会をしました。近所のスーパーに殻付きの牡蠣(かき)が出ていましたので、前菜に頂きました。レモンをギュっとかけて、貝柱をスーと切って、ツルリと食します。オペラ座の街頭で立ち食いをするように。
旬は美味です。・・・食の話はまたの機会に譲ることにしまして、その新年会で「うちの曾爺さんが広瀬淡窓の塾に通っていた」という話が出て盛り上がりました。日田の咸宜園(かんぎえん)と言えば、歴史に残る江戸時代の私塾の一つです。入塾すると農民も武士も身分は平等に扱われます。19段階のカリキュラムがあって、昇級試験に合格した者が次に進むという仕組みで、能力別努力別です。他にも江戸の私塾といえば、大阪の緒方洪庵(こうあん)の適塾(てきじゅく)、萩の吉田松陰の松下村塾、本居宣長の鈴の屋、シーボルトの鳴滝塾が有名ですが、どこも時代を変革した人たちを輩出しています。
江戸時代の子女教育が進んでいたことは有名な話です。藩校、私塾に加えて寺子屋があり、当時の先進列強国に比べて、日本の庶民教育が普及していたことは広く知られるところです。「江戸には貸し本屋があって、日本人はだれかれともなく読書を楽しんでいた」そうですから。もう一度、「日本ではどの家庭でも読み聞かせを楽しんでいて、本好きな子供たちがたくさん育っている」と言われる時代を作りたいものです。
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Coffee Break NO.197/2009年1月5日
新年 明けましておめでとうございます
今年は丑年、牛に引かれて善光寺参り。些細なきっかけを大切にしましょうという年廻りかも知れません。偶然や思いがけない出逢いに、新しい意味を見つけていこうと思います。
新しいことは好奇心をもっていないと見つかりません。好奇心はアンテナですから。日頃から動いていると好奇心も湧いてきます。「好時常にはあらず」で、常にチャンスがあるわけではありません。新しい意味を見つけるチャンスはきっと何かをしているときに見つかるのでしょう。
善光寺に引かれていったお婆さんも、昔話として、きっと誰もが信心を求めるものだということが前提になって作られたものでしょう。2009年、「常にはあらず」のものに出会ったとき、その意味にきっちり気がつくような日々をおくりたいと思います。
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