2002年5月

ハバナの都市有機農業

 1990年代前半、キューバの首都、ハバナの暮らしは一変することになった。最大の課題のひとつは食料の確保だった。ハバナはこれまでずっと、輸入農産物を消費してきたのだが、経済危機に直面するなかで、大数の市民ニーズに応えるべく「生産的な都市」へと変わらなければならなくなったのだ。公的であれ、個人のものであれ、空地は生産地へと転換したし、農業と都市住民とを共存させることが挑戦されたのだ。経済危機の直撃を国が受けたことで、以前のイニシアチブの再生が必要となったし、例えば「Conuco」(空き地と菜園)の概念は、家族自給戦略と関係づけられ、都市農業政策が、国家機関、科学機関、NGОによって広範に支援を受けることになったのだ。

■化学薬品なき都市農業への挑戦、バイオ農薬

 化学薬品に依存することが限定され、都市の住宅地に農業地域が近接することになったため、潜在的に健康上も危険性がある化学薬品の使用を規制する適切な法を策定することも必要となった。

 病害虫をコントロールし、かつ適切な生産水準を担保するローカルなオルターナティブが見つけられなければならなかった。人々はオルターナティブな解決策を模索しはじめた。そして、バイオ農薬再生センター(CREE=Centros de Reproducción de Entomófagos y Entomopatógenos )の建設が、病害虫への対応策を見出す一助となった。こうしたセンターは、寄生昆虫や微生物を使用して、生物的防除メカニズムによって病害虫を管理し、作物を保護する助けになるのだ。殺虫剤、ネマトーダ薬剤、ダニ駆除剤、軟体動物薬剤、殺鼠剤、殺カビ剤、殺菌剤、除草剤生産の基礎となる様々な植物が識別された。その中には、ウィルスの攻撃を防ぐものもある。最も重要なバクテリアのひとつにバチルス・チューリンギエンシス菌がある。この菌種は毒素を作り出すのだが、それが農薬として役立つ。さらに、病害虫と戦うための生物的防除としては、寄生体(entomopathogens)や抵抗性菌類がごく普通に利用されている。ハバナでは、11ヶ所のCREEが、ここ数年に設置され、うちひとつは高校内に位置している。そして、バイオ生産物を使うことが、環境教育や次世代の意識改革につながっている。CREEでは、生産者や普及員に対して、低コストの伝統的な防除方法やり方の訓練も行っている。タバコの葉から抽出されるタバキーナ(tabaquina)は、天然農薬として、とりわけ、体が柔らかい虫(トンボの幼虫、コナジラミ、アザミウマ、シラミ)に対し一般に使用される。インド原産のMeliacea科の植物、ニーム(Azdirachta indica A.Juss)の葉を利用した製品は、伝統的な農業と産業の両面で活用されている。ニームは、家畜病のコントロールや160種の害虫管理に効果があることが実証されている。それ以外にも、ハバナでは多くのバイオ製品が、病害虫管理用として利用可能となっている。

■バイオ肥料

 ハバナでは1人当たり日量0.5kgの固形ゴミが排出されているが、それは都市全体では日量1,060トンの廃棄物が生み出されていることになる。ゴミ収集トラックを動かす燃料やスペア部品が不足したため、都市のゴミ収集サービスは劇的に影響を受け、自家製のゴミ箱は、病気やネズミを引き寄せることになった。そこで、再び伝統的な取り組みが再び取り入れられることとなった。つまり、堆肥やミミズ堆肥の生産用に都市の有機廃棄物を再利用することである。今では、比較的シンプルな技術で、有機廃棄物は、土を物理的、化学的、生物的に改善する高品質のバイオ肥料へと転換されている。2000年にはハバナでは、69,400トン以上の堆肥が生産・利用され、2001年には80,000トン以上が生産された。数値は高いようにも思えるが、生産者の有機肥料需要にはまだ足りない。

 有機廃棄物を収集・処理し、市全域の様々な生産センターに堆肥として供給するための協同組合(いわゆるUBPC)も12がある。また、それ以外に農業や畜産のアドバイスを行なうショップやセンターに提供される堆肥もある。こうしたショップやセンターは、種子、バイオ生産物、農具といった投入資材を提供し、バイオ農薬の使い方や有機的な土壌改善方法の技術アドバイスも行っている。

■政府の支援

 都市有機農業を推進するうえで、成果をあげるため、ハバナへの中央政府の支援も大きかった。ハバナでは農業省の支援・指導による国が進める全国都市農業プログラムにも参加している。農業省は、毎年行動計画を定め、それに基づき、各州や各市は目的を達成しなければならないが、そのことが、食料生産や食料確保の地方分権化に寄与している。2001年に制定された行動計画は以下のとおりである。

  • オルガノポニコと集約菜園には年間10kg/m2の有機資材を、そして、プロットとテラスには最低でも20トン/haを適用すること
  • 市と人民委員会(コンセホス・ポプラレス=consejos populares・地区段階での政府機関。ハバナにはこうした人民委員会が104がある)は、有機物資源の存在を定期的に把握すること
  • ミミズ栽培の最適条件を創り出すこと
  • 農業生産の各ユニット段階でミミズ堆肥を一般化し導入すること
  • 都市廃棄物の活用やリサイクルを改善すること
  • 様々なレベルで生産的な都市農業の取り組みに農業と畜産教育を結びつけること
  • 農工業大学、畜産研究所、大学や学術機関(全国には農業・畜産研究センターが33あるがで、うち19が直接農業省の傘下に入り、11はハバナにある)と生産者との連携
  • 高品質生産を維持しつつも、環境保全のため人民のアグロエコロジーに対する意識を高めること

■最終コメント

 上述したように、キューバは、アグロエコロジー的な農業アプローチの展望の下に、外的投入への依存度を減らすよう、農業の行動方向を定めている。国の経済状態が改善されたとしても、もはや農化学薬品の過剰消費という罠にかかることはないだろう。また、ハバナで発展した仕事は様々な社会的な主体の賜物だが、地方政府の支援なくしては不可能だったろう。彼らは、はじめから人民が直面した困難な食料事情に対処するうえで、都市に農業が提示できる現実的な可能性や重要性を理解していた。状況への理解が当局にあったればこそ、有機的な都市農業の開発を支援するという政策が促進されたのである。

 ハバナでの経験は、都市農業が食料確保を改善し、都市の欠乏を減らせるだけでなく、都市内から排出される有機廃棄物を再使用することで、都市環境改善上もいかに大きな役割を果たすかを実証している。たとえ化学肥料や農薬を使うとしても、都市内での集約的な農業活動を行うことで、都市農業が、国民の健康問題にオルターナティブな解決策を提示できることを示している。キューバでは40年以上にわたって教育に力が注がれてきたが、このことが、有機農業生産技術やバイオ肥料の利用といった新農業技術の開発や適用の鍵となっている。いま、目にできる都市農業の産物は、何年も前から始められた努力の賜物なのである。 1999年10月10日に開催された国際ワークショップ "Ciudades en Crecimiento Cultivando Alimentos: Agricultura Urbana en la Agenda Politica"の開会式では、ハバナ州政府代表はこう述べた。

「....私どもには、従来の大規模な生産方式ではないオルターナティブを模索する必要性がありました。そして、私どもは都市内の空き地を生産的に使い始めました。私どもは有機農業を発展させ、都市農業を始めたのです。ハバナの都市農業は、オルターナティブなものとしてもたらされましたが、それは街に、景観の中に、そして住民の中にとどまり続けることでしょう。いわゆる「都市の世紀」に、政治的なアジェンダの中に都市農業を含めず、ガバナンスをしようとする者がいるのは不幸なことなのです」。

(オランダのHP都市農業マガジン5月号からの記事)
  Mario Gonzalez Novo,Gunther Merzthal, Organic Urban Agriculture in the City of Havana,2002.

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