三笠編(奈落の城事件中)  01



血の繋がらない親戚からこの城への招待状をもらった時、何故こんな回りくどいことをしてまで呼び出したのかと無性に腹が立った。
実際(仕事を無理やり所長に押し付けて)やってくれば、呼び出した本人を含めどうにもこうにも真意を明かさない連中にまた腹が立った。
問い詰めようとしていた矢先、アルノルトのSPであるジョージが殺されて、挙句つり橋を落とされ閉じ込められて。
あまつさえ(果てしなく胡散臭いものの、それでも気遣いがずれているだけだからと、さして気にもしていなかった)日織が消え。
……傷ましい程に取り乱すお前を前にして、元刑事のくせに何も出来ず、現役の探偵の癖に気の利いた言葉もかけられず何もしてやれない自分に腹が立った。


だが、今にして思えばあの時、俺は俺なりに動揺していたんだと思う。


刑事を辞めて久しいのに、殺人事件になぞ遭遇してたまるかという思いもある。
それに探偵とはいえ、依頼に持ち込まれるのは精々猫探し(これは俺の趣味だ)や素行調査が主だし、大体刑事事件なんかに巻き込まれるのはテレビや小説の中の話だと思っていい。
第一警察ってのは首を突っ込むと色々と面倒くさいんだ。


…話が逸れた。


つまり俺が何を言いたいのかというと、うん、こんな状況は慣れていない。ただそれだけだ。
何?そんなことはない、むしろ慣れていた?夏の事件の時の自分とは比べ物にならないくらいだったと?


…当たり前だ。


今は探偵でも、刑事時代に先輩から叩き込まれた捜査の基礎はそうそう忘れられるものじゃない。
第一覚えてるのは頭じゃなく身体の方だからな。忘れようとも忘れられないという方がしっくりくるかもな。
本当にごく普通の一般市民…というよりその一般市民よりも気の弱いお前が、殺人事件を見事解決できただけでも大したものだろう。


また話が逸れた。今はこんな事を言っている場合じゃない。


何を話していたんだか……ああそうか、一連の事件についてだな。
そういえばジョージのことに関しては、今の段階では正直手詰まりでどうにもならない。殺人が行われた時の手がかりも材料もない。
むしろ一連のことに関しては、お前の持ってくる情報で、疑問にすら思えなかった引っ掛かりが形になっているだけだしな。
まあ疑っていることがないわけじゃないが。
ないというよりも、あり過ぎて何が大事な疑問なのか判らなくなっているとも言える。


……だから。そんな縋るような目で俺を見るな馬鹿者。まるで俺がお前を苛めているみたいじゃないか。


そんなことより、日織の事なんだが。


あいつは自分で消えたんじゃないかと俺は思っている。いや、あれは自分から消えたと確信している。
それはお前も同意していたな?…ふん、そう信じたいだけでもどちらでもいい。
とにかくあいつは自分から消えたんだ。でなければ俺とお前を出し抜けるはずがない。
お前は気が弱く人を疑う事も知らないような御目出度い人間だが、それでも肝は据わっている。そして何よりもまず、固定観念に囚われない柔軟な頭は賞賛に値する。
それにお前は「見る」目がある。着眼点もいい。もつれ絡みあった糸のようなバラバラな情報から、本筋に当たる大事な一本の糸を見つけ出す能力は申し分ない。


そんな事はないだと?


…馬鹿者、俺は滅多に人を褒めたりはしないんだ。謙遜しないでありがたく受けておけ。
大体お前は見ていると、妙に構い倒してやりたくなるんだ。俺は基本人間にそんなことを思ったりしないからな、貴重だぞ?


……また話が逸れた。


とにかく、だ。日織は自分から消えた。これが意味する事はなんだ?
そして俺たちはなにを知って何を知らないのか、何を見て何を見落としている?
ジョージの件もあるし、洒落にならん状況でなおしらばっくれるあいつに、俺は正直腹が立ってる。
お前に心配をかけると判っていて自分から消えた日織に至っては、一発殴るだけじゃ気が済まない。
大体この城の作り自体が気に入らん。
お前が解いた仕掛けの時計と、見つけた隠し扉に隠し通路、隠し部屋。これだけ怪しいものが見つかってなお、どうしてあいつ等はああも平然としていられる?
それについて、ここの主はどうあっても自分から教えるつもりはないらしいからな。


向こうがその気なら俺たちは俺たちでその隠し事を見つけて、そのすまし顔に叩きつけてやろうじゃないか。





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