和くんなりに一生懸命です。



「……」
「…ちょこっとも、だめ…?」
「あ、いや、ちょこっととかなんとかでなくてな…」

眉間の皺と僅かな沈黙に、和くんは磯前先生が無言で駄目だと言っているのだと勘違いしてしまったようで、盛大にしょんぼりした挙げ句、大きな瞳からぶわりと涙が浮かび上がってきています。

「駄目だとは一言も言ってねえんだ、泣くこたあないだろう」

磯前先生からしてみれば、和くんが自分に抱っ子をねだれば無条件で応じる気は満々です。
しかも和くんの不敏な体質は他の先生達も知っていましたし、何かあれば対処出来るのは磯前先生だけだと全員承知済みなのですから、園児と先生という事を抜きにしても和くんはこんな遠慮をする必要などないはずです。

(これは恐らく、誰かに何か変な知恵つけられたな…)

そもそも磯前先生自身が和くんを構い倒したい方なので、これでは別の意味で不都合なのです。

「せんせー…?」
「…あのな、和。『ちょこっと』だけってのは、先生が困っちまうぞ?」
「う…?」

磯前先生は和くんの目線と同じ位置にくるようにしゃがみ、うるっとしたままの瞳を覗きこみます。

「先生は和を『たくさん』ぎゅっとしたいからな。『ちょこっと』だけじゃ足りない」
「……!」
「でも和から『ちょこっと』だけなんて言われたら、俺はお前の先生なんだしそれを聞いてやらねえと」
「……!!」
「先生は『たくさん』ぎゅっとしたいが、和は『ちょこっと』なんていうからなぁ」
「……!!!」

さも残念そうにがっかりと肩を落として大きな声で呟けば、呟きごとに和くんの瞳は見開かれて。

「やだ!なごもほんとうは『たくさん』がいい!」
「ほう。さっきは『ちょこっと』だったのにか?」
「だって、だって、ただひこせんせー、なごと『こんやく』してないもん!」
「……は?こんにゃく?」

理由を聞き出すつもりでちょっとだけ意地悪な言い方になってしまった磯前先生に、和くんはとんでもないことを口走りました。
半泣き状態だったせいかはたまた流石に理解しきれなかったのか、磯前先生が思わず聞き返せば和くんはちがうのとむきになり。
再度『こんやく』だと言われて漸く『婚約』なのだと漢字変換されましたが、磯前先生はやっぱり理解できません。

「おやこじゃないのに、いっしょなのはへんだって。せんせーといっしょにくらすのは、なごじゃなくてけっこんするおよめさんでしょって。
だから、なごだけが、だいすきっていうのは、だめなんだもん。ようちえんでも、おうちでも、いっぱいぎゅってしてもらうのは、ずるいんだって…」
「…………」
「…せ、せんせーは、なごのおとうさんじゃないし、おかあさんじゃないし、せんせーにおよめさんがきたら、なごはいらないこだし、だから、だから、…ふ…ふえ…」
「そんなことか」

子供なりの理由にまたちょっとだけ眉間の皺を深くする磯前先生でしたが、それでも伊達や酔狂で和くんを引き取ったわけではありませんでしたから、半泣き状態の和くんを宥め納得させるために密かに隠し持っていた奥の手を使うことにしました。

「この際だ、いっそなるか?」
「な、なるって…なに、に?」
「嫁」

あっさりとそう提案されて、当然ですが半泣きだった和くんは驚きのあまりきょとんとしてしまいます。

「言ってる意味が判らねえか?」
「え…と。なごが、せんせーの?」
「そうだ」

大きな目に涙を浮かべたままきょとんとしている和くんの頭を撫で、磯前先生はそのうち必要になるだろうとジーンズのポケットに入れていたモノを取り出して。
いつの間にかぎゅっと握り締められていた和くんの小さな可愛い手を開かせてから、取り出したそれをぽんと乗せました。

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