湯楽庵 『リフォーム2005』 では、その辺の顛末と工事の模様を報告していきたいと思う。 実は、当初の 「二期工事」 という言葉は、すでにプランニングの段階から出ていた。 「あれとこれは予算が足りないので、住み始めてからにしましょう」 と。ただ、それはずいぶん大雑把で、実現できるかどうか微妙なものであった。 本当に 「二期工事」 を意識したのは、シンケンと新築工事請負契約を交わしたとき(2002年12月)だろうか。この日、「外壁を木に」 という迫社長からの提案を受け入れたワシは、数年後の塗装を希望した。それにあわせて、プランニングの時点で断念したいくつかを実現させようと考えたのだった。
ちょっとした勘違いなら、それにあわせて住まい方を工夫することでカバーできる。 しかし、どうしても甘受できないこともあり、これはもう、改築するしか手はないと思い始めた。 2004年3月、シンケンの増改築部門のダテ氏に 『二期工事プラン』 を渡し、その年の秋に工事をおこなうつもりでいた。 ――― ところが、04年の秋は近年まれに見る非常事態に。強烈台風が連続して鹿児島を襲い、各地に甚大な被害をもたらしたのだ。 幸い、湯楽庵の被害は軽微であったけれど、これで二期工事の計画は完全に吹き飛んでしまった。 まぁ、おかげで台風対策を考えるきっかけにはなったが・・・・。 2004年10月、『二期工事プラン』 を見直した。前回のプランにはなかった外壁の塗装を含んでいて、工事は1年後の2005年10月を予定。その間、春に打ち合わせをして細部を詰めたいという意向も伝えた。 それにしても、こんないい加減なスケッチをもとに設計図を描くスタッフが気の毒でならない。 建築家じゃあるまいし、ワシの頭の中のイメージはどんどんどんどん膨らんでいく。挙句には住まい全体にまで思考が広がり、もう一軒、家が建ちそうな勢いに。これはマズイ。住宅ローンだって、まだ払い始めたばかりなのだ。 結局、リフォームにはさしたる緊急性がなく、この家をどうしようかと考え続けることが好きだったことに気付く。完全に住まいのオタクと化しているワシ。 やがて何もかも面倒になり、リフォームへの熱意も以前ほどではなくなった。 2005年の春になってもシンケンの増改築部門をせっつくことはせず、「そのうちなんとか」 と先延ばしの方向に傾いていく。 ――― だが、息子のひとことで決断を迫られるようになった。 そうして、5月の連休明けにダテ氏にわが家まで来ていただき、ついにリフォームの本格始動を確認したのであった。 このページの先頭へ |
あと、小さな和室もしつらえていて、こちらは襖で仕切ることができる。 朝日が差し込み風が通り抜ける2階からは、錦江湾をはじめ周辺の景色が見渡せる。その開放感は何ものにも代えがたく、つくづく2階中心の住まいで良かったと思う。
2階に家族が集まるということは、当然、モノも集まる。 本や雑誌は3階の本棚から下りたままになるし、CDやDVD、長男の教科書や文具、次男のオモチャ、はたまたキッチンがあるから食器や家庭ゴミ・・・・。これらがあふれ返っている。 どうにかしようと、鋼製ブロックの上に板を渡しただけの本棚をつくり、ゴミの分別にとダンボール箱を並べたりして急場をしのいでいるが、雑然とした状態は解消されない。 もともとプランニングの段階から 「収納が足りない」 と話してはいたが、もう、とっくに当時の予想を超えている。これから先、子ども達の成長につれてさらにモノが増えるのは必至の状況だ。 そこで、リフォーム工事では、2階に機能的な収納(本棚・整理棚)を造作することにした。まぁ、それでも根本の解決にはならないけれど。 ちなみにTVやオーディオ関係は将来、どうなるか判らないので二期工事には含めない。また、キッチンのゴミストッカーは市販の製品を購入する予定である。 だが、実をいえば子ども部屋については賛否両論あって悩ましい問題なのだ。 いままで読んだあれこれの住まい本には、概して子ども部屋に否定的な意見が多かったように思える。曰く ―――
他にも、『安易に個室を与えては人格形成上良くない』 『居心地の良い子ども部屋はダメ』 『子ども部屋が必要な時期は短く、後のことも考えて』 などなど、教育関係者や住宅関係者の子ども部屋をめぐる声はかまびすしい。 ―――さてさて、わが家の場合、どうするか。 有識者の間ではさっぱり評判の悪い子ども部屋。だが、現実には約9割の家庭に子ども用の個室(または何かで仕切ってスペースを確保)があるそうだから、やっぱり必要だと思うのが一般的な親の感覚だと思う。 そこで、さまざまな “忠告” を念頭に置きつつ、わが家の子ども部屋のあり方を考えてみた。 このページの先頭へ |
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シンケンの増改築事業部からチーフのカワサキさん、おなじみのダテさん、そして 『庭吉』 代表のタナカさんが湯楽庵に来てくれた。
すでに述べた事情でずいぶん時間がかかったけれど、本当に必要なのは何かを暮らしのリズムや子どもの成長に照らし、じっくり考えることができた。 まずは、車に乗るとき、あるいは降りてからどこを通るのか―――玄関(エントランス)とカーポートの位置関係を考慮に入れた“生活動線”のシミュレーションが足りなかった。 家族全員が滑りやすい石段の端っこを通り、サツキの植え込みをまたぐことが常態化している。荷物を運ぶときや赤ん坊をだっこしたときの危なっかしいこと。 サツキの植え込みを一部撤去し、石段を広げることにした。 外側の網戸を閉めて風圧を抑える試みをしたが、効果は無し。 このままでは危険と判断したワシは、浴室の窓を全開にして徹夜で風が収まるのを待った。 この経験から台風対策の必要性を痛感し、一度は「雨戸」の設置を依頼した。しかし、想像以上に難工事でコストがかかりそうなこと、何よりも中途半端な施工では雨戸ごと持っていかれる危険もある。 そこで、風を完全にシャットアウトできなくても、風圧をいくらかでも和らげる方法を模索した。 すでに結論は出ているが、企業秘密(ワシが勝手に言っている)ということで・・・・。 久々のミリ単位の打ち合わせに、新築工事のウキウキ気分が蘇った。 ところで、工事はいっせいにやるのではなく、2回に分けることになった。 エントランスの手直し、浴室サッシの台風対策、間仕切りや収納家具取り付け、電気工事は夏までにおこなう。そして、窓の移設は複数日の工期が必要で、スケジュールの調整などで秋以降におこなうことを確認した。 そういえば、浴室の内装のリフォームも依頼している。 実をいえば、ワシの主張とシンケン・迫社長の意見が対立しているそうだ。またも風呂をめぐる熱いバトルが勃発だ。全国の風呂好きの皆さんは必見である。
しかし、それとは逆に小学校低学年までの幼い子どもには、『のびのび育つ住まい』 『「子どもの夢をはぐくむ住まい』 が必要だと思う。 湯楽庵の場合、完成してから次男が生まれたので、そうした住まいづくりへの意識が希薄だった。 ところが出来上がった住まいは、木の香りに包まれた家、広々としたバルコニー、回遊性のある間取り、傷はつき易いが気持ちの良い杉の床、雑木林の庭、そして、あの風呂 ――― どれもこれも、子どもが健やかに育つための仕掛けである。 考えてみると、大人が居心地の良いと思える住まいには、子どもにとってもそう思えるのではないだろうか。 さてさて、今回は子ども部屋のプランについて考えてみた。
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梅雨空が続く6月中旬、カワサキさんと2回目の打ち合わせ。 まずは目の前に設計図が広げられた。この瞬間の、ドキドキ、ワクワクする気分は何度味わってもいいもんだ。 ワシのいい加減なスケッチが、立派な平面図や立体図になっていることに感激しつつ、「どうも手を煩わせてしまって・・・・」 と笑顔で謝った。 この微妙な高さにピタリと納まり、なるべく出っ張りを少なくして圧迫感を抑えたい。しかも、見えない収納にしたいので扉や引き出しがあった方が良い。こんなわがままは、オリジナル家具でなければ難しいだろう。 出来上がった図面と現在の仮収納の状況を見比べ、引き出しが少し浅いと思った。そこで棚板や底板を薄くして高さをかせぐことにした。 こうした微調整が満足のいく仕上がりに結びつく。
果たしてこの家具によって、リビングが整然とするだろうか。片付かないのは 「収納が足りないから」 と安易に考えてはいないか。収納が増えるとモノが増えたりはしないか。 よぉーく考えよー♪ とはいえ、もう限界だ。いつも使う場所に必要なんだから、このプランは採用! この状態を解消する近道は不用品を処分することだが、増えたのは本やベビー用品くらいで、2年前に越してきたときとほとんど変わらない。 じゃあ、何が悪いのかといえば、出したモノを戻すとき 「とりあえずここに」 と、何気なく置いてしまうこと。 この 「とりあえず」 がいけない。床をどんどん侵食するのである。 これからはたんなる物置ではなく、居住空間に変えていかねばならない。モノと関わる行為も含めて美しい暮らし方をしていきたいと思う。 そこで思い切って一角に大きめの家具を造り、居住と収納を分離することにした。 ただし、大きな収納に詰め込めるだけ詰めると奥のモノは取り出しにくくなり、かえって非効率になる。場合によっては二度と出て来ない無用の長物になる恐れがある。 奥まで取り出しやすくするためには、キャスター付ワゴンが良い。これを4台造作してもらうことにした。 1台あたりの長さは約190センチ、幅は95センチ、横に寝かせたスーツケース2個分の大容量である。底板には重量に耐えられるようゴムタイヤのキャスターを6個付ける。また、ワゴンの上にも整理棚としてモノを仕舞えるようにした。
3階は屋根の勾配がそのまま天井になっていて、天窓のあたりは(大人の背丈では)かがまないと梁に頭をぶつけてしまう。 また、夏は屋根からの輻射熱で暑い。いちおうエアコンは既設してあるが、基本は風通しを良くすることだろう。 とても悩ましいのが、どのように間仕切るかである。 はじめは 【図@】 の 「A」 のように間仕切ることにしていた。平面図で見ると3m×3mで申し分のない広さなのだが・・・・。実際、ワシと息子でこのスペースにカウンターを造作し、ベッドを置いたと想定して “模擬体験” してみたところ、天井の勾配によって圧迫感を覚えた。 そこで 「A」 の仕切り壁をなくして横に空間を広げてみてはどうだろうか。しかし、これは部屋が間延びしただけで使い勝手も良くない。だいいち、子ども部屋にしては広すぎる。 次に考えたのは、【図A】 のように吹き抜けを見下ろす手摺りを壁 「B」 にしてしまうという方法だ。こっちの方が断然、空間に余裕が出てくる。 カワサキさんからも、「海側の窓が生きて、風通しも良くなりますね」 と太鼓判をおしていただいた。 ところで、吹き抜けにせり出した手摺りを残したいと思った。問題は子ども部屋の出入り口のドアをどう取り付けるかだ。 「ドアを斜めに付けてはどうでしょうか」 と、カワサキさん。 この提案にとまどうワシ。斜めの家には慣れているけれど、斜めのドアは初めてである。しかし、3階に上がってイメージしてみると、案外、面白そうな空間になると思った。
「一国一城の主として、男の部屋はかくあるべし」と、デスクの上に便箋と万年筆が置かれ、その傍のグラスにはオンザロックの酒が琥珀色に輝いていたりするわけですな。 『海王丸』 の船室もそんな感じではあったけれど、よくよく考えるとそんな部屋は大人がこもるのであって、子どもが引きこもるとロクでもない大人になる(と思う)。 完全個室を否定しているわが家の場合、ゆるやかに間仕切りたい。そのうえで、家族どうし気配を感じあえる工夫を施したい。
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子ども部屋と収納の仕様がなかなか決まらないうえに、このところのシンケンは新築請負や増改築の相談が増加の一途をたどり、多忙を極めているそうだ。 なので、湯楽庵のリフォーム工事の着工が延びている。 ワシみたいな、つべこべ言う施主に真摯に耳を傾け、その要望のひとつひとつに懇切丁寧に応えようとするスタッフの姿に接すると、「あ、ウチは急いでいませんから」 と、つい言ってしまうのも遅れの原因か。
はじめは収納家具だ。 3階の大型収納ワゴンについて、「使い勝手を良くしたい」 とシンケン側から設計変更を切り出してきた。久しぶりの“提案”に、思わず身を乗り出す。 新築時の打ち合わせで、こういう提案がポンポン飛び出してきたことを思い出す。それがいちいち理に適っていることに、感心したり、ビックリしたりの連続だった。 逆にワシの方からも、重たいモノが詰まっているワゴンを子どもでも楽に引き出せるよう、取っ手を付けて欲しいと頼んでみた。 だが、これは 「出っ張りが邪魔になる」 と却下されてしまい、代わりに別の解決策が示された。 収納家具については、後日、家具造りの職人さんが寸法を測りに来て、設計をさらに詰めるそうだ。 ところで、「社長が子ども部屋にしては広すぎると言ってましたよ」 とカワサキさんが言う。
でも、家具を置く “ゆるやかな間仕切り” の方が、わが家っぽくていいし、それに後々、何かあった場合に対応しやすいと考えている。 部屋の出入り口のドアは透明なガラス張りをイメージしていた。しかし、それは親の都合だ。 子どもの立場で考えると “落ち着かなさ過ぎる空間” になると考え、ドアを半透明仕様に変更した。 設計図では、カウンターの高さはJIS規格の70センチ。家具屋さんで売られている一般的な机やテーブルの高さだ。わが家にとって、70センチは若干高過ぎる。ちなみに湯楽庵のリビングのカウンターは66センチだ。また、椅子の高さ(座面高)も普通より2センチ低い。この低めのテーブルと椅子の良さは、座ればわかる。なので、子ども部屋のカウンターも66センチに変更を依頼した。 ※理想的な高さは身長に応じて変わります。詳しくは『住まいづくり編』第4章へ
ところで、窓際にカウンターを設置することにより思わぬ問題が生じた。 窓の開閉ハンドルがカウンターの下になってしまうのだ。 窓を開け閉めするときに、いちいちカウンターの下にもぐっていたのでは不便である。穴を開けて上から手を突っ込む方法があるが、L字型カウンターのいちばん良い場所に大穴を開けるような愚は避けたい。 そこで、前回の打ち合わせでは 『あくまでも窓の開閉はカウンターの上で』 と確認したのだった。 そして今回、カワサキさんが「何とかできそうです」と力強く言ってくれた。 ここに手を加えるということは、よほどの事情があるということ。その事情とは湯が湧き出す吐口の風化である。
ところが、去年の秋頃から手で少し触れただけでぽろぽろと崩れてしまうほど、十和田石の風化が進んできているのだ。 浴槽の中や洗い場の床など、お湯や水で濡れる場所はそういう症状は出ていないので、たぶん温泉の熱と成分による極端な乾燥が原因と思われる。このままでは何かのはずみで割れてしまいそうだ。 十和田石で新しく造りかえても同じことなので、「木材にかえて欲しい」 と注文を出し続けていた。 しかし ――― 「社長に何度言ってもダメです。この寂れた感じが良いと・・・・」ダテさんが困った顔で言う。 そして、急遽、参戦したカワサキさんまでも ――― 「どこまで(風化が)進むか見てみたいと言われました」と、白旗を揚げた様子。 うーむ、どうやら湯楽庵の風呂は住まい手だけのものではないようだ。 建築家・迫社長の作品として、後世に伝えねばならないのか(笑)。あるいはこの風呂を丹精こめて造った職人さんたち、さらにはいろんなメディアを通じてこの風呂の存在を知った方々の 「共有財産」 なのだろうか。 神聖ニシテ侵スベカラズ。大げさかもしれないが、そんなことをチラリと考えたりもした。 「社長には敵わないなぁ」 ワシはぽつりとシンケンのふたりに言った。将来、どうしようもなくダメになったときには、すぐに取り替えてくれることを期待して。 「軒下に京簾を」 突拍子もないワシの思いつきではあるが、これは実現にむけて準備が進んでいる。 実は日除けと目隠しのために、風呂の窓にブラインドを取り付けていたことがある。一昨年(2003年)、『LLBコンセプトブック』(シンケン発行) の撮影のときに取り外して、そのまま現在に至っているのだ。 いつも窓を全開にしているので、ブラインドはかえって邪魔になっていた。それに、和の雰囲気にはまったくあわないし。 でも、ときどき日除けの必要性を感じているので、ならば、京都関係の本で見かける「京簾」を下げると風呂の内からも外からも和の雰囲気が楽しめそうだと思った。 「京簾」 の寸法や取り付ける方法についてはシンケンにお願いしているので、間違いはないだろう。 果たして、湯楽庵の風呂の雰囲気がどう変わるのか、あるいは変わらないのか。出来てからのお楽しみである。(※2011年現在、京簾の取り付けは実現していません) このページの先頭へ |