出来ることを、出来るだけ。
「一大事でさあ!」
「………」
子猫を見つけた日織が駆け込むように家に戻れば、そこにはまだ寝ていたはずの同居人、磯前忠彦の姿があった。
「どうした」
「どうしたもこうしたも、緊急事態ってヤツです」
「あん?」
「馬鹿がとんでもねえことしやがって」
「………」
普段飄々としている日織が憤りも露に子猫を差し出せば、磯前は少しだけ珍しそうに日織を見つめるが、それは一瞬のことで。
咥えた煙草に今々火を点けようとしたいたライターをポケットに戻し、ふいっとその場から去っていったと思えば、日織がなにか言う前に箪笥からタオルを数枚手にして戻ってきた。
「旦那?」
「まず温めなきゃならんだろうが」
「え、ええ」
「一応エアコンも点けといた。後はなんだ、ミルクか?お前の言うとおり緊急事態だし、この際牛乳でも飲ませねえよりマシだろう」
「詳しいですねえ…」
「変な事に感心してねえで、さっさとそいつを温めてやれ。身体を温めてやらんことには、牛乳だって飲めやしねえぞ」
「そうでした」
口調はぶっきらぼうながら、それでも的確に子猫を助けるために動く磯前に、日織は正直驚きを隠せないでいた。
しかし、手に抱いたままの子猫を救うには呆けている暇はないのだと思い出し、磯前からタオルを受け取るとなるべく揺らさないように包んでゆく。
「あんまり歓迎できないが、今日は幸いどっちも仕事が入ってねえからな。車を出してやるから、後で病院に連れていくぞ」
「お願いします」
「全く、ふざけたヤツがいたもんだ」
「本当に…」
日織が見つけたときは辛うじて鳴き声をあげていた子猫だったが、今では鳴く体力もないらしく、包まれたタオルの中で小さな身体をぶるぶると震わせている。
額を付き合わせるようにしてそれを覗き込んでいた二人は、子猫に対しての居た堪れなさと、このようなことをしてでかした見知らぬ人物に対しての憤りに、揃って大きなため息を吐いた。
「まだ寒いみてえだな…」
「ロケに持っていってたカイロはもうなかったか?」
「こんな時に限って、丁度使いきってまさあ」
幾重にも包んでみたものの、震えが一向に治まらないため焦る日織に対し、磯前はやはり冷静なまま周囲を見回して。
「なら、簡易湯たんぽでも作るか」
「あ」
飲みかけのお茶が入ったペットボトルを手にして、お湯を沸かすべく台所へと消えてゆく。
「………参った」
拾ったときの状況に憤りが先行してしまい、日織はどうにもこうにも冷静さに欠いているらしい。
「偉そうなことを言っておいて、なんてザマなんでしょうねえ。俺なんかより、あのお人の方がよっぽどアンタを守ってくれそうですよ」
苦笑交じりでそう呟く日織だったが、それは単に自分の情けなさにであって。
必死で生きようとしている子猫に、少しでも自分の体温が分け与えられればいいと、包まれたタオルごとそっと胸に抱き。
「馬鹿な人間のせいで、えらい目に遭わせちまってすみません。でも、俺が、俺たちが絶対アンタを守りますから。だから…」
どうか生きてください、と。
ありったけの想いを込めて、日織はそう祈る。
雨が屋根を叩く音が、やけに響く朝は。
心地よいはずのその音を、初めて煩いと感じた朝だった。