家族が増えました。




「さて、なんて名前にしましょうかねえ」



これでもかと温められ、空腹を満たすために牛乳を与えられ、それにより漸く落ち着いたらしい子猫は。
日織が子供をあやすように自分を撫でてくれることに安堵したらしく、未だ口に含まされる牛乳を舐めつつも彼の懐の中でうとうとし始めていた。

「うーん。どうせなら日本的な名前…和風がいいですかね」
「そんなもん、お前の好きにすりゃあいいだろうが」
「ええ?大事な名前なんです、旦那も一緒に考えてくだせえな」
「面倒くせえ…」

子猫の毛並みが黒に白足袋なのだから、クロとかタビとかそんな名前でいいじゃないかと思いはしても。
日織がこれと決めればどうせそれに押し切られることは目に見えているし、下手な名前を挙げて駄目出しを食らうのも癪なため、磯前が早々にこの話題から離れようとするのだが日織はそれを許さない。

「面倒ってこたあねえでしょう。可愛い我が子の名前を考えるのは、親として当然でしょうに」
「……それ以上莫迦言いやがったら、チビすけを取り上げるぞ」
「ええー」

日織は懐に猫を、磯前は手にミルクを持っているせいでこれだけの会話で済んだが、もしお互い何も持っていなかったら、磯前は間違いなく(力一杯)日織の頭を叩いていた。

「親莫迦はお前だけで十分だ」
「……自分だって十分その素質があるくせに」
「何か言いやがったか」
「いーえ」

子猫を助けるために的確に動いていることをぼそりと皮肉れば、磯前は猛禽類の如き眼光の鋭さで日織を睨みつけるものの、それが通じるはずもなく。

「旦那がぶっきらぼうで優しいのは、今に始まったことじゃねえし」
「……………」

逆に突っ込みにくい言葉でもって磯前を褒め、それ以上の反撃を封じてしまう。

「ああもう、可愛いなあ…」
「…ほれ、ちゃんとストローを口に持っていけ。チビすけが怒ってるぞ」
「おっと、あんまり可愛いんで惚けてました」

日織の思惑通り言葉に窮している磯前をそのままに、懐に抱いた子猫に視線を移せば、うとうとしつつも急にはっとして牛乳を舐め始める仕草と、牛乳を求めてしがみ付いてくる小さな小さな手がどうしようもなく可愛くて。
折れそうなほどの小さな爪が引っかかる微かな痛みよりも何よりも、まさに桃色ピンク色をした綺麗な肉球の絶妙な弾力にこの上ない至福を感じ、日織は牛乳を与える手を疎かにしてまでその感触を愉しんでは子猫と磯前に突っ込まれていた。

「しかし本当に何て名前にしましょうか。平蔵…じゃあなんか名前負けしそうですから、大五郎…も同じか」
「おい」
「でも彦十じゃ悪戯が酷くなりそうだし、忠吾だと色々とねえ…」
「こら」
「猫は寝るのが仕事ですから紋蔵でもいいような気もしますが、子沢山になられても困りますし。伊織…じゃ俺と被るしなあ」
「いい加減にしろこの莫迦っ」

しかし磯前に促されまともに名前を考え出した日織の口から出てきたものは、自分達が一緒に仕事で関わった作品に出て来る登場人物の名で。
どう大目に見てもまともに考えているとは思えない磯前は、とうとう(子猫に影響しない程度の力加減ぎりぎりで)日織の頭を叩いて止めさせた。

「お前真面目に考える気があるのか?!」
「勿論です。だからこうして和風な名前を挙げてんじゃないですか」
「ほー。なら言わせて貰うが時代劇の登場人物の名前は却下だ」
「………ちえっ」
「舌打ちするな!」

子猫からの催促にすみませんと謝りながら牛乳を与え続ける日織は、考えていたことを磯前に却下されて子供のように口を尖らせる。

「だってどうせなら、和風でかつこの肉球みたいに和む名前がいいかと思って」
「それはお前だけで俺は全然和まない。和風で和む名前は構わないが、それ相応な名前でなきゃ俺は許さねえからな」

そして子猫の小さな小さな足を持ち、肉球を指に引っ掛けて磯前に主張するも(当然の事ながら)釘を刺され、今度は日織が押し黙ることになった。



…のだが。



「和む名前ねえ…」

にい。

「和む名前と言っても」

にいにい。

「……和む、名前」

ぴゃ。

「…………」
「…………」

日織が『和む』という言葉を呟く度に、子猫がしきりに反応してみせるものだから、二人ともなんともいえぬ表情で子猫を見つめてしまう。

「『和む』?」

んにゃ。

「…アンタ、それがいいんですかい?」

にいにいにい。

まるで返事をするかのようなそれに日織が冗談半分で問いかけてみれば、子猫は肯定するようにしっかりと鳴き声を上げて。

「こいつが返事をしたんだ。何か文句あんのか?」
「…ありません」
「なら決まりだろうが」

日織が自分から言ったとおり『和風』で『和む』ものであるだけに、磯前としてはこれ以上名付けで悩むつもりは毛頭なく。




「おいチビすけ。お前の名前は【和】だ。【なごむ】、だからな。早く覚えろよ」




慣れたもので日織が何かぐだぐだと言い出す前に〆ると、きょとんとして自分らを見上げている子猫の頭を撫でては決めたばかりの名前を語りかける。





『和』という名を示した(?)のは日織で。
それに返事をした(?)のが子猫で。
じゃあそれにしろと決定(?)したのは磯前で。





最初から微妙な息の合い具合を見せる二人と一匹は、こんな調子で一つ屋根の下暮らし始めるのだった。



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