式神使い達の輪舞 03




「お願いですからいい加減ここから出て下さいよ〜」
「お断りシマス」


それはかの地の事件が片づいたというのに新たな問題に見舞われ、その主な原因となっている人物の説得に心血を注ぎまくっている神霊庁の鈴木である。

「大体おかしいですよ」
「何がですカ」
「金さん、あなたの行動そのものが」
「おかしいデスか?」
「おかしいです」

きょとんとしながら心持ち首を傾げるその仕草に、鈴木はこれがあの金一族の最高術者か…?と内心天を仰ぐ。

「あのですね、よーく考えて下さい。静かに考える場所が欲しいからといって、何処の世界に刑務所を選ぶ人間が居るんですか。しかも手づくりの囚人服まで持参して!」

確かに金が弟子の復讐の為に罪を犯したといえば間違いはないが、それでも全てを考えれば独房で何年も拘束されるような罪状ではなく。
ましてやその事により並みの術者では手に負えず、結果野放しにされてしまう心霊事件が増加してしまう方が大きな問題で。

「ウチは人手不足なんですから、わがまま言わないで下さいよ」

ただでさえ神霊庁内が万年人手不足で大変なのだから、これ以上自分の手を煩わせないでくれと鈴木は本気で泣きそうになる。

「デモ私、一族とは縁切りましたヨ?」
「あの女性が現役でいらっしゃる限り切れる訳ないでしょうッ!というか、あなたはご自分の価値を本当に判っているんですか?!
判っていながら私にそんな事をおっしゃるなら、私の事なんかどうでも良いと言うんですねーッ」



いくら金が手を切ろうとしても、一族の方が手放さない。



決して踏み込んではいけない一族の内側に注意しつつ、それでも鈴木は自分の命に係わる(かも知れない)分、金に対して泣き落としにかかる。

「イエ、そんなつもりナイのデスが…」

案の定金は困惑しながらも弁解してくるのだが、鈴木が泣く原因が何であるのか予想がつく分、それは彼の口内でもごもごとした音に変わる。

「ン…鈴木サンは大変、十分判ってマスが…。しかし私がここに居るは理由、アリマスし」
「その理由よりもまず今差し迫った危機に目を向けて下さい。
あなたがいつまでもここにいれば、我慢の限界から若干名東京を壊さんばかりに暴れる方々がいらっしゃいます」



っていうかもう私はすでに脅されているんですけどッ!



場所が場所なだけに鈴木は努めて冷静に語っているが、金を見つめるその瞳は、脅迫者からの圧力に怯えている様が見て取れる。
いくら神霊庁勤めとはいえ、鈴木はあくまで一般人。非科学的な知識はあっても、その力は全く持ち合わせていないのだ。

「私はね、別に長生きしたい訳ではないんですけど。でも、生き急いでいる訳でもないんですよ。
なのに連日のようにあなたをここから出せと脅されると…正直生きた心地がしません」



しかし、そこは流石の公務員。



力がなければ頭を使えばいいのだと自分に言い聞かせ、金の性格からして『威圧的な命令よりも泣き落とし』が有効であると判断、そして今にいたるのである。

「エト…美姫が何か言うしてましたカ」
「はい」
「何と?」


そして鈴木の読みは正しかったらしい。


実際その様子が用意に想像出来てしまった金は、心底申し訳なさそうに一番迷惑をかけているであろう人物について口を開く。

「何でも『やっと嫁を見つけたのにお前がいなくて何も出来ん!だからさっさと出てきて私のそばにいろ!』と伝えろと」
「う…では…日向サンは?」
「や、あの方は別に私を脅…いえ、何か圧力をかけたりはしませんが。ただ…」
「ただ?」
「あなたがここに篭もるようになってからすこぶる機嫌が悪く、それにより迷惑を被っている方々からいろいろと」
「……………」

透明な仕切りの前でいたたまれなさに赤面してしまった金に、鈴木は手応えを感じて小さくガッツポーズを取ってしまう。

「美姫の件は…占いで予想してましたカラ、日向サンがいれば大丈夫思ってました」
「日向氏の件は?」
「きちんと説明して、納得して…下さるしたはずだったデスが」

日向の場合こと金が絡むと途端に独占欲の固まりと化すせいか、頭で理解するのと心が納得するのは全く別の次元というものなのだろう。

「そんな状態なので、今塀の外はかなりにぎやかなわけですが。
それを快く思っていらっしゃらないある方から、『とっとと出てこないと多少乱暴な手を使ってでもそこから連れ出すわよ』という言付けも受けています。
…ねぇ金さん。あの方のおっしゃる『多少』とは、如何程のモノなんでしょうねぇ…」
「……………」



誰が、などと言わなくてもそんな事を言う人物なぞ一人しかいない。



ましてやそれが脅しではなく本気であると知れるからこそ、鈴木は『あの方』の機嫌を損ねる前に、出来る限り早く金を刑務所から出す必要があった。

「なんといいますか…あなたの従妹殿といいあの方といい、美人が凄むと背筋が凍るくらい恐いですねぇ」

そしてこの言葉は一番効果があったらしく、今まで赤面していた金は一転して冷や汗を流しながら硬直している。
きっと鈴木の言葉に、つい従妹の美姫とかの女性が肩を並べて凄む様でも想像したのだろう。

「だからね。今のうちに(というか刑務所が襲撃されないうちに)出所しましょうよ。
その…私で力になれる事があったら(多分何もないだろうけど)力になりますよ」

遠い異国の事件は無事に解決し、そして形ばかりとは言え服役して罪を償った今、金がいつまでも刑務所(しかも独房)に居座る理由はなく。




「自由に皆さんに会いたいでしょう?」




騒動による自分に降り掛かる災難よりも、それ以上に金自身が皆に会いたかった。




「…判りましタ…」




吐息のような小さなその答えに鈴木は安堵して、金を出所させるために意気揚々とどこぞに電話をかけるのだった。




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