和くんなりに考えています。

とある街の、とあるところに。
少し詳しく語れば前方には住宅街を、後方には田園と少し離れた場所に小さな山を見ることの出来るその場所に、映画やドラマに出てきそうな館を小振りにしたかのような建物は建っていました。
その建物は高遠幼稚園といい、そこには沢山の可愛らしい子ども達と、そんな子ども達を親ごさん達から預かる頼れる先生達がおりました。



「せんせーさようなら!」
「さよならー!」
「おう、また明日な」


今日も幼稚園での一日が終り、迎えに来た保護者に手を引かれ帰って行く中で、いつもは磯前先生と一緒に皆を見送る和くんがいつのまにか一人教室へと戻っておりました。
そして片付けてある山積みのおもちゃブロックの後ろに隠れ、そのくせこそりと顔を覗かせては帰るみんなの様子を伺っています。

「どうした和」
「!う、と、ただひこ、せんせー?」
「おう」

園児たちの中でもとびきり可愛らしくて愛らしいと評判の和くんでしたが、ちょっと困ったことに人一倍気が弱く恥ずかしがりやで。
そんな和くんの担当で(諸事情により保護者でもある)磯前忠彦先生は、他の子たちと比べて贔屓にならないように心を砕きつつ、珍しくも一人離れていることに心配になったからこそ近寄ってみるのですが。
みんなのお見送り途中の磯前先生がちゃんと探しに来てくれて和くんは嬉しくてほにゃっと破顔するも、すぐに「んっ」と言った感じで真剣な顔つきになると、先生ではなくお友達の方をみつめ始めます。

「本当にどうした。また『知らないお友達』でも見えたか?」

和くんは実は怖がりでもあるのにも関わらずなんとおばけが見えてしまう大層難儀な体質でしたから、同じように見える磯前先生がそちらの心配をしてしまうのは無理もないわけで。

「…ううん。ちがうの」
「そうか」

しかしそれを否定してふるふると首を振っていますし、そもそも本当に見えているのならこんなに平気な顔をしているはずもありませんでしたから、磯前先生はすぐに心配の矛先を変えることにしました。

「誰かと喧嘩でもしたか」
「ん、と。けんかはしてない…よ?」
「じゃあなんでこんな所に一人でいるんだ?皆に挨拶しねえでいいのか」
「…ん、とね。ただひこせんせーは、なごだけがだいすきっていうのは、だめなんだよ。せんせーは、みんなだいすきなんだよ」
「…は?」

いきなり話題が変わって首を傾げる磯前先生でしたが、和くんがいいたいことは磯前先生を自分が独り占めするのは良くないことなのだと、つまりはそういう事らしく。しかしその磯前先生自身は、和くんから独り占めされていた覚えなどなありません。
ですからお友達と喧嘩をしたとかはたまた皆には見えないお友達が悪さをしたとかそちらの懸念していた磯前先生は、和くんの口から返ってきた答えに対してつい、ぽかんとしてしまったのは無理もありませんでした。

「あ…と、ちょっと待て。何がどうしてそんな気遣いしてんだお前は」
「うー」
「なにがあった?」

片眉を顰めてさも怪訝そうな顔つきになる磯前先生でしたが、それでも和くんの頭を『わっしゃわっしゃ』と撫でるその手つきはとてもとても優しくて。
和くんからしても、その『わっしゃわっしゃ』がとっても嬉しくてとっても気持が良くて、つい、いつものように磯前先生にぎゅっと抱きつきそうになりました。


しかし。


「あ」
「和?」

磯前先生にむかってぱっと差し出してしまった両腕に、はっと我に返った和くんはそのまま見事に硬直して。



「ん…と、んと、なご、ただひこせんせーに、ちょこっとだけ、ぎゅーってしてもらって、いいですか?」



しかも和くんが一生懸命ながら遠慮がちにこんな言うものですから、今度こそしっかりと磯前先生の眉間に縦皺が現れてしまいました。




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