それは、命を繋ぐ人の温かさ。




「…いざ探してみると、何処がいいのかてんでわからねえや」

拾って和と名づけた仔猫を診てもらおうと某電話帳で調べていた日織は、いざ調べてみれば在りすぎて何処がいいのか困り果てていた。

「俺の大事な和さんですからね。変なところを選んでとんでもない目に遭わせるわけにはいかねえし」

某電話帳を捲る手は止めずに、満腹になって眠りについた和を相変わらず懐の中に抱き込んだままの日織は、それだけは絶対に避けなければと自分に言い聞かせ。
だが掲載記事だけでその判別がつくはずもなく、ならばネットでどうにか調べられないかと思いつき、所有しているノートパソコンを持ってこようと(和を起さないように)そっと腰を上げた。

「どうした」
「おや旦那。意外と早かったですね」

しかし丁度そこへ、廊下へ出ていた磯前が戻ってきた。

「和になんかあったのか?」
「いいえ、和さんならおとなしく眠ってまさあ。ただ獣医に連れて行こうと思って調べてたんですが、電話帳だけじゃ何処がいいのかてんで判らなかったんで、ネットで調べられねえかなと思いまして」
「ああ、それなんだが。俺にちょっとばかし心当たりがあってな」
「心当たり?」
「…来たな」

和に気遣い煙草を吸うために廊下へ出ていた磯前へどうしたいいかと相談を持ちかける日織に対し、問われた相手は何やら考えがあるようで。
それは何なのだと日織が口を開きかけたところで、磯前が煙草と一緒に手にしていた携帯から二人にとって馴染みの着信音が流れてきた。

「?こんな早くに氷室さんから電話ですかい?」

その着信音が告げるのは、磯前の飲み仲間であり、この家にも何度かやってきた事があるために日織とも面識のある氷室裕という人物で。
相手が誰なのかはすぐにわかっても、朝早くに電話をかけて寄越すような人物ではないだけに日織は首を傾げるが、磯前はそれに答えることなく、むしろ用件がわかっているのか出るなりすぐに「どうだった?」と切り出していた。

『よ。俺だけど』
「おう。で、どうだった」
『向こうに連絡しといた。すぐに診てくれるって言ってたから、連れて行っていいぞ』
「すまんな裕さん。助かった」
『なんのなんのこれくらい。あ、場所は大丈夫かぁ?』
「こないだ言ってた所だろ?大丈夫だ」
『そりゃ良かった。はは、珍しくも忠さんの頼みだとくれば、こっちとしても手を貸さなきゃ駄目だよなあ』
「何言ってんだ。しかし今度この埋め合わせをするからな。時間が合うときにでもまた飲みにきてくれや」
『そりゃ嬉しい。忠さん秘蔵の酒も楽しみだけど、彼の手料理も楽しみだ』
「ああ、そっちも期待しといてくれ」

磯前が軽口を叩きながら交わしている会話に、当然の事ながら半分しか会話の聞き取れない日織は首を傾げるしかなく。
それでも磯前の意図は汲み取ったのか、何かを言われる前に和を懐に抱えたまま自宅の戸締りと火の元を確認してから、財布の中身も確かめつつ予備のタオルを手にしていた。

「獣医のあてはついたんで?」
「昼行灯ながらしっかり刑事やってるあの裕さんの知り合いなら、お前だって信用できるだろ」
「確かに」
「連絡をしてもらったらすぐに診てくれるって話だ。さっさと行くぞ」

そんな日織に余計なところは全て省いて説明すると、磯前はすぐに立ち上がり車の鍵を手に玄関へと向かう。

「……あ」
「なんだ?」

磯前に続いて玄関へと足を向けていた日織だったが、ふと何かを思いついたらしく歩みを止めて。
それに気付いた磯前がどうしたのかと振り返れば、そこにあったのは何も入っていない洗濯ネット。

「ねえ旦那。猫ってえのは確か籠か網に入れて連れて行かないと駄目、なんじゃなかったでしたか」
「あん?そういうもんか?」
「いや、詳しくは判らねえんですが」
「だが籠なんかねえし、こんな小さいモンをネットに入れるってのも…」
「それに自分じゃまだ歩けねえですし」
「……なら今回くらいはいいんじゃねえか?お前の懐から出る気配もないし、一応ネットだけは持って行くってことで」
「そうしますか」

ならば後は急いで向かうばかりと二人が和を連れて車に乗り込み、紹介してもらった場所へと向かえば。
医院前にある駐車場に車で乗り込むや否や、日織とそう大して年の変わらないであろう男女がそろって、待っていましたと言わんばかりに飛び出して来た。

「ええと、氷室さんから電話があった…磯前さん、ですか?」
「あ、ああ」
「準備はできてますから、どうぞ!」
「はあ…」

早朝に無理を言ったのはこちらだというのに、嫌な顔をするどころかにこにこと満面の笑みで出迎えてくれた、左胸に『鳴海』と彫られたネームプレートを掲げた女性は。

「あら、子猫はどちらですか?」
「和さんならここに…」
「かわいい…!」

挨拶もそこそこに日織が懐を広げタオルごと和を見せれば、その小ささと可愛らしさに目一杯眦を下げ。

「………」
「………」

磯前たちがとあるものに気を取られていることに全く気付く様子もなく。

「京香先生、まず中に入ってもらいませんか?」
「そうね。私ったら、気が急いちゃってダメねえ」

『真神』と彫られたネームプレートの男性からそう提案され、『京香先生』と呼ばれた『鳴海』というネームプレートの女性はほんのり赤くなるのだが。
彼らとは全く別の、フンフン、と多少興奮気味の鼻息でもって日織に纏わりついているその存在に関しては、それが当たり前だといった様子でなんの説明もなくて。

「あ、あの」
「はい?」

診察を始めますよー!と気合十分で磯前たちを伴い院内へと戻ろうとした『京香先生』に、その存在に纏わりつかれたままの日織は和を守るように懐へ手を当て。

「…こちらはどちらさんで?」

と、恐る恐る切り出してみるも。

「こちらって…【那須さん】のことかしら」
「【那須さん】?」
「ええ、【那須さん】」

爽やかな笑顔と共に告げられた言葉に、それは人の名前じゃねえんですかと、そう首を傾げてしまいそうになった日織の側にいたのは。




「………デカイな」




流石の磯前でさえ目を見張るような、それはそれはとても大きな一匹の犬だった。


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