山口の伝説
化けもの退治(ばけものたいじ)
〜阿武郡阿東町〜

                 

  JR山口線山口駅から北へ向かって五つめに、長門峡駅(ちょうもんきょうえき)がある。

その近くの阿武川(あぶがわ)の山あいに、長門峡というけしきのよいところがある。

  むかし、この長門峡に、年とった母と漁師のむすこが住んでいた。

冬のある日、漁師はえものをもとめて、長門峡の中ほどの淵(ふち)を通りかかった。

その淵は、淵の中に竜宮があるといいつたえられていることから、

竜宮淵(りゅうぐうぶち)とよばれていた。

「もうし、もうし。」

  どこからともなく、やさしい声がした。

漁師は、なんだろうと耳をすまして立ち止まった。

すると、すうっとひとりの女があらわれた。

わかくて美しいむすめだ。

むすめは、「この淵のあたりは、化けものが出ます。

通りかかる人をとっては食べ、今までになん人もの多くの人が食べられました。

どうか、あなたの弓と矢で化けものを退治してください。

りっぱに退治してくださったなら、どんな望みでもかなえてあげましょう。」

といったかと思うと、またすうっと消えてしまった。

  漁師はふしぎに思いながらも、むすめのねがいをかなえようと、

その日から毎日、竜宮淵のまわりを化けものをもとめてさがし歩いた。

  みぞれのふるある夕ぐれどきのことであった。

「きょうもだめか。」

と、漁師は、ひとりごとをいいながら帰りをいそいでいた。

みぞれまじりの冷たい風が、ようしゃなく顔にふきつける。

「おお寒。」

  思わず首をちじめ、背をまるめて走り出そうとしたとき、
漁師のゆくえをえたいのしれないまっ黒なかたまりが、にゅうっとふさいだ。

はっとして、漁師は弓をかまえた。

黒いかたまりは、目の前にせまっている。

大きな口をあけ、目をらんらんとかがやかせ、

今にもとびかかろうとしている。

漁師はとっさに横にとんで、化けものをにらみつけた。

これこそさがしもとめていた化けものにちがいない。

「おのれ化けものめ。」

  漁師は、弓をひきしぼると、のどのあたりめがけて矢をひょうとはなった。

ギャーッという声があって、化けものはどうとたおれた。

「やったあ。」

  漁師は、たおれた化けもののそばへかけよった。

化けものは首に矢を立てたまま、長々と横たわっている。

よくよく見ると、それは、全身を銀色の毛でおおわれた大カワウソであった。

  漁師は、そのカワウソを鈴ケ茶屋(すずがちゃや)とよばれるあたりの淵まで引きずっていった。

そして、そこから川に投げすてた。
              
  岩にこしかけて休むうちに、さっきのつかれがどっと出て、漁師はついうとうととした。

と、どこからともなくいいにおいがただよいはじめた。

ふえやたいこのこころよい音も聞こえてきた。

みぞれはまわたのような雪に変わっていた。

  漁師がわれにかえって川を見ると、この前の美しいむすめが、

金銀、宝石をちりばめた船に乗って近づいてきた。

「化けものを退治してくださったお礼に参りました。

どうぞこの船にお乗りください。」

漁師は、むすめに言われるままに、ゆめごこちで船に乗りこんだ。

船は音もなく川を下り、まもなくりっぱな御殿(ごてん)についた。

  それからというもの、漁師は月日のたつのもわすれ、毎日をゆめのようにすごした。

美しい音楽と見たこともないごちそう。

おとひめという美しい姫と侍女たちにもてなされる毎日。

何ひとつ不自由のない、楽しい毎日だった。

  そのうち、漁師は、ふと年とった母と家のことを思い出した。

するとやもたてもたまらず家へ帰りたくなった。

おとひめたちがとめるのをふりきって、漁師はとうとう帰ることにした。

おとひめは、みやげにたくさんの宝物をつんだ船を漁師におくってくれた。

  わが家へ帰った漁師は、それから村いちばんの長者になり、

年とった母としあわせにくらしたということである。
 
  のちに、漁師が大カワウソを投げこんだ淵を「カワウソ淵」、

長者になった漁師が住んでいたあたりを「長者が原」、とよぶようになった。

「カワウソ淵」と「長者が原」は、その後佐々並ダムができたために、

今は水底にしずんでいる。

  また、竜宮へ向けて船を出したあたりは「江舟(えぶね)」と名づけられ、

今もその地名は残っている。

おわり




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