海外に出てまで悪趣味な城を片付けて。
その際日向は、金の従妹と同行することになった訳だったが。




「…自分でいうのも何だが。お前、私の傍らに居て何処もおかしくはないのか？」
「は？」
「気持ちが悪くなったりはしないのかと聞いているんだ」
「いや、別に何処も…」

最初から攻撃的な上に四六時中金の事で言い掛かりをつけられていた為、最後の最後でふと思い出したかのように気遣われた日向は、一瞬何を言われたのか判らず美姫の顔を凝視してしまった。

「おかしい。私の可愛い大正がここにいるわけでなし、一族でもない犬が何故…」
「俺に言う前にあいつはどうなんだ。俺より余程お嬢さんのそばにいるじゃないか」

言葉通り、美姫から半歩下がった場所で彼女を護るように立っているエクソシストを一瞥すると、反対側とは言え似たような位置にいる自分を比べ、何故己にだけ聞かれるのかと逆に聞き返す。

「俺か？よくは判らんが、美姫が右側に居ろと言うから従っているんだが。
…言われてみれば何か意味があるのか？」

同類嫌悪とでも言うのか最初こそはどうにも折り合いが悪かったのだが、いざ話してみれば思いの他意気投合してしまった二人は、今更ながら日向の体調を気遣う美姫に疑問を投げかける。

「…私の…が落ちて…？いや、そんなはずはない…」

布に覆われた左手を握ったり開いたりしながら、美姫は己のそれをまじまじと見つめては時折仁王剣を操りもして。

「美姫？」
「やれやれ、お嬢さんは聞いてないぞ」

日向は勿論バトゥまで相手にせず、美姫はなにやらぶつぶつ呟いている。

「…まさか」

しかしふと何かに思い当ったらしく、その美しい顔を般若の如く豹変させて、呑気に煙草に火を点けようとしていた日向をにらみつける。

「おい、お嬢さん。そんな顔をしたら美人が台無し…」

日向としては（道中散々絡まれたせいで）、これが理不尽な言い掛かりをつけられる前置きだと思い知らされていたため、心持ちバトゥの方へ避難しつつも美姫を宥めようと試みるものの。

「貴様…私の可愛い大正の処女を犯すだけでは飽き足らず、ヤツのナニを散々しゃぶったな！？」
「ぶほッ！！」

隠すどころかいっそ清々しい程の率直な質問に、口にくわえかけていた煙草諸共盛大に吹き出す羽目になってしまった。

「げ…げほ…ッ！いきなりなにを…」
「…お前…男色だったのか」
「違う。断じて違うから！逃げるなそこッ！」

表情こそは変わらないが心持ち離れて自分を見ているバトゥに、日向は芽生えたばかりの友情が早くも枯れ果てそうな予感に見舞われ、すぐに誤解だと言いかけたものの。

「なんだと？では貴様は、私の可愛い大正をただ愛も無しに弄び、欲の捌け口にしたと言うのか！？」
「それこそ違うわーッ！」
「…やっぱりそうなのか。まぁ、趣向は人それぞれだからな…」

美姫の更なる勘違いに対し、文字通り牙をむき出しにして怒鳴り返して…またバトゥから距離を取られる事になる。

「だから俺は男色とかじゃなく、あくまで金限定…」
「黙れだまれこの冷血色魔！アレの全てはこの私の物だ！
犬の貴様なんぞが大正のピー（自主規制）やピー（自主規制）を勝手に舐めたり吸ったり、ましてやピー（自主規制）に突っ込むなど…例え大正が許しても私は絶対に許さん認めん消え失せろーッ！というか今すぐ殺すッ！！」

日向に対して美姫は盛大にマジ切れして、仁王剣（あるだけ全部）を使役するための祝詞を声高らかに唱え始めた。

「…………」

これに対してバトゥは一瞬だけ天を仰ぐと、軽く肩をすくめて美姫へと近づいてゆく。

「…美姫」
「なんだッ？！」

バトゥは美姫の言葉に従い彼女の右側に身体を寄せると、日向の肩を持つと言うよりは、美女が野獣の如く鼻息を荒くして剣を振りかざす様に耐え切れなかったらしいようで。

「男色を非難したい気持ちは汲んでやるが、もう少し言葉を選んだ方がいいな。せっかくの美人が台無しだ」
「…む…」

先ほど日向も同じような事を言ったが、全く効果のなかったそれとは異なり、美姫はバトゥの言葉にはきちんと反応して（仁王剣を構えたまま）たじろいだ。

「俺は、勇ましいお前さんも好いてるが。それよりも、いつものお前さんはもっと好いてるんだかな」

しかも仁王剣を向けられ今にも串刺しにされそうという、なんとも物騒な事になっている日向を無視して、バトゥは全く恥じる様子もなく猛る（というかキレる）美姫相手に愛を語り出す始末。

「お前は今の私が嫌いなのか？」
「そうは言ってない。ただ、いつもの方がよりいいと言っている」
「…オイ…何こんな時にナチュラルに愛を語ってんだ…」

自分を無視して何やら甘い雰囲気になり始めた二人に、日向は小さく突っ込みを入れるがどちらも聞いてはいなかった。

「…判った。大事な嫁のお前がそう言うのなら、今この犬畜生に制裁を加えるのは止めておく」
「ああ。そうしてくれ」

それでもこれでどうやら美姫の暴走は治まったらしく、少々まだ不本意ながらなのかぶちぶちと文句を言いつつ集めていた仁王剣を元に戻し始める。

「…お見事」

バトゥ相手に嫁はないだろうと激しく（でも心の中で）突っ込みを入れながら、形はどうであれ命拾いした日向は、また面倒が起きる前に二人を促しさっさと帰路につこうとした。

「では行くぞ。早く日本へ行って、私の可愛い大正を嫁のお前に会わせてやりたい」
「は？」
「…だから何で金なんだよ」

右にバトゥ左に日向を従え毅然と歩き出す美姫だったが、意気揚々と語る彼女の言葉に、残りの二人は何故この場に居ない存在にこうもこだわるのか理解できない。

「金はお嬢さんの従兄ってだけだろう？」
「なんだ、身内自慢か？」

二人は逐一『可愛い』を付けられている点を（この際）すっぱりと無視し、美姫が何故そんなにも金にこだわるのかを尋ねようとしたが。

「可愛い大正に会わせる理由だと？決まっている。バトゥ、お前が私と睦むためだ」
「………」
「………」

なんだか男前と言うよりもいっそ《漢前》と言う例えが似合いそうなその答えに、元来そうあるべき二人はただ言葉もなく固まってしまった。