笑顔よりも 1


普段九龍は、常に柔らかい人好きのする笑顔を絶やさなくて。
博愛主義者とまではいかなくとも、誰にでも愛想のいいあいつにとってそれはあたりまえで、だからこそ誰にでも見せているんだと、そう思っていた俺は。
遺跡で助けられた後、それが俺自身に向けられることがなくなった事に気が付いて、ただ愕然としたのを覚えている。





「なあ、九ちゃん知らないか?」

笑顔が向けられなくなった途端、気が付けば九龍は俺の側から居なくなっていることが多くなって。
今まで探しに来られる立場だった俺が、片っ端からあいつの居場所を知っていそうな連中に声をかけては、九龍を探して学園内をうろつくようになっていた。

「九チャン?さっき椎名サンと一緒に歩いてどっかに行ったよ?」
「それはいつだ」
「いつって、だからさっき」
「八千穂、九ちゃんはどっちに行った?」
「えー、屋上の方だったと思うけど…あ、まって皆守クン!」
「なんだ」

側に九龍が居ないということが酷くもどかしくて、聞き出すと同時に踵を返しかけた俺を八千穂が引き止める。

「はいこれ」

苛ただしさを隠しもせずに睨みつけるように八千穂を見れば、一瞬だけ怯むものの、それでもすぐに俺に白い紙を押し付けた。

「なんだ?」
「九チャンから」
「?!」
「伝言も預かってるよ。【ズルすんな】だって。あたしちゃんと伝えたからね!」
「…………」

何が不服なのか、目一杯不機嫌さをあらわした顔でそう釘を刺すと、八千穂は俺の返事を待たずにその場を去っていった。

「なんなんだ…?」

意味が判らず唖然と立ち尽くす俺だったが、手渡されたものが気になって手元に視線を落とせば、そこに書いてあったのはたった一言。

「取手に会えって、どういうことだ?」

訳が判らなかったが、それでも九龍が俺に何かをさせたいらしいとだけは悟って、だからこそさっきの八千穂の伝言だったんだろうということは理解したから、面倒臭いと思いつつも取手を探し出してみれば。

「…はい、僕も、預かってるよ」

八千穂ほどは明らかじゃないが、こいつにしては珍しく怒りの色を露わにして俺を見つめて、そして…あいつと同じようにまた白い紙を手渡してきた。

「またかよ…」

嫌な予感がして手渡された紙をすぐに見てみれば、今度は「リカに会え」と一言だけ書いてあって。
苛つくというよりは困惑の方が大きくて、思わず頭を掻いて唸ったら。

「皆守君は、本当に判ってないんだね」
「は?」

そういう取手からは怒り以上の諦めの色が見て取れて、俺は頭に手を当てたままこいつを凝視してしまった。

「でも、僕は。はっちゃんの為に手を貸すだけだから。…これから大変だけど、頑張って」

溜息とともに酷く同情的にそういい残すと去っていった取手を見送って、俺は手にした紙の差すとおり今度は屋上にいるらしい椎名に会いにいけば。

「おい、椎…なぁッ?!」
「ええ〜い」

可愛らしくも妙に間延びした掛け声とともに、いきなり爆弾を投げつけられた。

「あら〜外してしまいましたの〜」
「お前は!いきなり何をしやがる!」

寸でのところでかわして爆風をやり過ごせば、椎名は全く悪気もなく残念そうに俺を見ていて。

「あらあら、リカ、九サマからお願いされましたのよ?だから、とっておきのをご用意しましてよ?」
「なんだって…?」
「でも〜九サマがおっしゃったように、きちんと避けましたもの。ですから、これはリカからご褒美ですぅ〜」

九龍がなんで俺に爆弾を?!と混乱して立ち尽くす俺に、椎名はにこにこと笑顔を浮かべながら近寄ってきて、そして…また八千穂や取手と同じように白い紙を差し出した。

「…………」
「うふふふ〜頑張って下さいですぅ〜」

馬鹿丁寧なお辞儀をして俺の側を去ってゆく椎名に返事を返すことも出来ず、それでも段々九龍の考えが読めてきた俺が確信を持って手にした紙へと視線を移せば。

「やっぱり」

そこには俺の予想通り「石に会いに行け」という九龍の指示で、これにより(どういう思惑かは全く判らないが)俺を九龍がバディにした連中に順に逢わせようとしているのだと確信した。





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