大混乱 01







「…さて、どうしようかしらねぇ…」










偉大なるいと美しき。長い髪の妖艶なる最強の魔女は、《それ》を見やると、長いこと出合ったことのなかった心の底から沸き上がる脱力感に、顳を押さえて深く深く溜め息を吐いた。















「遅いデスね…」


式神使い一の気苦労背負い人とも言うべき金大正は、事務所にある備え付けのキッチンで用意した夕飯と、そこから見える応接室?の時計を見比べて不安そうに呟いた。

「電話があってからもう1時間以上過ぎました。いくら何でも遅いデス…」

金の待ち人は言わずもがなのここの主、日向玄乃丈。
小夜が忘れたドリルをしばらく前に届けに行き、今から帰ると連絡があってからまだ帰ってこないのだ。

「まさか何かあった…とか…?」

日向に限って…と思っても金としてはどうにも心配になってしまった。

「出ない…」

自分の携帯から日向のそれにかけながら、身につけていたエプロンを外して、応答のない状態に事務所ないをうろうろと歩き回る。
小夜の忘れ物は、本当だったら家庭教師を担う金が届けたはずなのだか。
金がふみこの屋敷に行こうとしたところ、無言ながらも日向が凄まじい眼力で押しとどめたのだ。

「日向サン…」

そわそわと事務所内を歩き回りながら、日向を迎えに行くべきか否か悩む金だった。

「ア、そうだ。こういう時こそ、ふみこサンに尋ねるすると良いんですよネ」

どうしようかとしばらくうんうんと考え込んでいた金だったが、まずは日向の行き先の館の、そこの主であるふみこに連絡を取ってみれば良いことに気が付いた。

「連絡する、だけですカラ…」

ここには日向は居ないのに、それどころかその日向の所在を問う為になのに、金は誰も居ない事務所で言い訳がましく呟いて。

「ふみこサンに電話する、久しぶりデス」

自分の呟きに真っ赤になる金だった。

「こ、こんなコトで赤くなる場合でナイですネ。
エエト…ふみこサンのナンバー…っわぁ!」

そして一人おたおたしていた金だったが、携帯がその当のふみこからの着信を伝えたせいで、焦って落としそうになってしまう。

「ハ、ハイッ!!」
『…何を焦っているの?』

その慌て具合のせいなのか、電話越しにふみこの溜め息を耳にしながら、金はついソファの上に正座してしまった。

「イエなんでもアリマセン何でしょうカっ」

そうして改めて応じると、ふみこは珍しく歯切れの悪い物言いで、日向の事を口にした。

『あなたの大事なオオカミさん、ちょっとだけ困ったことになったの』
「は…?」
『困ったというか…なんて言えばいいのかしら』
「…??」

ふみこらしからぬその歯切れの悪さに、金は小首を傾げながらもだまって携帯に耳を傾けている。

『まず言えることは、日向は間も無くそちらに着くわ。だからその点は心配ないから』

ふみこのその言葉に金はほっと胸を撫で下ろすが、携帯越しのふみこの声はどうにもいつもの凛とした鋭さがないように思える。

「ふみこサン、何かご心配アリマスカ?」

色々な意味でふみこが大事な金大正、怒られるかも知れないことを承知で(心配症もあって)尋ねてみた。

『あら、心配してくれるの?』
「ハイ」
『……』

ふみこのいつものからかうような口調にも、ためらいながらも迷いがない金は、真面目に即答してみせた。

「私に出来るコト、何かありますカ」

そして軽くあしらわれる事を承知で、これまたいつものように金が言葉を続ければ、意外なことにふみこの返事は…。

『あるわよ』

だった。
ここで一瞬でも金が警戒していれば、後々の騒動…というか、己の身に降り掛かる災難を軽く出来たかも知れないのだが。

『金。あなたにしかできない事をお願いするわ。引き受けてくれる?』
「ハイ」

生憎と金にとってふみこは疑う前に手を差し出してしまう存在だった。

「何を手伝うすると良いですか?」

日向がそばに居ないことも幸いしているのか、金は真剣そのものの気構えでふみこの指示を待つ。

『手伝うのとはちょっと違うわね』

そんな金の態度に気を良くしたのか、ふみこは(幾分)いつもの調子で訂正した。

「ではどうすると良いですカ。私そちらに出向く必要はアリマセンか?」
『ないわ』
「………」

真剣になっていた分、すっぱりと断られて子供のように唇をへの字に曲げて眉を潜める金に、それを見透かしたふみこは『いい子だからいじけないの、可愛い大きな坊や』と優しく宥めてきた。

『オオカミさん、もう着いたかしら?』
「エ?イエ、まだ戻るしていまセンが…」
『そう…。さてどうしようかしらね…』
「?私に頼むと言うのは、日向サンが関係するのですカ?」

いきなり話題を変えられて多少面喰らう金だったが、はぐらかされた訳でなく、まだ話がつながっていたことを知ってすぐに我に返った。

『関係するというより…私があなたに頼みたいのは、日向そのものなのよ』
「…は…エ……、日向サン、デスかッ?」
『そう。…実は日向が困ったことになって』
「ひ、日向サンに何がアリマシタか!?」

そろそろ戻ると言われて安堵したことも忘れ、金が慌ててソファから腰を浮かせたところで事務所のドアが開かれた。


「日向サン!」


扉の開く音に金がそちらに視線を移すと、そこに立っていたのは渦中?の日向で。

『日向が帰ってきたのね?…じゃあ一旦電話を切るわ』
「ア、アノ!まだ依頼聞くしてナイ…」
『とりあえず日向が先よ。…宥めておいて』
「宥める?それは一体どういうコトですカふみこサ…っ」

携帯越しにそれを知ったふみこは、用件もそこそこに通話を断ってしまった。
やはりふみこらしからぬそんな態度に、これまたやはり小首を傾げてしまった金だったが。

「お帰りなサイ、日向サン」

まずは(言われなくとも)日向を出迎える為に、正座していたソファから降りて入口へと向かう。

「…遅くなってスマンな」
「イエ、気にしないで下サイ。夕飯、すぐに温めることをしますカラ…」

と、こんなのはいつものやり取りなのだが、今日はなんだかいつもと違った。

「日向サン、どうしまシタ?」

何故か日向が事務所の中になかなか入ろうとしないのだ。
愛用の黒のソフト帽を外すだけで、あとはただガシガシと頭を掻いてそこに立ち尽くしている。
明らかに機嫌が悪いというわけでもなく、しかし日向の機嫌は決してよくない。

「日向サン…?」

扉の外側に身体の半分を隠すようにして立ち尽くす日向に、金が心配そうに近寄ると、今度はバツが悪そうな表情で後ずさる。

「……う……」
「どうしましたカ…何かあったデスか?」
「あーと…その。金」
「ハイ?」

日向は扉に近づいてきた金の肩に両手を置いて、その腕の長さ分距離を取らせてから、幾度か深呼吸を繰り返して何かを決心したように金を見つめた。

「…いいか。気をしっかりと持て」
「?」
「今から見るものに驚くな、とは言わんが。…俺はちゃんと俺だから…」
「?は、はぁ…」

なんのことやらさっぱり判らなかったが、日向があまりにも真剣な眼差しで自分を見ているので、金はこくこくと素直に頷いた。






……が。






それも日向が扉を全開して、《彼》を中に招き入れるまでだった。





「アイゴーッ!!」
「しっかりしろ金!」
「金!!」





日向が中に招き入れた人物。







「どういうコトですカこれはーッ!?」










…それは日向と寸部違わぬ日向だった。






                               


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