日織は早くもメロメロです。




磯前がペットボトルに熱めのお湯を入れた簡易湯たんぽを作り、それを抱かせて暫くすると。

子猫の身体の震えはようやく治まり、体力が戻った途端空腹を訴えしきりに幼い鳴き声を上げ始めたため、磯前は再度台所へと戻って行き。

とりあえずの対処として、ごく少量の蜂蜜を加え温めた牛乳を用意してみたのだが。




「んー……」
「…………」
「んー…んー……」
「…………」
「んー…んー…んー…」
「何やってんだお前は……」




磯前が部屋に戻ってみれば、ペットボトルごと子猫を懐に抱いて温めていた日織が、何やら奇妙な呻き声を上げて唸っていた。




「おら、何をぐだぐだ唸ってんのか知らんが、早くチビすけに牛乳を飲ませてやれ」

磯前としてはいつもなら平気で(手加減なしの)蹴りを入れているところだが、日織が子猫を懐に入れているため、今回ばかりは押す程度に足先で突付けばそこで漸く我に返ったらしく。

「んー……あ、そうですね」

そう返事をするも子猫用の哺乳瓶などあるはずもなく、代理品としてストローを探してみても口の広いものしか見つからず。
最終手段といわんばかりに脱脂綿に牛乳を含ませ口に持っていけば、子猫は日織の懐から身を乗り出さんばかりの勢いでそれを舐め始めた。

「体力つけねえといけねえんです、しっかり飲んでくだせえよ」

誤嚥性肺炎をおこす可能性があるため、日織が極々少量ずつ根気強く与えてゆけば、子猫は咽ることもなく必死になってそれを舐め続けて。

「よし、こんだけ飲む元気がありゃなんとかなるだろうよ」
「ええ、ひとまず安心でさあ」

運び込まれた時から比べると目に見えて元気になったその様子に、人間二人はそこで漸く安堵から深く息を吐き出した。

「ああもう、たまんねえや。アンタ本当に可愛いですねえ」
「…………」
「誰も取ったりしねえんだ、ちっせえ手でそんなに踏ん張らねえでもいいんですよ」
「…で?」
「え?」
「え、じゃねえだろうが。さっき何を唸ってた」
「ああ」

かつてない程に眦を下げて笑みを浮かべ、全身から子猫に対する愛情をダダ漏れさせて牛乳を与え続ける日織を尻目に、磯前は火は点けずに煙草だけを口に咥えてそう問いかけるのだが。
その質問に対し何故か日織は急にすっと笑顔を下げ、真剣な眼差しで磯前を見返した。

「ねえ旦那」
「なんだ?」
「この子を病院に連れて行く前に、俺らは重大なことを考えなきゃならないんでさあ」
「……?どうせお前の事だから、こいつを飼うことは決定だろうが。ここで飼うことが決まっている以上、何かとりたてて考えることなんざあるのか?」

しかし磯前にしてみれば取り立てて思いつくことはなく、訝しげに日織を見返してみるのだが。




「名前ですよ、名前。飼うことは最初ッから決まってんですから、早いうちに名前を呼んで覚えさせねえと。それに名前がなきゃ不便でしょうがねえや」
「………………」



どうやら日織は子猫を温めながら、ずっと名前をどうするかで真剣に悩んでいたらしい。
牛乳を与えながら「さて何て名前にしましょうか」と、子猫相手に本気で問いかける日織に、最早返す言葉も見つからず。







「……それは判ったから、頼むから親ばかにだけはなるな」







まだ拾ったばかりだというのに、子猫と一緒の生活が始まるこれからへ一抹の不安を覚える磯前だった。







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