大問題 01




「いい加減、機嫌直すして下サイ…」
「……」


日向探偵事務所の中では先ほどから、金がもう幾度となく日向を宥めすかしていた。
本日の仕事を終え、光太郎は約束があるからと早々に引き上げてしまい、よってお邪魔虫の心配もなくなった日向としては、久しぶりに金と過ごせる大事な時間になる筈…だったのに。
もちろん金とて、そのつもりでここに足を向けていたのに。

「日向サン…」

今この事務所には、機嫌の悪い家主相手に途方に暮れる半居候と。

「悪いのは、日向サンですから」
「……」

意図した訳でないのに完全変化してしまい、綺麗な銀灰色の毛皮に被われた大きな身体一杯に不機嫌さを顕にして、とりあえずむすっとしたまま、長いしっぽでぱすぱすとソファを鳴らす家主が居た。

「もう…何時までそうやって拗ることをしていますか。
それとも…やっぱり私のせい、怒りますか…?」

治まりそうにないその苛つきぶりに、金の口からは心底困り果てたと言わんばかりの、大きく深い溜め息がこぼれ落ちる。

「日向サン…」

自分がどうにかしてやれるものならば、とっくにそうしているが。

「変化を解く方法なんて、私には判らないですよ…」

変化した事がない金には、こればっかりはどうにもならないのだ。
機嫌が悪い上に一言も話さない日向にほとほと困り果てた金が、彼の前にしゃがみ視線を合わせれば、変化前と変わらぬ紫の瞳が射抜くようににらみ付けてくる。

「やっぱり私のせい、言いますか…」

そのあまりの鋭さにより大きな溜め息をついた金が、謝るしかないかなと口を開きかけた瞬間。

『誰が、お前さんの、せいだと、言った?』

一言一言区切り不機嫌さこそはそのままに、漸く日向が言葉を発した。

「…日向サンが、そんなに怒る、しているから…」

しかし漸く言葉を発したと思いきや、やっぱり金には怒っているようにしか思えない。
しゃがんで合わせていた視線を外し、力なくうなだれていまう金に、そこで日向は己の不機嫌の元を白状することにした。

『俺が怒っているのは、まず、学習能力のない俺自身』

しっぽでぱすん!と力強くソファを鳴らし、金の注意を己に向け。

『あとは、お前さんに変なモノをくれやがった、あの、ばーさんにだーッ!!』

と、本人が不在なのをいい事に、超ド級の大暴言をぶちかました。

「なななななんてコト言いますかッ」

メガトン級の暴言に慌てふためくのは金だけで、言った当の本人はどこ吹く風でむすっとしたままだ。

「女性にそんなコトを言うは良くないです!」
『居ない相手に気なんぞ使えるかッ』

しかし金が一応抗議してみれば、日向に牙をむき出しにして怒鳴り返されてしまう。



…が。



「日向サンの馬鹿ぁッ!ご自分で自業自得、自覚しているのに…どうしてそんなに私に怒ることをしますかぁーッ!」
『うわッ!』



あまりにも理不尽で納得のいかない日向の不機嫌具合に、とうとう金の堪忍袋の緒がぶちぃッ!と切れた。

「日向サンの馬鹿!」
『いてッ!いてッ!』
『馬鹿っ!馬鹿っ!馬鹿っ!』
『いてッ!いてッ!いてッ!』

…お子様と言うなかれ。

「悪いのは他の誰でもない、あなたなのに!あなたが私の制止を振り切って、アレを口にしたのが原因なのに!
ふみこサンの好意を無礙にした、あなたが悪いのに、なんですか。その態度はぁッ!!」
『あだあだあだあだだだだッ!』

反省する様子もない日向にぶち切れた金は、ソファにあった来客用クッションをむんずと掴み、万物共通の急所の一つである鼻柱目がけて、満身の力を込めて日向に叩き付けたのだった。




日向にされたことはいつもなら大概のことは許してしまう金だったが、今回ここまで見事に堪忍袋の緒をぶちぃッ!と引きちぎったのには訳があった。
                              




戻る?