書評など
    

キューバ音楽と今のキューバ、どちらも強烈 2004年4月号 Sound&Recording Magazine (横川理彦氏評)
 1959年の革命以降、キューバの社会はあらゆる面でソ連に大きく依存していた。食糧はカロリーベースで57%を海外に頼っていた。ソ連からの年間50億ドルもの援助があればこそ成立しうる上げ底経済であった。1989年にソ連が崩壊し、1992年にアメリカがトリチェリ法により経済封鎖を強化、さらに1993年には巨大ハリケーンに襲われて、食料危機に直面、男性の一日の平均カロリー摂取量は1989年の3100カロリーから1994年には1860キロカロリーに、94年には男女平均で9キロも体重が落ちたとされている。停電が続き、失業者が溢れ、薬局に薬が無くなる。この危機の中で、ハバナ市民たちは都市を耕し始めた。道具があれば何でも使い、空き地があれば何でも植えるやり方は、ただちに国防軍に取り入れられ、国中で都市農業が行われるようになった。1994年からの生産の伸びは爆発的で、ハバナ市ではわずか10年で完全有機での野菜自給を実現した。
 また、医薬品では伝統的な家庭療法を生かしたハーブ薬品が大幅に取り入れられ、都市交通では自転車が市民の乗り物となり、ソ連製の原発は開発中止、バイオマスやソーラーなどの自然エネルギーが導入された。さらに、子どもたちへの環境教育もゆきわたった。
 本書の内容は、全く驚くべきものだし、読み物としても大変面白い。著者は、インターネットを駆使して豊富な基本資料を丁寧に押さえ、さらにキューバに赴いて実際に多くの現地調査やインタビューを敢行している。シビアな場面であってもキューバの人たちならではのユーモアが溢れてくるのが、なんともうれしい。
 なお、本書の続編としてさらに『1000万人が反グローバリズムで自給自立できるわけ』も刊行されている。こちらもさまざまなアクチュアルな問題に関する「持続可能」な対策の具体例が満載で、見逃せない。必読の二冊だ。


よみうり寸評 2003年9月6日 読売新聞 
 鎖国の江戸は、どんな都市だったのだろうか。江戸幕府が開かれて四百年の今年、その見直しが各方面で盛んだ。
将軍のおひざ元の江戸は、人口も百万人を超す、世界有数の大都市だった。それなのに、廃棄物をはじめ都市汚染は少なく、現在の新宿区あたりでも、 トキがみられたという。 環境都市・江戸の秘密は、何でもリサイクルして使う住民の知恵だった。 エネルギーの主力の炭の灰は、酒造、製紙、染色に不可欠の重要産品。生ゴミやふん尿は、江戸の有機農業を支える貴重な肥料になった。 この"江戸の知恵"を、現代に生かす国がある。約十年前の冷戦の崩壊で、頼みの綱の旧ソ連の経済支援を断たれ、 鎖国状態になったキューバだ。その現地報告が、「200万都市が有機野菜で自給できるわけ」(吉田太郎著・築地書館)だ。首都ハバナでは、役所の庭も市民のベランダも、有機野菜の農場に変わり、 国は軍事費を削り、リサイクル経済の実現をめざす。すべてが軍事優先で、経済も破たんした北朝鮮。江戸の再発見を思わせるキューバ。随分違う。

キューバ都市農業に注目 2003年5月1日労働者共産党「プロレタリア」403号(統合47号)
 世界で都市農業が躍進している。キューバのみならず、ブラジル、アルゼンチン、ボリビア、ペルーなどの南米、ルーマニア、アルバニア、ロシアなどの東欧、ザンビア、ケニア、エチオピア、タンザニア、モザンビークなどのアフリカ、インド、カルカッタ、上海(中国)、シンガポールなどのアジア。アメリカのサンフランシスコでは、経済的に困窮した都市のマイノイリティーが自立するために都市農業を行なっている。都市農業は世界を変えつつあるし、世界を変える展望も見出せる。
 キューバのハバナでは1989年のソ連崩壊、アメリカの経済封鎖で未曾有の経済崩壊が襲った。輸入食料不足と国内農業の瓦解で人々は平均10キロもやせ、栄養不足となった。医薬品の不足で病気になっても治療が受けられない状態になった。
 そのときハバナ市民が選択したのが、有機農業で首都を耕すという非常手段だった。国から借りた遊休地にインゲン、大根、レタスなどの野菜を植え、鶏を飼った。失業者達はゴミ捨て場を農地にし、協同組合を作った。脱サラ労働者も協同組合農場を始めた。それ以後市民は町中を耕し始めた。市域の4割が農地となり、十年で有機野菜の自給を達成し3万人の雇用を生み出し、肉、穀類など住民の食料需要の30%を自給するにまで至っている。都市の中心に千七百万本の木をそなえた都市公園や都市緑化計画も進行している。
 それを可能にした社会システムは、革命後ずっと続けられてきた医療、教育の無料であり貧困者に対する配給システムの存在であるが、1989年代後半から行なわれた地方分権化の推進と省庁再編は、大きく社会経済体制を変換させた。それと自立したコミュニテイである多くのNPOの立ち上げである。人と人の関係性、自発性そのものが経済発展を含めたメリットとなっている。
 都市での自転車交通や、原発をやめての水力、バイオ、太陽光、風力などの自然エネルギーで環境破壊が押さえられ、失業もなく、賃金格差も少なく、人種差別、ホームレスもない。これらは未来の理想社会ではないかと思う。社会主義がもっと発展し、もっと進めば都市は縮小し地方への広がり展開をしてゆくと思う(私見)。これらを成し遂げた要因は、旧ソビエト、東欧諸国に見られた特権階級がキューバに存在しないこと、現代資本主義国に見られる大量生産、大量消費、大量破棄がないことなど数え上げればきりがない。ぜひ一読を。


キューバ型循環経済を報告 2002年11月17日 日経新聞
 1990年代初頭のキューバは、ソ連崩壊による援助の遮断、米国の経済封鎖強化により、飢餓と経済破たんの危機にあった。それから約十年。大都市ハバナでの有機農園普及をはじめ「キューバ型」とも言える市民主導の循環経済を確立した。本書はその過程をリポートしている。食料自給率は四割程度だったが、ほぼ自給自足を達成。ハバナでは市域の四割を農園が占めるようになるなど、都市の農地化が急速に進んだ。農業生産で都市域が占める割合はコメで65%、生鮮野菜で46%に達するという。著者はこの急回復の要因を丁寧に拾い上げる。

 荒れ地やごみ捨て場をゼロから開墾した人々の熱意。素人農民を現場で支えた国の研究員。農産物自由化など、インセンティブを巧みに取り入れた制度改革。市民、非政府組織、政府が有機的に結束した結果だという。
 興味深いのは、農業を突破口に、医療や環境、教育に取り組みが広がっていくところだ。例えば、自転車や伝統医療の復活は大胆極まりない。欠乏をてこに、発想を転換した様子がよくわかる。著者は都の農林水産部に勤務する職員。世界の都市型農業を比較研究する中でキューバに行き当たり、現地取材を重ねたという。礼賛にやや筆が滑る部分があるし、日本とは政治経済の諸条件が違うとはいえ、これからの農業やまちづくりを考える上でのヒントは多い。

国家存亡の危機を乗り越えるため彼らは街を耕しはじめた BE-PAL 2002年11月号 
 キューバの首都・ハバナは現在、市内の4割が農地である。そして220万人の市民が野菜を完全自給して暮らしている。それもすべて有機農業で。なぜそんなことが可能になったのか?。本書にはその理由が詳しく述べられている。
 もともとキューバは、食料自給率がきわめて低かった。エネルギーや食料、その他あらゆるものをソ連をはじめとする社会主義国に依存していたからだ。
 ところが、80年代後半、その状況は一変する。ソ連邦の崩壊とアメリカの経済封鎖によってである。ラテンアメリカ随一の豊かな国は、一転して飢餓ととなりあわせの最貧窮国となった。
 この国家的非常事態を救ったのが、都市農業だった。市民は、生きるため、ゲリラ的に街を耕したのである。最初は、コンデンスミルクの空き缶に野菜を植えることからはじまった。つるはしやスコップを手に、屋上、中庭、ごみ捨て場などをつぎつぎと農地に変えていく。国も市民のNPО活動を徹底的にサポートした。こうしてたった10年で都市農業を軌道に乗せることに成功し、「自給する都市」という新しい経済モデルを確立したのである。ハバナこそ、21世紀の理想の都市像を世界でいち早く体現したユートピアかもしれない。そう思わせるだけの説得力が、この本にはある。著者は、東京都の産業労働局に勤務しながら、キューバの都市農業に注目してきた。農業だけでなく、首都の公園化、車から自転車への交通革命、風力・太陽発電などの試みにも言及している。

文化連情報 2002年10月  日本文化厚生農業協同組合連合会

 都市型有機農業は、キューバだけでなく、アメリカのサンフランシスコ、イギリスのロンドンなどでも行われ、成果をあげている。著者は、東京で都市農業関係の仕事に従事しているのだが、サンフランシスコでNPОグループと交流したときに「日本の江戸時代についてもっと知りたい」と質問されたそうだ。資源の徹底した循環利用を行なうことで、3000万人が自給自足できる循環型社会を作り上げ「自給自足経済圏」を確立していた江戸時代は、海外でも高く評価されているのだ。日本の食・農・社会を変革するためのお手本は、遠い国だけでなく、我々の先陣の知恵の中にもあるということだ。

200万都市が有機野菜で自給できるわけ 2002年9月 出版ニュース

 ソ連崩壊とそれに続くアメリカの経済封鎖を受け、キューバ経済は崩壊状態になり、その結果、食料をはじめ農薬、化学肥料、トラクターの燃料などの輸入は細り、食糧危機がキューバを震撼させ、首都ハバナは危機的状況に陥ってしまった。
 この厳しい状況でハバナ市民は、都市を耕すという非常手段を選択したが、それは農薬も化学肥料もないというゼロからのスタートとなった。が、このゼロからスタートした都市農業は、10年を経て220万のハバナ市民が有機農業で野菜を完全自給できるまで成長し、今ではハバナ市域の4割が農地として耕されるまでになった。本書はここまでの道のりと、廃品などを徹底利用する有機栽培の実態をリポートする。


200万都市が有機野菜で自給できるわけ 2002年2月15日  中小企業家しんぶん
「持続可能な地域づくりには『自給』が欠かせず、それは都市においても例外ではない」という著者のメッセージが実感をもって伝わる好著です。


●ソトコト(2003年2月号)
「ソトコトおすすすめ環境本」として紹介されました!

都市農業で再生したキューバ 毎日新聞(2002年9月8日 中村桂子氏評)
 食べ物と石油の多くを海外に依存している国が、ある日突然それらが入って来ない状況になったらどうするか。なんだか日本をテーマにした仮想ドラマのようだが、それが現実になった国がある。キューバだ。米国の鼻の先で、カストロの指導下に社会主義のお手本社会を築いている程度にしか知らなかったこの国の最近の動きを本書はていねいに報告する。
 事の始まりは、ソ連の崩壊とそれに続く米国の経済封鎖の強化にある。共産圏内でのキューバの役割は、砂糖を中心とする換金作物の生産とニッケル鉱石の供給であり、工業製品と食料は輸入、しかもソ連が砂糖を国際価格の5.4倍で買い、石油は廉価で供給していた。それに支えられてきた豊かな生活が急変、1989年から93年の間にGDPが48%低下した。しかも、93年には20世紀最悪と言われたハリケーンに襲われて食料はなくなり、1992年から94年の間に国民の平均体重は9キロ落ちたのだそうだ。
 こうなったら自分で食料生産をする他ない。第二次大戦後の東京もそんな雰囲気だったが、その時と違うのは新しいバイオテクノロジーがあることと都市農業を本格化する政策がとられたことだ。それまでは、食料の配給制度が確立し、月給の5〜10%で少量が手に入るようになっていたので、皆高カロリー、高脂肪、高コレステロールという状態だったという。それが一点、皆で野菜を作り、カストロも菜食宣言をする。
 この政策を考え、指導したのが中国系の元将軍。コンクリートで覆われた駐車場やゴミ捨て場を囲って堆肥や厩肥をまぜて土を入れるオルガノポニコという方法で、1999年には全国で百万トン近く、ハバナで12万トンの野菜が生産され、200万の市民が有機野菜で自給できるようになった。
 この背景には、もちろん土地政策がある。耕作する人には国有地は無償貸与、私有地も貸借を斡旋し、土地利用計画も農業を優先した。とはいえ、誰もが農業の知識と技能を持っているわけではない。そこで指導員が活躍、大学や農業省の専門家もバイオ農業やミミズを用いた土作りの研究などに励み、地域の問題にきめ細かに対応していく。その中心がコンサルティング・ショップで、生物学や農業の専門家が土や種を売ると同時に指導もする。最初は農業省直営だったこの店、すぐに自主管理・独立採算になったとか。
 都市農業は、安全で新鮮な食べものの供給だけでなく、雇用創出、環境改善、生きがいのある生活とよいことずくめ。活力あるコミュニティを産んでいる。ここまで来ると、最近の世相に素直さを失っているせいか、話がウマスギルゾという疑いの気持ちが頭をもたげるが、著者は何度も現地を訪れ、軍部、官庁、大学の指導層と市民とにインタビューして実態調査をしている。
 都市型有機農業は、キューバだけで行われているわけではなく、サンフランシスコもロンドンもその努力をしてかなり成功しているらしい。これらの国は金融経済にとっぷりとつかっているかと思いきや、その中で顔の見える地域に信用の拠点を置こうという考えが生れ、それが都市農業という形で具体化されているのだ。
 都市農業のお手本は日本の江戸にある。著者は農業に強い関心をもつ東京都の職員であり、今後を期待したいが、まずは地方都市がこのような方法で活力をつけ、地方分権と人口分散が進めば地方の道路も生かされるだろうにと思う。バイオテクノロジーもこのように使われると気分がよい。

危機変じてユートピア キューバの農業改革 東京新聞(2002年9月8日)、北海道新聞(2002年9月22日)、西日本新聞(2002年9月29日)(ノンフィクション作家橋本克彦氏評)

 エコロジストたちが長年夢見てきたユートピアが現実のものとして、国家規模でカリブ海に出現した。キューバがこの十年間でエコロジー国家に変身した、というリポートである。キューバ政府によれば、1999年の有機農法による都市部の農業生産は、米の65%、生野菜の46%、オレンジを除く果樹類の38%、バナナ、根菜、卵などを生産し、なお躍進中である。「キューバは少しだけ早くエコロジー型地球の未来を経験してしまった」と著者は礼賛する。
 変身の原因は、旧ソ連圏の崩壊、それに乗じて強化したアメリカの対キューバ経済封鎖である。それまでのキューバ経済は、石油をはじめ、自動車、農業機械、耐久消費財、産業素材のほとんどを旧ソ連圏から輸入し、食べ物も脂肪とタンパク質は80%、小麦100%、豆類99%など、総カロリーの57%を輸入に頼る構造が出来上がっていた。それが途絶えてキューバは追い詰められた。
 農薬98%、化学肥料94%、家畜飼料97%などが輸入されていたのに、そのすべてが途絶え、平均で3100キロカロリーあったキューバ人の食物摂取量は1860キロカロリーに減少し、1944年には男女平均で9キロも体重が減る。このどん底から有機農業による食糧生産が開始された。
 そのようすを伝える記述は躍動する。土地制度の法改正、農地の貸出制度の整備、化学肥料がないのだから必然的に堆肥などを主とする有機農業へ、その技術指導、連動する都市計画、大規模国営農場の改革などの政策が積み上げられた。人口の約8割が都市に集中するキューバでは、都市こそを食糧生産の拠点にしなければならなかった。空き地、ゴミ捨て場、コンクリートの地面には囲いを造り、土盛りして作物が植えられた。農薬に代わる天敵昆虫や微生物が研究され、投入された。日本農業と日本社会にとって、この報告はあらゆる意味で示唆に富んでいる。なせばなる、という意味でも。

200万都市が有機野菜で自給できるわけ 中国新聞(2002年9月15日)、山陽新聞(2002年9月15日)、信濃毎日新聞(2002年9月22日)、河北新報(2002年9月22日)評
「キューバ」と言えば「1960年代にミサイル危機のおきた国」「カストロ政権の社会主義国家」くらいの印象しかもっていない人は多いはず。だが本書を読めばそのイメージは一変する。今やキューバは、世界中のエコロジストが注目する「都市農業を核にした持続可能な未来型社会のモデル」なのだ。食料とエネルギーの多くを海外、特に旧ソ連圏に依存していたこの国は、ソ連の崩壊と、それに続く米国の経済封鎖強化で、両方が不足状態に陥った。食料を自給し、自然エネルギーを利用していくしかないと考えた政府は、バイオテクノロジー技術を駆使し、都市農業を本格化する政策をとることにした。著者は農業に関心が高い東京都職員。「世界最大の持続可能な循環都市は江戸時代の日本」という言葉に勇気づけられる。

都市の農地だからこそ「有機農業」で「先週出た本これがイチ押し!!」欄評日刊ゲンダイ(2002年9月13日)
 副題に「都市農業大国キューバ・リポート」とある。地味な趣の本なのだが、これが思いのほか面白い。その理由の第1は“食べ物の話”だからだろうが、ここに描かれる都市農業のあり方に意外性を感じるからでもある。そう、この本の読み手を魅了するのは、報告の内容がすべて“意外性の連続”だからなのだ。表題にある「200万都市」とはキューバの首都ハバナのこと。人口約220万人、市域面積は7万2700ヘクタールで山手線の内側と同じくらいという。そして、なんとその40%の約3万ヘクタールが農地なのである。それも「完全無農薬で耕作」され、首都全体への有機野菜の自給を達成しているのである。
 さきごろヨハネスブルクで開かれていた環境・開発サミットは、正式には「持続可能な開発に関する世界首脳会議」という。この「持続可能な」というひと言が本書のキーワード。革命後、アメリカの経済封鎖で締め付けられたキューバは旧ソ連との関係から豊かな社会主義生活圏を築いたが、それもソ連崩壊で終焉。同時にアメリカの経済封鎖が強化され、病院に薬がなくなるほどにまで物資が不足した。
 しかし、それがきっかけとなった。「持続可能な」国づくりを求めるならば「自給が欠かせず、それは都市においても例外ではない」ことを市民が理解したのだ。東京都の農政業務に従事する著者は、そこでハバナ市民が始めたことを広範囲に調べ、感嘆の思いとともに述べていく。

危機が産んだキューバ農業の知恵 赤旗(2002年9月2日 アジア・アフリカ研究所所員 新道 通弘氏評)

 90年代初頭、経済制度に問題を抱えていたキューバは、東欧諸国の旧体制の崩壊とソ連の解体によって未曾有の経済危機に陥った。これらの国々との貿易は、85%を占めており、物流が大幅に減少したからである。経済は、93年まで40%も後退した。政府は「平和時の非常時」を宣言し、経済改革を進めて危機を回避しようとした。
 農業面では、市民の食糧増産動員、家庭菜園の許可、国営農場の協同組合農場への改編、農産物の自由市場の開設などで最悪の事態は避けられた。しかし農業は機械化されており、農機具、化学肥料、農薬の輸入が激減したことから、食糧生産は半減した。そのため、95年より都市農業、有機農業に本格的に取り組まざるを得なくなった。
 本書は、そうしたキューバの都市農業、有機農業の実態を数度にわたる現地調査と、インターネットにより綿密に収集した資料にもとづいて報告したものである。著者の努力を多としたい。著者の関心は、資材不足に悩む医療にも及び、ハーブ薬品、東洋医学なども加味した総合的医療の発展、自転車の使用による環境保全のための交通改革及び自然エネルギー問題、都市緑化・改造問題にも筆を進めている。そうした改革を支えているNPОをも論じ、新たなコミュニティ運動が起きていると指摘している。著者は、この方向は、イギリスのブレアの「新社会主義」と通じる道として期待を述べている。
 しかし、この結論には、キューバ社会の現実と、その社会を資本主義から社会主義への複雑な道をたどっている過渡期と見る観点からすれば、異論があるところであろう。また、基本的な事実の誤りと、過剰な表現が少なからず見られる点が惜しまれる点である。
 地球の環境保全と食糧問題を解決するための生産力の増強を、どう統一して都市農業、有機農業を発展させるか、今後一層の研究と討議が必要であろう。

200万都市が有機野菜で自給できるわけ 毎日新聞(2002年8月30日)
 キューバの首都ハバナは人口220万。ラテンアメリカのこの大都市が、世界中の農業関係者の熱い視線を浴びている。90年代に入ってから政府が都市農業の育成に力を注ぎ、今では全市民に野菜が供給できるほどになった。
 1959年の革命以来、急速な近代化を遂げたものの、援助を頼るソ連の崩壊と米国による経済封鎖などで食糧危機が起きて大ピンチ。そこでハバナ市民が選択したのが「首都を耕す」ことだった。しかも農薬や化学肥料を使わない有機農業。日系二世の「日本人農場」も登場し、現在、ハバナ市の4割を農地が占めるという。
 同書は東京都農林水産部職員によるリポート。環境保全や持続可能な都市開発など日本の課題の答えがキューバにある、と筆者は言う。


ウェブサイトの声 希望の星キューバ (2004年1月26日 牧野 紀之)
 キューバが有機農業で目ざましい成果を上げていることは少しずつ知られてきていると思います。私も聞いていました。昨年だったと思いますが、テレビ朝日系の「素敵な宇宙船地球号」でも取り上げていました。ハバナの町中で市民が有機農業をして食の問題を解決してきているというものでした。
 これも昨年ですが、たしか夏だったと思います。NHKのラジオ深夜便で登山家の田部井淳子さんのインタビューが放送されました。 今彼女は世界各国の最高峰に登るということをしているそうなのですが、昨年の5月にキューバの最高峰に登りにいったそうです。その感想のついでに「キューバは豊かですよ」と本当に感心した口ぶりで語っていました。今でもその言葉が私の耳に残っているくらいです。
 昨年の秋には戸井十月さんのルポ「カストロ」(新潮社)も出ましたが、それはカストロに会うという目的を果たすまでの事が中心でしたが、やはり有機農業のことも書いてありました。
 そういった関連で一番面白そうに思ったのが吉田太郎さんという東京都の職員のキューバレポート「200万都市が有機野菜で自給できるわけ」です。吉田さんは政治的な関心はあまりない方のようですが、学生時代から有機農業に関心があったそうです。仕事でもその関連のことをしているそうです。ある時、インターネットで「世界の都市農業」関連のホームページを探っていて偶然キューバに出会ったそうです。
 それを見て強い興味を持った彼は、休暇を作ってはキューバに出掛け、取材したようです。そのレポートがこの本です。広範囲なレポートになっています。
 キューバは1959年1月1日の革命成功以来、紆余曲折はあったにせよ、主としてソ連の援助に支えられてかなり豊かな生活を築き上げてきたようです。1991年のソ連の崩壊でその支えがなくなりました。アメリカはいかにもアメリカらしく、この大ピンチを「チャンス」と見て経済制裁を強化して、一気にキューバとカストロ政権を倒そうとしたそうです。
 ものすごい物不足で餓死者が出てもおかしくない状態だったそうです。しかし、キューバは都市での有機農業を奨励し、食生活も医療も伝統的なものを再評価し、自然エネルギーを取り入れ、等の施策によって餓死者を一人も出すことなくその大ピンチ(1994年が底だったそうです)を乗り切り、今や成長軌道に乗ったそうです。
 ソ連のゴルバチョフの改革の後追いをして1986年ころから「カストロの改革」を既に始めていたキューバは、地方分権を一層推進し、その後は経済の自由化を進め、ドル所持も許可し、個人営業も取り入れてきているそうです。つまり社会主義市場経済に向かってきているわけで、既に私も書きましたが、社会主義の方から「規制された自由主義」に近づいているわけです。
 もちろん自由主義経済を取り入れれば貧富の格差は生じます。そういった事を今後どう処理していくか、私も関心を持ちつづけたいと思います。
 しかし、キューバには政治犯とかいった問題点もまだ残ってはいるのですが、他の国では真似の出来ない事があるということです。それは「政権に腐敗がない」ということです。そして、「トップが清廉潔白で公平無私だ」ということです。これによって、素晴らしいセーフティネット(教育と医療は完全に無料)を張った上での競争が可能になっているのです。権力がハーレムを作っているような自称「社会主義」もありますが、キューバはそういう事とは無縁です。「ノーメンクラツゥーラ」(赤い特権階級)ともキューバは無縁です。大臣が買い物をする時も庶民と一緒に行列に並ぶそうです。「キューバは社会主義の理想を50%実現した」と言う人もいるくらいです。
 アメリカは経済制裁を止めるべきです。日本はアメリカの意向に関係なくキューバとの貿易を飛躍的に拡大するべきだと思います。
 今年になって吉田太郎さんのキューバレポートの第2弾が出たようです。題して「1000万人が反グローバリズムで自給自立できるわけ」。今後もキューバからは目が離せません。
 今後の最大の問題はカストロが死んだあともその美点を保持できるかということでしょう。ソ連でもレーニンが生きていた間はかなりよかったと思います。ベトナムでもホーチミンが生きていた間はよかったと言われています。しかし、この2人は早く死にすぎました。カストロは革命後実に45年間も生きていて、指導しているのです。その間、間違いも犯しましたが、率直に間違いを認めて、試行錯誤の結果、今の分権と適正技術による生活大国路線にたどり着きました。長生きの効用でしょう。しかし、誰にでも死は訪れます。カストロ亡き後もキューバは今の清潔な政権を保てるのでしょうか。

ウェブサイトの声

 まだ50ページくらいしか読んでいないのだけど、読みやすい文章で、とりあえず挫折せずに最後まで読み通せそうなことが分かりホッ。文章から感じるイメージとしては書いてあることを信頼して良い気がするのだけど、しかしあまりにも夢のような話ばかりで、でもそのユートピアがキューバで現実に実現していると書いてあって、どうしてもにわかには信じられない
 医療費も教育費も全て無料。国民1人あたりの教師の数や医師の数、平均寿命、識字率、住居水準、娯楽、文化、どれをとっても諸外国に劣らないという。首相は自転車通勤で、指導者等の公務員は夜遅くまで仕事している。公務員が罪を犯した場合は、一般国民の倍の罪を課せられる。ラテンアメリカの他の国で被害が出たら、いちばん先にかけつけるのがキューバ。チェルノブイリで被災した子どもたちをどこの国よりも多く受け入れているのがキューバ。他にも、差別がないとか格差がないなどと続いて、「
著者は、一体どこからのまわし者なの?」と勘ぐりたくなる
 元々、キューバはソ連にべったりと依存した、裕福な進んだ国だったらしい。5カ年計画に基づき、農薬をどっさり使った広大なバリバリの近代農業が行われていて、それをソ連がたんまり買いとってくれていたため経済も潤っていた。そのソ連が崩壊し、そこへアメリカからの経済封鎖が重なり、国内はとんでもないことに。農薬や化学肥料はもとより、石油やトラック、あるいは石けんなどの日用品まで、なにもかもが途絶。
 この緊急事態に対処する形で行われたのが、「首都を耕す」ということだったと。この、ゼロから始めた都市農業、10年経った今、結果的に1人の餓死者も出さず、有機農業を成功させた、のだそうだ。俄然、これらを導いてきたカストロという人物に興味津々。カストロ、革命、クーデター、独裁者といったイメージさえも湧かないくらいアタシはこのあたりの歴史に疎い。読み進めながら、ここにいろいろメモしていけたらいいなと思うのだけど、今これだけ書くだけでたいへんだったので、やっぱり難しそうだな。まあ、ボチボチと。

ウェブサイトの声 「最近読んだ本、買った本、ちょっと気になる本」(2003年9月9日 徳留佳之のメールマガジン)
 有坪民雄「イラスト図解/農業のしくみ」(日本実業出版社)の最後に、日本はキューバになってはいけない、という話が出てくる。以下引用。
「キューバの試みは世界的にも評価が高く、1人の餓死者も出さずに成功したとされていますが、その実態には大きな疑問があります。なぜなら、経済の破綻がもたらす他の側面を全く無視しているからです。(中略)現在の日本のような経済的に恵まれた国なら抗生物質一つあれば治る病気でも、キューバでは難病のままだったりします。
 外貨が得られない国の悲哀が『有機農業の国』というイメージの影に隠れてしまっているのです。日本はキューバになってはいけないのです」
と、ずいぶんトンチンカンなことが書いてある。経済破綻が楽園ではないのは当たり前だ。日本もキューバみたいに経済破綻して有機農業を目指せばいい、と本気で思っている人はいない。ただ、きっかけは経済破綻でも、その気になれば、農業を有機で再生させることも可能だという事例を評価し学びたいだけである。わかりやすくおもしろい本だっただけに、最後で少しがっかりさせられてしまった。ちなみに、著者は、船井総合研究所の経営コンサルタントから、専業農家に転じた人物で「農業に転職する−失敗しない体験的実践マニュアル」という著書もある。

ウェブサイトの声 モノの自立について(2003年8月21日 月尾 嘉男 第2回地域自立戦略会議) 
参加者 浅野史郎(宮城)、梶原拓(岐阜)、木村良樹(和歌山)、國松善次(滋賀)、堂本暁子(千葉)、増田寛也(岩手)、北川正恭(早稲田大学大学院教授)、神野直彦(東京大学大学院教授)、月尾嘉男(東京大学名誉教授)
 日本の現状では、食料は40%しか自給していませんし、大豆などは95%が輸入です。それからエネルギー資源は20%しか自給しておらず、石油が0%、石炭が2%、天然ガスが3%という程度です。鉱物資源も鉄や銅は自給率0%、ボーキサイトも0%、亜鉛が12%、塩でさえ15%しか自給してなくて、85%を輸入しています。これだけ森林豊かな日本ですが、木材は52%を輸入しています。パルプ・チップを中心とした用材は81%を海外に依存しているということです(略)。
食料を6割も海外に依存しているという状態が、ここまま続くわけがない。今朝の新聞にも出ていましたが、中国がビールの世界最大消費国になりました。そうすると小麦は逼迫してきます。そういうような将来も考えると、水は危険な状態だということです。
 それからご参考までに、都道府県別の食料の自給比率を調べると、この会議に関係する件では岩手県だけがかろうじて自立していますが、他の県はすべて自給できていません。 岩手県も自慢できることではなく、農業のための石油とか飼料を入れると、輸入県なる。
 それではどうすればいいかということですが、こういう状況から一気に脱出することに成功したキューバの例があります。キューバはソビエト連邦の傘下にあった間は、自給率が日本なみで、食料は57%を共産圏社会から輸入しておりました。小麦は輸入100%でした。木材も98%は海外から持って来ており、自給率が日本に近い状態でした。
 ところが、ソビエト連邦が91年に崩壊して、同時にアメリカが経済制裁を緩めるどころか強化しましたので、キューバは途端に大変なことになり、砂糖の生産などは一気に半分になりました。石油が確保できないために、換金作物であった砂糖の生産が半分になった。石油は43%まで減り、化学肥料も23%に減った。それから家畜を飼うための飼料も76%も減った。国民1人当たりのカロリー供給は6割に減り、終戦直後の日本程度になった。
 91年にカストロ議長が国民に向けて、現在のキューバはどういう状態かを演説した数字がありますが、米は必要量に対して供給0、大豆は半分しか供給できない、植物油は16%しか手元にないという状態でした。しかし、危機のままではどうしようもないということで新しい革命を始めました。それは近代的社会、一言でいえば石油に依存した社会を転換するという大方向転換を実施したのです。
 まず石油がないから自動車を使えないということで、自転車に置き換えるということにした。それから化学薬品が輸入できないので、薬草を使うことにした。キューバの軍隊が戦争のときのために薬草で病気を直す研究をしていたので、その知識を生かして薬草に転換した。現在、医薬品の20%は薬草を使用しているそうです。石油が不足するので自然エネルギーに転換する。近代的な都市というのは、19世紀以来、農住分離とか農工分離で工業専用地域や住宅専用地域を作って分離するということでしたが、それでは維持できないということで、混合的な都市計画に転換した。それから共産圏ということもあって自由経済に閉鎖的な社会でしたが、これを開放社会に転換しました。
 具体的に説明しますと、キューバの首都のハバナの面積は7万2000ヘクタールですが、その41%を農地に変えるという大転換をしました。その結果、現在のハバナでは、有機農業の野菜を100%自給しているということになった。食料全体では30%自給できるようになった。わずか10年程度の大転換です。
 開放社会にした結果、観光客数が30万人から6倍に増えました。参考のために日本と比較しますと、キューバは人口1人について0.16人の観光客が外国から来ますが、日本は4分の1しか来ていません。観光収入も同時に6倍に増え、GDPの7.3%が観光収入ですが、日本は0.07%、比率でいえば100分の1しかないということです。
 エネルギーは自然エネルギーに転換していくということで、サトウキビの残り滓のバガスで発電し、全体の30%はバイオマスエネルギーで電力を供給している。それから川に多数の小水力発電を作り、風力発電も建設する。太陽光発電は学校とか公共的施設の屋根に作るということにしました。
 薬品は無農薬栽培の薬草を大量に生産し、医薬品の20%は薬草です。それから中国との関係は続いていたので、東洋医学、自然治癒力を導入して近代的な医学から方向転換をした。それかキューバは教育と医療は完全に無料ですが、医療先進国であり、医師は国民168人に1人です。日本は520人に1人です。
 このようなキューバの例もあるので、日本も自立戦略を考えたらどうかと思います。まず最大の問題は、石油に代替される可搬燃料源を確保となければいけない。特に自動車の燃料の確保です。一つは自転車などに代えるとか職住接近をするとかして、移動を節約できる地域を作ることです。燃料電池はバラ色のようですが、水素を天然ガスから作っていますから、これいずれはダメになる。それでは水素をどう確保するかが問題になります。太陽電池によって水を電気分解するという方法もありますが、何らかの政策が必要です。長期的には、メタンハイドレードという、海底3000メートルぐらいに埋まっているメタンの塊を取り出すということ可能性もある。
 電力は風力、小型水力、バイオマスで確保する。三重県の宮川流域について計算したことありますが、あの程度の人口10万人程度の地域ですと、森林の間伐材だけで持続的にバイオマス発電で電力供給ができます。これまで困難だったのは、発電プラントが高くて採算がとれなかったのですが、最近ではバイオマス発電施設が3000万円ぐらいで建設できるようになりましたので、可能性も出てきました(省略)。
 食料についても大変な数字があります。現在、日本国内では1500万トンの食料を生産し、海外から2250万トンを輸入しております。ところが、食べずに棄てている食物が2000万トンもあるというのが日本の状況です。これは国内で生産している1.3倍を棄てているということです。加工の段階で400万トン、家庭で1000万トンを棄てている。それからコンビニエンス・ストアをはじめとする流通段階で棄てているものが600万トンもある。この600万トンあれば、チリという国の国民が満足に食べられるという程度ですから、いかに無駄な社会を日本は輸入で維持しているということです。
 高知県が国の政策に反抗しておられますが、減反廃止は将来を考えない愚策ですし、逆に各県が推進しておられる地産地消は流通での無駄を排除する重要な政策です。また、岐阜県が北海道で余っているサケを移入されましたが、そういう産品の上手な交換も必要です。それから淡水も確保しなければいけない。高知県が始められた森林税で水源を保全するという政策や、漏水の防止も重要です。東京都では7.6%の水道水が洩れております。東京大学構内では一時は50%近くが漏水していました。それからダムは全くいらないわけではなく、食料自給まで考えれば必要なものは建設する。四万十川や宮川では実行しておられますが、上流下流一体の自治体を考えることも必要です。
 キューバのようなことは日本ではできないという意見もあるかもわかりませんので、なぜキューバはできたかということを最後に検討してみたいと思います。第一は小さい国だということです。国全体で1100万、ハバナだけでいえば三重県や岐阜県程度の人口です。それから暖かい地域なので、冬の暖房エネルギーがいらない。それからカストロの大変な指導力や構想力があったことも重要です。大半の土地が公有でしたから、例えば都市を農地に転換するということも容易にできました。それから社会的に平等であったことも重要です。カストロは大統領のような立場で、その下に首相がいますが、その首相でさえ自転車通勤だそうです。それから信賞必罰、不正をした人間は必ず罰するということを徹底している。キューバでは公務員の犯罪は普通の人より2倍の罰則が課せられるそうです。それから、キューバのナンバー3の実力者が外国で不正をしたときには、すぐ党籍剥奪になっている。そのような厳しい制度であれば、国民が政策を支援すると思います。
 より詳しく知りたい方は、東京都の職員の吉田太郎さんが『200万都市が有機野菜で自給できるわけ』という本を書いておられますので、読んでいただければと思います。

ウェブサイトの声 地場産の野菜と都市での自給について 昆 文雄 2003年5月24日 ごまめのつぶやき第36号

 区の都市計画マスタープランづくりにかかわったことで、都市における農業や農地のことを考えるようになった。都市の食料問題を考えるうえで非常に興味深かったのは、キューバの話である。キューバでは、ソ連邦の崩壊、東欧世界の解体により、それまで格安で手に入っていた食料や石油が入ってこなくなった。そのため、一挙に食糧危機が発生したらしい。しかし、この危機を都市での農業、それも有機農業を取り入れることで何とか乗り切ってきた。カストロ首相ら幹部の直々の指示により、首都のハバナなどで、公園などの空き地を使って野菜づくりをはじめた。石油も入ってこないので化学肥料も製造できないため、最初は苦労したらしいが、国をあげて有機農業に取り組み、徐々に収穫も上がってきたそうである。
食糧危機を脱しただけでなく、食生活も肉食主体から野菜主体となってバランスも良くなり、国民から太りすぎも減って健康になったという効果もあったようだ。これらの話は吉田太郎さんの「200万都市が有機野菜で自給できるわけ」や「有機農業が国を変えた」などに書かれている。インターネットなどによる情報が主体なので、少しは割り引いて考える必要もありそうだが、現地調査の結果でもかなりうまく行っているようだ。
成功に秘訣のひとつにミミズ堆肥があるようだが、これはもう少し研究して、別の機会に触れてみたい。キューバの食料危機も突然に降ってきた話しだが、食料自給率がものすごく低くなっている日本にとっては他人事ではない。何かのきっかけで食糧危機になる恐れは十分にある。現に10年前に冷夏で米が不作であったこともすっかり忘れているではないか。
 そのときに備えての都市農業を重視することはとても大切ではないかと思う。私の住む横浜市泉区はまだ農地も多く、養豚場などもあるし、食料の自給自足がかなり可能かと思っていたが、最近は市街化区域内の農地が減っており、難しくなっているようだ。
政治家の中には危機管理を声高に叫ぶ人も増えてきたが、戦争やテロ、災害や犯罪に備えるだけでなく、水や食料に対してこそ危機管理や安全保障が必要ではないのだろうか。

ウェブサイトの声 Bettty NOTE 2003年2月11日
「200万都市が有機野菜で自給できるわけ」読了。先日もカストロが独裁する小さな社会主義国家、というイメージの記事を読みましたが、ここではエコロジストのユートピアに描かれています。ポイントのひとつは日本ではともかく世界的な潮流となってきた都市の農業化。もうひとつは統制や市場原理ではない第三の選択肢、コミュニティ・ソリューション。検証は必要でしょうが「日本の夢ある未来」に通じるなら無視できないか、と。

ウェブサイトの声 スローな読書プロジェクト アフリカとキューバの都市農業革命に学ぶ・真柴隆弘
 都市農業の盛んなところといえば、キューバも話題になってるね。吉田太郎『200万都市が有機野菜で自給できるわけ』(築地書館)、首都圏コープ事業連合編『有機農業大国キューバの風』(緑風出版)が、キューバのサスティナブルな息吹を伝えてくれる。
 オーガニックな都市農業だけで、国内の米の65%、野菜の46%を生産している(99年)というから凄いことですよ。ソ連崩壊後の窮乏のさなか、市民農園はおろか、野菜を食べる習慣すらなかったというのに、この10年足らずのあいだに有機先進国へと大転換を成し遂げちゃった。土がなくても街なかで農地を生み出す「オルガノポニコ」とか、都市内の遊休地をどんどん農地にしていく行政機構の設置、有機農業に関する教育・セミナー推進と、こうと方針を決めたら手を打つのがじつに早い!
 キューバでは「家族」の範囲が、同居家族はもちろん、親族や近隣の住民、友人まで含まれているとか。こうなると国がまるごとコミュニティみたいなもんですから、中央集権体制でもあるし、動き出すとぱっといくんでしょう。ハバナの都市農場や市民農園の多くは、生産物の一定割合を地域の小学校や老人ホームなどに無償寄付しているという。こんな行為にも、オレたちゃ市場原理だけで動いているんじゃないぞ!っていう心意気を感じるね。
 キューバでは教育も医療もタダ、食糧だって必要最低分は配給され、住宅も公営で水道光熱費、電話代もタダ。けっして物質面で恵れてるわけじゃないけど、生活の不安はない。だれもが安心して人間的に暮らせる権利を、なによりも重視しているわけです。キューバの憲法には「国民が無料で治療を受け、健康になる権利をもつ」と謳われているからね。また「国家は環境と天然資源を保護する。環境と天然資源が(中略)持続可能な経済的・社会的発展に密接な関連を持っていることを国家は認識する」とも宣言している。きっぱりと国をあげてサスティナブルな社会をめざしているわけだ。
 医療分野ではハーブ薬品や代替医療(ホメオパシー、鍼、指圧、精神療法など)の研究を推進しているし、エネルギー分野ではソーラーを始めとする自然エネルギーへの転換を進めている。共通しているのは、「依存」しないで「自立(自律)」するという意志だろう。ソ連依存型経済からの自立、病院依存から自然治癒力を高める自立的ケアへの脱皮、石油資源に依存する不安定なエネルギー世界からの自立etc。こうした自立性を支えているのが地域コミュニティであり、NPOの活動なんだ。

ウェブサイトの声 てんとうむしの背に乗って 今関 知良 2003年3月2日

 和歌山市で「自給をすすめる百姓たちの総会・大会」というのがあって、参加した。遠方だから行きたくなかったが、基調講演が吉田太郎さんの「自給国家キューバからの報告」だから、行かないわけにいかない。昨年、「有機農業が国を変えた」(コモンズ発行)を買って読んで、「キューバはすげー」と感動して、いつか関西に著者が講演などにきたら、絶対に行く、と決めていたからだ。彼は東京都の公務員だが、まったくのプライベートで有機農業に強い感心をもっていて、キューバの取材も自費、と年次有給休暇で。他に「200万都市が有機農業で自給できるわけ」(築地書館)がある。
 すでに本で概略は分かっていたが、読むと聞くとは大違い。アメリカなどの自由主義圏からの経済封鎖、ソ連圏での超近代的な大規模農業、1枚の畑や田んぼが1万ヘクタール以上。アメリカなど足下にも及ばないような大規模農業をやっていた。サトウキビなどの輸出向けの作物ばかりを栽培し、国民の日常の食べものはほとんど全部輸入。自給率が40%以下だった。すっかりソ連圏におんぶで抱っこの暮らしだった。
ところが1991年のソ連崩壊で、輸入が一夜にして全面ストップ。石油がこない、食べものが来ない。大型農場の大型農機がまったく使えなくなった。この時のカストロの決断がえらい。さすがだとおもう。有機農業で食べものを自給しよう!!
超大規模農場を分割し個人の小規模農業に、石油がないから、牛肉食べることを禁止し、農耕にまわし、田畑は牛の力でたるようになった。日本でいったら霞が関の官庁の庭まで耕して畑に、肥料も化学肥料もないから、緑肥のすきこみ、ミミズの養殖、仕事を失った大量の元サラリーマンが百姓に転換。こうしてわずか5年で国内での自給が出来たというからすごい。そしてなんと農水大臣の給料よりも一生懸命働く農民のほうが収入が高い。それも2倍とか3倍とか!!彼いわく「炎天下で汗びっしょりで働く農民が最高の収入を得るのは当然だ。私の給料が彼らよりも低いのは当然だと考えている!!!」だと。
 今も経済封鎖は続いている。ソ連圏からの援助はいまやない。それでもキューバは豊かな国にかわり、世界一環境に優しいすばらしいきれいな国になった。振り返って日本の現状をみると、あまりにも違いすぎて、・・・・・・・・
日本は農場の大規模化をすすめている、石油がないと農業は出来ない状態、自給率40%で、どんどん下がっている。農民の稼ぎが一番少なくてやり手がどんどんいなくなっている。生ゴミをミミズなどではなく電気で処理している。いろいろな環境運動があるが、運動の根元に有機農業がないと、それはいつまでたっても偽物だという。
2003年3月7日
「200万都市が有機野菜で自給できるわけ」を半分ほど読んだ。これを読むといざというとき、たとえば、石油が来なくなっただけで、日本という国はすべてを失うわけだから、農地がないと思われている東京などの大都市でも食料の自給ができるような気がしてきた。
 日本のような近代的な国では、食べものの自給は「食べものを自給する」ではないことを思い知らされた。石油がストップすれば、食べものの自給も止まってしまうからだ。農業が、オレのような有機農業ですら、石油の上に構築されているわけだから、電気も石油だし、輸送手段も石油だし、なにからなにまですべて石油の上に成り立ているのだから。
 キューバはアメリカの経済封鎖、ソ連の崩壊というダブルパンチで石油、輸入食料の大半を失い、そこから石油を使わない、エコロジーの農業を構築し、その関連ですべてをエコロジーに転換してきた。交通は自転車と牛車、畑は牛耕運、肥料はミミズと緑肥、農薬はバイオなどの自然農薬や天敵。そしてすべての都市住民も家庭菜園や協同組合農園に組み込まれて、食べものの有機栽培による自給運動に入ったという。底辺に有機農業を置くことによって、すべての官僚機構も有機農業とエコロジーの推進機関に転換していった。
 こういうキューバのことを書いた本などを読んでしまうと、「食べものは自給しているから、自給自足の暮らしをしている」などと言える日本人はまずいないのでは、と思ってしまう。トラクターやコンバインは石油、宅配便の車も石油、タネもタネ屋から買う、肥料も化学合成、農薬も化学合成で石油のおかげ、さらに有機農業肥料ですらいまやほとんどが石油のおかげで作られている。食べものよりも石油のほうが基本だと思った。昔、日本を「砂上の楼閣」ならぬ「油上楼閣」と言った堺屋太一が日本の現状をよく言い当てているとも思う。「油上の有機農業」だなーんて。

ウェブサイトの声 雪寂日記 【仏田さんのお話】2003年2月8日

 「200万都市が有機野菜・・・」の本を書いた吉田さんと一緒にキューバへ行った仏田さんが、スライドを見せながら話をしてくださるというので、少しうかがいたいこともあり行ってきた。とても興味深い話が聞けたので、要旨をここに書いておく。
 キューバの人が循環型社会を目指すのは、欧米諸国と貿易が出来ないからやむを得ずやっているのかどうか。つまり価値観として、経済至上でないものがあるのかどうか。
 そもそもキューバは、学校と医療が全部無料だそうで、都市生活者よりも田舎で農業をやる人の方が収入がいいとか。基本的に土地は全部国有で、耕作して作物を作る気があれば、土地は無料で政府から提供されるとのお話。なるほど、これなら値段ばかりが高くて利用できない土地はないだろうし、僕のように、いくらやる気があっても土地がない人もいないわけだ。
 教育が全部無料だというのも、日本や欧米とは大きく違う。特に日本の学校では、知識よりもステータスが大事で、それによって経済的優位な立場に立てるよう社会が作られている。受験だ、ゆとり教育だと一見違うことを言っているようでいながら、実はみんな金銭経済の拡大しか望んでいないかのようだ。実際にはそうでない価値観で生きようとしている人が大勢いるのに、社会的には追いやられた生活を余儀なくされる。
 それではキューバの教育では、何を一番大切に教えているのか。仏田さんは、「人生をどう生きるか」だとおっしゃる。社会全体に物品は不足していても、貧富の差が少なくて、政府の要人でも、農民より多くの収入を得るわけではない。だからこそ、自分の人生をどう生きるかが大切な問題になる。環境を重視した循環型社会を目指すのは、かならずしも欧米諸国と貿易が出来ないからではなかったのだ。
 僕らは、どっぷりと米国型社会の価値観に浸かって、それを当然のことと思い込み、その社会を維持するために、一般市民を爆撃する、あるいは放射能汚染する戦争にさえ、正義のため、テロから身を守るためとか言って正当化する。しかしそうではない価値観が、ひとつイスラム世界だけではなく、キューバのような社会システムにも息づいているのだ。日本には日本のありようがあるはずで、僕はそういった模索が世界を救うと信じている。何を大げさな・・・ですって?
 いやいや、まみあなや自然農や「おいしくたのしく」の活動が、やがて社会の価値観を人間として正常なものにしていけば、それが世界中の人を幸せにするって事ですよ! 農も国も、まずは土壌作りからですね。


ウェブサイトの声 ふじおの読書感想文 2002年12月3日
 この本のキーワードは、「持続可能な社会」「有機農業」「みみず」「代替自然(オルターナティブ)医療」「コミュニティ・ソリューション」「民度」「自然エネルギー」「自転車」あたりでしょうかね。これらによってソ連崩壊後の、アメリカによる経済封鎖を、何とか堪え忍んで、持続可能な社会を実現させようとしています。大したものですが、超大国アメリカの横暴さは、何とかならんものでしょうかね。都市農業によって、食料輸送目的による2酸化炭素消費量も大幅に減少させることができるようです。日本経済が崩壊しても困らないように、家庭菜園も一緒に勉強してみようか。


●読者カードの声 (67歳男性)

 キューバについて今までの無知を知った。すべてが驚きであった。そして希望を与えられた。

●読者カードの声 (28歳男性)

 キューバといえばカストロ国家評議会議長。彼の独裁による貧しい国。こんなイメージがこの本を読んでからガラリと変った。なんと素晴らしい国なんだろうか。日本もこんな国に変って欲しい。

●読書カードの声

 近年になく面白く読みました。キューバをこの本の視点で撮りたくなりました。

●読者カードの声(21歳男性・学生)

 キューバがやっているような農業技術を日本でもやっていきたい。

●読者カードの声(64歳男性・農業)

 私が理想としていたことが次から次へとあり、ワクワクして読んでいます。持続可能な社会のために、この本より学び地域に根ざしたい。

●読者カードの声(64歳男性)

 キューバの循環型社会へ向けての取り組みが面白い。これからは小さな国が世界の標準になるのではないかと思う。

●読者カードの声(56歳男性)
 人類と地球上の全生命が、今後も楽しく生き残る道は、この本がさし示しています。キューバには1997年に観光で行きましたが、環境や農業の視点がなく、今となっては、それが悔やまれます。

●読者カードの声(73歳男性)キューバの都市農業について知り、非常に驚きました。

●読者カードの声(69歳男性)キューバがなぜへこたれないのか。その秘密のひとつがわかった。