式神使い達の輪舞 02





「早く行くぞ。ぼさっとするな」
「ちょ…ちょっと待った」
「待て美姫」
「またか。今度は一体何なんだ」
「何だもへったくれもあるかッ。さっぱり判らんぞ!」
「すまんが………俺もさっぱり意味が判らん」

しかし流石に人生の山も谷も経験してきただけあってかどちらもすぐに我に返り、多少まごつきながらも再度美姫に説明を求めるのだった。

「判らない?何処が」
「お嬢さんがこいつと何をしようとしているのかは、とりあえずあえて聞かない。というかそれは判った。判ったがッ」
「それは基本的に俺達二人の問題であって、その、従兄殿とやらがどう関係する?」


日向達の疑問は全く以ってごもっとも。


男女が大人のおつきあい(…)をするのに必要なのは当人達だけであって、何故例え従兄と言えど必要とされるのか理解に苦しむ。

「お嬢さん、まさか金を交えて致すつもりじゃ…ッ」
「……そう言う発想が出る事自体、俺には理解できないんだが」

しかし、元来漢前であるはずの二人には、決して相いれない壁がきちんと存在していた。

「お前、本気で馬鹿だろう?」
「ぐ…っ」

さらに追い打ちをかけたのが美姫の(心底見下した)冷徹な眼差しで、それは日向に日常を思い出させるには十分だった。(←なお、金絡みで暴走する日向にいつも制裁を食らわせているのは、言わずと知れた我等がふみこ様である)。



しかし。



「…大正は、言わば解毒剤なんだ」
「何…?」

ふ、と視線を反らせながらまるで吐き捨てるように呟く美姫の答えに、牙を剥いて反論しかけていた日向は、それが触れてはならない彼女の左手に係わっていると気付き、バトゥと顔を見合わせる事になった。

「ふん。何をそんな顔で私を見る?馬鹿げた同情だというのなら今すぐここで貴様を殺すぞ犬」


だが、当の本人は相変わらずだった。


「美姫。解毒剤というのは、その…」
「ここには大正がいないから、無闇にに私を触らない方がいい。大事な嫁のお前は、特に」



殺したくない。



そう呟く美姫の左手にバトゥが触れようとすれば、彼女は今度こそ泣きそうに顔を歪めてそっぽを向いた。

「大正は、今でこそあんな似つかわしくない場所にいるが。
あれは私とは違い、元々我が一族の表の顔…つまりは大正の持つ仁王剣を奉り霊的な祭事を取り仕切る道士」

諦めにも似た溜め息とともに紡がれた言葉は、日向が知る出会う前の金の一部。

「だが、実際は。あれが鎮めていたのは他の何物でもない、この私自身」

弱い者ならば、触れるどころか美姫のそばに居るだけで命を落とすような左手の毒。
彼女の気が荒ぶれば、それに呼応するかのように毒性を強める左手を、その毒に耐えうる身体だからこそ金はずっと鎮めてきたのだと言う。

「つまり、解毒剤ってのはまさか」
「従兄殿とやらそのものか…」

美姫が大正にこだわるのは彼が毒に耐えうるだけでなく、その身自体が毒を中和もしくは相殺してしまう存在だから。

「しかし、今こうしてお前のそばにいるが俺はどうもしてないぞ」
「それは、お前が魔を祓う聖職者だからだろう。それに加えて、私が最後に大正から受けた気が右手に残っているのと……………」
「……………」
「……………」

拗ねた子供のようにバトゥを上目使いに見上げると、それから一転美姫はその眼力だけで呪い殺せそうな眼差しを日向に向けた。

「な…なんだ…?」

つい先ほどまでのしんみりしていた雰囲気から、全く予想もつかない早さで自分を睨みつけてくる美姫に、日向はまたまた身の危険を察して後ずさる。

「こいつが…こいつが大正をピー(自主規制かつ以下略)で好き勝手したからッ!
だから、解毒剤であり中和剤である大正の体液を飲みまくったこいつは、私の毒に対して抗体を持っているんだッ!!」

バトゥの退魔の力では美姫の毒を僅かな時間しか抑えられないが、存在自体でそれが可能な金を(そりゃあもう呆れるくらい)抱きまくっていた日向は、知らず知らずのうちにその毒を抑えられるまでになっていたらしいのだ。

「一族のジジイ共に何を言われようが、幼少の頃から大正は私のモノなのに!
それがなんだ、たかが数年離れていただけで一族とは縁を切るわ変な犬に引っ掛かるわ、果てには大切に守ってやっていた処女をその犬畜生にくれてやるわ!!
その全てを知った時、私がどれだけ嘆き傷付いたか判るかこの犬畜生がァ!!」
「はぐっ!」
「…そういう事か」

そう美姫が言い終えると同時に繰り出された右の平手とすぱーんと言う鋭い音と共に、哀れ日向は見事に吹っ飛ばされた。

「まさかと思い確かめる為にこいつを左側に置いてみたが、やっぱり何ともないと言うしッ!
それどころかバトゥ、お前にまで影響が出ないように中和される始末だ!!」
「あー…その。俺としては結果お前のそばに居られるんだから、一応感謝するところなんだろうな…と思う…ぞ?」
「その役目は大正のモノだッ。
間に合わせはまだしも、最初を大正以外がやるのは許さない!」
「……つまりは八つ当りか……」

なんだかんだありながら、結局美姫と付き合う事にしたバトゥにとっては幸いな結果になっているものの、大切な従兄を(よりによって)男に取られた美姫にしたら、悔しさに八つ当りせず
にはいられないのだろう。
別に意図した訳でもないのに美姫の毒を抑えてしまった為、日向は金を寝取った(…)以外でも恨まれる事になってしまった。

「あいつに八つ当りする意味は判ったが、結局のところ従兄殿に俺を会わせる意味はなんだ?」

一息で叫んだせいか、ゼイゼイと肩で息をしている美姫の頭を宥めるように撫で、バトゥは改めて未だに解決していない謎を問う。

「私と、む…」
「それは判った。その為に、何故従兄殿が必要だ?」

(本人は無自覚だが)美人なだけに却って似合わない言葉をうまく遮って、バトゥはさらに問いかけた。

「大正が、私の抗体だから」
「だから?会うだけで良いのか?」
「……いや……そうじゃない……」

怒るでも叱るでもない隻眼の瞳にただじっと見つめられた美姫は、日向に対するそれとはまるで正反対なしおらしさで、尻すぼみになりながらバトゥに真相を語り出す。

「お前が大正を、その…」
「先に言うが、俺に男色の趣味はない」
「…ぅ…」
「それを踏まえて、従兄殿と何をしろと言いたい?」
「……抱け」
「断る」

だがどうもその先を薄々感じていたらしいバトゥに瞬時に断られてしまい、しかも自分が無理を言っている自覚もあったのか、美姫は今度こそ本当に泣きそうな顔で隻眼の男を睨みつけた。

「お前は結局、私の事などどうでも良いんだろう…」
「何故そうなる」
「だって、私のためにどうこうしようとする態度がない!」
「それが結果自分の恋人に男色を勧めるものでもか…?」

バトゥの言う通り、美姫のそれは根本的なところでかなりおかしい。
無駄と知りつつも、(さすがに)バトゥはこの点に関して美姫の説得を試みる。

「大正を一目見たなら誰でも一発でやりたくなると思うんだが」
「……………………」

そんな事を思うのは、お前とあの(ふっ飛ばされて)伸びている探偵くらいだ。
バトゥは心の中でそう盛大に突っ込みをいれて、これまた盛大に溜息を吐いた。

「生憎俺は女にしか興味はないし、そもそもいくらお前の為とは言え男を抱く真似は出来ん」
「私の為でも無理か?」
「無理だ」
「む…別に突っ込まなくても良いのだから、勃たないと言う問題なら心配しなくていいんだぞ?」
「だから!妙齢の女がそんな事をストレートに言うなッ」
「何故だ。私はお前と寝たいだけだ。それなのに何故それを言ってはいけない?」
「手に負えん…」

まるで見当違いな心配をしている美姫にガックリと肩を落としながら、バトゥは名前しか知らない彼女の従兄とやらに心底同情した。

「俺は別にお前さんの気持ちを疑っている訳でもなければ、お前さんが自分で忌み嫌っている左手の毒を避けている訳でもない」

と同時に、これが美姫らしいのだとも理解して、それが良いと思ってしまった自分にも同情してしまう。

「ただ、だからと言ってどう努力しても絶対に無理な事は無理で、それを強制されるのは断固受け入れられないと…そう言いたいだけだ」

だがもし、少年の傍らに竚んでいた少女のように奥床しい(?)性格だったなら、きっと美姫には惚れていなかっただろうとも思うのだ。

「探偵から従兄殿を取られて怒り狂っていたくせに、俺には抱けと強制する事自体おかしいだろう」
「ん?それはおかしくないぞ」
「…は?」
「自分の大切なものを大事な嫁に隠すこと自体がおかしい。そもそも私はお前に隠す気は更々ないし、お前が大正を気にいってくれたらこれ程嬉しい事はないからな」
「は?」
「だから、私にとって《全然ちっともこれっぽっちもましてや微塵も!》大事ではない犬では駄目だ。あんなヘタレに大事な大正は絶対やらん」
「…お前は花嫁の父か…?」

しかし、しおらしく説得?に耳を傾けていた美姫からケロリとした表情で言葉を返されてしまい、結局振出に戻ってしまった事を察し頭を抱えるバトゥだった。

「ふむ…これではいかんな」

ところがそんなバトゥを見兼ねたのか、美姫はしばし考えた後、両手で自分の頬を軽くぱんッと叩いて決断を下した。

「仕方がない。嫁を困らせるのは私の本意ではないし、私がしばらく我慢するとしよう。
…だが、大正には会ってもらうぞ?」
「会うだけならいくらでも」
「よし。ではそうと決まれば今度こそ日本に向かうとしよう」
「仰せのままに」

押しが強い反面素直に引き下がる事を覚えた美姫に、バトゥもこれ以上は何も言うつもりはないらしく、先を歩き始めた彼女の半歩後ろを付き従うように歩き出す。

「いつまで寝ているんだ早く起きろ!貴様がいなくてはバトゥが私のそばに居られない!」
「ぐえっ!!」
「もう少し手加減してやれ…」

だが歩き出してすぐに今まで伸びていた日向を(踏みつけるようにして)叩き起こす美姫に、バトゥは先が思いやられてまた肩を落として溜め息をついた。

「…これからしばらくは退屈している暇などなさそうだな」

しかしそれは決して嫌そうではなく、むしろ悪夢の城を崩壊させた事により、過去に捕らわれていた自分を振り切るものだった。

「あぁ全く腹が立つ!」
「なんで俺がこんな目に…」
「しかし、何か他に方法はないものか」

ひっぱたかれた上に踏みつけられてよろけている日向を、何事もなかったかのように左手で耳を引っ張りずんずん先を歩く美姫の背中をみつめながら、バトゥは一人先送りされた大きな問題に頭を悩ませる。




「あいつにも言ったが男を抱く趣味はないし…かといって俺の力でも完璧には祓えないとなると、修行で力を上げたところでさほど効果はなさそうだな」




今まで傭兵として色々な敵と戦ってはきたが、今回ばかりはバトゥ一人が考えたところで解決しそうにない。






そうバトゥが一人頭を悩ませている頃、そこから遠く離れた地でも同じような事になっている
男がいた。



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