Coffee Break NO.235/2010年6月29日
江戸時代の移動図書館
黄表紙という江戸時代の大衆本を研究している友人に聞いた話ですが、江戸時代は「貸本屋」が繁盛していたほど庶民が読書に親しんでいたそうです。貸本屋は本を担いでお得意さんを回り、本を貸し出したり、古本を売ったりしました。ロシアから来た宣教師Pニコライは1860年の日本について「貸本屋の件数が多く、店頭の貸し本はボロボロになるまで読まれており、日本人の読書熱はすさまじい」と評していました。読書が大衆文化として根付いていたわけです。
友人が専門に研究した黄表紙とは、ご推察の通り、黄色の表紙の本のことです。江戸時代には、草双紙という簡単な装丁の本が庶民に読まれていました。草双紙は表紙の色によって、赤本、青本、黒本、黄表紙と呼ばれるものが次第に誕生しました。赤本は挿絵にひらがなを添えた絵本、黄表紙は大人向けの挿絵本というように、表紙の色に合わせてジャンルも変遷したようです。他にも浮世絵、川柳、風刺絵などが隆盛を極め、出版文化が花開きました。
江戸の貸本屋、一通りお得意さんを回ったら、行商人に古本を売ったり、貸本屋自身が行商に出たりして、村々を歩き回りました。こうして田舎にも、温泉宿にも、日本の津々浦々に本が届いていたということです。移動図書館システムや、古本の売買システムが出来てあがっていたということです。スゴイ、スゴイ。
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Coffee Break NO.234/2010年6月20日
数詞で出番が多いのは・・・
公文出版が所蔵している「寺子屋」を描いた浮世絵の講座を聴講しました。講師の先生から、当時は寺子屋に入ると師弟の盃(さかずき)が交わされたというお話がありました。師弟は三々九度で三世の契りを結んだのでしょうね。
これが、CoffeeBreak NO.233(前回)の答です。“数字の中で最もよく使われるもの”は、「3」です。日本の三々九度ならず、遠くバリのブサキ寺院のミサを見た人が「額に聖杯を3回つけていた」って話していましたし、お茶は「三口半」ですし、「3」回繰り返す儀式は結構多いようです。
名数辞典を引いてみると、数字を使った言葉は結構たくさんあります。「一期一会」「七転び八起き」、私の生活のような「七転八倒」。「四天王」「四大大会」「五線譜」「六地蔵」「五臓六腑」「春の(秋の)七草」「世界の七不思議」、八、九、十〜と出てくる出てくる。大きな数では「百人一首」、「日本百名山」もあります。
でも、やはり「3」はダントツで、他の数をはるかに凌駕しています。「三位一体」があれば、「仏教の三界(欲界・色界・無色界)」もあります。「世界三大文明」「日本三景(松島、宮島、天橋立)」「孟母三遷」「仏の顔も三度まで」。自然界だって負けません、「色の三原色」「光の三原色」です。あ、それから最後の最後まで「3」は付きまといます。いずれは渡るのは「三途の川」ですから。
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Coffee Break NO.233/2010年5月24日
一片(ひとひら)の懐かしさ
週末に「みんなで日本でgo」という日本の言葉をテーマにした薀蓄(うんちく)番組がありますが、ご覧になっていらっしゃいますか。まあ、面白いです。先週のメインテーマは「人」という漢字のなりたちを甲骨文字から解き明かすというものでした。先々週は「オノマトペ」(擬態語擬声語)です。電磁レンジで「チンする」「シトシトピッチャン♪」というような表現が日本語にはたくさんある、つまり日本はオノマトペ大国というお話でした。
いつか数詞もテーマにしてほしいと思っています。そう申しますのも、数言葉にもその生い立ちや文化がありそうだからです。例えばものの数え方、お箸は一膳二膳、扇子は閉じて一本二本、開いて一面二面ですね。ウサギは一羽二羽、イカ、タコは一杯二杯でした。箪笥は一棹二棹というそうで、これは死語になりつつあります。染色家の志村ふくみさんの本に、「蚕はなぜか一頭二頭という」ということが、その由来となる蚕の物語とともに紹介してありました。ものの生い立ちがしのばれる数え方というものでしょう。
数え方だけでなくて、「七転び八起き」「三々九度」のような数そのものを使った言葉を集めた名数辞典なるものがあるほどです。因みに、一、二、三・・・などの数を使った言葉で最も多く使われている数はいくでしょう。答えは、・・・・またの機会に譲ることにしましょう。
「一葉のご挨拶」と以前旧友から転居のハガキをもらったことがあります。文面には「一片(ひとひら)」に懐かしさを添えてというようなことが書いてありました。久々にしなやかな日本語に出会って、爽やかな気持ちになりました。
“a piece of paper”に風情が透かし彫りしてあるような文面、こんな書き言葉を大切にしたいと思います。
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Coffee Break NO.232/2010年5月10日
紅茶の言葉♪
コーヒー党の私も、5月のこの時期だけは紅茶も愉しみます。ダージリンのファーストフラッシュ(春摘み一番茶)が入荷するからです。昨日はラッキーなことに、近所の紅茶屋さんで「タルボ・・・、今朝届きました」と毎年愛飲している銘柄に1年ぶりに再会することができました。一口にダージリンと言っても数十種類も銘柄があり、それぞれに異なる香りや奥行きがあるそうで、銘柄のチャート図ができているほどです。毎年2〜3種類を試しているのですが、味覚音痴な私には、それらの微妙な違いまではわかりません。だから、ただただ銘柄に記された能書きに雰囲気を求め、言葉に踊らされてミーハーしているってわけです。 銘柄ごとに、「軽く若々しい渋み」「高貴で仄かな香りとマスカットの余韻」「抜けるような爽やかさ」などと表現されていますので、その言葉をついつい味見したくなってしまうわけですね。さて、昨日再会したダージリン、邪道かもしれませんが、1〜2粒の黒胡椒を挽いて茶葉と一緒に入れて抽出します。すると・・・香りも味もすっきりするような気がします。好奇心旺盛な方のみお試しあれ。
因みに私の好奇心をくすぐり続けているタルボ、「柑橘にも似た豊潤で、甘く官能的な香りが体中をめぐります」と表現されていました。
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Coffee Break NO.231/2010年4月2日
以前の焼き直しですが、桜に免じて。
桜が強風にじっと耐えています。先週来の寒波で開花を待ってくれて、結果的には4月に入っての満開となりそうです。明日が楽しみです。お花見には行かれますか?
桜の「さ」は古来神様を表す音だとかいうことを大野晋さんが書いていたのを思い出します。「さくら」は「さ」の「くら」で「神」の「蔵」、そう神様の宿る樹だというのですね。日本人に特別な感慨を引き起こすのもこんな謂れがあったからなのだそうです。なるほど。榊は神にお供えする樹ということも頷けます。
そして皆さんが大好きな「あれ」にも「さ」が付きますね。お「酒」は神の水だという思いがあったらしいのです。お神酒(おみき)と言いますしね。ありがたやありがたや。飲みに行くなんて言わずに、神様をお参りに行くと言えそう。酒は古代は巫女が米を口に含んで、くちゃくちゃくちゃと噛んで、ぺっ、ぺっ、ぺっと口から出して作ったそうです。それから醗酵するのですね。濁酒だったわけですが、これが神の水の謂れのようです。
桜の下での花見酒は、神様に見守られて、神様から授かった水を飲むというありがたいことなのでしょう。
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